(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年11月12日15時30分
北海道松前小島南方沖合
(北緯41度20.8分 東経139度48.9分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第十五勝勢丸 |
総トン数 |
19トン |
登録長 |
14.98メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
478キロワット |
回転数 |
毎分1,350 |
(2)第十五勝勢丸
第十五勝勢丸(以下「勝勢丸」という。)は,昭和54年1月に進水した,いか一本つり漁に従事するFRP製漁船で,5月下旬から翌年1月末までを漁期とし,青森県及び北海道の日本海沖合にかけての漁場において日帰り操業を行い,主機を年間2,000時間ばかり運転していた。
(3)主機及び逆転減速機
主機は,B社が製造したS6R2F-MTK-2型と称するディーゼル機関で,C社製のMGN86DLX-1型の逆転減速機(以下「減速機」という。)を装備し,これにプロペラ軸が連結していた。
減速機は,主機とともに平成5年6月に換装されたもので,入力軸,後進軸及び出力軸を有し,入力軸と後進軸にはいずれもクラッチ,小歯車及び駆動歯車を,出力軸には大歯車をそれぞれ備え,各軸の両端が円錐ころ軸受で支えられる構造となっており,各小歯車の両側面にスラスト針状ころ軸受(以下「スラスト軸受」という。)が組み込まれていた。また,減速機の潤滑油は,同機底部の油だめに17リットル張り込まれており,歯車及び軸受への注油のほか,クラッチの作動油として供給され,潤滑油ポンプの吸引管に油こし器が設けられていた。
そして,減速機の動力伝達経路は,前進時には,入力軸から前進クラッチ,前進小歯車及び大歯車の順に,後進時には,入力軸駆動歯車,後進軸駆動歯車,後進クラッチ,後進小歯車及び大歯車の順にそれぞれ伝わり,出力軸を正転または逆転させる仕組みとなっていた。
3 事実の経過
A受審人は,勝勢丸の新造以来,機関の保守運転実務をこなし,減速機については,漁期前の4月と9月ごろに潤滑油全量を新替えするとともに,油こし器の開放掃除を行っていた。
ところで,減速機の前示スラスト軸受は,外径95ミリメートル(以下「ミリ」という。)内径約76ミリ厚さ約2ミリで,細い針状ころが保持器に放射状に配列され,同ころが軌道輪に押し付けられて回転しており,経年とともに同ころの材料疲労が進行するもので,6年ごとの定期検査時期に新替えするのが一般的であった。
平成11年ごろ勝勢丸は,主機のピストン抜き整備が行われたものの,減速機については整備がなされず,スラスト軸受の材料疲労が進行する状況となった。
A受審人は,自ら船長として機関の保守運転管理に当たる立場となったとき,減速機が換装されてから一度も整備されず,10年を超える長期間にわたって使用されているのを知っていたが,定期的に潤滑油を新替えしておけば大丈夫と思い,速やかに業者に依頼してスラスト軸受を新替えするなど,減速機の整備を十分に行わなかった。
こうして,勝勢丸は,A受審人が単独で乗り組み,いか一本つり漁の目的をもって,平成15年11月12日05時00分青森県小泊漁港を発し,08時ごろ北海道松前小島南方沖合の漁場に至り,主機を回転数毎分700にかけ時折前・後進をとって船位を保ちながら操業中,前進にとったところ,減速機の前進小歯車船首側のスラスト軸受の針状ころが経年による材料疲労で破損し,同小歯車と大歯車が脱落した同ころや軌道輪の破損片を噛み込み,15時30分松前小島灯台から真方位180度1.1海里の地点において,大音を発した。
当時,天候は晴で風力3の北北西風が吹き,海上には小波が立っていた。
A受審人は,減速機から大音が出ているのを認めたので付近の僚船に救援を求め,勝勢丸は,僚船により発航地に引き付けられ,業者による減速機の開放調査の結果,前進小歯車及び大歯車に欠損を,入力軸スプライン継手に焼損をそれぞれ生じていることが判明したが,部品の調達に時間を要することから,中古の同型減速機と換装された。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,潤滑油の取替えさえしておれば減速機が故障することはないと認識していたこと
2 A受審人が,減速機の整備を十分に行わなかったこと
(原因の考察)
本件は,減速機を所定の周期で整備を行っていたなら,スラスト軸受が新替えされて,同機の損傷を防止できたものと認められる。
したがって,A受審人が,自ら船長として機関の保守運転管理に従事する立場となったとき,すでに減速機が10年を超える長期間にわたって一度も整備されずに使用されているのを知っていたのであるから,速やかに業者に依頼してスラスト軸受を新替えするなどの,減速機の整備を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
潤滑油の取替えさえしておれば減速機が故障することはないと認識していたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機の逆転減速機の整備が不十分で,スラスト軸受が経年による材料疲労で破損し,歯車が破損片を噛み込んだことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,機関の保守運転管理に当たる場合,主機の逆転減速機が長期間にわたって一度も整備されずに使用されているのを知っていたのであるから,速やかに業者に依頼してスラスト軸受を新替えするなど,同機の整備を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,定期的に潤滑油を新替えしておけば大丈夫と思い,同機の整備を十分に行わなかった職務上の過失により,同軸受が経年による材料疲労で破損し,歯車が破損片を噛み込む事態を招き,前進小歯車及び大歯車に欠損を,入力軸スプライン継手に焼損をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4 条第2 項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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