(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年4月26日20時55分
愛媛県三島川之江港西方
(北緯33度59.7分 東経133度30.8分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船真祥丸 |
総トン数 |
4.7トン |
全長 |
13.37メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
80 |
(2)設備及び性能等
真祥丸は,昭和51年4月に進水したFRP製漁船で,船体中央部に操舵室,同室前部に魚倉及び同室後部にネットホーラーを配置し,航海計器としてGPS及び魚群探知機を装備していた。また,操舵室の後部甲板下に船員室があり,同室には操舵室から引き戸を開けて出入りするようになっていた。
3 操業方法等
当時真祥丸が行っていたあじ流し網漁の操業方法は,ネットホーラーに巻きとってある長さ約700メートル幅約10メートルの漁網を灯火付き浮標とともに30分ばかりかけて投入し,浮標に係船して約1時間待機したのち2時間ばかりかけて揚網するもので,また,A受審人は,夕方発航して夜間に操業を行い,早朝に帰航することを繰り返しており,波高が1メートルを超える旨の気象海象に対する情報を入手したときには発航しないようにしていた。
4 気象海象
平成16年4月26日未明瀬戸内海は,移動性高気圧の後面に当たっていたが,1,006ヘクトパスカルの低気圧が中国大陸東部にあって,発達しながら東進し,翌27日未明には992ヘクトパスカルに発達して日本海の隠岐諸島付近に至り,瀬戸内海では南風が強く,波も高くなっていた。
松山地方気象台は,26日09時15分愛媛県新居浜市,西条市及び四国中央市に当たる東予東部においては,同日夕方から最大風速が海上では毎秒15メートル(以下毎秒を省略する。)波高1.5メートルとなる旨の強風,波浪注意報を発表し,同日16時30分には最大風速が海上では17メートル,波高2メートルとなる旨の同注意報を継続し,更に同日18時55分には大雨,雷注意報を発表して強風,波浪注意報も継続し,船舶などに警戒を呼びかけていた。
また,愛媛県寒川港周辺においては,背後の法皇山脈から北側に向けて吹き下ろす“やまじ風”と呼ばれる強い局地風がしばしば発生し,四国中央市立B中学校においては,26日19時45分に瞬間最大風速42メートルの南風を記録していた。
5 事実の経過
真祥丸は,A受審人が1人で乗り組み,操業の目的で,船首0.3メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,平成16年4月26日18時00分寒川港を発し,燧灘の漁場に向かった。
これより先,A受審人は,朝から天候がよかったことから,操業中に荒天に遭遇しないよう,テレビや電話などによる気象海象に対する情報収集を十分に行わなかったので,寒川港のある東予東部に,最大風速が海上では15メートル及び波高が1.5メートルに達する旨の強風,波浪注意報が発表されていることに気付かず,発航を取り止めることなく,僚船と共に予定通り出漁したものであった。
こうして,A受審人は,18時30分寒川港の北西方6海里ばかりの漁場に至って操業を開始し,19時00分投網を終えたとき,今治海上保安部の気象情報を携帯電話で聞いた僚船船長から,「天候が悪化するから帰航しよう。」と無線電話で連絡を受けたので,操業を打ち切って帰航することとして揚網を開始した。
20時28分A受審人は,あじ約30キログラムを漁獲し,漁網の全量をネットホーラーに均等に巻きとって船体に傾斜がない状態とし,寒川港防波堤灯台(以下「防波堤灯台」という。)から315度(真方位,以下同じ。)5.8海里の地点で,寒川港北西方に設置されている定置網を避けるため針路をいったん同港の2海里ばかり北方に向く118度に定め,機関を回転数毎分2,000にかけて17.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,操舵室内のいすに腰掛けて手動操舵により帰途についた。
20時45分A受審人は,防波堤灯台から359度1.9海里の地点に達し,針路を寒川港に向く180度に転じたころから雨を伴った南風が強くなり,波も高くなってきたので,機関を回転数毎分1,000に下げて3.8ノットの速力とし,船首方から風浪を受けて船体動揺を繰り返しながら進行中,20時55分防波堤灯台から358度1.2海里の地点において,真祥丸は,風浪により船首が持ち上げられて船体が大傾斜し,復元力を喪失して転覆した。
当時,天候は雨で風力6の南風が吹き,波高は3メートルばかりであった。
A受審人は,開けていた引き戸から船員室内に落ちて閉じ込められ,翌27日04時30分ころ同室内から脱出し,06時30分ころ転覆地点から北東方10海里ばかりの地点で,通りかかった漁船に救助された。
転覆の結果,主機及び各機器に濡損を生じ,舵板が脱落し,修理費の都合で廃船とされ,A受審人が横絞筋融解を負った。
(本件発生に至る事由)
1 強風,波浪注意報が発表されていたこと
2 A受審人が気象海象に対する情報の収集を十分に行わなかったこと
3 A受審人が注意報の発表に気付かなかったこと
4 A受審人が発航を取り止めなかったこと
5 転針後雨を伴った南風が強くなり,波も高くなってきたこと
(原因の考察)
本件は,夕方発航して夜間に操業を行い,早朝に帰航するという形態を繰り返し行っていた流し網漁に従事する漁船が,荒天のため操業を途中で打ち切って帰航中に高波を受けて転覆したものである。
発航して操業中に荒天に遭遇して操業を途中で打ち切って帰航するとしても,揚網に2時間ばかりを要すること,夜間であることから帰航中に前路の波浪状況を確認できないこと,レーダーを装備していないこと及び漁場の南方が定置網の設置されている海域であることから,荒天の影響の少ない針路を選定して避難できにくいことなどを考慮すれば,操業中に荒天に遭遇しないよう,A受審人としては,発航前に気象海象に対する情報収集を十分に行い,要すれば発航を取り止める措置をとるべきである。
したがって,A受審人が,発航前に気象海象に対する情報収集を十分に行わないで注意報が発表されていることに気付かず,発航を取り止めなかったことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件転覆は,燧灘の漁場に向けて操業に向かうにあたり,気象海象に対する情報収集が不十分で,発航を取り止めず,夜間,操業を打ち切って帰航中,風浪により大きく傾斜し,復元力を喪失したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,燧灘の漁場に向けて操業に向かうにあたり,操業中に荒天に遭遇しないよう,テレビや電話などによる気象海象に対する情報収集を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,朝から天候がよかったことから,気象海象に対する情報収集を十分に行わなかった職務上の過失により,発航時に強風,波浪注意報が発表されていることに気付かず,発航を取り止めず,操業を打ち切って帰航中に転覆する事態を招き,主機及び各機器に濡損及び舵板を脱落させ,自身が横絞筋融解を負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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