日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2005年度(平成17年度) >  火災事件一覧 >  事件





平成16年門審第129号
件名

漁船第八正栄丸火災事件

事件区分
火災事件
言渡年月日
平成17年3月23日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(寺戸和夫,千手末年,長谷川峯清)

理事官
大山繁樹

受審人
A 職名:第八正栄丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
機関室船員室賄室類焼,主機及び機器など焼損

原因
蓄電池の充電時,爆発性ガスの発生に対する安全措置不十分

主文

 本件火災は,機関室内で蓄電池を充電する際,爆発性ガスの発生に対する安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年3月14日09時30分
 山口県特牛港内
 (北緯34度18.9分 東経130度53.7分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第八正栄丸
総トン数 12トン
全長 19.30メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 382キロワット
回転数 毎分2,000
(2)設備及び性能等
ア 第八正栄丸
 第八正栄丸(以下「正栄丸」という。)は,昭和63年9月に進水したFRP製漁船で,船体ほぼ中央に機関室があり,3月ないし11月にかけて山口県の日本海側を,また12月ないし翌2月にかけて対馬周辺をそれぞれ漁場とし,同県特牛港及び長崎県厳原港を水揚げ基地とするいか一本釣り漁に従事しており,月夜間を挟んだ1週間を休漁日として,周年操業に就いていた。
 正栄丸は,A重油を主機の燃料油として使用していた。そして,主機などの定期整備は行わず,何か不具合が発生するたびに業者に依頼して必要な修理や整備を行っており,主機の年間運転時間はほぼ4,000時間であった。
イ 機関室
 正栄丸の機関室は,中央に平成7年7月に換装したB社製の6KX-ET型と称する逆転減速機付ディーゼル機関を備え,主機の前部出力軸で直結の発電機及びベルト駆動の充電機がそれぞれ駆動され,逆転機を後進にかけた際には船体及び機関室に振動が生じる状態であった。
 機関室の開口部としては,操舵室後方の上甲板上に設けられた機関室囲壁の左舷側後部に出入口が1個あり,また,同室の換気ファンが主機前方の上に2個,同左方の上に1個取り付けられていた。そしてA受審人は,夏季に主機を運転するときには,中立運転時にも出入口の引き戸を開けるとともに,換気ファンを運転して機関室内の高温空気の滞留を防止することとしていた。
 機関室は,船底上に木製の床板が張られ,同床板及び側壁とも燃料油や潤滑油など可燃性の油が染み込んでおり,発火すると火災が拡大する状況であった。
ウ 蓄電池
 機関室の蓄電池は,同室床上の左舷後方に主機始動用が,同右舷後方に航海機器や一般照明用電源として船内負荷用がそれぞれ木枠に納めて2個直列に接続されていた。なお,主機始動用は平成11年に,船内負荷用は同15年3月に,いずれも交換されており,その容量は160アンペア時であった。
 船内負荷用の蓄電池は,月夜間休漁後の最初の主機始動時に主機を中立回転数の毎分400で運転し,前示主機ベルト駆動の充電機によって約30分間充電されていた。
 ところで蓄電池は,放電によって電圧が降下し,電流の取出が不能となったりすれば充電する必要があり,この充電中に陰極板から水素ガスを,陽極板から酸素ガスを発生していたところ,水素ガスは,放電中も発生する爆発性の高いガスで,特に充電の終了期には多量に発生し,充電場所の換気措置が講じられていなければ,同ガスが滞留して何らかの発火源が生じれば爆発などの危険な災害を引き起こすおそれがあった。
 正栄丸の蓄電池は,その上部表面に6個の液口栓があり,同栓の中央に開けられた小さな細孔から放出される水素ガスが,内部の電解液が減少して生じる内部短絡や,過電流による電極の溶断及びケーブル端子などが緩んで生じる火花などを引火すると爆発する危険性があり,これを防止するためには,蓄電池の内外部を平素から点検しておくことや,充電の際には,事前に同点検を確実に行い,加えて充電場所の換気措置を十分に施したのちに充電を始めることが必要であった。

3 事実の経過
 A受審人は,平成16年3月7日月夜間の休漁のため山口県特牛港の岸壁に係留し,同月14日早朝出漁に備えて蓄電池の充電を行う目的で,1週間ぶりに船内に立ち入った。
 このときA受審人は,充電中には蓄電池内部から水素ガスが発生し,同ガスは爆発性があり何かの火花が生じると爆発して火災のおそれがあることを知っていたが,自船に限ってはそのような被害が起こることはあるまいと思い,蓄電池の電解液や電極のケーブル端子及びケーブルの損傷程度を確かめるとともに,機関室出入口の引き戸を開放したうえで換気ファンを運転するなど,爆発性ガスの発生に対する事前の安全措置を十分にとらなかった。
 同日08時30分A受審人は,操舵室から主機を遠隔始動し,回転数を毎分400の中立回転として蓄電池の充電を始め,岸壁に上がって同人の父と雑談を交わしていたところ,この間蓄電池から発生した水素ガスが,前示換気の措置がとられていなかったので,蓄電池周辺に充満したままとなり,発火源があれば爆発するおそれのある状況となっていた。
 こうして正栄丸は,09時25分平素の充電時間30分間を大きく超えて充電を終え,蓄電池周辺に爆発性ガスが大量に充満したまま,A受審人と同人の父が乗り組んだほか,同人の妻と幼い娘2人の家族3人が同乗し,船首0.4メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,氷を積み込む目的で特牛港内の製氷所に向けて前示係留岸壁を離れ,主機の回転数を毎分500として左舵一杯をとり,1メートルばかり前進したのち逆転機を後進にかけ,いくらか風があったのでいつもよりやや長い間後進操縦を続けたところ,蓄電池交換後一度も増し締めされていなかった蓄電池のケーブル端子が,後進操縦による船体及び機関の振動で緩み始め,二十数メートル後進したところ,同端子が火花を発し,09時30分特牛灯台から真方位124度210メートルの地点において,同ガスが引火して爆発した。
 当時,天候は晴で風力2の南西風が吹き,海上は穏やかで,山口県北部には前日13日早朝より乾燥注意報が発表されていた。
 機関室からの爆発音を聞いたA受審人の父は,機関室に急行して出入口の引き戸を開けたところ,同室から真っ黒い煙が噴出し,同室後部右舷下方で火炎が上がっているのを認め,持ち運び式泡消火器を操舵室から2本及び船員室から1本持参して消火にあたったものの効なく,操舵室で操船中のA受審人が,父の要請で主機を危急停止させ,同時に消防に通報した。
 同乗していたA受審人の家族3人は,急を見て駆けつけた僚船に救助され,正栄丸は,風下の近くの岸壁に流されたのち,10時25分消防車などの放水によって鎮火した。
 爆発及び炎上の結果,正栄丸は,機関室,船員室,賄い室を類焼し,主機をはじめとして各室の機器及び電路や船用品など,焼損によって甚大な被害を受けた。

(本件発生に至る事由)
1 蓄電池の設置場所が,室内空気が滞留しやすい機関室後部床板上であったこと
2 蓄電池のケーブル端子がちょうナットのみで取り付けられていて,緩みやすい状況であったこと
3 機関室の電路被覆や機器表面,側壁及び木製の床板が,可燃性の油が染み込んで類焼しやすい状況であったこと
4 A受審人が,平素から蓄電池やケーブル,ケーブル端子及び蓄電池内部の電解液量などを十分に点検していなかったこと
5 蓄電池の充電にあたり,A受審人が,事前に蓄電池の点検を行っていなかったこと
6 蓄電池の充電にあたり,A受審人が,事前に機関室の換気措置をとっていなかったこと
7 当時,周辺地域が乾燥していたこと

(原因の考察)
 本件は,機関室に設置された蓄電池を充電中,電気分解によって爆発性の水素ガスが発生し,機関室の出入口を閉めて換気ファンも運転しないでいたところ同ガスが蓄電池の周辺に充満し,主機を後進にかけて運転中,蓄電池のケーブル端子のちょうナットが緩み,同端子が火花を発して同ガスが引火爆発したことによって生じたものと認められる。
 したがって,A受審人が,蓄電池の充電にあたり,蓄電池の点検を行っていなかったこと,及び機関室の換気を行っていなかったことなど,事前の安全措置を十分にとっていなかったことは,本件発生の原因となる。
 機関室内の電路被覆,機器表面,側壁及び木製の床板などが,可燃性の油で類焼しやすい状況であったこと,蓄電池が機関室後部床板上の室内空気が滞留しやすい場所に設置してあったこと,平素から蓄電池のケーブル及びケーブル端子並びに内部の電解液の量などが十分に点検されていなかったことについては,本件に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらのことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件火災は,機関室に設置された蓄電池を充電する際,充電時の爆発性の水素ガス発生に対する安全措置が不十分で,充電終了ののち離岸して後進中,振動によって蓄電池のケーブル端子が緩んで火花を発し,機関室に充満していた同ガスが,引火して爆発したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,山口県特牛港の岸壁に係留し,機関室の木製床上に設置されていた船内負荷用の蓄電池を充電する場合,充電中は蓄電池から爆発性の水素ガスが発生するから,蓄電池やケーブル系統の異状の有無を察知できるよう,また同ガスが機関室に滞留することのないよう,蓄電池の電解液や電極とケーブル端子及びケーブルの損傷程度を確かめ,同室出入口の引き戸を開放して開口部を確保したうえ換気ファンを運転するなど,同ガスの発生に対する安全措置を十分にとるべき注意義務があった。ところが,同人は,充電が1週間ぶりでいつもより長時間を要することや,充電中は水素ガスが発生し同ガスは引火爆発のおそれがあることを知っていたものの,自船に限っては,そのような被害が起こることはあるまいと思い,爆発性の水素ガスの発生に対する安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により,主機を中立回転で1時間ばかり運転して船内負荷用蓄電池の充電を終え,離岸して逆転機を後進にかけたとき,船体と機関の振動で蓄電池ケーブル端子の接続が緩み,同端子が火花を発したことから,機関室内に充満していた同ガスが引火して爆発する事態を招き,床板や壁面など油分が多量に付着していた機関室の各種電路や機器が燃え上がり,同室及び船内各部の可燃物が類焼して火災に至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION