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平成16年広審第107号
件名

引船泰平丸引船列乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成17年3月9日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(佐野映一,高橋昭雄,黒田 均)

理事官
供田仁男

受審人
A 職名:泰平丸船長 海技免許:二級海技士(航海)

損害
船首部船底外板に擦過傷,船尾部外板に凹損と同部甲板に歪損

原因
針路選定不適切

主文

 本件乗揚は,針路の選定が適切でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年4月30日14時15分
 備讃瀬戸 香川県広島西岸
 (北緯34度21.7分 東経133度41.1分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 引船泰平丸 台船常石25号
総トン数 84トン 1,631トン
全長 25.00メートル 60.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 514キロワット  
(2)設備及び性能等
ア 泰平丸
 泰平丸は,昭和61年10月に進水し,2機2軸を装備した鋼製引船で,船体中央部に機関室を,同室の前方に操舵室をそれぞれ有し,主に瀬戸内海の造船所間で船体ブロック等を載せた台船のえい航に従事していた。
 操舵室には磁気コンパスのほか,レーダー及びGPSを,また船尾甲板にはえい航索巻取リール及びえい航用フックを設備していた。
イ 常石25号
 常石25号は,平成3年に建造された非自航型鋼製台船(以下「台船」という。)で,甲板上に構造物はなく,船首部甲板の両舷及び中央にえい航索を係止するビットを設備していた。
ウ 引船列
 泰平丸が空船の台船を5ノットの速力でえい航中,機関を停止すると,台船の行きあしが止まるまで300メートル以上進むことから,引船列の行きあしを制御することは容易でなかった。

3 事実の経過
 泰平丸は,A受審人ほか2人が乗り組み,船首1.8メートル船尾3.0メートルの喫水をもって,平成16年4月30日08時50分広島県千年港の係留地を発し,同港内西方の岸壁に係留されていた無人の台船に寄せ,直径70ミリメートル長さ約40メートルの化学繊維製ロープをえい航用フックと空船で船首尾の喫水がともに0.5メートルとなった台船船首部中央のビットにとり,船尾から台船後端までの距離を約90メートルの引船列とし,09時00分同岸壁を離れ,岡山県真鍋島北方,香川県佐柳島北方及び同県広島西方の各沖合を経て,備讃瀬戸北及び南両航路を横切る予定で,香川県坂出港に向かった。
 ところで,佐柳島と広島は備讃瀬戸北航路西口付近の北側に隣接しており,約3海里離れた両島間には瓦州と称する浅礁域があって佐柳島東方に約2.5海里拡延しており,その周辺は漁船や釣り船の好漁場となっていた。
 A受審人は,途中給油船と会合して補油したのち,単独の船橋当直に就いて備後灘を東行し,やがて真鍋島北方沖合に至り,13時19分佐柳港防波堤灯台から304度(真方位,以下同じ。)1.8海里の地点で,針路を広島西岸カレイ埼に向首する094度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ,5.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行した。
 定針したとき,A受審人は,佐柳島西方沖合には釣り船が見当たらず,一方予定針路線付近に十数隻の釣り船と広島西方沖合の予定転針地点付近に数十隻の釣り船群を視認したが,同群の中に入り込むと転針が困難な状況に陥り,引船列は行きあしの制御が容易でなく同島西岸に著しく接近するおそれがあったにもかかわらず,翌日より連休となることから帰路を急ぐあまり,佐柳島西方沖合を航行する針路を適切に選定することなく,航程が短い予定針路をそのまま航行することとした。
 こうして,13時29分A受審人は,手動操舵に切り換えて釣り船を転舵で替わしながら,次第に釣り船の数が多くなる状況のもと,14時10分少し前佐柳港防波堤灯台から075度2.8海里の地点で,予定転針地点に至ったものの,釣り船群の中に入り込んで転針が困難な状況に陥り,転針の機会を窺いながら広島西岸に接近した。
 14時12分少し前A受審人は,右舷船首方間近の釣り船2隻が前路を横切るように急発進したので,とっさに機関を停止し左舵一杯をとって替わし,機関と舵を種々操作して泰平丸の針路を戻し,船尾を台船の船首に押し当てて後進をかけたものの,台船の行きあしが止まらず,広島西岸カレイ埼に向首したまま進行し,14時15分佐柳港防波堤灯台から077度3.2海里の地点において,引船列は,原針路,1.0ノットの速力で,広島西岸カレイ埼縁部に乗り揚げた。
 当時,天候は晴で風はなく,視界は良好で,潮候はほぼ低潮時であった。
 乗揚の結果,泰平丸の船首部船底外板に擦過傷を生じ,また,同船の船尾が未だ行きあしの止まらない台船に押されたことから,泰平丸の船尾部外板に凹損と同部甲板に歪損をそれぞれ生じたが,上げ潮を待って自力離礁し,のち修理された。

(本件発生に至る事由)
1 引船列の行きあしの制御が容易でないこと
2 予定転針地点付近に釣り船群が存在したこと
3 佐柳島西方沖合に釣り船が見当たらなかったこと
4 A受審人が予定針路をそのまま航行したこと
5 A受審人が予定転針地点に至って釣り船群の中に入り込んで転針が困難な状況に陥ったこと
6 A受審人が転針の機会を窺いながら広島西岸に接近したこと
7 釣り船が引船列の前路に向けて急発進したこと
8 A受審人が台船の行きあしを止めようとしても行きあしが止まらなかったこと

(原因の考察)
 本件は,予定転針地点で,釣り船群の中に入り込んで転針が困難な状況に陥らなければ,発生しなかったものと認める。
 したがって,A受審人が,広島西岸沖合の予定転針地点付近に数十隻の釣り船群を視認した際,釣り船が見当たらない佐柳島西方沖合の針路を選定せず,予定針路をそのまま航行したことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が転針の機会を窺いながら広島西岸に接近したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,行きあしの制御が容易でない引船列の同種海難再発防止の見地から,本件発生の原因としない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべきである。
 予定転針地点に至って転針が困難な状況に陥ったことは,予定針路をそのまま航行した結果であり,釣り船が引船列の前路に向けて急発進したことは,釣り船群の中に入り込んだ態様であり,台船の行きあしを止めようとしても止まらなかったことは,引船列の操縦性能であり,いずれも本件発生の原因とするまでもない。

(海難の原因)
 本件乗揚は,備讃瀬戸において,坂出港に向け東行中,予定転針地点付近に釣り船群が存在した際,針路の選定が不適切で,予定針路をそのまま航行し,同群の中に入り込んで転針が困難な状況に陥り,広島西岸に著しく接近したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,備讃瀬戸において,坂出港に向け東行中,広島西岸沖合の予定転針地点付近に釣り船群が存在した場合,そのまま同群の中に入り込むと転針が困難な状況に陥り,引船列操縦性能のうえで同島西岸に著しく接近するおそれがあったから,釣り船の見当たらない佐柳島西方沖合を航行する針路を適切に選定すべき注意義務があった。しかし,同人は,翌日より連休となることから帰路を急ぐあまり航程が短い予定針路をそのまま航行しようとし,釣り船の見当たらない佐柳島西方沖合を航行する針路を適切に選定しなかった職務上の過失により,釣り船群の中に入り込んで転針が困難な状況に陥り,台船の行きあしを止めることができないまま広島西岸に向首進行して乗揚を招き,泰平丸の船首部船底外板に擦過傷を生じさせ,また,台船に押されて,泰平丸の船尾部外板に凹損と同部甲板に歪損を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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