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平成16年広審第86号
件名

引船第三大千丸被引はしけ31沈没事件

事件区分
沈没事件
言渡年月日
平成17年1月21日

審判庁区分
広島地方審判庁(米原健一,吉川 進,黒田 均)

理事官
川本 豊

受審人
A 職名:第三大千丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
はしけ31沈没,はしけ31の乗組員溺死

原因
荒天に対する配慮が不十分,出航を中止しなかったこと

主文

 本件沈没は,荒天に対する配慮が不十分,出航を中止しなかったことによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年1月27日19時40分
 燧灘
 (北緯34度09.6分 東経133度23.0分)

2 船舶の要目
(1)要目
船種船名 引船第三大千丸 はしけ31
総トン数 19トン 約357トン
全長 16.73メートル 34.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 529キロワット  
(2)設備及び性能等
ア 第三大千丸
 第三大千丸(以下「大千丸」という。)は,平成9年1月に進水した,限定沿海区域を航行区域とする一層甲板船首船橋型の鋼製引船で,専ら瀬戸内海において鋼材の切れ端などのスクラップを積んだはしけの曳航作業に従事していた。
 操舵室は,同室中央にジャイロコンパスを組み込んだ操舵スタンドを設備し,その左右両側に木製の台を設け,右舷側の台上に主機のクラッチレバーや調速レバーなどを備えた操作盤を,左舷側の台上にレーダー,GPS船位表示器及びプロッターを,同台の下に航海灯など各種灯火のスイッチが取り付けられた分電盤をそれぞれ設置していた。また,同室前面及び左右両側面上部がガラス窓になっており,後面も中央部が壁になっていたものの,その左右両側上部がガラス窓で船体後部に視界を妨げる構造物もなかったので,周囲の見通し状況が良好であった。
 操舵室後方は,機関室囲壁が続き,船尾端から4.5メートル前方の同囲壁後端中央部に曳航索を取るフックが設置されていた。
 操舵室上部は,中央部にレーダースキャナーを,後端中央部にマストを設け,同マスト前面には上から順に,マスト灯,紅色全周灯,マスト灯,紅色全周灯及び拡声器が,後面には上から順に,引船灯,探照灯及び船尾灯が,マスト頂部に白色全周灯及びその左舷側に黄色回転灯が,同室後部左右両端に舷灯がそれぞれ取り付けられ,同室前部にも探照灯が設置してあった。
 航海速力は,機関を回転数毎分1,400として,単独で航行する場合には約9ノット,スクラップ等を積んだはしけを曳航する場合には約5ノットであった。
イ 31
 31は,1970年に建造された鋼製はしけで,上甲板には船体の前部及び後部にハウスを,中央部に甲板上高さ1メートルのコーミングを有する縦28.5メートル横7.0メートルのハッチをそれぞれ備え,後部ハウスが乗組員の休憩場所となっており,ハッチ左右両側の幅0.8メートルの通路を通って船首部に行くことができ,船体の状態は適宜修理が行われていたので良好に保たれていた。
 上甲板下は,中央部が船倉で,その前方及び後方の区画が倉庫になっていて,後方の倉庫には船倉に溜まったビルジを排出する水中ポンプと同ポンプを運転するための発電機が設置され,後部ハウス右舷側甲板上の水密蓋付きハッチから出入りできた。
 船倉は,二重底の上にあり,船首側及び船尾側の各倉庫との間に左右両舷外板に達する隔壁があったものの,船首尾方向の隔壁がなく,外板まで貨物を積み込むことができたが,ハッチについては,前部及び後部のハウス間に張ったワイヤ3本からキャンバス製カバーを吊り下げてハッチ上面を覆い,同カバーの下端をハッチコーミング周囲の金物にロープで固定するのみであったので,荒天に遭遇して高波を受けるとハッチから船倉に浸水するおそれがあった。
 灯火は,前部ハウス上のマストに黄色点滅灯が,後部ハウス上のマストに船尾灯及び黄色点滅灯がそれぞれ設置されていた。

3 事実の経過
 大千丸は,A受審人が単独で乗り組み,船首0.65メートル船尾2.20メートルの喫水をもって,乗組員1人を乗せ,スクラップ550トンを積載し,船首尾とも2.90メートルの等喫水となった31の船首中央部に備えたビットと大千丸機関室囲壁後端のフックとの間に直径50ミリメートル長さ60メートルの合成繊維製曳航索を取り,大千丸船尾から31船尾までの長さ約89メートルの引船列を形成し,平成15年1月27日16時40分愛媛県新居浜港を発し,燧灘及び備讃瀬戸経由で兵庫県姫路港に向かった。
 ところでA受審人は,出航に先立ちテレビの天気予報を見て気象情報を入手し,発達中の低気圧が九州北方海上を東進中で,温暖前線が紀伊半島南方海上に,寒冷前線が台湾北部にそれぞれ延び,同日05時15分愛媛県全域に強風波浪注意報が発表され,瀬戸内海では次第に南寄りの風が強まって高波が発生するおそれがあることを知ったが,新居浜港付近では風が弱く,波も高くなかったことから,低気圧の進行速力が遅いものと判断し,天候が悪化する前に多数の島が点在して高波が発生しにくい備讃瀬戸に入ることができるものと思い,航行中に高波を受けるなどの危険な状況に陥ることがないよう,出航を中止するなど,荒天に対する配慮を十分に行うことなく,海面からハッチコーミング上端までの高さを約1.6メートルとし,スクラップが荷崩れのおそれがないこと及び船尾側倉庫ハッチ蓋が閉鎖されていることを確認し,船倉のハッチをカバーで覆わないで出航した。
 A受審人は,飲料水用瓶を収納するプラスチック製ケース3個を重ねてロープで縛った上に座布団を取り付けた台を操舵室中央の舵輪後方に置き,その上に腰を掛けて操舵と見張りにあたり,日没後には大千丸にマスト灯2個,両舷灯,船尾灯及び引船灯を,31に前部及び後部ハウス上の両黄色点滅灯並びに船尾灯をそれぞれ表示して燧灘を北上し,18時17分愛媛県江ノ島の三角点(以下「江ノ島三角点」という。)から218度(真方位,以下同じ。)4.8海里の地点で,針路を053度に定め,機関を全速力前進にかけ,5.3ノット(対地速力,以下同じ。)の速力で,手動操舵によって進行した。
 間もなく,A受審人は,南西寄りの風が急速に強まって波高も1メートルを超えるようになり,風浪を船尾方から受けて船体の動揺が始まったものの,風向などを考慮して新居浜港に戻ることを断念し,江ノ島の東方沖合に向けて続航した。
 A受審人は,19時00分江ノ島三角点から176度1.5海里の地点に達したとき,曳航索が31船首の擦止め用キャンバスを巻きつけていたフェアリーダ付近で切断したので,31の乗組員とともに曳航索の取替え作業を始め,同時20分同三角点から148度1.4海里の地点で,曳航索を同径長さ30メートルの合成繊維製索に取り替えて作業を終えたのち,針路を江ノ島の陰に向く018度に転じ,機関を全速力前進から少し落とした3.0ノットの速力で,舵輪後方に立った姿勢で手動操舵により進行した。
 曳航索の取替え作業を行っているとき,A受審人は,31が北西方に向首し南西風に対して横倒し状態となり,高波が左舷側のコーミングを越えて船倉に打ち込む状況となったものの,風下にあたる31の右舷側に大千丸を位置させて作業を行っていたので,このことに気付かなかった。
 A受審人は,転針後,ますます風が強まって波高も2メートルを超え,31が船尾を風下に落とされ針路に対し20度の角度をもって曳航される状態となり,高波が左舷側からハッチコーミングを越えて船倉への浸水が激しくなっていたものの,大千丸の操舵場所から後方を振り返っても31の右舷側しか見ることができなかったうえ,同船との連絡方法が携帯電話だけで,電波の状態が悪かったので同船と十分に連絡が取れず,この状況に気付かないまま続航中,19時35分同船乗組員から「もうもたない。」旨の携帯電話による連絡を受け,針路を東方に転じるため右舵を取った直後,31のフェアリーダ付近で再び曳航索が切断した。
 A受審人は,切断した曳航索を回収するため船尾部に赴き31を見たところ,同船が北西方に向首して風に横倒し状態となり,高波が左舷側ハッチコーミングを越えて船倉内に打ち込み,同舷側に傾いているのに気付き,曳航索の回収作業を中止して急いで操舵室に戻り,右回頭し,針路を同船の右舷中央部に向首する225度として接近し,探照灯を点けるなどして同船の乗組員を捜すうち,同船が左舷への傾きを急速に増大させて右舷船底付近を海面上に現す状況となり,19時40分江ノ島三角点から108度1.0海里の地点において,31は,浮力を失い,左舷側に大傾斜したまま沈没した。
 当時,天候は曇で風力6の南西風が吹き,波高は3メートルであった。
 その結果,31の乗組員が行方不明となり,のち遺体で発見され,溺死と検案された。

(本件発生に至る事由)
1 31船倉のハッチに水密を保持する設備がなかったこと
2 A受審人が,出航するころ新居浜港付近では風が弱く,波も高くなかったので,低気圧の進行速力が遅いものと判断したこと
3 A受審人が,荒天に対する配慮不十分で,出航を中止しなかったこと
4 A受審人が,31船倉のハッチにカバーをしなかったこと
5 A受審人が,新居浜港に引き返すことを断念したこと
6 曳航索が切断したこと
7 A受審人が,南西風を左舷側から受け続けていたこと
8 A受審人が,31の浸水状況に気付いていなかったこと
9 連絡方法が携帯電話しかなかったこと
10 曳航索切断後,風向に対して31が横倒し状態になったこと

(原因の考察)
 本件は,A受審人が気象情報を入手し,瀬戸内海では次第に風が強まって高波が発生するおそれがあることを知っていたが,ハッチに水密を保持する設備がない31を曳航して新居浜港を出航し,同船が高波を受け浸水して沈没したもので,出航を中止していれば沈没を回避できたことは明らかである。
 したがって,A受審人が,出航するころ新居浜港付近では風が弱く,波も高くなかったので低気圧の進行速力が遅いものと判断したこと及び荒天に対する配慮不十分で,出航を中止しなかったことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が,31の浸水状況に気付いていなかったこと,及び連絡方法が携帯電話しかなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,相当な因果関係があるとは認められない。しかしながらいずれも海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 A受審人が,31船倉のハッチにカバーをしなかったこと,新居浜港に引き返すことを断念したこと,南西風を左舷側から受け続けていたこと,及び31船倉のハッチに水密を保持する設備がなかったこと,曳航索が切断したこと,曳航索切断後,風向に対して31が横倒し状態になったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,出航を中止しておれば関与しなかったので,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件沈没は,低気圧が九州北方海上を発達しながら東進し,愛媛県全域に強風波浪注意報が発表され,瀬戸内海では次第に南寄りの風が強まって高波が発生するおそれがある状況下,同県新居浜港において,ハッチに水密を保持する設備がない31を曳航して兵庫県姫路港に向かう際,荒天に対する配慮が不十分で,出航を中止せず,夜間,新居浜港北方沖合の燧灘を北上中,荒天に遭遇し,31が高波を受けて船倉に浸水し,浮力を喪失したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,低気圧が九州北方海上を発達しながら東進し,愛媛県全域に強風波浪注意報が発表され,瀬戸内海では次第に南寄りの風が強まって高波が発生するおそれがある状況下,同県新居浜港において,ハッチに水密を保持する設備がない31を曳航して兵庫県姫路港に向かう場合,テレビの天気予報を見て気象情報を入手し,低気圧の接近などを知っていたのであるから,高波を受けるなどの危険な状況に陥ることがないよう,出航を中止するなど,荒天に対する配慮を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,新居浜港付近では風が弱く,波も高くなかったことから,低気圧の進行速力が遅いものと判断し,天候が悪化する前に多数の島が点在して高波が発生しにくい備讃瀬戸に入ることができるものと思い,荒天に対する配慮を十分に行わなかった職務上の過失により,出航を中止せず,夜間,新居浜港北方沖合の燧灘を北上中,荒天に遭遇し,31が高波を受けて船倉に浸水し,浮力を喪失して沈没し,31の乗組員が死亡する事態を招くに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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