(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年6月17日02時30分
東京都小笠原村西之島南西岸
(北緯27度14.7分 東経140度52.4分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船正栄丸 |
総トン数 |
9.7トン |
登録長 |
11.90メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
90 |
(2)設備及び性能等
正栄丸は,昭和61年5月に進水し,小笠原諸島海域において,主としてかつお・まぐろ漁業に従事するFRP製漁船で,船体ほぼ中央部に操舵室,同室船尾側に船室が配置され,操舵室には海岸線を表示するGPS及び設定距離内に物標を探知すると警報ブザーが鳴る機能(以下「ガードリング機能」という。)を有するレーダーが装備されていた。また,操舵室及び船室には,ベッドがそれぞれ設置されていた。
3 事実の経過
正栄丸は,A受審人ほか1人が乗り組み,はた流し漁の目的で,船首0.5メートル船尾1.6メートルの喫水をもって,平成16年6月13日05時00分東京都小笠原村父島の二見漁港を発し,同村西之島南方約35海里沖合の漁場に向かい,15時00分同漁場に至って操業を開始し,18時ごろ操業を中断して付近海域で漂泊した。
ところで,はた流し漁は,きはだまぐろを対象魚とした立縄漁法の一種で,発泡スチロール製の浮体に約130メートルの幹縄と同縄先端部に枝針3本及び1.5キログラムの錘(おもり)を取り付けた数本の仕掛けを,長さ4メートルの旗竿(はたさお)を目印として約20メートル間隔で潮流に上りながら海中に投入した後,順次仕掛けを引き揚げ再び投入を繰り返すものであった。
A受審人は,約1週間と定めた1回の出漁期間中,毎日04時ごろから6本の仕掛けの投入と引揚げを繰り返し,18時ごろ操業を終えて夕食を摂った後,機関を停止して翌朝まで漂泊することとしており,漂泊中には発電機を運転して航海灯や作業灯を点灯するとともに,レーダーのガードリング機能を2海里に設定して乗組員とともに睡眠を取り,時々目覚めて周囲を確認していたものの,同人と交代で連続した航海当直を行う習慣がなかった。
A受審人は,同月15日まで前示漁場で操業を続け,翌16日11時00分北上を開始して漁場を移動し,15時00分西之島南方約4海里の海域に至って操業を再開した後,きはだまぐろ450キログラムを獲て,18時00分翌日の操業に備え,西之島の25メートル三角点(以下「西之島三角点」という。)から158.5度(真方位,以下同じ。)6.2海里の地点で,いつものように漂泊を開始した。
漂泊を開始したときA受審人は,付近海域の潮流が様々な方向に流れることを知っていて,西之島方向に圧流されるおそれがあったもののレーダーを4海里レンジとして作動させただけで,ガードリング機能の設定を忘れたが,これを確認しないまま,GPSの表示で風潮流による圧流方向を確かめず,操業中の潮流が東方に流れていたうえ,漂泊開始時に東風が吹いていたことから,東西に圧流されても北方の西之島方向に圧流されることはないものと思い,乗組員と交代で連続した航海当直を十分に維持することなく,夕食を摂って乗組員を休ませ,自らも操舵室のベッドに就寝した。
こうして,A受審人は,その後,風潮流の影響により北北西方の西之島南西岸に向かって圧流されたが,就寝していて,機関を始動して沖合に移動するなどの乗揚防止措置を取らないまま漂泊中,翌17日02時30分西之島三角点から210度240メートルの地点において,正栄丸は,北東に向首して西之島南西岸に乗り揚げた。
当時,天候は晴で風力2の東風が吹き,潮候は上げ潮の中央期で,視界は良好であった。
A受審人は,異音と衝撃で目を覚まし,GPSの表示と周囲の様子で乗り揚げたことに気付き,機関を後進にかけ離礁しようとしたが,正栄丸は,右舷側を海岸に打ち寄せられて離礁不能となり,その結果,後日解体撤去され,全損となった。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,漂泊中に連続した航海当直を行う習慣がなかったこと
2 夜間,機関を停止して漂泊したこと
3 A受審人が,ガードリング機能の設定を確認しなかったこと
4 漂泊地点付近海域における潮流が様々な方向に流れていたこと
5 西之島方向に圧流されるおそれがあったこと
6 A受審人が,漂泊開始時に風潮流による圧流方向を確かめなかったこと
7 操業中の潮流が東方に流れていたこと
8 A受審人が,漂泊中の航海当直を十分に維持しなかったこと
9 北北西方に流される風潮流があったこと
10 A受審人が,乗揚防止措置を取らなかったこと
(原因の考察)
本件は,漂泊中の航海当直を十分に維持していれば,西之島南西岸に向かって北北西方に圧流されても,機関を始動して沖合に移動するなど,乗揚防止措置を取ることが容易であったと認められるので,A受審人が漂泊中の航海当直を十分に維持しなかったこと及び乗揚防止措置を取らなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
A受審人が漂泊中に連続した航海当直を行う習慣がなかったこと,ガードリング機能の設定を確認しなかったこと及び漂泊開始時に風潮流による圧流方向を確かめなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
夜間,機関を停止して漂泊したこと,漂泊地点付近海域における潮流が様々な方向に流れていたこと,西之島方向に圧流されるおそれがあったこと,操業中の潮流が東方に流れていたこと及び北北西方に流れる風潮流があったことは,いずれも本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件乗揚は,夜間,東京都小笠原村西之島南方沖合において,翌日の操業に備えて漂泊する際,航海当直の維持が不十分で,乗揚防止措置を取らないまま,風潮流により同島南西岸に圧流されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,東京都小笠原村西之島南方沖合において,翌日の操業に備えて漂泊する場合,同島方向に圧流されるおそれがあったから,機関を始動して乗揚防止措置を取ることができるよう,乗組員と交代で,連続した航海当直を十分に維持すべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,操業中における潮流と漂泊開始時の風向とから,東西に圧流されても北方に圧流されることはないものと思い,連続した航海当直を十分に維持しなかった職務上の過失により,就寝していて,乗揚防止措置を取らないまま,同島南西岸に圧流されて乗揚を招き,自力離礁しようとしたが海岸に打ち寄せられて全損するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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