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平成16年神審第70号
件名

漁船第28豊漁丸漁船久栄丸衝突事件
第二審請求者〔補佐人 B〕

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年3月23日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(平野研一,甲斐賢一郎,横須賀勇一)

理事官
佐和 明

受審人
A 職名:第28豊漁丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
B,C

損害
第28豊漁丸・・・左舷外板に擦過傷
久栄丸・・・左舷外板に擦過傷,全損,船長及び甲板員死亡

原因
久栄丸・・・見張り不十分,船員の常務(衝突回避措置)不遵守(主因)
第28豊漁丸・・・見張り不十分,船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,久栄丸が,見張り不十分で,無難に替わる態勢の第28豊漁丸に対し,新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,第28豊漁丸が,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年6月20日03時23分
 石川県長手埼南西方沖合
 (北緯37度26.6分 東経137度21.4分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第28豊漁丸 漁船久栄丸
総トン数 4.98トン 0.6トン
登録長 10.75メートル 5.32メートル
機関の種類 ディーゼル機関 電気点火機関
出力   22キロワット
漁船法馬力数 90  
(2)設備及び性能等
ア 第28豊漁丸
 第28豊漁丸(以下「豊漁丸」という。)は,昭和53年5月に進水した一層甲板型FRP製漁船で,中央より後方に操舵室を備え,操舵室には,レーダー,自動衝突予防援助装置及びGPSを装備し,同室上方には操船が可能な見張り台があって,最大速力は,機関回転数毎分2,250の約13ノットであった。
イ 久栄丸
 久栄丸は,平成11年7月に進水した無蓋のFRP製漁船で,船首部に立てた高さ約2メートルのアルミ棒に取り付けた白色全周灯及び両色灯を装備し,船首部左舷側に揚網ドラムを,船尾中央部に船外機をそれぞれ備えていた。

3 事実の経過
 豊漁丸は,A受審人ほか1人が乗り組み,底引き網漁の目的で,船首0.30メートル船尾1.70メートルの喫水をもって,平成14年6月20日02時53分石川県鵜飼漁港を発し,長手埼北北東方沖合27海里の漁場に向かった。
 ところで,飯田湾北部には,多数の定置網が設置され,A受審人が,鵜飼漁港から漁場に向かう際,平素は,陸岸と定置網との間を航行することとしており,石川県小泊漁港沖合では浅瀬が拡延していることから,同漁港防波堤と定置網との間の可航幅は,約250メートルと狭く,小泊漁港を出港する刺網漁船との行き会いに注意を要する海域であった。
 出港したのち,A受審人は,レーダーを作動させて2海里レンジとし,見張り台で,単独の船橋当直に就いて東行し,03時21分長手埼灯台から218度(真方位,以下同じ。)1,470メートルの地点で,小泊漁港南方沖合に設置されている定置網定第12号の北西端を示す赤色簡易標識灯(以下「標識灯」という。)と,小泊漁港黄色灯標との間に向けて針路を050度に定め,11.5ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,所定の灯火を表示し,手動操舵により進行した。
 定針したとき,A受審人は,波浪による飛沫を右舷方から受けながら,時々レーダー画面を覗き込むなどしていたところ,左舷船首14度880メートルに,久栄丸が表示する白,緑2灯を視認できる状況となったが,一瞥して前路に他船はいないものと思い,左舷方の見張りを十分に行わなかったので,久栄丸の灯火に気付かなかった。
 03時22分半A受審人は,船首方230メートルを無難に替わる態勢の久栄丸が,右転して新たな衝突のおそれのある態勢で接近する状況となったが,依然見張り不十分で,このことに気付かず,減速して右転するなど,衝突を避けるための措置をとらないまま続航した。
 こうして,A受審人は,久栄丸を認めないまま進行中,03時23分長手埼灯台から206度800メートルの地点において,豊漁丸は,原針路,原速力のまま,その左舷側と久栄丸の左舷側とが平行に衝突した。
 当時,天候は曇で,風力5の東南東風が吹き,潮候は下げ潮の末期で,日出は04時29分であった。
 A受審人は,衝突の事実を認識しないまま航行を続け,漁場に到着して漁を開始したところ,06時40分海上保安庁から,衝突事故についての問い合わせを受けて豊漁丸の船体を調査し,左舷側に他船のものと思われる黄緑色の塗料が付着しているのを認め,他船と接触した可能性を伝えたのち,帰港した。
 また,久栄丸は,船長D及び妻の甲板員Eが2人で乗り組み,さざえ刺網漁の目的で,白色全周灯及び両色灯を表示し,喫水不詳のまま,平成14年6月20日03時20分小泊漁港を発し,同港南方沖合の刺網に向かった。
 ところで,D船長は,前日に刺網を,長手埼灯台から205度870メートルの地点と210度1,090メートルの地点との間に230メートルにわたって,陸岸とほぼ平行に設置し,両端には竿を設け,北東端の竿には,夜間に識別を容易にするため,ポイポイ灯と称されている黄色の点滅灯(以下「ポイポイ灯」という。)を取り付けていた。
 発進したとき,D船長は,船尾に腰掛けて船外機の操縦レバーを操作し,船首にE甲板員を座らせて南下し,03時21分防波堤入口となる,長手埼灯台から219度590メートルの地点で,標識灯に向けて針路を165度に定め,機関を半速力前進にかけ,4.5ノットの速力で進行した。
 定針したとき,D船長は,右舷船首51度880メートルに,無難に替わる態勢で東行する豊漁丸の白,紅2灯を視認できる状況であったが,右舷方の見張りを十分に行っていなかったので,同船の灯火に気付かなかった。
 03時22分半D船長は,ポイポイ灯の北方に向けて右転して,針路を230度とし,右舷側230メートルを無難に替わる態勢の豊漁丸に対し,新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか,衝突を避けるための措置をとることなく続航中,久栄丸は,230度に向首して,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,豊漁丸は,左舷外板に擦過傷を生じ,久栄丸は,左舷外板に擦過傷を生じて転覆し,のち海岸に打ち寄せられて全損となった。またD船長(小型船舶操縦士免許受有)及びE甲板員は海中に投げ出され,後日両人は遺体となって発見された。

(航法の適用)
 本件は,石川県長手埼南西方沖合の海域において,東行中の豊漁丸と,南下中の久栄丸が衝突したものであるが,両船とも航行中の動力船であり,発生地点が小泊漁港防波堤の入口付近や航路内でなく,他に特段の定めがないので,海上衝突予防法の適用について検討する。
 両船は互いに進路を横切る態勢にあったが,03時22分半久栄丸が右転しなければ,豊漁丸の前路230メートルを久栄丸が航過でき,無難に替わる態勢であった。
 しかし,久栄丸が刺網北東端に取り付けたポイポイ灯の北方に向けて右転したことによって,豊漁丸との間に初めて衝突のおそれが生じ,およそ30秒後の03時23分に衝突したことから,両船の速力を考慮すると,定型的航法関係が成立するには,十分な時間と余地があったとは認められず,本件は船員の常務により律するのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 豊漁丸
(1)A受審人が,船首方の見張りを十分に行っていなかったこと
(2)A受審人が,久栄丸を認めることができず,衝突を避けるための措置をとらなかったこと

2 久栄丸
(1)D船長が,右舷方の見張りを十分に行っていなかったこと
(2)D船長が,豊漁丸と無難に替わる態勢で航行していたところ,右に転針して新たな衝突のおそれを生じさせたこと
(3)D船長が,衝突を避けるための措置をとらなかったこと

(原因の考察)
 豊漁丸は,石川県鵜飼漁港を発し,長手埼南西方沖合を東行するにあたり,左舷方で無難に替わる態勢の久栄丸が,右転して新たな衝突のおそれを生じさせたものの,見張りを十分に行っていれば,同船を早期に認め,これを避けることが可能であり,衝突を避けるための措置をとることは可能であったものと認められる。
 したがって,A受審人が,見張りを十分に行うことなく,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 久栄丸は,石川県小泊漁港を発し,同港南方沖合の刺網に向かうにあたり,見張りを十分に行っていれば,豊漁丸が右舷方から無難に替わる態勢で東行するのを早期に認め,ポイポイ灯の北方に向けて右転することによる新たな衝突のおそれを生じさせず,衝突を避けるための措置をとることは可能であったものと認められる。
 したがって,船長が,見張りを十分に行うことなく,ポイポイ灯に向けて右転し,新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。

(海難の原因)
 本件衝突は,石川県長手埼南西方沖合において,南下中の久栄丸が,見張り不十分で,無難に替わる態勢の豊漁丸に対し,転針して新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,漁場に向けて東行中の豊漁丸が,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,石川県長手埼南西方沖合において,陸岸と定置網の間を漁場に向けて東行する場合,小泊漁港と同港南方の定置網との間の狭い水路に差しかかっていたのであるから,左舷方の久栄丸を見落とさないよう,見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,前路に支障となる他船はいないものと思い,左舷方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,船首方を無難に替わる態勢の久栄丸が,右転して新たな衝突のおそれのある態勢で接近することに気付かず,減速して右転するなど衝突を避けるための措置をとらずに進行して久栄丸との衝突を招き,豊漁丸の左舷外板に擦過傷を,久栄丸の左舷外板に擦過傷をそれぞれ生じさせ,同船を転覆,のち全損とさせ,また,久栄丸の船長及び甲板員を海中に転落,死亡させるに至った。
  以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図1
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参考図2
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