(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年12月17日12時50分
熊本県島子漁港沖合
(北緯32度28.6分 東経130度17.4分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船幸福丸 |
漁船由美丸 |
総トン数 |
4.0トン |
0.67トン |
登録長 |
10.40メートル |
4.70メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
(2)設備及び性能等
ア 幸福丸
幸福丸は,昭和63年2月に進水したFRP製漁船で,主として刺し網漁業に使用され,最大速力が機関回転数毎分2,700の約27ノット,通常航行速力が同回転数毎分2,200の約22ノットとし,船体中央より少し後方に操舵室を設け,同室前面のガラス窓は,窓枠によって左右に2分割され,同窓右舷側に旋回窓が備えられていた。
イ 由美丸
由美丸は,昭和54年8月に進水した有効な音響による信号を行うことができる設備を有さない和船型木製漁船で,主として一本釣り漁業に使用され,全速力前進時の速力が約7ノットで,操舵室はなく,操船者は船尾甲板上中央にある物入れのさぶたに腰を掛けて船尾に備えた船外機の操作に当たるようになっていた。
3 事実の経過
幸福丸は,A受審人が同人の妻の甲板員と2人で乗り組み,刺し網漁の目的で,船首0.35メートル船尾0.80メートルの喫水をもって,平成15年12月17日08時00分熊本県島子漁港を発し,08時20分同港北方沖合4海里の漁場に到着して操業を開始し,漁模様が思わしくなかったことから,カレイ約4.5キログラムを漁獲したところで操業を終え,帰途に就くこととした。
12時39分半A受審人は,島子港1号防波堤灯台(以下「防波堤灯台」という。)から004度(真方位,以下同じ。)4.0海里の地点において,針路を島子漁港の港口に向かう185度に定めて漁場を発進し,機関を回転数毎分2,200にかけ,22.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,舵輪の後方に立って手動操舵で進行した。
12時47分A受審人は,防波堤灯台から003度2,260メートルの地点に達したとき,左舷船首15度1,600メートルのところに,由美丸を視認することができる状況であったが,前方を一見したのみで前路に航行の支障となる他船はないものと思い,左舷前方の見張りを十分に行うことなく,速力の遅い由美丸に衝突のおそれがある態勢で急速に接近していることに気付かず,同船を確実に追い越し,かつ,十分に遠ざかるまで同船の進路を避ける措置をとらないまま続航中,12時50分幸福丸は,防波堤灯台から345度250メートルの地点において,原針路,原速力のまま,その船首が由美丸の船尾中央部やや左舷側に後方から平行に衝突し,乗り切った。
当時,天候は曇で風力1の西南西風が吹き,潮候は上げ潮の末期であった。
また,由美丸は,B受審人が1人で乗り組み,カワハギ一本釣り漁の目的で,船首0.15メートル船尾0.40メートルの喫水をもって,同日09時00分島子漁港を発し,09時20分同港北東方沖合2.5海里の漁場に到着して操業を開始し,カワハギなど約3キログラムを漁獲したところで操業を終え,帰途に就くこととした。
12時30分B受審人は,防波堤灯台から042度2.4海里の地点において,針路を島子漁港の約250メートル沖合に向く225度に定めて漁場を発進し,機関を全速力前進にかけ,7.0ノットの速力で,船尾中央のさぶたに左方を向いて腰を掛け,左手で船外機を操作して進行した。
12時40分B受審人は,防波堤灯台から040度1.2海里の地点に達して島子漁港港外まで約1海里となったとき,右舷後方を見たところ他船が見当たらなかったことから,北方沖合から同港に入航する他船はないものと思って,その後右舷後方の見張りを行わないまま続航した。
12時47分B受審人は,防波堤灯台から027度750メートルの地点に達したとき,右舷船尾55度1,600メートルのところに,幸福丸を視認することができる状況となり,その後その方位に変化がないまま同船が右舷船尾方から自船を追い越す態勢で急速に接近したが,北方から南下する他船はないものと思い,依然右舷後方の見張りを十分に行うことなく,幸福丸が衝突のおそれがある態勢で接近することに気付かず,左転するなどして衝突を避けるための協力動作をとることなく進行した。
こうして由美丸は,12時50分少し前B受審人が速力を半速力前進に減じ,3.5ノットの速力で島子漁港港口に向けて左転中,船首が185 度を向いたとき,突然衝撃を受け,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,幸福丸は,船首に擦過傷及びプロペラ羽根1枚に損傷をそれぞれ生じ,由美丸は左舷後部から左舷中央部を大破して船外機を流失し,B受審人が,頭部裂創,頭部打撲,頚椎捻挫及び全身打撲を負った。
(航法の適用)
本件は,熊本県島子漁港の沖合において,同港に入航するため共に南下中の幸福丸とその前路の由美丸とが衝突したものであり,同海域は港則法の適用がないから,一般法である海上衝突予防法によって律することとなる。
海上衝突予防法は,船舶の正横後22度30分を超える後方の位置からその船舶を追い越す船舶は,追い越される船舶を確実に追い越し,かつ,その船舶から十分に遠ざかるまでその船舶の進路を避けなければならず,その際,追い越される船舶は,その針路及び速力を保持し,追越し船の動作のみでは追越し船との衝突を避けることができないと認める場合は,衝突を避けるための最善の協力動作をとらなければならないと規定している。
本件の場合,事実の経過で認定したとおり,両船の航行模様から,由美丸を追い越す幸福丸が避航義務を負うこととなり,由美丸は針路・速力の保持及び最善の協力動作の履行義務を負うこととなる。
ところで,海上衝突予防法において,「追い越される船舶を確実に追い越し,かつ,その船舶から十分に遠ざかるまで」とは,追い越される船舶が何らかの事情により進路を変更した場合においても,新たに危険な見合い関係を生じない程度に十分離れるまでであり,よって,由美丸が,衝突直前に港口に向かって減速して左転したことについては,衝突直前でもあり,幸福丸の避航義務を排斥するまでもない。
したがって,本件は,海上衝突予防法第13条追越し船の航法及び同法第17条保持船の義務によって律するのが相当と認める。
(本件発生に至る事由)
1 幸福丸
(1)A受審人が,前路に航行の支障となる他船はないとの認識をもったこと
(2)A受審人が,前路の見張りを十分に行わなかったこと
(3)A受審人が,由美丸の進路を避けなかったこと
2 由美丸
(1)B受審人が,北方から南下する他船はないとの認識をもったこと
(2)B受審人が,見張りを十分に行わなかったこと
(3)B受審人が,衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
(原因の考察)
幸福丸は,A受審人が左舷前方の見張りを十分に行っていれば,前路を南下中の由美丸を視認することができ,自船が追い越す態勢であることに気付き,早期に由美丸の進路を避けることができたものと認められる。
したがって,A受審人が,見張りを十分に行わず,由美丸の進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,前路に航行の支障となる他船はないとの認識をもったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
一方,由美丸は,B受審人が右舷後方の見張りを十分に行っていれば,追い越し態勢の幸福丸に気付き,左転するなどして衝突を避けるための協力動作をとり得たものと認められる。
したがって,B受審人が,見張りを十分に行わず,幸福丸との衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
B受審人が,北方から南下する他船はないとの認識をもったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,熊本県島子漁港沖合において,由美丸を追い越す幸福丸が,見張り不十分で,由美丸の進路を避けなかったことによって発生したが,由美丸が,後方の見張り不十分で,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,漁場から熊本県島子漁港に向け,同港沖合を南下する場合,自船が追い越す態勢にある由美丸を見落とすことのないよう,左舷前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,前方を一見したのみで前路に航行の支障となる他船はないものと思い,左舷前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,速力の遅い由美丸に衝突のおそれがある態勢で急速に接近していることに気付かず,その進路を避けることなく進行して衝突を招き,幸福丸の船首に擦過傷及びプロペラ羽根1枚に損傷をそれぞれ生じさせ,由美丸の左舷後部から左舷中央部を大破して船外機を流失させ,B受審人に頭部裂創,頭部打撲,頚椎捻挫及び全身打撲を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は,漁場から熊本県島子漁港に向け,同港沖合を南下する場合,自船を追い越す態勢で接近する幸福丸を見落とすことのないよう,右舷後方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,北方から南下する他船はないものと思い,右舷後方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,幸福丸が,後方から衝突のおそれがある態勢で接近することに気付かず,左転するなどして衝突を避けるための協力動作をとることなく進行して衝突を招き,前示の損傷を生じさせ,自らが負傷するに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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