(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年3月5日05時30分
長崎県五島列島奈留島東岸
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船喜久丸 |
総トン数 |
4.9トン |
登録長 |
11.93メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
90 |
3 事実の経過
喜久丸は,主として長崎県奈留島の周辺海域できびなごの刺し網漁業等に従事するFRP製漁船で,A受審人ほか2人が乗り組み,船首0.4メートル船尾1.0メートルの喫水をもって,平成16年3月5日02時00分同県福江港を発し,03時ごろ同島北方の漁場に至って操業を開始し,きびなご約50キログラムを獲て漁を打ち切り,05時21分半同島の市幾良鼻120メートル頂から293度(真方位,以下同じ。)1,900メートルの地点を発して帰途に就いた。
ところで,A受審人(昭和50年8月一級小型船舶操縦士免許取得)は,小型漁船に乗船して以来,長年の間漁業に従事しており,きびなご漁も約20年間続けていて周辺海域の事情は熟知していたが,平成14年夏ごろから体調不良となり,動作が徐々に緩慢となる病と診断されて薬物治療を続けていた。
漁場発航後A受審人は,他の乗組員2人を後部甲板で休憩させて1人で操船に当たり,操舵室中央に置いたいすの上に立って天窓から上半身を出し,視認できる周囲の島影を頼りに機関を半速力にかけて18.0ノットの対地速力で,いすの前の舵輪に手を伸ばして手動操舵で続航した。
A受審人は,05時25分ごろ滝河原瀬戸に差し掛かり,いつものように潮流の強い中央部は避けて奈留島東岸沿いに同瀬戸を南下し,同時27分市幾良鼻120メートル頂から107度1,100メートルの地点において,同東岸から100ないし150メートルの距離を置くよう,針路を160度に定めて進行していたところ,前方から風を受けるようになり,潮風によるものか服用している治療薬の影響によるものか,次々と涙が出て止まらなくなり,前方が視認しがたい状況となった。
そこで,A受審人は,タオルで顔を拭くため操舵位置を離れることとし,自動操舵装置を備え付けていなかったものの,短時間なら針路は現状のまま保持されるものと思い,自身が機敏に行動できないことを勘案し,休憩中の他の乗組員を呼んで操舵に当たらせるなど,針路保持の措置を十分にとることなく,周囲に航行の支障となる他船がいないことを確かめたうえ,05時29分操舵位置を離れ,その際舵輪がわずかに右に切られたことに気付かなかった。
こうして,喜久丸は,A受審人が操舵室内左舷側でタオルで顔を拭いている間に徐々に右回頭し,同受審人が操縦席に戻って前方を見たときには海岸が目前に迫っていたが,どうすることもできず,05時30分市幾良鼻120メートル頂から143度2,500メートルの地点において,210度に向首して原速力のまま海岸に乗り揚げた。
当時,天候は晴で風力3の南南西風が吹き,潮候は上げ潮の中央期であった。
乗揚の結果,喜久丸は,船底に亀裂及び破口を,プロペラ,プロペラ軸及び舵板にそれぞれ曲損を生じたが,僚船によって引き下ろされて修理地に曳航され,また,乗揚の衝撃でA受審人が胸部に打撲傷を負った。
(原因)
本件乗揚は,夜間,帰航の目的で,長崎県五島列島奈留島北方の漁場から同島東岸沿いに滝河原瀬戸を南下中,針路保持の措置が不十分で,同島東岸に向首したまま進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,単独で操船に当たり,長崎県五島列島奈留島の北方漁場から同島東岸沿いに滝河原瀬戸を手動操舵で南下中,一時操舵位置を離れる必要が生じた場合,自動操舵装置を備え付けていなかったのだから,操舵位置を離れている間に陸岸に著しく接近することのないよう,後部甲板で休息している乗組員を操舵に当たらせるなど,針路保持の措置を十分にとるべき注意義務があった。ところが,同人は,短時間なら針路は現状のまま保持されるものと思い,操舵位置を無人として針路保持の措置を十分にとらなかった職務上の過失により,喜久丸が徐々に右転しながら陸岸に向首進行して乗り揚げる事態を招き,船底に亀裂及び破口を,プロペラ,プロペラ軸及び舵板にそれぞれ曲損を生じさせ,自身が胸部打撲を負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。