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平成16年門審第126号
件名

漁船第三漁生丸漁船智恵丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年3月23日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(清重隆彦,長谷川峯清,織戸孝治)

理事官
金城隆支,園田 薫

受審人
A 職名:第三漁生丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
B 職名:智恵丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
漁生丸・・・右舷船首外板に破口
智恵丸・・・船首部に破口

原因
智恵丸・・・見張り不十分,船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
漁生丸・・・注意喚起信号不履行,避航を促す措置不履行(一因)

主文

 本件衝突は,智恵丸が,見張り不十分で,錨泊中の第三漁生丸を避けなかったことによって発生したが,第三漁生丸が,汽笛不装備で,注意喚起信号を行わず,智恵丸に避航を促す措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Bを戒告する。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年8月26日17時30分
 山口県須佐漁港北西方沖合
 (北緯34度40.9分 東経131度29.6分)

2 船舶の要目
(1)要目
船種船名 漁船第三漁生丸 漁船智恵丸
総トン数 9.16トン 3.52トン
登録長 12.03メートル 9.97メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
漁船法馬力数 120 70
(2)設備及び性能等
ア 第三漁生丸
 第三漁生丸(以下「漁生丸」という。)は,昭和53年3月に進水したFRP製漁船で,船体後部に機関室及び操舵室を有する構造で,操舵室内に舵輪及び機関の遠隔操縦装置を,航海計器としてレーダー,GPS,魚群探知機をそれぞれ備えていたが,汽笛を装備していなかった。そして,同船は,いか一本釣り漁に使用されていた。
イ 智恵丸
 智恵丸は,昭和52年4月に進水したFRP製漁船で,船体後部に機関室及び操舵室を有する構造で,操舵室内に舵輪及び機関の遠隔操縦装置を,航海計器としてGPS及び魚群探知機を装備していたが,汽笛を装備していなかった。そして,同船は,いか一本釣り漁に使用されていた。

3 事実の経過
 漁生丸は,A受審人が1人で乗り組み,操業の目的で,船首0.75メートル船尾1.55メートルの喫水をもって,平成16年8月26日15時30分山口県須佐漁港を発し,同港北西方沖合の漁場に向かった。
 ところで,C組合に所属する漁船のなかには,全長が12メートル以上であっても汽笛を装備していないものが多数あったが,組合員の間に,法令の汽笛装備義務は遊漁船に対するもので漁船には適用されないとの誤解があったことから,これらの漁船のほとんどが同装備をしておらず,A受審人も漁生丸に汽笛を装備していなかった。
 A受審人は,16時ごろ目的の漁場に着いて漂泊を開始し,折からの南西流に圧流されては潮登りしてほぼ同じ船位を保ちながら前示組合で取り決められた錨泊開始時刻を待ち,同時55分高山岬灯台から280度(真方位,以下同じ。)6.0海里付近で,多数の魚礁が敷設されている水深約90メートルの地点に,船首から錨を投入して錨索を95メートル延出し,機関を停止して黒色球形形象物(以下「黒球」という。)を掲げないまま,折からの北東風と南西流により船首を北東方に向けた態勢で錨泊を開始した。そして,操舵室内右舷側のいすに腰を掛けて目視により周囲の見張りを行いながら,智恵丸と僚船とが無線通信装置で情報交換しているのを,自船の同装置で聞きながら夕暮れ時を待った。
 A受審人は,17時19分漁生丸が045度を向首していたとき,右舷船尾79度3.0海里のところに,自船に向かう針路で北上する智恵丸を初認した。
 17時28分A受審人は,智恵丸が,同方位990メートルまで接近したのを認め,その後,同船が,衝突のおそれがある態勢で接近していることを知り,避航の気配を見せなかったが,そのうち航行中の同船が錨泊中の自船を避けるだろうと思い,汽笛不装備で,注意喚起信号を行わず,更に接近した際,無線通信装置で智恵丸を呼び出し交信するなどして,避航を促す措置をとることなく,錨泊を続けた。
 漁生丸は,045度に向首して錨泊中,17時30分高山岬灯台から280度6.0海里の地点において,その右舷船首部に智恵丸の船首が前方から83度の角度で衝突した。
 当時,天候は晴で風力2の北東風が吹き,潮候は下げ潮の末期で,付近には約1.0ノットの南西流があった。
 また,智恵丸は,B受審人が1人で乗り組み,操業の目的で,船首0.35メートル船尾1.60メートルの喫水をもって,同日17時00分須佐漁港を発し,山口県見島北東方沖合の漁場に向かった。
 B受審人は,発航後,舵と機関とを適宜使用して出航し,17時10分須佐港天神島灯台から355度250メートルの地点で,針路を308度に定めて自動操舵とし,折からの南西流により,左方に4度圧流されながら,16.0ノットの対地速力で進行し,同時18分僚船と無線通信装置で情報のやりとりを始め,同時22分半無線交信を終え,同装置を作動状態としたまま,同時23分半機関室囲壁の後方で後ろを向いて座り,疑似餌作りをしながら続航した。
 17時28分B受審人は,高山岬灯台から278度5.5海里の地点に達したとき,正船首わずか左方990メートルのところに,船首を北東方に向けた漁生丸を視認することができ,その後,同船が風と潮に向首してほとんど移動していないことや,平素,付近には錨泊していか一本釣り漁を行う漁船が存在することを知っていたことなどから,同船が錨泊中であることが分かる状況であったが,疑似餌作りに夢中になり,前路の見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かなかった。
 B受審人は,漁生丸の方位に変化がないまま,衝突のおそれがある態勢で接近したが,依然として前路の見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かず,同船を避けることなく同じ針路及び速力で続航中,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,漁生丸は,右舷船首外板に破口を,智恵丸は,船首部に破口をそれぞれ生じたが,のちいずれも修理された。

(航法の適用)
 本件は,須佐漁港北西方沖合において,航行中の智恵丸と錨泊中の漁生丸とが衝突したものであり,同海域は港則法及び海上衝突予防法の適用がないから,一般法である海上衝突予防法によって律することになる。
 海上衝突予防法上,錨泊中の船舶と航行中の船舶の関係について個別に規定した条文はないから,同法第38条及び第39条の規定によるのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 漁生丸
(1)漁生丸に汽笛が装備されていなかったこと
(2)漁生丸が黒球を掲げないまま錨泊していたこと
(3)A受審人が注意喚起信号を行わなかったこと
(4)A受審人が,避航を促すために無線通信装置で智恵丸と交信しなかったこと

2 智恵丸
(1)圧流されたこと
(2)B受審人が前方の見張りを十分に行っていなかったこと
(3)B受審人が航行中に疑似餌を作っていたこと
(4)B受審人が,漁生丸を避けなかったこと

(原因の考察)
 漁生丸は,黒球を掲げないまま,錨泊中で,短時間で錨索を延出することも収納することもできず,機関を使用して移動することも困難な状況で,自らの動作によって衝突を避け得なかったのであるから,智恵丸に避航してもらうしかなかった。そのためには注意喚起信号を行う必要があったが,汽笛の装備がなかったためそれができなかった。従って,漁生丸に汽笛が装備されていなかったこと及びA受審人が注意喚起信号を行わなかったことは本件発生の原因となる。
 また,無線通信装置で智恵丸との交信が可能であったのだから,同装置を使用して同船に避航を促すことができたが,この措置をとらなかったことは本件発生の原因となる。
 黒球を掲げないまま錨泊していたことは,智恵丸が衝突時まで漁生丸を視認していなかったのであるから,黒球の不表示と本件衝突との相当な因果関係があるとは認められない。しかし,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 智恵丸は,適切な見張りを行っていれば,漁生丸を早期に視認でき,余裕のある時機に同船を避けることができたのであるから,B受審人が,前方の見張りを十分に行わず,同船を避けなかったことは本件発生の原因となる。
 B受審人が航行中に疑似餌を作っていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件衝突と相当な因果関係があるとは認められない。しかし,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 圧流されたことは,潮流があるのは自然現象であり,圧流されることは通常ありうることで,やむを得ないことである。見張りを十分に行い智恵丸を早期に認めて避航していれば本件衝突は発生していない。従って,このことは本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件衝突は,須佐漁港北西方沖合において,智恵丸が,漁場に向けて航行する際,見張り不十分で,前路で錨泊中の漁生丸を避けなかったことによって発生したが,漁生丸が,汽笛不装備で,注意喚起信号を行わず,智恵丸と無線交信するなどして,避航を促す措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 B受審人は,須佐漁港北西方沖合において,漁場に向けて航行する場合,前路で錨泊している他船を見落とすことのないよう,前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,機関室囲壁の後方で後ろを向いて座り,疑似餌作りに夢中になり,前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,前路で錨泊している漁生丸に気付かず,同船を避けずに進行して衝突を招き,自船の船首部に破口を,漁生丸の右舷船首外板に破口をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 A受審人は,須佐漁港北西方沖合において,夕暮れ時を待ちながら錨泊中,衝突のおそれがある態勢で接近する智恵丸を認め,同船が避航の気配を見せなかった場合,汽笛を装備しておらず,注意喚起信号を行うことができなかったのであるから,同船に避航を促すことができるよう,無線交信するなどして,避航を促す措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,航行中の船舶が錨泊中の船舶を避けるものと思い,避航を促す措置をとらなかった職務上の過失により,智恵丸との衝突を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図





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