(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年5月2日16時00分
福井港福井区西方沖合
(北緯36度12.6分 東経136度02.8分)
2 船舶の要目
船種船名 |
モーターボートスミレ |
全長 |
4.95メートル |
機関の種類 |
電気点火機関 |
出力 |
29キロワット |
3 事実の経過
スミレは,平成10年3月に竣工した最大搭載人員4人の,航行区域を海岸から3海里以内の水域に限定されたFRP製モーターボートで,B船長が1人で乗り組み,友人2人を同乗させ,釣りの目的で,船首0.10メートル船尾0.17メートルの喫水をもって,平成16年5月2日15時00分福井県福井港福井区の船揚場を発し,同港西方沖合の釣り場に向かった。
スミレは,平成12年3月にA指定海難関係人が中古で購入したもので,船首部に7.5キログラムの錨と揚錨機,船体中央部右舷側に操縦席,左舷側に助手席があって,風防が設けられているほか,操縦席正面には,操縦ハンドル,機関回転計及びGPSプロッタが,同席右舷側には,スロットルレバーがそれぞれ設置されていた。船尾部には,収納庫が3箇所あり,燃料タンク,バケツ,救命胴衣5着及びナイロン製浮き玉が格納され,船尾端中央に船外機が装備されていた。
ブルワークは,船尾ヘ向かって次第に低くなり,船尾外板の喫水線上からの高さが約60センチメートル(以下「センチ」という。)で,波浪が高まると船尾部から船内に海水が容易に入り込む構造であった。
排水口は,舷側と船尾に計4個あり,舷側の排水口は,直径6センチで,左右各1個,船尾端から船首側ヘ約95センチのところに,下縁は船内の床面とほぼ同じ高さに位置し,船内開口部には,ゴムパッキンの付いたねじ込み式のFRP製閉じ蓋が取り付けられ,大人3人が乗船したときの船外開口部下縁は,喫水面とほぼ同じ高さであった。また,船尾の排水口は,直径2センチで,床面から12センチのところに船外機取付場所を挟むように設置されていた。
A指定海難関係人は,平成5年交付の四級小型船舶操縦士免状を受有し,釣り仲間とともに2ないし3箇月に1回程度釣りに出かけていた。
平成16年5月1日夜A指定海難関係人は,釣り仲間総勢10人で,スミレを載せたトレーラーを引いて自宅を出発し,翌2日未明集合場所とした福井港船揚場に到着して仮眠したのち,他の釣り仲間と合流した。そして06時ころから自ら船長として乗り組み,B船長を同乗させて出港し,同港西方沖合1海里の地点で釣りを行っていた。
13時00分A指定海難関係人は,帰港して休憩していたところ,14時50分ころ,B船長から釣りのためスミレを借用したい旨の申出を受けて貸し出した。
B船長は,平成14年11月交付の四級小型船舶操縦士免状を受有し,自ら小型船外機付ボートを有していたが,7年ほど前,A指定海難関係人と知り合い,同人がスミレを購入したのち,何度か同乗し,操縦を経験していた。
平成16年5月2日03時30分ころB船長は,友人3人とともに,福井港船揚場に到着して仮眠をとり,A指定海難関係人らと合流した。その後,B船長は,同人とともに釣りなどをして過ごし,14時50分ころA指定海難関係人から前示のとおりスミレを借り受けた。
ところで,A指定海難関係人は,スミレを貸し出すにあたり,航行区域を越えないこと,また,排水口閉じ蓋の開閉を慎重に行うよう船舶の運航に関する安全管理上の指示を与える必要があったが,B船長がスミレを何度か操縦した経験があったので大丈夫と考え,船舶の運航に関する安全管理上の指示を十分に行うことなく,運航することを認めた。
発航したのち,B船長は,南寄りの風波が次第に強まってきたので,同乗者1人に救命胴衣を着用させたものの,自らと同乗者1人は救命胴衣を着用しないで,15時35分海岸から3海里の航行区域を越え,福井南防波堤灯台から274度(真方位,以下同じ。)3.2海里で,水深約65メートルの地点に至り,付近にいた数隻の遊漁船を避けて錨を投じ,錨索を長さ約100メートル延出し,15時55分船首を150度に向け,機関を停止して錨泊を開始した。
錨泊したのち,B船長は左舷側の助手席で左舷側を向き,同乗者1人が後部座席左舷側で船尾を向いて,それぞれ釣りを始め,残る同乗者1人が,船酔いのため操縦席で休んでいたところ,強い風波の影響で船体の縦揺れが激しくなり,船尾部が波間に落ちるたびに海水が船尾外板を越えて船内に打ち込み、排水口の船外開口部は、海面より下に位置するようになった。
15時58分B船長は,後部座席の同乗者から,海水が床面から20センチほどに滞留している旨を告げられたので,排水口閉じ蓋を開放すれば排水できるものと考え,備え付けのバケツを使用して海水を船外に排水するなど,適切な排水措置をとらないで,右舷側の同閉じ蓋を開放したところ,海水が,排水口を通じ,滞留していた海水の中に噴出し,船内に逆流し始めた。
15時59分少し前B船長は,滞留する海水が,急速に増加したので,排水口を足で押さえてバケツで水をくみ出したが,船体が右舷に大きく傾いたことから,操縦席の同乗者を船首付近に移動させて船尾を上げさせるとともに,自ら操縦席について,左舵を取って機関を前進にかけたところ,右舷船尾に大波を受け,さらに傾斜を増して復原力を喪失し,16時00分前示錨泊地点において,スミレは,船首を100度に向け,右舷側に転覆した。
当時,天候は晴で,風力3の南南東風が吹き,波高は約1メートルであった。
転覆の結果,スミレは,付近の遊漁船によって陸岸に引きつけられたが,船外機等が濡れ損となった。B船長は,付近の遊漁船に救助を求めるため,浮き玉につかまりながら泳ぎだしたが,行方不明となり,後日,石川県の海岸で水死体で発見され,同乗者2人は,船底にしがみついていたところ,18時ころ遊漁船に救助された。
(原因)
本件転覆は,船舶所有者が,スミレを貸し出す際,航行区域を越えないこと,また,排水口閉じ蓋の開閉について慎重に行うよう注意を与えることなど,船舶の運航に関する安全管理上の指示が不十分であったことと,スミレが,航行区域を越えたばかりか,福井港福井区西方沖合の釣り場で錨泊中,船内へ打ち込む海水の滞留を認めて排水しようとする際,排水措置が不適切で,海水が開放した排水口から船内に逆流し,復原力を失ったこととによって発生したものである。
(指定海難関係人の所為)
A指定海難関係人が,スミレを貸し出す際,航行区域を越えないこと,排水口閉じ蓋の開閉について慎重に行うよう注意を与えることなど,船舶の運航に関する安全管理上の指示を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
A指定海難関係人に対しては,勧告しない。