(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年6月20日11時20分
京浜港東京区東京国際空港南東岸
(北緯35度32.2分 東経139度48.3分)
2 船舶の要目
(1)要目
船種船名 |
モーターボート大喜丸 |
登録長 |
8.94メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
95キロワット |
(2)設備及び性能等
大喜丸は,平成2年8月に進水したFRP製和船型プレジャーモーターボートで,電動によるチルト機能を有する推進器が装備されており,船尾部に操縦席が設けられ,船首部に重さ約10キログラムのストック付き片つめ錨が備えられていた。同錨には,直径20ミリメートルのロープ約100メートルが錨索として取り付けられていた。
3 事実の経過
大喜丸は,A受審人が1人で乗り組み,知人4人を乗せ,潮干狩りの目的で,推進器を下げて下端を1.0メートルの深さとし,船首0.2メートル船尾0.4メートルの喫水をもって,平成16年6月20日10時40分東京都大田区呑川新橋付近に定めた新呑川左岸の係留地を発し,東京国際空港(以下「羽田空港」という。)南東岸に向かった。
ところで,羽田空港南東岸は,東京湾に面した長さ約1,500メートルの護岸が消波ブロックで覆われていて,その中央部には,底質が砂で,低潮時に長さ650メートル最大幅40メートルにわたって干出する遠浅の干出浜があり,護岸の150メートル沖合海底には同岸と平行に潜提が敷設されていた。
また,A受審人は,前示南東岸で毎年数回潮干狩りを行っていて,平素,潜堤を通過した後,推進器を水面近くまで引き上げ,機関を極微速力前進にかけながら低速で干出浜に向かい,水深1メートルの同浜約20メートル沖合に至ったとき,同乗者に船首から投錨を行わせ,自らは船尾操縦席で操船に当たり,いったん錨索を張り錨の効き具合を確かめてから同索を伸ばして同浜に接近し,水深約50センチメートル(以下「センチ」という。)のところで上陸することとしていたが,当日,同乗者全員が女性であったことから,自ら船首に移動して投錨後,直ちに操縦席に戻って操船に当たることとした。
発航に先立ちA受審人は,黄海に発生した低気圧から東北地方に停滞前線が延び,沖縄の東方海上を台風6号が北上していたうえ,本州東岸が太平洋高気圧の周縁部に当たっていて,停滞前線に向かって南風が吹き込んでおり,東京湾では風速毎秒8メートルの南風が次第に強まる状況となっていて,東京地方に強風波浪注意報が発表されていたが,天気予報等を確認しなかったので,このことを知らなかった。
A受審人は,発航後新呑川を低速で下り,羽田空港北側の水路を東行し南側が開けた同空港北東端沖に出て,11時02分少し過ぎ東京国際空港飛行場灯台(以下「飛行場灯台」という。)から031度(真方位,以下同じ。)2.1海里の地点で,同空港東岸にほぼ沿う148度に針路を定め,機関を全速力前進にかけ,20.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)として,手動操舵により進行した。
定針したときA受審人は,南風が強かったので予定どおり潮干狩りを行うか引き返すか迷ったものの,潮干狩りシーズンの最後の機会であって同乗者が楽しみにしていたうえ,折から20隻ばかりのプレジャーボートが羽田空港東岸で潮干狩りを行っているのを認め,この程度の風ならば1時間ばかり潮干狩りを行うことは支障ないものと判断してそのまま続航し,11時09分少し過ぎ飛行場灯台から093度2.3海里の地点に達したとき,5.5ノットに減速し,右転を開始して同空港南東岸に回り込んだ。
11時15分少し前A受審人は,飛行場灯台から105度2.25海里の地点に至り,護岸300メートル沖合の航空導灯をかわしたとき,2.5ノットまで更に減速し,右転を続けて同岸にほぼ直角に向首した。
A受審人は,右転を開始したのち向岸風となった南風による風浪が大きくなった状況下,船首に移動して投錨すると船尾操縦席に戻る時間を要することから,錨索を張って錨が効く前に干出浜へ圧流されるおそれがあったが,11時19分少し前潜堤を通過し同浜まで約100メートルに接近して錨泊しようとしたとき,いつもどおりの離岸距離で投錨すれば同浜まで圧流されることはないものと思い,錨の効き具合を確かめ錨索を伸ばしながら同浜に接近することができるよう,投錨地点の選定を適切に行わず,同浜から十分離れた地点に投錨しなかった。
こうして,A受審人は,11時20分少し前護岸に向首した態勢で推進器を水面近くまで引き上げ,機関を極微速力前進にかけたまま船首に移動していつもどおりの離岸距離で投錨し,錨索を5メートル伸ばし船首ビットに止めて船尾操縦席に戻ったとき,錨が効く前に左舷船尾からの風浪によって船首が左に振れて圧流され,慌てて推進器を水面上に引き上げたものの,どうすることもできず,11時20分飛行場灯台から104度2.05海里の地点において,大喜丸は,右舷側が消波ブロックまで5メートルのところで干出浜に乗り揚げた。
当時,天候は晴で風力5の南風が吹き,潮候は下げ潮の末期で,波高約1メートルの風浪があり,東京地方に強風波浪注意報が発表されていた。
A受審人は,潮位が高くなってから沖出しすることとし,錨を沖合約10メートルに打ち直して潮干狩りを行った後,12時20分ごろ船体がわずかに浮いたので乗船して手で錨索を張り,同乗者に船体を押させていたとき,大喜丸は折から押し寄せた大きな風浪によって消波ブロック至近の干出浜まで圧流されて乗り揚げ,その後,海上保安部に救助を依頼し,同乗者とともに救助された。
その結果,風浪により消波ブロックに打ちつけられて大破し,後日クレーン船によって引き揚げられたものの,修理不能となって廃船処理された。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,自ら投錨と操船とを行ったこと
2 東京湾で強い南風が吹き東京地方に強風波浪注意報が発表されていたこと
3 A受審人が,発航前に天気予報等を確認しなかったこと
4 A受審人が,潮干狩りを行うか引き返すか迷ったもののそのまま引き返さず続航したこと
5 同乗者が,潮干狩りを楽しみにしていたこと
6 羽田空港東岸で20隻ばかりのプレジャーボートが潮干狩りを行っていたこと
7 右転を開始したのち南風によって風浪が大きくなったこと
8 干出浜に圧流されるおそれがあったこと
9 A受審人が,投錨地点の選定を適切に行わなかったこと
10 左舷船尾に風浪を受けて圧流されたこと
(原因の考察)
本件は,干出浜から十分離れた地点に投錨し,錨の効き具合を確かめ沖合から錨索を伸ばしながら同浜に接近できるよう,投錨地点の選定を適切に行っていれば同浜まで圧流されることはなく,乗揚を防止することができたものと認められるので,A受審人が投錨地点の選定を適切に行わなかったこと及び左舷船尾に風浪を受けて圧流されたことは,いずれも本件発生の原因となる。
A受審人が,発航前に天気予報等を確認しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
東京湾で強い南風が吹き東京地方に強風波浪注意報が発表されていたこと,右転を開始したのち南風によって風浪が大きくなったこと及び干出浜に圧流されるおそれがあったことは,本件発生を避けることができない状況ではなく,いずれも本件発生の原因とならない。
A受審人が,自ら投錨と操船とを行ったことは,錨が効くまでに要する時間の余裕を持つことができるよう,投錨地点の選定を適切に行っていれば支障とならず,本件発生の原因とならない。
同乗者が潮干狩りを楽しみにしていたこと及び羽田空港東岸で20隻ばかりのプレジャーボートが潮干狩りを行っていたことは,A受審人が潮干狩りを行うか引き返すか迷ったもののそのまま引き返さず続航したことの心理的背景ではあるが,続航したことが本件と相当な因果関係があるとは認められず,従って,これらは,いずれも本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件乗揚は,羽田空港南東岸の干出浜沖合において,強い向岸風による風浪が発生している状況下,錨泊して潮干狩りを行う際,投錨地点の選定が不適切で,同浜に圧流されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,羽田空港南東岸の干出浜沖合において,強い向岸風による風浪が発生している状況下,錨泊して潮干狩りを行う場合,同浜に圧流されるおそれがあったから,錨の効き具合を確かめ沖合から錨索を伸ばしながら同浜に接近することができるよう,投錨地点の選定を適切に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,いつもどおりの離岸距離で投錨すれば同浜まで圧流されることはないものと思い,投錨地点の選定を適切に行わなかった職務上の過失により,錨が効く前に同浜に圧流されて乗り揚げ,全損する事態を招くに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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