(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年5月19日04時20分
沖縄県池間島北岸沖(八重干瀬)
(北緯25度01.2分 東経125度16.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船八十八徳慎丸 |
総トン数 |
19トン |
全長 |
20.40メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
558キロワット |
(2)設備及び性能等
八十八徳慎丸(以下「徳慎丸」という。)は,平成3年5月に進水し,従業制限を小型第2種と定めてまぐろ延縄漁業に従事するFRP製漁船で,上甲板上には船首側から順に船首倉庫,前部甲板,機関室,乗組員居室,厨房及びオーニングを張った船尾甲板を配し,船首倉庫の上に船首甲板を,機関室の上に操舵室を,乗組員居室及び厨房の上に漁具庫があり,操舵室の上に船縦方向1メートル,船横方向2.8メートル及び高さ0.8メートルの操船場所(以下「上部操舵室」という。)を設けていた。また,前部甲板下に1番ないし4番の魚倉を,船尾甲板下の中央に5番の魚倉をそれぞれ配し,その両舷側に燃料油庫を設けていた。
操舵室に操舵装置,主機遠隔操作装置及び法定の無線電話施設を備え付け,航海計器としてジャイロコンパス,レーダー,GPSプロッター,魚群探知機及び無線方位測定機などを備えていた。また,上部操舵室にもレーダーを備え,主機操作及び操舵用の各つまみを有する遠隔管制器を装備していた。
徳慎丸は,機関を毎分回転数1,100にかけた約8ノットを航海速力とし,その旋回径は船の長さの約2倍であった。
3 事実の経過
徳慎丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,鹿児島県喜界島東方沖の漁場において操業する目的で,船首0.6メートル船尾2.8メートルの喫水をもって,平成16年5月10日09時00分宮崎県油津港を発し,同漁場に至って操業したものの漁模様が芳しくなかったため,その後沖縄県沖縄島東方沖の漁場を経由して同月16日同県宮古島の東北東方約45海里の漁場に移動し,僚船4隻とともに操業を繰り返していた。
A受審人は,05時ごろから投縄作業を約4時間かけて行ったのち,漂泊して休息し,13時ごろから揚縄作業を約10時間かけて行う操業形態をとっていたところ,漁業無線局が報じる気象情報で台風第2号が沖縄近海に接近していることを知り,約2トンの漁獲を得たところで,僚船ともども最寄りの宮古島西岸にある平良港に避難することとした。
A受審人は,不案内な宮古島周辺を航行して平良港に向かうに当たり,先発グループの2隻が宮古島の南東端にある平安名埼の沖に向けて発進していたため,同様の進路をとるつもりでいたところ,後発グループに属していた僚船博陽丸が宮古島周辺の海図を装備していたうえに平良港に寄港した経験もあったため,平安名埼沖を航行するよりも航行距離が短い宮古島の北側に位置する池間島の北岸沖に向かうことを知り,発進が遅れた自船もこれに従うこととした。
ところで,A受審人は,発航したのち経験のない沖縄近海の漁場に移動したため,海図W1204などを装備していなかったばかりか,宮古島周辺の詳細なGPSプロッター用海岸線データカードも備えていなかったので,池間島北岸沖約3海里の地点を南端とし,南北方向約7海里及び東西方向約4海里の八重干瀬と称する広大な干出さんご礁群が拡延していることも,その存在を示す航路標識として北端付近に北方位標識の八重干瀬北灯標,北西端付近に西方位標識の同北西灯標及び南東端付近に東方位標識の同南東灯標が敷設されており,それぞれ光達距離3海里の光度を有することなども知らなかった。
A受審人は,博陽丸と後発グループとなった他の僚船との交信を傍受し,池間島北岸沖に八重干瀬が存在していること及びこれを避けるために北緯24度58分の緯度線に沿ってフデ岩灯台及び八重干瀬南東灯標の南側を西行するようにとの指示を聞いたが,揚縄作業に従事しながらであったため,八重干瀬が同緯度に存在しているものと聞き違えた。このため,同人は,池間島の北西方約5海里の地点に当たる,北緯25度00分東経125度10分を平良港港外に向かう転針予定地点(以下「転針予定地点」という。)とし,そこに向けて航行すれば無難に八重干瀬の北方を航過するものと思い,改めて博陽丸にその拡延状況及び敷設されている航路標識の所在を確認するなど,水路調査を十分に行わなかった。
こうして,A受審人は,乗組員に操業の後始末を命じるとともに,GPSプロッターに転針予定地点を入力してその方位を確かめたのち,5月18日23時00分フデ岩灯台から077度(真方位,以下同じ。)40.0海里の地点を発進し,同予定地点に向けて針路を261度に定め,機関を全速力前進にかけて8.3ノットの対地速力(以下「速力」という。)で自動操舵としたため,八重干瀬に向首進行する体勢となったものの,このことに気付かなかった。
A受審人は,その後,博陽丸などの航行状況を確認することなく上部操舵室で単独による航海当直を行い,翌19日02時00分フデ岩灯台から070度15.3海里の地点で降橋し,後始末を終えた乗組員と夜食を摂ることとしたとき,連日の操業と揚縄作業に引き続いての航海当直でやや疲れを感じていたことから,飲酒をすると眠気を催すおそれがあることを予見できる状況であったが,八重干瀬の北方を航過する針路にしたつもりでいたため,気が緩み,飲酒を控えるなど居眠り運航の防止措置をとらなかった。
こうしてA受審人は,夜食時に350ミリリットルの缶ビール1缶とお湯割りにした焼酎を約1合飲んだのち,操業で疲れている乗組員を休ませることとし,02時30分八重干瀬の東方約15海里に当たる,フデ岩灯台から065.5度11.3海里の地点で,上部操舵室に戻って再び単独で航海当直に就いたところ,わずかに眠気を催すようになったものの,窓を開けて外気に当たるなど,依然として居眠り運航の防止措置をとることなく座いすに座って見張りをするうち,いつしか居眠りに陥った。
A受審人は,04時08分フデ岩灯台から310度4.0海里の地点に達したとき,左舷船首61度3.0海里のところに八重干瀬南東灯標を視認でき,そのまま西行すると八重干瀬に乗り揚げるおそれがあることを判断できる状況となったものの,居眠りをしていてこのことに気付かないまま続航し,徳慎丸は,04時20分フデ岩灯台から295.5度5.3海里の地点において,原針路,原速力のまま八重干瀬の東部外縁付近に乗り揚げた。
当時,天候は曇で風力3の南南東風が吹き,潮候は上げ潮の中央期であった。
A受審人は,乗揚の衝撃で目覚めたのち,闇夜のうえに海面が穏やかで砕け波も生じていない状況下,探照灯で周囲の海面を照らして干出さんご礁域に乗り揚げたことを初めて知り,魚倉から排水するなどして自力離礁を試みたものの,04時30分困難な状態であることから同離礁を断念して宮崎県漁業無線協会の油津漁業無線局に救助の要請を行い,その後機関室などへの浸水が激しくなったため,07時40分船体の放棄を決断し,08時05分来援した海上保安庁のヘリコプターにより乗組員ともども救助された。
徳慎丸は,錨2個を用いて船固めをしたものの,同日から翌20日にかけて宮古島の南東約200海里沖合を北東進した台風第2号の影響を受け,船底外板に生じた破口が拡大するとともに主機及び各種機器類などが濡損したため,翌6月2日クレーン船に吊り上げられて離礁したのち,解体処分された。
なお,僚船4隻は,いずれも無事平良港に寄港した。
(本件発生に至る事由)
1 宮古島周辺の水路状況に不案内であったこと
2 海図W1204などの海図及び宮古島周辺の詳細なGPSプロッター用海岸線データカードを備えていなかったこと
3 博陽丸が宮古島周辺の海図を備えていたうえに平良港に寄港した経験があったこと
4 僚船間の交信を傍受して池間島北岸沖に八重干瀬の存在を知ったが,改めて博陽丸にその拡延状況及び敷設されている航路標識の所在などを確認しなかったこと
5 連日の操業と揚縄作業に引き続いての航海当直でやや疲れを感じていたこと
6 飲酒をしたのち単独で航海当直に就いたこと
7 わずかに眠気を催すようになったものの,窓を開けて外気に当たるなどの居眠り運航の防止措置をとらなかったこと
8 乗揚地点の約1.6海里手前で八重干瀬南東灯標を視認できる状況となったこと
(原因の考察)
本件乗揚は,台風避難のために僚船2隻とともに池間島北岸沖を経由して平良港に向かうつもりで航行中,同沖に存在する八重干瀬に向首進行したことによって発生したものであり,その原因について考察する。
A受審人が,宮古島周辺の水路状況に不案内であったこと並びに海図W1204などの海図及び同島周辺の詳細なGPSプロッター用海岸線データカードを備えていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,博陽丸が宮古島周辺の海図を装備していたうえに平良港に寄港した経験を有していたこと,同船に八重干瀬の拡延状況及び敷設されている航路標識の所在などを確認することが可能であったこと及び博陽丸と交信した僚船が無難に平良港に寄港し得たことから,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,航海に必要な図誌が整備されていなかったことは,船員法に違反する行為であり,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
A受審人が,池間島北岸沖を経由して平良港に向かうこととした際,僚船間の交信を傍受して同沖に八重干瀬が存在していることを知ったのであるから,同瀬に著しく接近することのないよう,博陽丸にその拡延状況を確認するなどして水路調査を十分に行っていれば,八重干瀬に向首進行することはなかったものと認められる。したがって,水路調査を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,連日の操業と揚縄作業に引き続いての航海当直でやや疲れを感じていた状況下,飲酒をしたのち単独で航海当直に就いたことは,眠気を催すおそれがあることを予見できたものと認められる。したがって,飲酒を控えなかったうえにわずかに眠気を催すようになったときに窓を開けて外気に当たるなど,居眠り運航の防止措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。なお,飲酒により正常な操縦ができないおそれがある状態で航海当直に当たったことは,船舶職員及び小型船舶操縦者法に定めた小型船舶操縦者の遵守事項に違反する行為である。
乗揚地点の約1.6海里手前で八重干瀬南東灯標を視認できる状況となったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,A受審人が居眠りに陥っていたことから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
(海難の原因)
本件乗揚は,沖縄県宮古島の東北東方沖合で操業中,台風の接近に備えて最寄りの同島平良港に避難する際,水路調査が十分でなかったばかりか,居眠り運航の防止措置が不十分で,同県池間島北岸沖の八重干瀬に向首進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,沖縄県宮古島周辺の海図などを備えないまま同島の東北東方沖合で操業中,台風の接近に備えて最寄りの宮古島平良港に避難する場合,同島周辺の水路状況に不案内であったうえに,僚船間の交信を傍受して同県池間島北岸沖に八重干瀬が存在することを知ったのであるから,これに著しく接近することのないよう,海図を備えた僚船にその拡延状況及び敷設されている航路標識の所在を確認するなど,水路調査を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,池間島の北西方約5海里の地点に向けて航行すれば無難に八重干瀬の北方を航過するものと思い,水路調査を十分に行わなかった職務上の過失により,八重干瀬に向首進行したばかりか,連日の操業と揚縄作業に引き続いての航海当直でやや疲れを感じていた状況下,飲酒をしたのちに単独で航海当直に就くなど,居眠り運航の防止措置をとることなく進行し,居眠りに陥ったまま八重干瀬の東部外縁付近への乗揚を招き,その後沖縄島東方海上を北上した台風の影響を受け,船底外板に生じた破口が拡大するとともに主機及び各種機器類などに濡損を生じさせ,解体処分するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
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