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平成16年横審第82号
件名

油送船第八輝栄丸貨物船シンハイルン衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年3月25日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(中谷啓二,岩渕三穂,小寺俊秋)

理事官
向山裕則

受審人
A 職名:第八輝栄丸船長 海技免許:五級海技士(航海)
B 職名:第八輝栄丸二等航海士 海技免許:四級海技士(航海)
補佐人
C,D,E(いずれもA,B両受審人選任)
指定海難関係人
F 職名:シンハイルン船長
補佐人
G,H,I,G

損害
第八輝栄丸・・・船首楼外板,ファッションプレート等に凹損
シンハイルン・・・右舷船首部外板に破口を伴う凹損

原因
シンハイルン・・・狭視界時の航法(速力)不遵守(主因)
第八輝栄丸・・・狭視界時の航法(信号,レーダー,速力)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,シンハイルンが,視界制限状態における運航が適切でなかったことによって発生したが,第八輝栄丸が,視界制限状態における運航が適切でなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年5月17日06時54分
 名古屋港
 (北緯35度00.8分 東経136度48.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 油送船第八輝栄丸 貨物船シンハイルン
総トン数 494トン 6,734トン
登録長 60.24メートル  
全長   120.80メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 735キロワット 5,324キロワット
(2)設備及び性能等
ア 第八輝栄丸
 第八輝栄丸(以下「輝栄丸」という。)は,平成7年10月に進水した船尾船橋型油送船で,主に名古屋港と四日市港間の重油輸送に従事していた。
 操舵室前部中央に舵輪,その左舷側にレーダー2台が設置され,海上試運転成績書によると,平均喫水4.1メートル全速力の11.3ノットで航走中,最大舵角35度をとり右回頭を行うと,5度及び90度回頭するまでの所要時間は10秒及び49秒で,旋回径は110メートルになり,また,全速力後進をかけたとき,船体停止までの所要時間は1分40秒であった。
イ シンハイルン
 シンハイルン(以下「シ号」という。)は,1985年6月に建造された船首船橋型貨物船で,中華人民共和国及び日本諸港間のコンテナ輸送に従事していた。
 操舵室中央に操舵スタンド,その右舷側にレーダー2台が設置され,操縦性能表によると,平均喫水4.55メートル半速力の12.5ノットで航走中,最大舵角をとり左回頭を行うと,90度回頭するまでの所要時間は1分20秒で,縦距及び横距は380メートル及び200メートルになり,また,全速力後進をかけたとき,船体停止までの所要時間及び航走距離は3分40秒及び800メートルであった。

3 事実の経過
 輝栄丸は,A,B両受審人ほか3人が乗り組み,空倉のまま,船首1.2メートル船尾3.0メートルの喫水をもって,平成16年5月17日06時20分名古屋港潮見ふ頭BX桟橋を発し,四日市港に向かった。
 A受審人は,船首尾に乗組員各2人を配置して出航操船にあたり,霧模様であったので所定の灯火を表示し,06時30分ごろ船首作業を終えて昇橋したB受審人を船橋当直者として操舵に就け,間もなく北航路に入って南進した。
 06時39分A受審人は,北航路出口に達し,金城船舶通航信号所から170度(真方位,以下同じ。)880メートルの地点で,針路を西航路入口に向けて259度に定め自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ,11.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行した。
 06時41分少し過ぎA受審人は,西航路に入ったとき,視程が約2海里で,離桟後にVHFで当該海域に発表されていた海上濃霧警報を聴取していたが,それまでの経験から濃霧が発生して航行に注意を要するのは木曽川河口に近い南西方約4海里付近の海域と予測し,朝食をとる間はB受審人に操船を任せても大丈夫と思い,引き続き在橋して操船指揮を執ることなく,同人に操船を委ね,朝食をとるために降橋した。
 B受審人は,当直交替後,徐々に視界が悪化する状況で,06時45分ごろ航路北側線屈曲点に設置され,転針目標としている名古屋港西航路第9号灯浮標(以下「第9号灯浮標」という。)を1海里の距離で視認し,視界制限状態となったことを知ったが,その旨をA受審人に報告せず,霧中信号を行わないまま同速力で続航し,06時48分高潮防波堤西信号所(以下「西信号所」という。)から041度1.0海里の地点で,3海里レンジで使用していたレーダーにより,左舷船首33度1.3海里のところにシ号を探知し,同船が西航路を北上する入航船であるのを知ったが,左舷を対し無難に航過できるものと思い,その後レーダーによる同船の動静監視を十分に行わず,転針に備えて手動操舵に切り替え進行した。
 06時50分B受審人は,第9号灯浮標にほぼ並行し,西信号所から023度1,350メートルの予定転針地点に達したとき,霧のため前方0.7海里の高潮防波堤鍋田堤と高潮防波堤中央堤(以下,それぞれ「鍋田堤」「中央堤」という。)を視認できず,針路を,通常は航路右側端の鍋田堤突端に接航する220度とするところ,5度ばかり左方に向けて215度に転じ,時折レーダーを見て防波堤映像を目安に航路の右側を続航した。
 転針したときB受審人は,正船首わずか左方1,550メートルのところに,シ号のレーダー映像を認めることができ,同船と著しく接近することを避けることができない状況であったが,依然,動静監視を十分に行わず,操舵に専念していて,このことに気付かず,速やかに機関を後進にかけて行きあしを停止せず,06時51分視程が200メートルばかりに低下したのを認めて機関を極微速力前進とし,7.5ノットの平均速力で進行した。
 06時51分半A受審人は,朝食を終えて昇橋したとき,レーダーにより左舷船首3度0.5海里ばかりにシ号を認め,あわてて機関を中立にしたものの,依然,行きあしを停止せず,霧中信号を手動で行い前進惰力で続航中,06時54分少し前左舷船首方至近にシ号を視認し,機関を全速力後進にかけ,また,B受審人が右舵一杯をとったが効なく,06時54分西信号所から345度400メートルの地点において,輝栄丸は,225度に向首したとき,約4ノットの前進行きあしで,その船首がシ号の右舷船首部に前方から50度の角度で衝突した。
 当時,天候は霧で風はほとんどなく,潮候は下げ潮の中央期で,視程は約200メートルであった。
 また,シ号は,同月16日中華人民共和国上海港から名古屋港港外に至って荷役待ちのため錨泊していたところ,翌17日鍋田堤の北側に隣接している鍋田ふ頭公社ターミナル(以下「ターミナル」という。)に着岸することとなり,F指定海難関係人ほか20人が乗り組み,コンテナ貨物3,260.9トンを積載し,船首5.2メートル船尾6.0メートルの喫水をもって,同日06時12分西信号所から220度3.5海里の錨泊地点を発し,ターミナルに向け進行した。
 F指定海難関係人は,霧のため視界制限状態であったので,船首に一等航海士及び甲板長を就けて両舷錨を準備し,船橋で三等航海士を見張りに,操舵手を手動操舵にあてて指揮を執り,06時25分ごろ西航路に入り,霧中信号を行いながら所定の灯火を表示して続航した。
 06時40分F指定海難関係人は,航路右側の西信号所から224度1,480メートルの地点に達したとき,前方0.8海里の鍋田堤と中央堤間は航路幅約350メートル水深14メートルであり,安全で実行に適する限りで航路右側端に寄って航行することが可能であったが,両堤間の航路中央に向け,針路を035度に定め,機関を極微速力前進にかけ,4.0ノットの速力で,航路の右側端に寄らずに進行した。
 06時48分F指定海難関係人は,1.5海里レンジで使用していたレーダーにより,右舷船首11度1.3海里に輝栄丸を探知し,同船が西航路を西進する出航船であるのを知り,06時50分西信号所から264度330メートルの地点に達したとき,航路屈曲部で転針した輝栄丸のレーダー映像を正船首わずか左方1,550メートルに認め,同船と著しく接近することを避けることができない状況であるのを知ったが,速やかに機関を後進にかけて行きあしを停止せず,06時52分鍋田堤と中央堤間を通過し,06時52分半輝栄丸と0.3海里の距離になったとき,ターミナルに向かおうと左転を始め,06時54分少し前355度に向けたとき,右舷船首方至近に輝栄丸を視認し,機関を半速力後進にかけ右舵一杯をとったが効なく,シ号は,ほぼ原速力のまま,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,輝栄丸は,船首楼外板,ファッションプレート等に凹損を,シ号は,右舷船首部外板に破口を伴う凹損をそれぞれ生じたが,のち,いずれも修理された。

(航法の適用)
 本件は,港則法の適用される名古屋港の西航路において,防波堤入口付近で発生しているが,視界制限状態で両船が互いに他の船舶の視野の内になかったことから,海上衝突予防法(以下「予防法」という。)第40条により,港則法(航法)に定められた避航に関する各規定は適用されず,両船のとるべき動作については予防法第19条による。
 港則法(航法)のうち,第14条第3項「船舶は,航路内において他の船舶と行き会うときは右側を航行しなければならない。」の規定は,海上交通における右側航行を基本として定められた予防法第9条(狭い水道等)及び同法第14条(行会い船)の趣旨に沿ったものと考えられる。
 そして,同法第9条は,あらゆる視界の状態における航法として,狭い水道等においての右側端航行を定めたうえ,他船との関係においてとるべき動作については,互いに他の船舶の視野の内にある船舶について適用するとしている。また,同法第14条は,互いに他の船舶の視野の内にあるときの航法として,他船と行き会う場合に衝突のおそれがあるとき,右転すべきことを定めている。このことから,他船との関係においてとるべき動作を定めている港則法第14条第3項は,互いに視野の内にある船舶について適用されるものと解すべきである。
 従って,視界制限状態における当該航路の右側航行については,同航路が,また,予防法第9条における航路筋と解されることから,同条によるのが相当であり,シ号においては,行き会い船の有無にかかわらず,安全で実行に適する限り航路の右側端に寄って航行しなければならない。
 他方,総トン数500トン未満の船舶である輝栄丸は,名古屋港の特定航法である港則法施行規則第29条の2第3項の規定が視界制限状態にあるか否かにかかわらず適用されることが明らかであるから,同規定により航路の右側を航行しなければならないことになる。

(本件発生に至る事由)
1 輝栄丸
(1)船長が,木曽川河口付近が濃霧になりやすく注意を要すると予測したこと
(2)船長が,朝食の間は船橋当直者に操船を任せても大丈夫と思ったこと
(3)船長が,西航路に入ったとき降橋して操船指揮を執らなかったこと
(4)船橋当直者が,視界制限状態になったことを船長に報告しなかったこと
(5)船橋当直者が,視界制限状態になった際,霧中信号を行わなかったこと
(6)船橋当直者が,視界制限状態になった際,同速力のまま進行したこと
(7)船橋当直者が,レーダーによりシ号を探知した際,入航船であるのが分かり,左舷を対し無難に航過できるものと思ったこと
(8)船橋当直者が,レーダーによりシ号に対する動静監視を十分に行わなかったこと
(9)シ号と著しく接近することを避けることができない状況になった際,行きあしを停止しなかったこと
2 シ号
(1)船長が,航路の右側端に寄らずに航行したこと
(2)船長が,輝栄丸と著しく接近することを避けることができない状況になった際,行きあしを停止しなかったこと
(3)船長が,鍋田堤と中央堤間を通過後,左転したこと
3 気象等
 衝突地点付近が霧のため視界制限状態であったこと

(原因の考察)
 輝栄丸船長が,西航路に入ったとき降橋して操船指揮を執らなかったこと,船橋当直者が,視界制限状態になったことを船長に報告しなかったこと及びレーダーによりシ号に対する動静監視を十分に行わなかったこと,並びに輝栄丸が,シ号と著しく接近することを避けることができない状況になった際,行きあしを停止しなかったことは,本件発生の原因となる。
 シ号船長が,航路の右側端に寄らずに航行したこと及び輝栄丸と著しく接近することを避けることができない状況になった際,行きあしを停止しなかったことは,本件発生の原因となる。
 輝栄丸船橋当直者が,視界制限状態になった際,霧中信号を行わなかったこと及び同速力のまま進行したこと,シ号船長が鍋田堤と中央堤間を通過後,左転したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 輝栄丸船長が,木曽川河口付近が濃霧になりやすく注意を要すると予測したこと,朝食の間は船橋当直者に操船を任せても大丈夫と思ったこと,船橋当直者が,レーダーによりシ号を探知した際,入航船であるのが分かり,左舷を対し無難に航過できるものと思ったこと,及び衝突地点付近が霧のため視界制限状態であったことは,本件発生の原因とするまでもない。

(主張に対する判断)
 シ号側補佐人は,輝栄丸が蛇行運転をしたことが本件発生の原因である旨主張するので,以下,検討する。
 輝栄丸の転針後の進路模様については,事実の経過に示したとおり,予定針路より左方に向いた針路上を進行していたのであり,手動操舵によっていたことから数度の船首の振れがあったことは推定できるが,蛇行運転していたと認められない。また,両船が著しく接近することを避けることができない状況になったのは,輝栄丸が転針して両船間の距離が0.8海里ばかりになったときである。同補佐人の述べる両船間距離が約0.3海里からの輝栄丸蛇行模様は,すでに生じた著しく接近することを避けることができない状況が続いていることに変わりがないもので,予防法第19条6項に則して行きあしを停止していれば衝突は防止できていたのであり,本件発生の原因とはならない。
 したがって,シ号側補佐人の主張は認められない。

(海難の原因)
 本件衝突は,霧のため視界制限状態の名古屋港西航路において,入航中のシ号が,航路の右側端に寄って航行せず,輝栄丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際,速やかに機関を後進にかけて行きあしを停止しなかったことによって発生したが,出航中の輝栄丸が,レーダーによる動静監視不十分で,シ号と著しく接近することを避けることができない状況となった際,速やかに機関を後進にかけて行きあしを停止しなかったことも一因をなすものである。
 輝栄丸の運航が適切でなかったのは,船長が自ら操船指揮を執らなかったことと,船橋当直者の視界制限時の報告及びレーダーによる動静監視が適切でなかったこととによるものである。

(受審人等の所為)
1 懲戒
 A受審人は,出航操船にあたり名古屋港西航路を進行する場合,自ら在橋して操船指揮を執るべき注意義務があった。しかるに,同人は,西航路に入ったとき,海上濃霧警報を聴取していたものの視界制限状態でなかったことから,朝食の間は船橋当直者に操船を任せても大丈夫と思い,朝食をとるため降橋し,自ら操船指揮を執らなかった職務上の過失により,視界制限状態においてシ号との衝突を招き,輝栄丸の船首楼外板,ファッションプレート等に凹損を,シ号の右舷船首部外板に破口を伴う凹損をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は,視界制限状態の名古屋港西航路を進行中,レーダーにより前方にシ号を探知した場合,同船と著しく接近することとなるかどうか判断できるよう,同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,左舷を対し無難に航過できるものと思い,レーダーにより同船に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,シ号と著しく接近することを避けることができない状況になったことに気付かず続航し,シ号との衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
2 勧告
 F指定海難関係人が,視界制限状態の名古屋港西航路を進行中,レーダーで探知した輝栄丸と著しく接近することを避けることができない状況であるのを知った際,速やかに機関を後進にかけて行きあしを停止しなかったことは,本件発生の原因となる。
 F指定海難関係人に対しては,勧告するまでもない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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