(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年7月16日11時00分
高知県須崎港
(北緯33度22.7分 東経133度16.9分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
押船マリン32 |
総トン数 |
19.00トン |
全長 |
13.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,323キロワット |
(2)設備及び性能等
ア マリン32
マリン32は,平成3年2月に竣工し,上甲板前部に海面上高さ約3.7メートルの船橋楼,船橋楼上に高さ3メートルのマストを有し,船体中央から後方寄りに機関室が区画された一層平甲板型鋼製押船で,同型の押船D号を左側に,自船を右側に配置した横並びの状態で台船E号の船尾に連結されて押船列を形成し,石灰石及び残土の運送に従事していた。
イ D号
D号は,マリン32と同型の鋼製押船であったが,船橋楼上に海面上高さ8.4メートルのタワーブリッジを設けていることが異なっていた。
ウ E号
E号(以下「台船」という。)は,全長約71.5メートル,幅21.0メートル,深さ6.5メートルの非自航の鋼製台船で,船首楼及び船尾楼,並びに両船楼間に容積2,930立方メートルの貨物倉を配し,貨物倉と船首楼間の上甲板上に荷役用クレーン(以下「クレーン」という。)が設置されていた。そして,船尾楼が,上方から各高さが約2.4メートルで,幅それぞれ約3.9メートル,7メートル及び18メートルの操舵室,船長居室及び乗組員居住区とした3層構造となっており,2層目以上の構造物の幅が狭いものの,満載状態で押船を連結した状態であっても,クレーン設置位置付近の上甲板上からは,D号のタワーブリッジが見えるが,マリン32の船橋楼は1層目の構造物に遮られて見通すことができなかった。
エ 台船と押船との連結
マリン32及びD号は,台船船尾の2箇所の凹部にそれぞれ嵌合し,合成繊維製ロープ,ワイヤロープ及び油圧連結装置で固定されて押船列を形成し,航行中は,台船の操舵室から舵及び主機の遠隔操縦を行うことができるようになっていた。
オ 油圧連結装置
油圧連結装置は,各押船に設けられており,縦横長さそれぞれ600ミリメートル及び厚さ100ミリメートルのゴム製パッドが4本のボルトで取り付けられた圧着板と,油圧シリンダ,油圧ポンプ及び制御装置で構成されていた。
圧着板は,上甲板上の船首端から2メートル及び船尾端から3.5メートルの両舷側4箇所に設けられ,台船の船側外板に圧着し,その摩擦力で連結させる方式のもので,左舷側の2個がいずれも固定式であるのに対し,右舷側の2個が可動式で,油圧シリンダによって船横方向に伸縮できるようになっており,1個につき30トンの圧着力を有していた。
そして,油圧ポンプは,機関室内に設置され,電磁クラッチ及びベルトを介して主機により駆動できるようになっていた。
カ 油圧連結装置の操作
油圧連結装置は,操舵室内右舷側壁面に設置された操作スイッチ箱及び制御盤により,遠隔操作できるようになっており,同箱には,伸出,停止及び収縮の各押しボタンスイッチが組み込まれ,伸出又は収縮の同スイッチを押すと,右舷側圧着板2個の油圧シリンダに同時に油圧が供給され,所定の位置に達するまで動作するが,動作の途中で停止の同スイッチを押すことにより,任意の位置で停止させることも可能なようになっていた。
また,制御盤には,伸出又は収縮が完了した際に点灯する,いずれも緑色の表示灯がそれぞれ組み込まれていたものの,同盤が同室内右舷寄りに設置された主機操縦卓の頂面よりやや低く,同室内左舷方から表示灯を視認することが困難な状態で取り付けられていた。
3 事実の経過
マリン32は,3人が乗り組んだD号と共に,船首1.4メートル船尾1.9メートルの喫水となった空倉状態の台船に連結して押船列を形成し,A受審人及びB指定海難関係人が乗り組み,石灰石を積載する目的で,船首1.8メートル船尾3.6メートルの喫水をもって,平成15年7月15日10時00分大阪港を発し,翌16日08時20分高知県須崎港日鉄鉱業岸壁に押船列を形成した状態のまま,船首を北北西方に向けた左舷付で係留し,積荷役の準備を始めた。
ところで,A受審人は,積荷役の進行に伴って台船の喫水が増加することから,両押船に台船の喫水変化の影響が及ばぬよう,圧着板を収縮させて油圧連結装置による連結を解除し,合成繊維製ロープ及びワイヤロープが自然と緩む状態にしておく必要があり,同装置の操作を平素からB指定海難関係人に担当させるとともに,同指定海難関係人など機関部乗組員を台船の船尾楼内に待機させ,積荷役や押船の状況を監視することとしていた。
ところが,B指定海難関係人は,かねてよりC社からクレーンの保守状態が芳しくないとの注意を受けており,須崎港での積荷役中にクレーンの保守作業を行う計画を立て,その旨をA受審人に伝えていた。
押船列の係留作業を終えたB指定海難関係人は,積荷役の準備を行う際,D号の油圧連結装置を解除したものの,クレーンの保守作業を急いでいたこともあり,マリン32の同装置の解除を失念したまま,同船の主機を停止し,圧着板の収縮完了を示す表示灯の点灯及び同板の台船からの解離など,圧着板の収縮状態を点検することなく,D号の船長ほか乗組員1人と共にクレーンの保守作業にとりかかった。
A受審人は,積荷役を開始するにあたり,同荷役中にB指定海難関係人がクレーンの保守作業にあたることを事前に承知していたことから,他の乗組員1人に積荷役中に必要な陸上側との連絡などを指示したものの,押船と台船との連結解除を,油圧連結装置の操作に慣れている同指定海難関係人に任せているので大丈夫と思い,同指定海難関係人に同装置の状態についての報告を求めるなり,自ら点検するなりして,両船の連結解除状態の確認を十分に行わなかったので,マリン32の圧着板が伸出し,台船の船側に圧着した状態のままであることに気付かないまま,陸上のベルトコンベアによる台船への積荷役を開始し,自らも台船に赴いてクレーンの保守作業に加わった。
こうして,マリン32は,石灰石の積荷役が進行するにつれ,台船と共に喫水が増加する状況となっていたが,前記保守作業にあたっていた位置からは,同船を見通すことができなかったので,乗組員がこの状況に気付かずにいるうち,いつしか開放されていた機関室上部ハッチなどから同室内に大量の海水が浸入して浮力を喪失し,石灰石約3,400トンの積載を終えたところ,平成15年7月16日11時00分土佐須崎港新荘第1号防波堤灯台から真方位194度710メートルの前記係留地点において,押船の主機を始動するため台船の船尾方に赴いたD号の乗組員が,操舵室上部を海面上に出した状態で沈没しているのを認め,A受審人にこのことを知らせた。
当時,天候は晴で風力2の南東風が吹き,港内は平穏であった。
その結果,マリン32は,乗組員により,排水ののち,油圧シリンダの圧力が放出されて圧着板が収縮し,船体が浮上したものの,主機のほか,機関室内の各補機器及び電気機器などに濡れ損を生じ,のち,修理された。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人
(1)B指定海難関係人に対し,荷役開始前に油圧連結装置を解除するよう指示しなかったこと
(2)平素,油圧連結装置の操作を担当しているB指定海難関係人に対し,積荷役を開始するにあたり,同装置の状態についての報告を求めるなり,自ら点検するなりして,同装置の解除状態の確認を行わなかったこと
(3)油圧連結装置が解除されていないことに気付かないまま積荷役を開始させたこと
(4)平素,油圧連結装置の操作及び荷役の監視などにあたっていたB指定海難関係人に,クレーンの保守作業を行わせたこと
(5)C社からのクレーンの保守作業を行うようにとの指示を気にかけ,積荷役中,同作業に従事し続けたこと
(6)積荷役中,台船の上甲板上の,マリン32の船体を見通すことができない位置にいたこと
(7)積荷役中,乗組員に報告を求めるなり,自ら点検するなりして,マリン32と台船との連結解除状態についての確認を行わなかったこと
2 B指定海難関係人
(1)油圧連結装置の解除操作を失念したこと
(2)圧着板の収縮状態についての点検を行わなかったこと
3 その他
油圧連結装置制御盤が,操舵室内の主機操縦卓に遮られて視認しにくい位置に設置されていたこと
(原因の考察)
本件沈没は,台船に連結された押船の喫水が次第に増加する状況のまま積荷役が続けられたことによって発生したもので,同荷役を開始する際,マリン32と台船との連結が解除されていれば,未然に防ぐことが可能であったと認められる。
したがって,B指定海難関係人が,油圧連結装置の解除操作を失念したうえ,圧着板の収縮状態の点検を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
また,A受審人が,積荷役を開始するにあたり,油圧連結装置の操作を担当していたB指定海難関係人に対し,同装置の状態についての報告を求めるなり,自ら点検するなど,マリン32と台船との連結解除状態の確認を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,B指定海難関係人に対し,積荷役開始前に油圧連結装置を解除するよう指示しなかったこと,同装置が解除されていないことに気付かないまま積荷役を開始させたこと,積荷役中,平素から油圧連結装置の操作及び荷役の監視などにあたっていた同指定海難関係人に,クレーンの保守作業を行わせたこと,C社からクレーンの同作業を行うようにと指示されたことを気にかけ,積荷役中,台船の上甲板上の,マリン32を見通すことができない位置で同作業を続け,マリン32と台船との連結解除状態についての確認を行わなかったこと,加えて,同装置制御盤が,操舵室内の主機操縦卓に遮られて視認しにくい位置に設置されていたことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件沈没は,岸壁に係留した台船において,石灰石の積荷役を開始するにあたり,押船の係留態勢が不適切で,押船が台船に連結された状態のまま積荷役が続けられ,押船の喫水が台船の沈下と共に増加し,機関室に大量の海水が浸入して浮力を喪失したことによって発生したものである。
押船の係留態勢が不適切であったのは,船長が,積荷役を開始するにあたり,押船と台船との連結解除状態の確認が不十分であったことと,機関員が,積荷役を開始するにあたり,押船の油圧連結装置の解除操作を失念したうえ,圧着板の収縮状態についての点検を行わなかったこととによるものである。
(受審人等の所為)
1 懲戒
A受審人は,岸壁に係留した台船において,石灰石の積荷役を開始する場合,積載量の増加に伴って台船の喫水が増すのであるから,押船にその影響が及ばぬよう,平素から油圧連結装置の操作を担当していた機関員に対し,同装置の状態についての報告を求めるなり,自ら点検するなどして,押船と台船との連結解除状態の確認を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,油圧連結装置の操作に慣れている同機関員に任せているので大丈夫と思い,押船と台船との連結解除状態の確認を行わなかった職務上の過失により,台船に連結された状態のまま積荷役を続け,喫水が著しく増加した押船の開口部から大量の海水が機関室に浸入する事態を招き,同船の浮力を喪失させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
2 勧告
B指定海難関係人が,積荷役を開始するにあたり,押船の油圧連結装置の解除操作を失念したうえ,圧着板の収縮状態の点検を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては,勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
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