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平成16年広審第90号
件名

旅客船いきな漁船蛭子丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年3月9日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(米原健一,高橋昭雄,道前洋志)

理事官
村松雅史

受審人
A 職名:いきな船長 海技免許:六級海技士(航海)
補佐人
B
受審人
C 職名:蛭子丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
いきな・・・右舷前部外板に擦過傷
蛭子丸・・・船首部に圧壊など

原因
いきな・・・動静監視不十分,船員の常務(衝突回避処置)不遵守(主因)
蛭子丸・・・動静監視不十分,船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,いきなが,動静監視不十分で,無難に航過する態勢の蛭子丸に対し,新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,蛭子丸が,動静監視不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Cを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年11月3日13時03分
 広島県長崎瀬戸
 (北緯34度16.9分 東経133度10.8分)

2 船舶の要目
(1)要目
船種船名 旅客船いきな 漁船蛭子丸
総トン数 146トン 1.3トン
全長 32.80メートル  
登録長   7.92メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 441キロワット  
漁船法馬力数   45
(2)設備及び性能等
ア いきな
 いきなは,平成14年3月に進水した平水区域を航行区域とする全通平甲板両頭型旅客兼自動車航送船で,広島県土生港の,同県因島の長崎桟橋と,長崎瀬戸を隔てて400メートル南方に位置する愛媛県生名島の深浦桟橋とを約3分間で結ぶ定期航路に就航し,1日に49往復していた。
 船体は,3層の甲板からなり,中央の車両甲板が長方形で,船首及び船尾両側に固定ピッチプロペラ(以下「推進器」という。)と舵とをそれぞれ1枚ずつ装備し,長崎桟橋から深浦桟橋に向かうときには船首側を,深浦桟橋から長崎桟橋に向かうときには船尾側をそれぞれ前進方向として推進器及び舵を使い分け,前進中,行きあしを止めるときには,使用中の推進器を逆転させることはなく,クラッチを切り替えて反対側の推進器を使用するようになっていて,各桟橋では前進方向の車両甲板前端を桟橋に押し付け,エプロンを下げて乗客や車両の乗下船を行っていた。
 操舵室は,最上層となる航海船橋甲板の中央部に設置されて周囲に見張りの妨げとなる構造物はなく,船首と船尾両側のいずれにもマグネットコンパス及び操舵スタンドが,左舷前部及び右舷後部に海図台が,左舷前部の海図台上にレーダー1台が,中央部右舷寄りにエンジンテレグラフ並びに推進器及び舵の切替装置などを備えたエンジンコンソールがそれぞれ設置され,操舵スタンドについては常時いずれも使用することができた。
 操縦性能は,航海速力が機関を回転数毎分500として約5ノットで,海上試運転成績書(船体部)写によると,最大横距は,左旋回及び右旋回とも約40メートルで,360度回頭するのにいずれも約70秒を要し,7.7ノットで進行中,機関を後進にかけると船体が停止するまでに78メートル進出し,時間は32秒を要した。
イ 蛭子丸
 蛭子丸は,昭和60年6月に進水したFRP製漁船で,専ら日帰りの一本釣り漁業などに従事し,長崎瀬戸北口にある岸壁に係留されていた。
 操舵室は,船体中央から少し後方に有り,後部外壁の右舷側に舵輪が,左舷側にクラッチなどの機関操縦装置が設置されていた。
 蛭子丸は,広い海域では機関を回転数毎分2,300の約14ノットで,長崎瀬戸などの狭い海域では回転数毎分1,500ないし1,600の9ないし10ノットの各速力で航行していた。

3 長崎瀬戸
 長崎瀬戸は,因島と生名島間の,北西方から南東方に伸びる長さ約1海里の水道で,その全域が土生港の港域に含まれ,漁船や高速旅客船,因島南部の造船所に向かう引船など,多数の船舶が通航していたほか,因島と生名島とを結ぶ定期フェリーが長崎桟橋と深浦桟橋間に就航していた。

4 事実の経過
 いきなは,A受審人ほか2人が乗り組み,旅客36人及び車両14台を乗せ,船首尾とも2.5メートルの等喫水をもって,平成15年11月3日13時00分深浦桟橋を発し,長崎桟橋に向かった。
 A受審人は,立った姿勢のまま単独で操船にあたり,深浦桟橋側の操舵スタンド,推進器及び舵を使用して離桟したのち,長崎桟橋側の操舵スタンドに移動したころ,右舷方(以下,右舷・左舷については,前進方向を基準とする。)500メートルの長崎瀬戸南口に同瀬戸を北上する蛭子丸を初めて認め,一瞥して同船が小型漁船であることを知り,その後同船から目を離して同瀬戸横断を始めた。
 13時01分半A受審人は,長崎瀬戸ほぼ中央部の,土生港島前防波堤灯台(以下「島前防波堤灯台」という。)から155度(真方位,以下同じ。)1,650メートルの地点で,針路を同瀬戸を斜航する001度に定め,機関を回転数毎分500にかけて5.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,手動操舵により進行した。
 定針したとき,A受審人は,蛭子丸を右舷後方68度225メートルに認め,それまで小型漁船がいきなを避けることが多かったことから,衝突のおそれがあれば蛭子丸がいきなを避けるものと思い,再び蛭子丸から目を離し,同船に対する動静監視を十分に行うことなく,続航した。
 A受審人は,右舷前方に見える長崎桟橋の方位や距離を確認して右転開始の時期を計りながら進行し,13時02分半少し前蛭子丸の方位が次第に後方に変わり,同船の前方を無難に航過する態勢であったものの,同船が自船と同桟橋との間に向首して右舷船尾58度135メートルに接近し,予定どおり同桟橋に向けて右転すると蛭子丸と衝突の危険を生じさせるおそれがあったが,動静監視を十分に行っていなかったので,このことに気付かず,進路信号を行わないまま,右舵をとり同桟橋に向けて回頭を始めたところ,同船に対して新たな衝突のおそれを生じさせた。
 間もなく,A受審人は,右舷前方間近に蛭子丸を認めたものの,そのうち同船がいきなを避航するものと思い,直ちに機関を後進にかけて行きあしを止めるなど,衝突を避けるための措置をとることなく,回頭を続けた。
 A受審人は,13時03分少し前回頭を終え,針路を同桟橋に直角に向く046度とし,3.0ノットの速力に減じたころ,蛭子丸が避航の気配を見せないまま,右舷船首至近に迫って衝突の危険を感じ,推進器を切り替え,機関を全速力後進にかけたが及ばず,13時03分島前防波堤灯台から151度1,500メートルの地点において,いきなは,原針路のまま,速力がほとんどなくなったとき,その右舷前部に,蛭子丸の船首が後方から80度の角度で衝突した。
 当時,天候は曇で風はなく,視界は良好で,潮候は下げ潮の初期にあたり,衝突地点付近には微弱な南東流があった。
 また,蛭子丸は,C受審人が単独で乗り組み,たちうお漁の目的で,船首0.25メートル船尾1.0メートルの喫水をもって,同日07時00分長崎瀬戸北部の係留地を発し,同瀬戸及び弓削瀬戸を経由して因島白滝鼻西方沖合の漁場に向かった。
 C受審人は,07時40分目的の漁場に至って操業を始め,その後愛媛県弓削島北方沖合の漁場に移動して操業を続けたものの,釣果が思わしくなかったことから,たちうお20キログラムを獲たところでいつもより早く操業を終え,12時30分同漁場を発進して帰途についた。
 C受審人は,操舵室後部外壁の舵輪後方に立って操舵と見張りにあたり,弓削瀬戸を経て長崎瀬戸南口に至り,13時00分半島前防波堤灯台から149度1.1海里の地点で,針路を319度に定め,仲買人に漁獲物を引き渡す時刻に余裕があったことから,機関をいつもより少し落とした回転数毎分1,200の7.0ノットの速力で,手動操舵により進行した。
 定針したころ,C受審人は,左舷前方約500メートルの深浦桟橋付近に,同桟橋を離れ長崎桟橋に向け動き始めたいきなを初めて認め,その動静に留意して続航した。
 13時01分半少し前C受審人は,針路を係留地に向く326度に転じ,その後,操業中は作業の邪魔になるので,右舷船尾から船尾中央部のマスト下部に移動していた発泡スチロール製のフェンダーを,着岸に備えて元の位置に戻す作業を思い付き,間もなくいきなが長崎桟橋に向けて右転するのを知っていたが,いつもより減速していることを失念し,平素このような態勢であれば同船の右舷側を航過していたことから,今回も同船の右舷側を無難に航過できるものと思い,同船に対する動静監視を十分に行うことなく,同船から目を離して船尾部に赴き,船尾方を向いて作業を始めた。
 C受審人は,13時02分半少し前いきなが左舷船首23度135メートルになったとき,同船が長崎桟橋に向けて右転を始め,新たな衝突のおそれを生じさせたが,同じ姿勢で前示作業に専念し,同船に対する動静監視を十分に行っていなかったので,このことに気付かず,直ちに機関を後進にかけて行きあしを止めるなど,衝突を避けるための措置をとることなく進行し,同時03分わずか前前示作業を終え舵輪のところに戻って前方を見たところ,船首至近に迫った同船を認め,急いで全速力後進をかけたが及ばず,蛭子丸は,原針路のまま,2.0ノットの速力になったとき,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,いきなは,右舷前部外板に擦過傷を,蛭子丸は,船首部に圧壊などをそれぞれ生じたが,のちいずれも修理された。

(航法の適用)
 本件は,土生港において,いきなが蛭子丸の前路を無難に航過する態勢で進行中,衝突の約40秒前に右転を始めて衝突のおそれを生じさせたことによって発生したもので,土生港が港則法を適用される港であるが,同法に適用する規定がなく,また,両船の運航模様や操縦性能から,海上衝突予防法第15条の横切り船の航法を適用する時間的,距離的余裕がないので,同法第38及び同39条の船員の常務によって律することが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 いきな
(1)A受審人が,定針したあと右転するまで衝突のおそれがあれば小型漁船である蛭子丸がいきなを避航するものと思い,蛭子丸の動静を監視していなかったこと
(2)A受審人が,長崎瀬戸を斜航する態勢で進行したのち右転したこと
(3)A受審人が,進路信号を行わなかったこと
(4)A受審人が,衝突を避けるための措置をとらなかったこと
2 蛭子丸
(1)蛭子丸が,いつもより少し落とした速力で進行していたこと
(2)C受審人が,転針後船尾部で船尾方を向いてフェンダーの移動作業を行っていたこと
(3)C受審人が,いつもより減速していることを失念していたこと
(4)C受審人が,フェンダーの移動作業を行っていたとき,いきなの右舷側を無難に航過できるものと思い,同船から目を離し動静を監視していなかったこと
(5)C受審人が,衝突を避けるための措置をとらなかったこと

(原因の考察)
 いきなは,衝突の約40秒前に右転したことによって,無難に航過する態勢の蛭子丸に対し新たな衝突のおそれを生じさせたもので,A受審人が,同船に対する動静監視を十分に行っていれば,容易にこの状況に気付いて同船の航過を待つことができ,右転したのちも,いきなの運航模様,操縦性能及び周囲の状況から,衝突を避けるための措置をとることを妨げる要因は何ら存在しなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,定針したあと右転するまで衝突のおそれがあれば小型漁船である蛭子丸がいきなを避航するものと思い,蛭子丸の動静を監視していなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 A受審人が,進路信号を行わなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 A受審人が,長崎瀬戸を斜航する態勢で進行したのち右転したことは,いきなの運航上止むを得ないことであり,本件発生の原因とならないが,右転にあたっては,他船の状況を判断できるよう,見張りや動静監視を十分に行わなければならない。
 一方蛭子丸は,C受審人が,動静監視を十分行っていれば,いきなが右転して新たな衝突のおそれがある態勢で接近するのを容易に気付くことができ,蛭子丸の運航模様及び周囲の状況から,衝突を避けるための措置をとることを妨げる要因は何ら存在しなかったものと認められる。
 したがって,C受審人が,いつもより減速していることを失念し,フェンダーの移動作業を行っていたとき,いきなの右舷側を無難に航過できるものと思い,同船から目を離し動静を監視していなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 C受審人が,転針後船尾部で船尾方を向いてフェンダーの移動作業を行っていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 蛭子丸がいつもより少し落とした速力で進行していたことは,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件衝突は,広島県土生港の長崎瀬戸中央部において,深浦桟橋を離れ,対岸の長崎桟橋に向け同瀬戸を横断中のいきなが,動静監視不十分で,無難に航過する態勢の蛭子丸に対し,新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,同瀬戸を北上中の蛭子丸が,動静監視不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,広島県土生港の長崎瀬戸中央部において,深浦桟橋を離れ,対岸の長崎桟橋に向け同瀬戸を横断中,右舷方に同瀬戸南部を北上する蛭子丸を認めた場合,衝突のおそれの有無を判断できるよう,同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同受審人は,平素小型漁船がいきなを避けることが多かったことから,衝突のおそれがあれば小型漁船である蛭子丸がいきなを避けるものと思い,蛭子丸に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,長崎桟橋に向けて右転し,無難に航過する態勢の同船に対し,新たな衝突のおそれを生じさせて同船との衝突を招き,いきなの右舷前部外板に擦過傷を,蛭子丸の船首部に圧壊などをそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 C受審人は,広島県土生港の長崎瀬戸南部において,係留地に向けて北上中,左舷前方の同瀬戸中央部に深浦桟橋を離れ長崎桟橋に向けて同瀬戸を横断するいきなを認めた場合,衝突のおそれの有無を判断できるよう,同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同受審人は,いつもより減速していることを失念し,平素このような態勢であればいきなの右舷側を航過していたことから,今回もその右舷側を無難に航過できるものと思い,同船から目を離し,船尾部でフェンダーの移動作業に専念し,同船に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,いきなが長崎桟橋に向け右転し,新たな衝突のおそれを生じさせたことに気付かず,直ちに機関を後進にかけて行きあしを止めるなど,衝突を避けるための措置をとることなく進行して同船との衝突を招き,両船に前示の損傷をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のC受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図





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