(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年7月6日17時55分
石川県安部屋漁港上野地区南西方沖合
(北緯37度00.8分 東経136度44.5分)
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船慶大丸 |
総トン数 |
0.7トン |
登録長 |
6.96メートル |
機関の種類 |
電気点火機関 |
漁船法馬力数 |
30 |
3 事実の経過
慶大丸は,船尾に船外機を装備した,無蓋のFRP製漁船で,平成15年12月一級小型船舶操縦士(5トン限定)と特殊小型船舶操縦士免許に更新したA受審人が1人で乗り組み,さざえ刺し網を設置する目的で,船首尾とも0.13メートルの喫水をもって,平成16年7月6日17時30分石川県安部屋漁港上野地区を発した。
A受審人は,17時35分安部屋港防波堤灯台(以下「防波堤灯台」という。)から334度(真方位,以下同じ。)380メートルの地点に達すると,ほぼ南方へ低速で航行しながら,先端と末端に錘とボンデンが1つずつ付いた,長さが1組120メートルの刺し網3組を,50メートルほどの間隔を置いて,直線状に投入していった。
17時54分A受審人は,防波堤灯台から206度140メートルの地点で,刺し網の3組目を設置し終え,帰途につくこととした。
ところで,安部屋漁港上野地区は,岩礁の多い海岸を掘り込んで護岸と防波堤で取り囲んだ漁港であったので,周辺には多数の岩礁域が存在し,沖合からのうねりを受けるとそれらの岩礁域では磯波が発生して高起することが多かった。A受審人が3組目の刺し網を設置し終えた地点の南側付近も水深7メートル付近から急速に浅くなる岩礁域であり,A受審人は,普段から出入港するときにその岩礁域でたびたび磯波が発生して高起するのを目撃しており,磯波の発生しやすい水域であることを十分承知していた。
刺し網の設置を終えたとき,A受審人は,前日に台風から変化した低気圧の余波で沖からのうねりが少し残っており,前示磯波発生水域で磯波が発生して高起するおそれがあったが,一瞥して磯波を認めなかったので大丈夫と思い,船体後部で立って,右舷舷側に立てている握り棒を右手で握り,船外機のスロットルハンドルに継ぎ足した棒を左手で握って,低速で南下し,同水域に入って漁港へ向け左転することとした。
17時55分少し前,左転を終えたA受審人は,防波堤灯台から198度170メートルの地点で,スロットルを少し上げて対地速力を2.0ノットとし,012度に定針したところ,左舷側に突然高起した磯波を認めたが,どうすることもできないまま,慶大丸は,磯波に船体を持ち上げられて右舷側に大傾斜し,17時55分防波堤灯台から199度155メートルの地点において,A受審人が身体のバランスを崩して海中に転落した。
当時,天候は晴で風力3の北東風が吹き,潮候は下げ潮の初期であった。
その後,無人となった慶大丸は,東へ流されて岩場に流れ着き,A受審人が泳ぎ着いて同船に乗り込んだものの,沖出しできなかったので,再び海中に飛び込んで岩場に泳ぎ着いた。
この結果,慶大丸は船外機などを流失したうえ,船体左舷側に亀裂などの損傷を生じたので廃船とされ,A受審人は,海中転落時に胸部を打ち,右肋骨骨折を負った。
(原因)
本件遭難は,石川県安部屋漁港上野地区南西方沖合において,前日に台風から変化した低気圧の余波で沖合からのうねりが残る状況下,刺し網の設置作業を終えて同港に向け帰港する際,磯波の危険性に対する配慮が不十分で,磯波発生水域に立ち入ったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,石川県安部屋漁港上野地区南西方沖合において,前日に台風から変化した低気圧の余波で沖合からのうねりが残る状況下,刺し網の設置作業を終えて同港に向け帰港する場合,うねりによって作業終了場所南側付近の水域で磯波が発生して高起するおそれがあったから,同水域に立ち入らないようにすべき注意義務があった。しかしながら,同人は,一瞥して磯波発生水域に磯波を認めなかったので大丈夫と思い,同水域に立ち入った職務上の過失により,磯波による船体の大傾斜で同人の海中への転落を招き,船体左舷側に損傷を生じさせて廃船となり,自身が右肋骨骨折を負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。