(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年8月22日09時20分
千葉県利根川下流域
(北緯35度45.5分 東経140度46.7分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
押船第三協栄丸 |
土運船明石588号 |
総トン数 |
80.84トン |
378トン |
全長 |
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35.00メートル |
登録長 |
20.34メートル |
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機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
735キロワット |
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船種船名 |
引船第六盛勘丸 |
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総トン数 |
18トン |
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登録長 |
13.97メートル |
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機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
367キロワット |
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(2)設備及び性能等
ア 第三協栄丸
第三協栄丸(以下「協栄丸」という。)は,昭和56年7月に進水した,平水区域を航行区域とする鋼製押船で,船体前部に操舵室が設けられ,2機2軸が装備されており,当時,千葉県銚子漁港本城地区の浚渫(しゅんせつ)工事において土砂を積載した土運船の押航に従事していた。
イ 明石588号
明石588号(以下「明石」という。)は,昭和62年建造の500立方メートル積非自航式鋼製土運船で,船尾に押船の船首が嵌合(かんごう)できるよう,船尾端から1.0メートル幅3.6メートルの凹部が設けられており,当時,前示浚渫工事における土砂の運搬に使用されていた。
ウ 第六盛勘丸
第六盛勘丸(以下「盛勘丸」という。)は,昭和42年12月に進水した,限定沿海区域を航行区域とする鋼製引船で,船体前部に操舵室が設けられ,後部甲板上には船尾端から前方約4.6メートル甲板上の高さ約1.0メートルのところに支点を有する曳航用フックが備えられており,当時,前示浚渫工事において,空倉の土運船の曳航に従事していた。
3 浚渫工事
浚渫現場及び揚土岸壁は,いずれも利根川下流域の右岸にあり,同現場は銚子大橋西側至近の,銚子港第2漁船だまり河堤灯台(以下「河堤灯台」という。)から266度(真方位,以下同じ。)1.0海里の地点にあたり,また,同岸壁は,浚渫現場から上流2.3海里ばかりの,銚子市芦崎町に位置していた。
4 水路状況
揚土岸壁の前面水域は,利根川の岸線に沿って堆積した泥による浅瀬となっているため,同岸壁に離着岸する船舶の通航路として浚渫された水路(以下「水路」という。)が設けられていた。水路は,揚土岸壁の法線約300度に対して067度の方向に,幅が約50メートルで同川の中央に向かって約140メートル延び,潮位が70センチメートル以上で土砂を満載した土運船が航行可能であり,南北両側には同岸壁方向に向かってそれぞれ7本の旗竿が等間隔に設置されていた。
5 事実の経過
協栄丸は,A受審人ほか2人が乗り組み,平成15年8月22日07時30分銚子漁港の係留地を発し,07時45分浚渫現場に至り,土砂をほぼ満載して船首尾とも2.50メートルの喫水となった明石の船尾凹部に,結合用ロープを左右両舷各1本ずつ使用して船首部を嵌合し,全長約54メートルの押船列(以下「協栄丸押船列」という。)を構成して船首2.00メートル船尾2.60メートルの喫水をもって,07時50分同現場を発進し,揚土岸壁に向かった。
A受審人は,利根川を上航して水路に達し,08時50分水路入口から40メートルの地点で,247度に向首した状態で明石の左舷船底部が水路の南側に座州したが,その後機関を使って離州を試みるも果たせなかった。
また,盛勘丸は,B受審人ほか1人が乗り組み,船首0.40メートル船尾1.75メートルの喫水をもって,同日07時00分銚子漁港の係留地を発し,空倉の土運船を揚土岸壁から浚渫現場への曳航を終えた後,引き続いて明石を曳航する目的で,再び揚土岸壁に向かった。
B受審人は,利根川を上航して09時05分水路に達し,協栄丸押船列が座州していることを知り,協栄丸から離州作業の援助要請を受けて甲板員を作業配置に就け,直径45ミリメートル長さ30メートルの曳航索を用意し,その両端に直径40センチメートルのアイが設けられた一端を曳航用フックに掛け,他端を協栄丸に渡して同船の右舷船尾ビットにとり,09時10分水路に沿って協栄丸押船列の船尾を引き始めた。
09時15分B受審人は,協栄丸押船列が少し後方に動き出して離州し始めたとき,協栄丸から曳航を止めてよいとの連絡を受け,曳航索をとり込んだところで,同押船列が水路に入航しやすいよう水路中央に向けて曳航することを思い付き,その船首部に曳航索をとることを協栄丸に連絡し,協栄丸押船列の右舷前方に移動して機関を後進にかけ,協栄丸が機関を使用して離州作業が続く中,協栄丸押船列の船首に接近した際,同押船列が間もなく離州する状況にあったが,曳航索を渡しても大丈夫と思い,横引きされないよう,離州を待って水路中央に向ける曳航態勢に移るなどの安全措置を十分にとることなく,曳航用フックにかけた曳航索の他端を協栄丸押船列に渡した。
一方,A受審人は,盛勘丸に離州作業の援助を要請した後,甲板員2人を作業配置に就けて同船の曳航状況を見守っていたところ,09時15分協栄丸押船列がようやく後方に動き出したので,後は自力で離州できるものと判断して曳航を止めるよう盛勘丸に連絡し,同船が曳航索をとり込むのと同時に機関を全速力後進にかけ,少しずつ後退し続けた。
そして,A受審人は,盛勘丸が船首に接近した際,間もなく離州する状況であったが,同船から曳航索を受けとっても大丈夫と思い,盛勘丸が横引きされないよう,離州を待って水路中央に向ける曳航態勢に移るなどの安全措置を十分にとることなく,離州作業を続けながら受けとった同索を協栄丸押船列の船首中央ビットにかけた。
09時20分少し前B受審人は,協栄丸押船列の船首を水路中央に向かって引くため機関を前進にかけようとしたとき,協栄丸押船列が離州するとともに急激に後退したことから曳航索が張り出したが,どうすることもできなかった。
また,A受審人は,曳航索が張り出すのを見て危険を感じ,急ぎ機関を中立に操作したが,及ばなかった。
こうして,協栄丸押船列は,247度に向首したまま曳航索が右舷船首30度の方向となり,一方,盛勘丸は,船首を337度に向けて同索が右舷船尾60度の方向となったとき,09時20分河堤灯台から293度3.3海里の地点において,盛勘丸は横引き状態となって右舷側に転覆した。
当時,天候は晴で風力2の東南東風が吹き,潮候は上げ潮の初期であった。
転覆の結果,盛勘丸は,主機等に濡損を生じたが,のち引き上げられて修理され,B受審人及び盛勘丸甲板員は,来援した僚船に救助された。
(本件発生に至る事由)
1 協栄丸
(1)協栄丸押船列が,座州したこと
(2)A受審人が,離州するまで盛勘丸に曳航を続けさせなかったこと
(3)A受審人が,機関を後進に使用したこと
(4)A受審人が,安全措置を十分にとらなかったこと
2 盛勘丸
(1)B受審人が,離州するまで曳航を続けなかったこと
(2)B受審人が,安全措置を十分にとらなかったこと
(3)横引き状態となったこと
(原因の考察)
協栄丸の機関後進により離州作業が続いている協栄丸押船列を水路中央に向ける曳航態勢に移ろうとして,盛勘丸が同押船列の船首に接近した際,間もなく離州する状況にあったから,協栄丸及び盛勘丸の両船が,いずれも離州を待って同曳航態勢に移るなどの安全措置をとっていたなら,横引き状態となるに至らず,本件発生は回避されたと認められる。
したがって,A及びB両受審人が,いずれも離州を待って水路中央に向ける曳航態勢に移るなどの安全措置を十分にとらなかったため,盛勘丸が横引き状態となったことは,本件発生の原因となる。
協栄丸押船列が,座州したことは,本件発生の発端となった事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から安全運航するよう是正されるべきである。
A受審人が,離州するまで盛勘丸に曳航を続けさせなかったこと及び機関を後進に使用したこと,並びにB受審人が,離州するまで曳航を続けなかったことは,いずれも本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件転覆は,千葉県利根川下流域において,座州した協栄丸押船列の離州作業にあたり,協栄丸及び盛勘丸の両船が,いずれも離州作業における安全措置が不十分で,協栄丸押船列の離州とともにその船首にとった曳航索が緊張し,盛勘丸が横引き状態となったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,千葉県利根川下流域において,浚渫土砂の揚地岸壁に通じる水路入口の南側に左舷船底部が座州し,盛勘丸の援助を得て離州作業にあたり,機関を後進にかけて同作業を続ける中,協栄丸押船列を水路中央に向ける曳航態勢に移ろうとして,盛勘丸が船首に接近した場合,間もなく離州する状況にあったから,同船が横引きされないよう,離州を待って同曳航態勢に移るなどの安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,盛勘丸から曳航索を受けとっても大丈夫と思い,安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により,離州とともに船首にとった曳航索が緊張し,盛勘丸が横引き状態となって転覆を招き,主機等に濡損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,千葉県利根川下流域において,浚渫土砂の揚地岸壁に通じる水路入口の南側に左舷船底部が座州した協栄丸押船列の離州作業の援助にあたり,協栄丸が機関を後進にかけて同作業が続く中,同押船列を水路中央に向ける曳航態勢に移ろうとして,協栄丸押船列の船首に接近した場合,間もなく離州する状況にあったから,横引きされないよう,離州を待って同曳航態勢に移るなどの安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,曳航索を渡しても大丈夫と思い,安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により,協栄丸押船列の離州とともにその船首にとった曳航索が緊張し,横引き状態となって転覆を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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