(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年5月9日21時30分
石川県金沢港
(北緯36度38.2分 東経136度36.8分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第十専西丸 |
総トン数 |
41.68トン |
全長 |
27.70メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
411キロワット |
(2)設備及び性能等
第十専西丸(以下「専西丸」という。)は,昭和57年5月に進水した,沖合底引き網漁業に従事する一層平甲板型FRP製漁船で,船体のほぼ中央に操舵室を備えていた。
最大速力は,機関回転数毎分800の約10ノットで,自動衝突予防援助装置及びGPSのほか,操舵スタンドの両舷にレーダーを各1基装備していた。
3 事実の経過
専西丸は,A受審人及びB受審人ほか2人が乗り組み,あまえび漁の目的で,船首尾とも1.0メートルの喫水をもって,平成16年5月8日22時40分石川県金沢港を発し,翌9日02時30分同港北西方40海里の漁場に至って操業を行い,17時40分金沢港西防波堤灯台(以下「西防波堤灯台」という。)から310度(真方位,以下同じ。)39.0海里の地点を発進し,帰途に就いた。
ところで,A受審人は,長年の慣例から,往航時は,自身が船橋当直にあたり,復航時は,B受審人に単独の船橋当直を任せ,自身は他の甲板員とともに,漁獲物の選別作業や操業後の片付けを行うこととしていた。
専西丸は,休日である毎週土曜日と第2,第4火曜日を除いて出漁し,投網に30分,曳網に2時間30分及び揚網と移動に1時間10分の計約4時間を要する操業を4回ほど繰り返したのち,帰港することとしていた。
発進したのち,A受審人は,甲板上で,いつものように他の甲板員とともにあまえびの選別作業を開始したが,B受審人が,復航時の船橋当直に十分に慣れているので任せておけば大丈夫と思い,B受審人に対し,眠気を催した際には速やかに報告するよう十分に指示することなく,入港前に昇橋する予定で,20時00分ころ作業を終えて自室で休息した。
B受審人は,単独の船橋当直に就いて前路の漁船を何回か避航したのち,20時20分ころ視界が良好で,障害となる船舶もなくなり,眠気を催すようになったので,操舵室後部の船員室にあるテレビの電源を入れて番組の音声を聞き,身体を動かして気を紛らわせながら南下した。
20時30分B受審人は,西防波堤灯台から315度13.7海里の地点で,針路を金沢港北方沖合に向く130度に定め,機関を全速力前進にかけ,10.4ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,舵輪の後方に立って,自動操舵により進行した。
21時07分B受審人は,西防波堤灯台から331度3.3海里の地点に達し,針路を金沢港港口に向かう145度に転じたところ,前路に障害となる船舶が見当たらなかったことから,気が緩み,眠気を催すようになったものの,間もなく港口に達するので,それまで居眠りに陥ることはあるまいと思い,A受審人に報告して早めに昇橋を求めるなど,居眠り運航防止措置をとることなく,左手を左舷側レーダー上に,右手を操舵スタンドに置いて寄りかかった姿勢で,いつしか居眠りに陥った。
21時25分半B受審人は,金沢港東側護岸に向首したまま金沢港港口に達したが,居眠りに陥っていたので,転針の措置をとらないまま続航し,21時30分専西丸は,西防波堤灯台から117度l,240メートルの地点において同護岸に,原針路,原速力のまま乗り揚げた。
当時,天候は曇で風はなく,潮候は下げ潮の中央期であった。
乗揚の結果,船首下部外板に破口を伴う凹傷などを生じたが,のち修理された。
(本件発生に至る事由)
1 復航時は平素からB受審人が,単独で船橋当直にあたっていたこと
2 A受審人が,B受審人に対し,眠気を催した際には速やかに報告するよう十分に指示しなかったこと
3 B受審人が,眠気を催したとき,A受審人に報告して早めに昇橋を求めるなど,居眠り運航防止措置をとらなかったこと
4 B受審人が,居眠りに陥ったこと
(原因の考察)
専西丸は,石川県金沢港北西方沖合において,同港に向けて南下中,B受審人が,眠気を催したとしても,A受審人が眠気を催した際には速やかに報告するよう十分に指示し,一方で,B受審人が,A受審人に報告して早めに昇橋を求めるなど,居眠り運航防止措置をとっていれば,居眠り運航となる事態を容易に回避し,乗揚は避けられたものと認められる。
したがって,A受審人が眠気を催した際には速やかに報告するよう十分に指示しなかったこと,B受審人が,A受審人に報告して早めに昇橋を求めるなど,居眠り運航防止措置をとらないまま居眠りに陥ったことは,本件発生の原因となる。
B受審人が,単独で船橋当直にあたっていたことは,本件発生に至る過程において関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件乗揚は,夜間,金沢港北西方沖合を同港に向けて南下中,居眠り運航防止措置が不十分で,金沢港東側護岸に向首したまま進行したことによって発生したものである。
運航が適切でなかったのは,船長の船橋当直者に対する眠気を催した際の報告についての指示が十分でなかったことと,船橋当直者が,眠気を催した際に船長に報告しなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,金沢港北西方沖合を同港に向けて南下中,機関長に単独の船橋当直を任せる場合,居眠り運航とならないよう,眠気を催した際には速やかに報告するよう十分に指示すべき注意義務があった。しかるに,同人は,機関長が復航時の船橋当直に十分に慣れているので,任せておけば大丈夫と思い,眠気を催した際には速やかに報告するよう十分に指示しなかった職務上の過失により,機関長が眠気を催した際にその報告を受けることができず,居眠り運航となり,金沢港東側護岸に向首したまま進行して乗揚を招き,船首下部外板に破口を伴う凹傷などを生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,夜間,金沢港北西方沖合を同港に向けて南下中,単独で船橋当直に就き眠気を催した場合,居眠り運航とならないよう,船長に報告して早めに昇橋を求めるなど,居眠り運航防止措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,間もなく港口に達するので,それまで居眠りに陥ることはあるまいと思い,船長に報告して昇橋を求めるなど,居眠り運航防止措置をとらなかった職務上の過失により,居眠りに陥って金沢港東側護岸への乗揚を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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