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平成16年那審第10号
件名

漁船寿丸火災事件

事件区分
火災事件
言渡年月日
平成17年3月18日

審判庁区分
門司地方海難審判庁那覇支部(杉崎忠志,小須田敏,加藤昌平)

理事官
上原 直

受審人
A 職名:寿丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
上部構造物をほとんど焼失,のち廃船処理

原因
明らかにすることができない。

主文

 本件火災は,航行中,機関室から出火したことによって発生したものであるが,発火原因を明らかにすることができない。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年6月6日13時00分
 鹿児島県徳之島与名間埼南西方沖
 (北緯27度52.0分 東経128度52.2分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船寿丸
総トン数 18.06トン
登録長 14.20メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 136キロワット
(2)設備及び性能等
ア 寿丸
 寿丸は,昭和54年3月に進水した,そでいか旗流し漁業及び一本つり漁業に従事する一層甲板型のFRP製漁船で,上甲板下には,船首方から順に,船首倉庫,1番ないし3番魚倉,次いで船体中央から船尾方にかけて機関室,下部船員室及び舵機室を配し,機関室上部に操舵室を設け,同室に主機の遠隔操縦装置,警報装置及び計器盤を装備して運転操作ができるようになっており,同室上部にフライングブリッジが設けられていたものの,舵輪などは取り外されていた。
 また,操舵室の船尾方には,機関室囲壁に続いて上部船員室,賄室及び船尾甲板をそれぞれ配し,操舵室及び同囲壁の両舷に船首方から同甲板に通じる各通路を備えていた。
イ 機関室の機器配置
 機関室は,ほぼ中央に主機を装備し,主機動力取出軸の右舷側にVベルトで駆動する舵機用油圧ポンプを,同軸の船首側に補機駆動の直流発電機を,同発電機の左舷側に電動機駆動の雑用水ポンプを,同室船尾端のほぼ中央に同機駆動のビルジポンプをそれぞれ備えていたほか,同室後部隔壁の鋼板製機関室床から高さ約1.7メートルの位置に,船横方に棚を設けて主機始動用蓄電池4個及び船内電源用蓄電池4個を格納していた。
 また,機関室の両舷には,同室前部隔壁から1.5メートル船尾方に容量3,000リットルの船体付燃料油タンク各1個を備えていた。
ウ 主機
 主機は,D社が製造したS8A-MT1型と称する,定格回転数毎分1,100の過給機付4サイクル8シリンダV形ディーゼル機関で,シリンダブロックで形成されるシリンダ列が90度の角度に配置され,同列の右舷側を右バンク,左舷側を左バンクと呼び,右バンクのシリンダ番号が船首側から1番ないし4番,左バンクの同番号が船首側から5番ないし8番の順番号を付し,右バンク右舷側の同ブロック前部に燃料油こし器を,両バンク間の中央部に一体型の燃料噴射ポンプを,両バンクの後端間に過給機を,右バンク左舷側及び左バンク右舷側に給気管を,右バンク右舷側及び左バンク左舷側に排気集合管をそれぞれ備えていたほか,右バンク右舷側及び左バンク左舷側の各前部下方には,直流24ボルト30アンペアの直結の充電機及びセルモータを各1台備えていた。
エ 機関室出入口
 機関室出入口は,上甲板上の右舷側通路に面した,同室囲壁の右舷側側壁のほぼ中央に高さ及び幅がともに60センチメートル(以下「センチ」という。)の引き戸式出入口(以下「機関室右舷側出入口」という。),同室後部隔壁の右舷側に下部船員室に至る引き戸式出入口(以下「機関室後部出入口」という。)及び操舵室床面の右舷側にハッチカバーを備えた縦51センチ横61センチの機関室前部右舷側に至る出入口ハッチ(以下「機関室前部出入口ハッチ」という。)がそれぞれ設けられていた。
 そして,船尾甲板から機関室後部出入口に至るには,賄室を通り,上部船員室の前部右舷側の床に設けられた縦60センチ横82センチの同船員室出入口ハッチから下部船員室に入室しなければならなかった。
 ところで,機関室右舷側出入口から同室内の見通しは,同出入口が主機の各シリンダヘッドよりも上方に位置していることから,同ヘッドのほか,右バンクの排気集合管,右バンク及び左バンクの各給気管,燃料噴射ポンプ,過給機,右バンクのシリンダブロック及び主機の前・後部並びに同ブロックと右舷側燃料油タンク間の鋼板製主機右舷側床及び各蓄電池などを容易に見ることができるものの,左バンクの排気集合管下方の同ブロック及び同ブロックと左舷側燃料油タンク間の幅約40センチの主機左舷側床の周辺が死角となっていた。
オ 機関室の通風装置
 機関室の通風装置は,同室囲壁頂面の中心線上にある煙突の左舷側に容量0.4キロワットの電動機駆動の強制ファン1台及び同ファンの後部に自然通風式のキセル型通風筒1個がそれぞれ設けられていた。しかし,同ファンは,いつしか故障していて運転できず,修理されないまま放置されていた。
カ 機関室の電路
 機関室の電路は,寿丸購入時のまま継続使用されているゴム絶縁のキャブタイヤケーブル(以下「ケーブル」という。)が多用されており,主機の右バンク右舷側及び左バンク左舷側の各前部下方にある直結の充電機及びセルモータの各ケーブルが主機の船首側の同室床下から右舷側外板に沿って同室右舷側出入口の船首方に設けられた主電源スイッチの近くに至る電路,並びに同室後部隔壁の上方に設けられた棚に格納された主機始動用蓄電池及び船内電源用蓄電池の各ケーブルが同外板に沿って同スイッチの近くに至る電路などがあり,それらがいくつかの束状となって同外板から立ち上がり,操舵室内に設置された配電盤に至るようになっていた。
 また,機関室の照明灯は,同室天井の前後に各1個の電球と同室後部隔壁の下方に移動灯1個がそれぞれ設けられていて,主機の運転中,それらは点灯されていた。
キ 主機の燃料油管系
 主機の燃料油管系は,両舷の各燃料油タンクに入れられたA重油が,機関室床下に配管された銅管により同室後部隔壁の右舷寄りに設置された油水分離器に導かれ,同分離器出口弁から主機右舷側台板に沿って配管された銅管により右バンク右舷側のシリンダブロック前部にある燃料油こし器及び燃料油供給ポンプを経て一体型の燃料噴射ポンプに供給されたのち,燃料噴射管により各シリンダのシリンダヘッド中央部にある燃料噴射弁に至るようになっていた。
 また,燃料噴射ポンプの余剰油は,左舷側燃料油タンクに戻るようになっていた。
ク 舵機の作動油管系
 舵機の作動油管系は,舵機用油圧ポンプにより加圧された作動油が,高圧管により主機前部右舷側から機関室左舷外板側を経て船尾方に向かい,同室後部隔壁を貫通して舵機室に至るようになっており,左舷側燃料油タンクの上部に容量約20リットルの作動油タンクが設けられていた。
ケ 防火・消防設備
 寿丸は,上部船員室の前部側壁に消火器1個及び船尾甲板上にバケツ2個を備えていたほか,上甲板の左舷側通路に面した操舵室左舷側壁に雑用水ポンプの発停スイッチを設け,魚倉及び機関室などに放水することができるようになっていた。

3 事実の経過
 A受審人は,船員不足と寿丸の主機が不調であったことなどの理由により,平成12年8月ごろから寿丸を鹿児島県名瀬港内に係船していたところ,売船の引合いもないまま寿丸を沖縄県泊漁港に回航して売却することを思い立ち,主機の始動及び運転の継続ができるよう,同15年5月中旬ごろ機関整備業者に主機右バンクの1番シリンダ及び燃料油管系などの整備を,同月下旬ごろ電機業者に主機始動用蓄電池の取替え及び主機始動用電路などの点検,整備をそれぞれ依頼するなどして回航準備を始めた。
 A受審人は,同月下旬ごろ大寿丸が積み込んでいたA重油を寿丸の両舷の各燃料油タンクに移送して,右舷側燃料油タンクを約600リットル,左舷側燃料油タンクを約700リットルの各油量とし,主機右バンクの1番シリンダのシリンダヘッドの整備及び主機始動用蓄電池2個の取替えなどを終えた同年6月3日から蓄電池の充電を兼ねて主機の始動及び無負荷運転を繰り返し,翌々5日燃料油の漏洩が生じた主機燃料油こし器の空気抜きプラグの銅製パッキンの取替えを行ったのち,30分間ばかり主機を運転するなどして主機燃料油管系に漏洩等の異状がないことを確認した。
 また,A受審人は,主機冷却清水タンクの水位,オイルパンの油量及びビルジ量などを点検したうえ,ウエスなどの可燃物を機関室から運び出すなどして出航準備を終えたが,長期間掃除が行われず,燃料油などの漏洩で汚れたままとなっていた,主機左舷側床上にゴムホース及び鋼管などの切れ端を置いていた。
 ところで,A受審人は,回航前の入渠時に漁労機器等の洗浄に使用した際に残った,軽油約10リットルを入れた容量20リットルの合成樹脂製容器とガソリン約2リットルを入れた容量4リットルの同容器をそれぞれ下部船員室に格納していた。
 同月6日04時50分A受審人は,機関室右舷側出入口から同室内に入り,燃料油の漏洩などによる異臭がないことを確認したのち,主電源スイッチを投入して操舵室に赴き,同室で主機を始動し,配電盤のブレーカを順に入れて機関室の照明灯及び移動灯を点灯させ,雑用水ポンプを運転可能な状態とした。
 そして,A受審人は,機関室右舷側出入口,同室後部出入口,上部船員室出入口ハッチ及び船尾甲板に通じる賄室出入口をそれぞれ開放のままとし,操舵室の機関室前部出入口ハッチのカバー上に布団などを載せていた。
 寿丸は,A受審人ほか,船員としての乗船経験がほとんどなかった知人1人が甲板員として乗り組み,回航の目的で,船首0.8メートル船尾2.0メートルの喫水をもって,05時00分同行する大寿丸とともに名瀬港を発し,泊漁港に向かった。
 A受審人は,奄美大島西側海岸線に沿って航行し,08時ごろ枝手久島北西端から1海里西方沖にあたる,曽津高埼灯台から025度(真方位,以下同じ。)4海里の地点において,徳之島与名間埼西方沖1.2海里に向首する212度に針路を定め,主機を回転数毎分1,100の全速力にかけ7.0ノットの対地速力で自動操舵により南下中,11時00分寿丸が徐々に左転して奄美大島南西端沖にある与路島の西方沖に向首していることに気付いた。
 A受審人は,直ちに主機の回転数を減じ,逆転減速機を中立として寿丸を止め,甲板員を操舵室に残し,右舷側通路を経て舵機室に赴き,舵機用油圧シリンダの空気抜き弁を開弁して空気の排出操作を行い,11時15分これを終えて発進したが,依然として左転することから11時25分再び同減速機を中立とし,同空気抜き弁を開弁して空気の排出に努めたものの,自動操舵装置が正常に復帰しないことから,11時40分手動操舵に切り替えて航行を再開した。
 こうして,操船に就いていたA受審人は,主機の作動音,振動及び煙突からの主機排気ガス色に異常を感じることも,燃料油の漏洩などによる異臭も感じないまま航行を続けていたところ,13時00分少し前,主機の回転数が急に毎分1,100から毎分約800に低下したことから燃料油こし器に目詰まりが生じたと思い,発航してから巡視を行っていなかった機関室に行こうと船尾方を向いたとき,煙突からの同ガス色が黒変し,自然通風式のキセル型通風筒から煙が出ているのを認め,引き戸を開けたままとしていた同室右舷側出入口に急行して同出入口からその内部をのぞき込み,13時00分与名間埼灯台から233度1.6海里の地点において,同室内に灰色の煙が充満しているのを発見した。
 当時,天候は曇で風力2の南東風が吹き,海上は穏やかであった。
 A受審人は,機関室内のどこにも火炎が見当たらなかったが,出火箇所及びその状況等の調査をしないで,上部船員室に備えてある消火器を取りに船尾甲板から賄室に入ったところ,煙が充満していたことから同船員室に入室することを断念し,機関室の各出入口を閉鎖しないまま操舵室に戻り,主機の回転数を減じて逆転減速機を中立とし,寿丸を停止させた。
 その後,A受審人は,雑用水ポンプによる放水消火も,バケツで海水をくんで機関室に振り掛けるなどの消火作業もせず,海岸に近いほうが助かる可能性が高いと考えて逆転減速機を前進側に嵌合し,寿丸を鹿児島県松原漁港北方のさんご礁に向けて5分ばかり航走させていたところ,延焼速度が速く,機関室右舷側出入口から火炎が吹き出しているのを認めたものの,寿丸に備えられていた無線機や所持していた携帯電話で海上保安庁などに火災発生の通報をしなかった。
 A受審人は,寿丸の左舷前方を航行していた大寿丸が主機排気ガス色の異常などに気付いて寿丸の右舷船首寄りに接舷したので,13時15分ごろ甲板員とともに大寿丸に移乗し終えたころ,近くを航行していた漁船が救助に駆け付けたことから,同船の船長にB組合に火災発生の通報を依頼した。
 その結果,寿丸は,操舵室,両船員室及び賄室などに延焼し,15時06分来援した巡視船の放水消火作業により,16時30分鎮火したが,上部構造物をほとんど焼失し,のち廃船処理された。

(本件発生に至る事由)
1 充電機,蓄電池,セルモータ及び配電盤間の各ケーブルが寿丸購入時のまま継続使用されていたこと
2 発航後,A受審人が機関室巡視を行っていなかったこと
3 A受審人が機関室火災を発見した際,出火箇所及びその状況等の調査を行っていなかったこと
4 A受審人がバケツ及び雑用水ポンプなどによる放水消火及び機関室の各出入口を閉鎖するなどの密閉消火を行っていなかったこと
5 機関室から出火した際,A受審人が速やかに火災発生の通報を行っていなかったこと

(原因の考察)
 本件火災は,機関室から出火したものであり,その原因について検討する。
 第一発見者であるA受審人は,「13時00分少し前,主機の回転数が急に低下したことに気付いて機関室右舷側出入口に急行し,同出入口からのぞき込んだところ,同室内に灰色の煙が充満していた。火炎は見えなかった。火の回りが早かった。」旨の,及び「同出入口からの死角は,主機左バンクの排気集合管下方のシリンダブロック及び同ブロックと左舷側燃料油タンク間の同室床の周辺が死角となっていた。」旨の各供述をしていることから,出火箇所は同出入口から死角となっていた主機左舷側であったものと推認されるが,次の点から発火物及び出火箇所等を特定することはできない。
(1)充電機,セルモータ,主機始動用及び蓄電池充電用の各ケーブルは,主機左舷側床上,または,その下方に敷設されていないため,ケーブルが発火,炎上したとは考えられないこと
(2)左舷側燃料油タンクから油水分離器に至る燃料油管及び戻り油管の一部が主機左舷側にも配管されていることから,燃料油管などから燃料油が漏れ出して,これが発火,炎上するおそれがある。しかし,主機左舷側シリンダブロック下方に燃料油を発火させる主機の発熱源及びケーブル等のスパーク状の発火源が存在しないことに加え,発航時,主機の燃料油管系に漏油などが生じていなかったと認められること,及び本件時,主機の運転状態に異常がなく,燃料油の異臭もなかったことなどを合わせ考えると,燃料油管系からの燃料油の漏洩などに起因する発火は考えられない
(3)本件時,機関室火災の延焼速度が速かったことから,短時間での発火,炎上につながる多量の燃料油が漏洩していた可能性が考えられるが,これは前示のことと矛盾することとなり,漏洩した燃料油がケーブル等のスパークにより発火,炎上したと判断するには無理があること
(4)舵機の作動油管系が主機の左舷側に配管されていたが,ケーブルなどとの接点が見当たらず,また,舵機の作動油が燃料油よりも発火しにくい性状を有しているため,これが発火,炎上したと認定することはできないこと
(5)主機の燃料噴射管及び戻り油管などが損傷して燃料油が排気集合管や過給機などに降り掛かったとした場合,C技師に対する質問調書中,「燃料油管が損傷して燃料油が同集合管などに降り掛かり,これが発火したならば,発火,炎上の箇所が主機の上方であることから機関室右舷側出入口から火炎が見えたはずである。」旨の供述記載があるように,燃料油が同集合管などと接触して発火,炎上したとすれば,A受審人は同出入口からこれを認めることができたと考えられ,同人の供述と矛盾すること
(6)機関室右舷側出入口から死角となる同室左舷側床面に置かれていたゴムホース及び同床面などに漏洩,付着していた油類に発火したとすることについては,作動油管系と同様に認められないこと
 したがって,本件火災の出火原因を明らかにすることができない。
 しかし,機関室火災を発見するまで,同室巡視が行われていなかったこと,同室火災を発見した際に出火箇所等の調査及び消火作業が行われていなかったこと,同室から出火した際に速やかに火災発生の通報が行われていなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,定期的な同室巡視の励行を怠ったことなどは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件火災は,沖縄県泊漁港に向け航行中,機関室から出火したことによって発生したものであるが,発火原因を明らかにすることができない。

(受審人の所為)
 A受審人の所為と本件発生の原因との係わりは,明らかにすることができない。

 よって主文のとおり裁決する。





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