(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年4月3日01時30分
対馬海峡東部
(北緯35度24分 東経130度57分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第二共栄丸 |
総トン数 |
65.38トン |
登録長 |
26.06メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
551キロワット |
回転数 |
毎分655 |
(2)設備及び性能等
ア 第二共栄丸
第二共栄丸(以下「共栄丸」という。)は,昭和55年に進水した鋼製の漁船で,平成10年7月現所有者が購入してかけ廻し式の沖合底びき網漁に従事し,1航海を4ないし5日間として月間約5航海出漁しており,漁場を山陰沖に,水揚げ港を平素は兵庫県香住港,冬季は鳥取県境港として例年9月から翌年5月まで操業を行い,6月から8月にかけての休漁期間に上架して船体及び機関の整備を行っていた。
共栄丸は,投網中には機関を全速力前進で引き網を投入し,網を投入するときや樽に接近するときに機関を停止及び全速力後進とするなど,負荷変動が激しい運転操作をしており,1日あたり13ないし14回の投網を繰り返していた。
イ 主機
共栄丸の主機は,B社製のT220-ST2型と称するディーゼル機関で,逆転減速機を備え,始動及び停止は機側において,増減速及び前後進の操縦は操舵室においてそれぞれ行われ,発航前に始動されたのちは,甲板機械用油圧機器の油圧ポンプが主機駆動であることから,入港するまで連続して運転されており,運転時間は年間4,500ないし5,000時間に達していた。
また主機は,負荷の激しい増減とともに,漁場と水揚げ港との往復や漁場の移動時には出力一杯の高負荷で運転され,シリンダ出口の排気温度が摂氏温度450度に上昇することも度々あり,ピストンの頂部に放射状の亀裂が生じることもあった。
ウ プロペラ軸
共栄丸のプロペラ軸は,直径200ミリメートル長さ4,220ミリメートルの鍛鋼製で,軸受部を銅合金製スリーブとし非軸受部の軸身にゴム巻きが施され,船尾管の軸受にはリグナムバイタが使用されていた。
共栄丸は,前示の操業模様から,操業中に自船の漁網やロープに加えて浮遊する他船の漁網などを度々プロペラに巻き込むことがあり,このようなときには,プロペラ軸が明らかに異常な振動を発するので主機を停止し,洋上で乗組員が潜水して取外したり,或いはそのまま帰港したのち業者に依頼して取外していたものの,同巻き込みが度重なるに連れて船尾管のリグナムバイタ軸受が摩耗しがちであった。
3 事実の経過
共栄丸は,平成12年7月の入渠時に,船尾管軸受の摩耗が認められていたところ,翌13年7月の入渠工事で,同摩耗が更に進行したことから同軸受が新替えされた。
そして共栄丸は,平成15年5月,操業中プロペラに漁網を巻き込み,自力で帰港したのちその漁網を取外したが,同7月の定期検査入渠工事においてプロペラ軸を抜き出した際,船尾管軸受が著しく摩耗しているのが認められ,同軸の一部をカラーチェック及びテストハンマーによる打検を行い,当該部に異常のないことを確認したものの,同軸受については,これを新替えしないまま出渠し,同9月から操業を再開した。
共栄丸は,平成15年11月20日,主機を全出力にかけて投網中,再びプロペラに自船の漁網とロープを大量に巻き込み,A受審人が過去に経験したことのないようなプロペラ軸の異常振動を生じる状況のもと,操業を切り上げ自力で香住港に帰港し,業者によってプロペラやプロペラ軸などに固く巻き付いていた漁網などが取外された。
このときA受審人は,平素の操業及び主機の運転模様や,これまでに生じた船尾管軸受の摩耗の状況に加え,操業切り上げ時に生じたプロペラ軸の異常振動の状況などを勘案すれば,同軸及び同軸受に何らかの損傷を生じているおそれがあったものの,費用のことや,従来巻き付いた漁網などを除去すれば,その後操業に従事することができたので大丈夫だろうと思い,プロペラ軸を抜いて,超音波探傷など非破壊検査を利用して同軸の点検を十分に行わず,このため同軸の船尾管軸受部に施された銅合金製スリーブと非軸受部の軸身に巻かれたゴムの突き合わせ箇所に微細な亀裂が生じていたことに気付かなかった。
共栄丸は,その後も操業を続け,翌16年1月下旬再びプロペラに他船の漁網とロープを巻き込み,自力で香住港に帰港し,潜水作業で漁網などを取り除き,翌2月下旬にも化学繊維製のロープを巻き込み,1月下旬時と同様の措置をとったが,相次ぐ漁網などの巻き込みで前年11月に生じていたプロペラ軸の前示亀裂が進行することとなった。
こうして共栄丸は,平成16年4月1日10時30分A受審人ほか9人が乗り組み,船首1.5メートル船尾3.0メートルの喫水をもって香住港を発し,翌2日05時00分島根県北西方沖合の漁場に至り,操業を開始したのち同日深夜にかけて底魚類1トンを漁獲し,主機の回転数を毎分500の中立回転として,主機駆動の甲板機器用油圧ポンプを運転しながら揚網を終え,漁場を移動するため主機のクラッチを前進側に投入して負荷を急上昇させたとき,プロペラ軸の亀裂が著しく進行し,翌3日01時30分対馬海峡の北緯35度24分東経130度57分の地点において,同軸が前示突き合わせ箇所で軸心に直角に折損した。
当時,天候は曇で風力1の西風が吹き,海上は穏やかであった。
その結果,共栄丸は,プロペラが折損したプロペラ軸と一体となって船尾側に抜け,プロペラキャップ先端が舵板に当たってプロペラの脱落は免れたものの,推進力を失って航行不能となり,僚船によって境港に引き付けられた。
共栄丸は,上架した造船所で,プロペラ軸を新たに製作したステンレス鋼製のものに新替えし,また曲損及び欠損したプロペラを修理して操業を再開したが,暫くして売船された。
(本件発生に至る事由)
1 操業中,プロペラがしばしば漁網などを巻き込んでいたこと
2 船尾管軸受が摩耗しがちであったこと
3 摩耗した船尾管軸受が,適切に新替えされていなかったこと
4 A受審人が,プロペラ軸の大きな異常振動を認めた際,帰港時に同軸の点検を十分に行わなかったこと
(原因の考察)
共栄丸は,平成15年11月操業中,プロペラに大量の漁網などを巻き込み,プロペラ軸が過去に経験したことがないほどの異常な振動を生じ,同軸が振動しながら減速して帰途につき,帰港後業者に依頼して同漁網などを除去する際にも,プロペラ及びプロペラ軸などにおびただしい量の漁網やロープが固く巻き付いていた。このことから,本件プロペラ軸折損に至る微細な亀裂は,操業切り上げ前の異常振動発生時に生じたものと考えるのが妥当である。
そして,平素の操業及び主機の運転模様や,これまでに生じた船尾管軸受の摩耗の状況に加え,操業切り上げ時に生じたプロペラ軸の異常振動の状況などを勘案すれば,安全な運航を担保するため,同軸の異常の有無及び継続使用の可否を判断できるよう,同軸を抜き出し,超音波探傷など非破壊検査を利用して,同軸の点検を十分に行っておれば,前示の微細な亀裂を発見することができたものと認められる。
したがって,プロペラが漁網などを巻き込み,過去に経験したことのないほどプロペラ軸が異常な振動を生じたのを認めた際,A受審人が,帰港時に同軸の点検を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
共栄丸において,従来から,プロペラが操業中しばしば漁網などを巻き込んでいたこと,このためもあって船尾管のリグナムバイタ軸受が摩耗しがちであったこと,また同軸受の摩耗が認められたとき,必ずしもその都度適切に新替えされていなかったことなどについては,本件に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらのことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件機関損傷は,対馬海峡において操業中,プロペラが大量の漁網やロープを巻き込み,プロペラ軸から異常な振動が生じたのを認めた際,帰港後の同軸の点検が不十分で,同軸に微細な亀裂が生じたまま主機の運転が続けられ,そののち亀裂が著しく進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,対馬海峡において操業中,プロペラが大量の漁網やロープを巻き込み,プロペラ軸から大きな振動が生じたのを認めた場合,平素漁網などの巻き込みで度々振動の発生を経験していたものの,このときの状況はこれまで経験したことがないほどの大きな異常振動であったのだから,同軸の異常の有無及び継続使用の可否を判断できるよう,帰港後プロペラ軸を抜き出し,非破壊検査を依頼するなどして同軸の点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,巻き込んだ漁網などをすべて除去したので大丈夫だろうと思い,帰港後のプロペラ軸の点検を十分に行わなかった職務上の過失により,同軸が船尾管の内部で微細な亀裂を生じていたことに気付かないまま,その後も主機の運転を続け,操業中,漁場を移動するため主機の負荷を急上昇させたとき,亀裂が著しく進行してプロペラ軸が折損する事態を招き,自船が推進力を失って航行不能となるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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