(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年11月5日20時45分
石川県金沢港内
(北緯36度36.7分 東経136度36.5分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第十専西丸 |
総トン数 |
41.68トン |
全長 |
27.70メートル |
機関の種類 |
4サイクルディーゼル機関 |
出力 |
411キロワット |
(2)設備及び性能等
第十専西丸(以下「専西丸」という。)は,昭和57年5月に進水し,船体中央から後方寄りに機関室を有するFRP製漁船で,年間を通じ,石川県金沢港を基地として沖合底びき網漁業に従事していた。
ア 主機
主機は,平成6年7月にB社が製造した,M200-ST2型と称する,清水冷却及びA重油専焼で,始動が最高圧力30キログラム毎平方センチメートルの圧縮空気による方式の過給機付6シリンダ機関で,同年8月に換装されたのち,計画された最大の出力及び回転数が,それぞれ735キロワット及び毎分900であったことから,常用回転数を毎分820として運転され,月間運転時間が300ないし400時間であった。そして,船首側から順番号が付された各シリンダのシリンダヘッドには指圧器弁が備えられ,停止中,独立動力の予備潤滑油ポンプ又は機付の手動ポンプでシステム油を通油し,同弁を開けた状態で備え付けのターニングバーを用い,手動でクランク軸を回転させること(以下「ターニング」という。)が可能なようになっていた。
冷却清水系統は,直結冷却清水ポンプによって加圧された冷却清水が,冷却器を経て主機入口主管に至り,シリンダジャケット及び過給機への経路に分岐して通水されたのち,シリンダヘッド出口に設けられた同出口主管で合流し,再び同ポンプに戻る循環経路をなし,また,同系統中には,容量270リットルで,水面計が設けられていたものの,低水位警報装置を備えていない冷却清水膨張タンク(以下「膨張タンク」という。)が,化粧煙突後方の暴露部で,主機に対して約3メートルの水頭となる高所に設置されており,運転中,主機出口主管から分岐した枝管を経て冷却清水の一部が同タンクに流入し,その底部から同ポンプの吸入管に至る配管を経て環流するようになっていた。
イ 主機付過給機
主機付過給機(以下「過給機」という。)は,平成6年にC社が製造した,VTR161-2型と称する排気タービン式で,6番シリンダのシリンダヘッド後部に据え付けられており,各シリンダからの排気が2群となった排気集合管を経て流入する排気入口囲,タービン軸を駆動したのち排気管に排出されるタービン車室及びブロワが収められている渦巻室とそれぞれ称する各車室でケーシングが構成され,運転中に高温となる排気入口囲及びタービン車室の両車室には冷却水室を設け,主機冷却清水の一部が通水されるようになっていた。
3 事実の経過
平成15年11月4日専西丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,金沢港を発し,金沢港西方沖合に至って操業を行ったのち,21時ごろ帰港し,船首0.9メートル船尾1.6メートルの喫水をもって,金沢市無量寺町に所在する同港水産ふ頭に入船左舷付で係留し,主機が停止されたのちも指圧器弁を閉鎖したままの状態としていた。
主機は,始動するにあたり,重大な事故を未然に防止する目的で,冷却清水や潤滑油量などの確認を行ったうえ,予備潤滑油ポンプ又は手動ポンプを運転して各運動部にシステム油を通油し,運動部の円滑な動作及び燃焼室内の異物の有無を判断できるよう,各指圧器弁を全開してターニングするなどの十分な始動準備を行っておく必要があった。
ところが,A受審人は,平素から,主機を始動するにあたり,長期間停止していた場合には,予備潤滑油ポンプ又は手動ポンプを運転して通油することがあったものの,主機や逆転減速機の潤滑油量を点検するのみで,膨張タンクの水位の点検やターニングを行っていなかった。
ところで,過給機は,車室水冷壁が,排気側からの腐食及び冷却水側からの腐食並びに浸食を受け,次第にその肉厚の衰耗が進行することを回避できないことから,主機製造者から排気入口囲及びタービン車室を3年毎に新替えすることを推奨されていた。
専西丸は,主機を換装したのち,その保守を金沢市に所在する整備業者に依頼しており,2年毎の法定検査工事などの機会に過給機の開放が行われていたが,一度も前記両車室が新替えされず,また,水冷壁の衰耗状態についての点検が行われることなく,次第に同壁肉厚の衰耗が進行していることに気付かれないまま,過給機の運転を繰り返していた。
平成15年11月5日08時ごろA受審人は,専西丸に赴き,主機を約2時間運転して主機駆動の発電機を運転したのち,出漁時刻を同日21時としていたので,前記係留開始時と同様に,指圧器弁を閉鎖した状態のままで主機を停止し,帰宅した。
その後,専西丸は,いつしか過給機の排気入口囲の水冷壁に破口が生じ,膨張タンクからの水頭がかかっていた冷却清水が排気集合管に漏洩し始め,同タンクの水位が次第に低下する状況で係留が続けられていた。
平成15年11月5日20時30分A受審人は,出漁予定時刻に近づいたので専西丸に赴き,膨張タンクの水位を点検することなく機関室に入り,主機の始動準備として潤滑油量などを点検したものの,平素からターニングを行わなくとも支障なく始動できていたので大丈夫と思い,ターニングするなどの始動準備を十分に行わなかった。
こうして,A受審人は,排気集合管に逆流していた冷却清水が,開弁時期となっていた6番シリンダの排気弁を経て燃焼室内に浸入していることに気付かないまま,始動空気を送気したところ,20時45分大野灯台から真方位131度730メートルの前記係留地点において,同室内に滞留していた同清水がピストンとシリンダヘッドに挟撃され,主機が大音響を発した。
当時,天候は曇で風力1の東南東風が吹き,港内は平穏であった。
その結果,専西丸は,出漁を断念して整備業者による主機の点検が行われたところ,膨張タンクが空になっており,前記過給機水冷壁に生じた直径約6ミリメートル(mm)の破口のほか,6番シリンダの連接棒の曲損及びシリンダライナ下部の割損などが判明し,のち,それら損傷部品を新替えするなどの修理が行われた。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,水冷壁の衰耗を避けることが困難な過給機車室を新替えすることなく使用を継続していたこと
2 A受審人が,過給機車室水冷壁の衰耗状態について,主機製造者が推奨する整備基準に基づいた点検を行っていなかったこと
3 整備業者が,過給機車室水冷壁の衰耗状態について,点検を行っていなかったこと
4 A受審人が,膨張タンクの水位を点検しないまま主機の始動を行ったこと
5 A受審人が,主機を停止したのち,指圧器弁を開放していなかったこと
6 A受審人が,ターニングすることなく主機を始動したこと
(原因の考察)
本件機関損傷は,過給機から漏洩した冷却清水が,燃焼室内に滞留している状態で主機が始動されたことによるものであり,過給機排気入口囲の水冷壁の衰耗が進行して破口を生じることを予見できなかったとしても,始動操作の前にターニングが行われていれば,同清水が指圧器弁から流出するのを容易に識別することができ,連接棒を曲損するなどの重大な損傷を回避することは可能であったと認められる。
したがって,A受審人が,長時間停止していた主機を始動するにあたり,ターニングするなど,十分な始動準備を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,水冷壁の衰耗を避けることが困難な過給機車室を新替えすることなく使用を継続していたこと,同車室水冷壁の衰耗状態について,主機製造者が推奨する整備基準に基づいた点検を行っていなかったこと,膨張タンクの水位を点検しないまま主機の始動を行ったこと,主機を停止したのち,指圧器弁を開放していなかったこと,及び整備業者が,同車室水冷壁の衰耗状態について,点検を行っていなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件機関損傷は,長時間停止していた主機を始動するにあたり,その準備が不十分で,燃焼室内に多量の冷却清水が滞留した状態のまま始動空気が送気され,同清水がピストンとシリンダヘッドとで挟撃されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,長時間停止していた主機を始動する場合,停止中にも冷却清水系統に圧力がかかった状態であったから,各燃焼室内への同清水の浸入の有無を判断できるよう,ターニングするなど,十分な始動準備を行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,平素からターニングを行わなくとも支障なく始動できていたので大丈夫と思い,始動準備を十分に行わなかった職務上の過失により,主機停止中に破口を生じた過給機の車室水冷壁から漏洩した冷却清水が,排気集合管を経て開弁時期となっていた6番シリンダの排気弁から燃焼室内に浸入し,滞留していることに気付かないまま,始動空気を送気したので,ピストンとシリンダヘッドとの間で同清水を挟撃したピストン頂部に過大な衝撃を生じて同シリンダ連接棒の曲損などを招き,運転を不能とさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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