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平成16年門審第109号
件名

漁船新松丸漁船弘丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年3月14日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(千手末年,長谷川峯清,寺戸和夫)

理事官
黒田敏幸

受審人
A 職名:新松丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
新松丸・・・右舷中央部外板及び左舷中央部外板に亀裂,作業灯用鋼管に曲損
弘丸・・・船底外板に擦過傷,操縦スタンド及び屈曲ポールが倒壊,船長が溺死

原因
弘丸・・・船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
新松丸・・・見張り不十分,音響信号不履行,船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,弘丸が,停留中の新松丸を避けなかったことによって発生したが,新松丸が,有効な音響信号を行うことができる手段を講じず,かつ,見張り不十分で,避航を促す音響信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年8月1日20時30分
 博多港第3区室見川河口北方わずか沖合
 (北緯33度36.3分 東経130度20.4分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船新松丸 漁船弘丸
総トン数 1.5トン 1.1トン
登録長 8.31メートル 7.11メートル
機関の種類 ディーゼル機関 電気点火機関
出力 45キロワット  
漁船法馬力数   30
(2)設備及び性能等
ア 新松丸
 新松丸は,昭和61年4月にB社で進水し,推進装置として船内外機を備えたFRP製漁船で,船体後部に天井及び後部が開放されたコの字形の操縦席囲いが設けられ,同囲い前の甲板下には6個に区画した生けす仕様の魚倉が配置され,同囲い内には,前部に設けられた天板の中央部に舵輪,左舷側端に機関の遠隔操縦レバー,天板の下方に魚群探知器及び同レバーの後方に操縦席がそれぞれ設置されていた。なお,レーダーは装備されていなかった。
 灯火設備として,前示天板の両端に甲板上約2メートルとなる高さで鋼管製の枠が門型に組まれ,その中央頂部に立てられた高さ約50センチメートル(以下「センチ」という。)のマストには,上から順に,黄色回転灯,白色全周灯,両色灯が,操縦席囲いの右舷後部には船尾灯がそれぞれ配置されていた。前示門型枠の頂部と船首部に立てられた高さ約2メートルのポールとの間に鋼管が渡され,同鋼管に光源が周囲から見えない笠付きの作業灯3個がほぼ等間隔に取り付けられていた。
 同船は,専ら福岡湾内の漁場において,囲い刺網漁及び素潜り漁に使用され,漁ろう作業用として,船首部左舷側にネットローラー,同部中央に舵輪及び機関の遠隔操縦レバーが,操縦席囲い前端の右舷側寄りに浮子綱(あばづな)捌き機がそれぞれ設けられていた。
 航海全速力は,約13ノットで,同速力航走時の旋回径は約20メートルであった。
イ 弘丸
 弘丸は,平成2年9月にC社で進水し,推進装置として船外機を備えたFRP製漁船で,船体後部の右舷側寄りに甲板上の高さが約80センチの箱形の操縦スタンドを備え,同スタンドの前部甲板下には4個に区画された生けす仕様の魚倉が配置され,同スタンドの上部右内側に舵輪,同左外側に機関の遠隔操縦レバー,その下部内側には魚群探知器がそれぞれ設置されていた。なお,レーダーは装備されていなかった。
 灯火設備として,操縦スタンドの左側面に甲板上から約2.5メートルとなる高さで鋼管製のマストが立てられ,上から順に,黄色回転灯,紅色全周灯,白色全周灯が設置されていた。また,船体中央部右舷側端に,脚部が垂直で甲板上の高さ約2メートルのところからほぼ水平に屈曲した全長約4メートルの鋼管製のポール(以下「屈曲ポール」という。)が立てられ,水平部分の中央付近に両色灯が取り付けられていた。そして,周囲から光源が見えない笠付きの作業灯が,前示マストの中間部に取り付けられたブラケットに2個,屈曲ポールの水平部先端に2個がそれぞれ取り付けられていた。
 同船は,専ら福岡湾内の漁場において,このしろ囲い刺網漁に使用され,漁ろう作業用として,船首部左舷側にネットローラー,操縦スタンド前端の左側端に浮子綱捌き機がそれぞれ設けられ,屈曲ポールの脚部に舵輪及び機関の遠隔操縦レバーが設置されていた。
 速力及び船首死角に関しては,航海全速力が約26ノットで,このしろが刺さったままの刺網を積載した状態での同速力が約21ノットであった。そして,この速力で航行するとき,滑走状態となって船首浮上がほとんどないので,前方に死角が生じない状況であった。

3 事実の経過
 新松丸は,A受審人が単独で乗り組み,ぼら及びすずきを漁獲対象とした囲い刺網漁を行う目的で,船首0.26メートル船尾0.66メートルの喫水をもって,白色全周灯,両色灯及び船尾灯を点灯し,平成16年8月1日19時35分博多港第3区福浜船溜まりを発し,同港内の室見川河口北方わずか沖合の漁場に向かった。
 A受審人は,発航するにあたって,新松丸に有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかった。
 19時50分A受審人は,室見川河口の北方900メートルばかりの地点に至ったとき,前示灯火のほか作業灯3個を点灯したが,トロール以外の漁法により漁ろうに従事していることを示す紅,白の全周灯を備えていなかったので,これらの灯火を表示せずに刺網の投入を開始し,魚影反応のあった付近を左舷側に望み,長さ約500メートルの刺網を反時計回りに円を描きながら投網し,同時56分ごろ投入を終え,その後囲んだ網の内側を威嚇航走した。
 20時00分A受審人は,投入を終えた側の刺網の端に取り付けた浮標識に至り,依然,前示漁ろうに従事していることを示す紅,白の全周灯を表示せず,ネットローラー及び浮子綱捌き機を介して同網の揚収を開始し,機関を適宜使用し,約0.6ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,時計回りに揚収を続けた。
 20時29分A受審人は,福岡タワー(238メートル)から321度1,720メートルの地点で,揚網を終え,機関を中立運転にして停留状態とし,船首が300度を向いていたとき,右舷正横後26度650メートルのところに,弘丸が表示する白,紅,緑3灯を視認でき,その後同船が衝突のおそれのある態勢で接近していることが分かる状況であったが,航行中の他船が停留中の自船を避けて行くものと思い,次の操業に備えて甲板上の網などの整理作業に熱中し,周囲の見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かず,音響信号不装備で避航を促す音響信号を行うことなく,同作業を続けた。
 20時29分半A受審人は,弘丸が方位に変化なく320メートルまで近づき,その後も避航の様子を見せないまま接近したが,依然として周囲の見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かず,機関のクラッチを前進に入れて移動するなどの,衝突を避けるための措置をとることなく,網などの整理作業を続けた。
 20時30分少し前A受審人は,操縦席囲いの左舷側甲板上に投入開始側の刺網端に取り付けた浮標識を置いて,同囲いの中に入り作業灯を消灯し,次の漁場に向かうつもりで,同時30分わずか前操縦席に腰掛けて機関のクラッチを前進に入れ,ふと右舷後方を見たとき,至近に迫った弘丸の船首部及び両色灯を認め,あわてて船尾端右舷側に避難したところ,20時30分福岡タワーから321度1,720メートルの地点において,新松丸は,船首が300度を向いてわずかな前進行きあしを生じたとき,その右舷中央部に弘丸の船首が後方から64度の角度で衝突し,新松丸を乗り切った。
 当時,天候は晴で風力2の南西風が吹き,視界は良好であった。
 また,弘丸は,D船長が単独で乗り組み,このしろ囲い刺網漁を行う目的で,船首0.3メートル船尾0.8メートルの喫水をもって,同日19時00分ごろ博多港第3区姪浜船溜まりを発し,同港北防波堤西側の漁場に向かった。
 発航するとき,D船長は,救命胴衣を着用せず,薄地のワイシャツにジャージのスボンをはいた服装で,野球帽をかぶっていた。
 19時10分ごろ漁場に至り,その後しばらく魚群探索をしたのち,20時ごろ魚影反応のあった付近を中心にして円を描きながら刺網を投入したのち,囲んだ網の内側を威嚇航走し,20時05分携帯電話で家族に,あと20分ばかりで姪浜船溜まりに帰る旨を伝えて,揚網を開始した。
 20時20分半D船長は,福岡タワーから040度3.3海里の地点で揚網を終え,白色全周灯及び両色灯を点灯し,同地点を発進して帰途に就き,針路を236度に定め,機関を全速力前進にかけ,21.0ノットの速力で,手動操舵によって進行した。
 20時29分D船長は,福岡タワーから342度1,780メートルの地点に達したとき,正船首650メートルのところに新松丸の白,白2灯を視認でき,その後同船が移動しないことから,漂泊あるいは停留状態であることが分かる状況であり,同船に向かって衝突のおそれがある態勢で接近したが,同船の灯火が姪浜船溜まりの西側にある営業中の観覧車(123メートル)の明かりや周辺の街路灯などの明かりに紛れて,このことに気付かなかったものか,その後も同船に向かって接近したが,右転するなどして,新松丸を避けることなく続航中,弘丸は,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,新松丸は,右舷中央部外板及び左舷中央部外板に亀裂並びに作業灯用鋼管に曲損をそれぞれ生じ,弘丸は,船底外板に擦過傷を生じたほか,操縦スタンド及び屈曲ポールが倒壊し,D船長が,衝突時の衝撃で海中に転落し,のち,遺体で発見され溺死と検案された。
 弘丸は,衝突後もほぼ同じ速力で付近海域をわずかに右転しながら旋回中,A受審人の連絡により,姪浜船溜まりから来援した僚船の船長が弘丸に乗り移って機関を停止し,のち姪浜船溜まりに引き付けられた。

(航法の適用)
 本件は,博多港第3区室見川河口の北方わずか沖合において,揚網を終えて停留中の新松丸と船溜まりに向けて帰航中の弘丸とが衝突したものであり,博多港内であることから,港則法の定めが優先されるものの,港則法には停留している船舶と航行中の船舶に関する航法規定は存在しないので,一般法である海上衝突予防法の適用によることになるが,同法には停留している船舶と航行中の船舶に関する航法規定は存在しない。よって,同法第38条及び第39条の船員の常務で律することになる。

(本件発生に至る事由)
1 新松丸
(1)A受審人が,新松丸に有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかったこと
(2)A受審人が,刺網を揚収中,トロール以外の漁法により漁ろうに従事していることを示す紅,白の全周灯を備えていなかったので,これらの灯火を表示せずに刺網の揚収を行っていたこと
(3)A受審人が周囲の見張りを十分に行っていなかったこと
(4)A受審人が避航を促す音響信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったこと

2 弘丸
(1)D船長が停留中の新松丸を避けなかったこと

(原因の考察)
 本件は,夜間,博多港第3区室見川河口の北方わずか沖合において,新松丸が,揚網を終えて停留中,一方,弘丸が,姪浜船溜まりに向けて帰航中に発生したものである。
 新松丸が,周囲の見張りを十分に行っていれば,衝突の1分前には右舷正横後方650メートルのところに来航する弘丸の白,紅,緑3灯を視認でき,その後同船が衝突のおそれがある態勢で接近することが分かり,この時点で,同船に対して警告信号を行う時間的余裕があり,更に接近したとき,機関のクラッチを前進に入れて移動すれば衝突を避けることができたものであり,その措置をとることを妨げる要因は何ら存在しなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,周囲の見張りを十分に行わなかったこと,音響信号を行うことができる手段を講じず,避航を促す音響信号を行わなかったこと,衝突を避けるための措置をとらなかったことは本件発生の原因となる。
 次に,A受審人が,漁ろうに従事していることを示す紅,白の全周灯を備えておらず,これらの灯火を表示せずに刺網の揚収を行っていたことは,弘丸側から新松丸を見たとき,同船が漁ろうに従事している船舶とは認められないものの,新松丸が衝突の1分前の時点から停留状態であり,また,白色全周灯,両色灯及び船尾灯については点灯しており,この時点で,弘丸が新松丸の存在に気付いていれば,同船が航行中の動力船であることを認識でき,動静監視及び避航動作をとるのに距離的,時間的余裕が十分にあることから,本件発生に至る過程で関与した事実ではあるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 一方,弘丸は,衝突の1分前には正船首方650メートルのところに新松丸の白,白2灯を視認でき,その後同船が移動しないことから,漂泊あるいは停留中であることを推認でき,同船に向かって衝突のおそれがある態勢で接近していることが分かり,同船を避ける措置をとることができたものと認められる。
 したがって,D船長が,新松丸を避けなかったことは本件発生の原因となる。

(海難の原因)
 本件衝突は,夜間,博多港第3区室見川河口北方わずか沖合において,漁場から帰航中の弘丸が,前路で停留中の新松丸を避けなかったことによって発生したが,新松丸が,有効な音響信号を行うことができる手段を講じず,かつ,見張り不十分で,避航を促す音響信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,夜間,博多港第3区室見川河口北方わずか沖合において,刺網の揚収を終えて停留する場合,接近する他船を見落とさないよう,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,航行中の他船が停留中の自船を避けて行くものと思い,次の操業に備えて甲板上の網などの整理作業に熱中し,周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,衝突のおそれがある態勢で接近する弘丸に気付かず,音響信号不装備で避航を促す音響信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらないまま停留を続けて衝突を招き,新松丸の右舷中央部外板及び左舷中央部外板に亀裂並びに作業灯用鋼管に曲損を,弘丸の船底外板に擦過傷,操縦スタンド及び屈曲ポールの倒壊をそれぞれ生じさせ,弘丸の船長が海中に転落して溺死するに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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