(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年11月27日03時02分
千葉県木更津港
(北緯35度22.0分 東経139度52.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船エヌエスエスダイナミック |
総トン数 |
118,305トン |
全長 |
316.94メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
23,280キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 船体構造
(ア)エヌエスエスダイナミック(以下「エ号」という。)は,平成14年6月に竣工した船尾船橋機関型鉱石専用船で,船首端から船橋前面までの距離が約271メートルあり,満載喫水18.125メートル,満載排水トン数263,471トン,載荷重量トン数233,584トンであった。
船首垂線は,船尾垂線の番号を0としたフレーム番号109と110の間にあり,同垂線から船首端までの4,770ミリメートル(以下「ミリ」という。)は球状船首構造で,第2パンチングストリンガー付近が最先端部となっていた。
バウチョックトップの形状は,フレーム番号104付近から船首端に向け突き出して収束させ,球状船首と同一垂線上に最先端部があった。
(イ)船橋及び航海計器類の配置
操舵室には,前部中央に操船用レピーターコンパス,その上部壁面に回頭角速度計,風向風速指示器,舵角指示器及び機関回転計等が並び,同室中央にジャイロコンパス組込型操舵スタンド,レーダー2台及び機関操縦盤が設けられていたほか,ドップラーログ及びGPSプロッターなどが装備されていた。
船橋ウイングには,中央部付近にレピーターコンパスが,操舵室外壁に舵角指示器及び機関回転計が設けられていた。
イ 主機及び性能
主機として,F社製造の6シリンダ・ディーゼル機関1機を装備し,満載状態における機関の回転数(毎分,以下同じ。)と速力との関係は,操縦性能表によれば,前進のとき港内全速力は回転数52で11.1ノット,半速力は同45で9.7ノット,微速力は同30で6.6ノット及び極微速力は同24で5.3ノットであった。
(3)曳船
G丸及びH丸は,ともに総トン数243トン,登録長32.58メートル幅9.80メートル深さ4.38メートルの鋼製引船で,出力2,000キロワットのディーゼル機関2機及びZプロペラを装備し,試運転時の陸岸曳航力は前進60トン,後進55トンの能力を有していた。
I丸は,総トン数243トン,登録長32.60メートル幅9.80メートル深さ4.38メートルの鋼製引船で,出力1,471キロワットのディーゼル機関2機及びダクト付き4翼スキュー固定ピッチプロペラを装備し,試運転時の陸岸曳航力は前進60トン,後進55トンの能力を有していた。
(4)木更津港
木更津港は,東京湾東部に位置し,港域北西部から新日本製鐵株式会社君津製鐵所(以下「君津製鐵所」という。)に至る木更津航路があり,同航路は進入針路が木更津港新日本製鉄導灯により2灯一線の方位120度によって導かれていた。
君津製鐵所北西端から南東方約1,900メートルの地点より110度(真方位,以下同じ。)方向へ長さ1,180メートル続く木更津港君津製鐵所中央岸壁(以下「中央岸壁」という。)には,西から順に8号より5号まで番号が付され,その東側に東岸壁及び水路を挟んで公共ふ頭が位置していた。
中央岸壁の北方約1,300メートルに木更津港防波堤があり,その西端に木更津港防波堤西灯台(以下「防波堤灯台」という。)が設けられ,同灯台から東方へ2,630メートル,北東方に720メートルそれぞれ延び,防波堤灯台と君津製鐵所岸壁に囲まれた港口は,港域北西方に開き,その距離約850メートルのうち航路幅が450メートルであった。
中央岸壁と木更津港防波堤間の距離は,1,100ないし1,350メートルあり,同岸壁8号バース(以下「8号バース」という。)に接するターニングべーシンとして,木更津航路から続く19メートル掘り下げ水路が,南北700メートル東西900メートルの広さで利用できる状況になっていた。
木更津航路の進入針路線は,8号バースから300ないし350メートルの距離にあり,また,防波堤灯台から127度1,900メートルの地点及び同地点から110度450メートルの地点に緑灯がそれぞれ設置されていて,両灯を結ぶ方位線は8号バースから350メートルの距離にあった。
(5)8号バース
8号バースは,外径1,016ミリ厚さ12ミリ長さ30メートルの鋼管杭2本を対とし,2.75メートル間隔で岸壁に沿って埋め込まれ,その上部に厚さ3.0メートル幅5.0メートルの鉄筋コンクリート製杭上部分(以下「基礎コンクリート部」という。)を構築してバースを形成し,走行レールを配置して陸上アンローダーの海側脚部が,また,同杭上部から陸側約20メートルのところに同様の方法で埋め込まれた鋼管杭上に基礎コンクリート部及びレールを設けて同アンローダーの陸側脚部が,それぞれ走行するようになっていた。
海側の鋼管杭は,外径中心が基礎コンクリート部の海側端から1,750ミリ内側に入った位置にあり,また,同部の海側所々に防舷材として厚さ2,000ミリのラバーシリンダー型防舷材が設置されていた。
3 事実の経過
エ号は,C指定海難関係人ほか日本人3人及びベトナム人19人が乗り組み,研修員3人が同乗し,鉄鉱石132,258トン及び海水バラスト約42,000トンを積載し,船首14.26メートル船尾15.25メートルの喫水をもって,平成15年11月27日未明に8号バースを発して関門港戸畑区に向かうこととなった。
A受審人は,エ号のきょう導に当たることとなり,操船計画としては,曳船3隻を使用すること,8号バースから130ないし150メートル平行離岸後中央の曳船を船首に配置し直すこと,船首2隻で押し船尾1隻で引いて右回頭すること,エ号の船首から53メートル前方の中央岸壁7号バース(以下「7号バース」という。)に右舷付け着岸中の巨大船との最接近距離を70ないし100メートルとすること,回頭中の岸壁との最短距離を70ないし80メートルとすることなどを予定し,同日02時36分エ号に乗船し,C指定海難関係人と挨拶を交して間もなく,左舷側の船首にG丸,同中央にH丸,同船尾にI丸のタグロープをとるように伝えたが,同指定海難関係人に対し,図示するなどして操船方法を明確に説明しなかった。
C指定海難関係人は,A受審人から操船方法の説明がなかったものの,水先人に任せておけば大丈夫と思い,自ら同受審人に同方法の説明を求めることなく,船首に一等航海士ほか4人,船尾に二等航海士ほか2人,船橋に自ら及び三等航海士ほか1人をそれぞれ配置した。
02時50分A受審人は,きょう導を開始し,エ号の係船索をすべて放したのち,曳船3隻に9時の方向(エ号船首を12時として時計回りの方向,以下同じ。)に引かせ,エ号を8号バースから離岸させた。
A受審人は,右舷側ウイングに立ち,02時54分G丸から船首離岸距離130メートルの,及びI丸から船尾離岸距離100メートルの各報告を受けたとき,回頭を始める旨をC指定海難関係人に伝え,H丸にタグロープを放して船首配置に就くように,G丸には引き方停止及び押し方用意を指示した。
02時57分A受審人は,エ号が船尾船橋機関型の船体で,左舷船首から風勢を受け,運動特性により,着岸時の位置から船首方向に56メートル移動し,船首離岸距離172.5メートル,船尾同142.5メートル及び船首方位104度となったとき,後進行きあしをつけるつもりで機関を微速力後進としたのち,G丸及び同船の右舷側30メートルほどに着いたH丸からそれぞれ押し方用意ができたとの報告を受け,右回頭して港口に向かうこととした。
A受審人は,右回頭を開始する際,後進行きあしによって離岸距離を確保できるものと思い込み,回頭中に岸壁に著しく接近しないよう,回頭開始時の離岸距離を十分にとることなく,02時58分少し前船首の2隻に対して3時の方向に全速力で押すように,船尾の1隻に対して引き続き9時の方向に全速力で引くように令し,右回頭を始めた。
02時58分C指定海難関係人は,船首が107度を向首したとき,回頭速度が自ら操船する場合と比較して速いと感じたが,そのことをA受審人に伝えなかった。
02時58分半A受審人は,一旦機関停止とし,02時59分エ号が118度に向首し,船首離岸距離133メートルとなって,極微速力後進としたとき,積荷半載状態で後進行きあしを増速しないまま回頭を続ければ同離岸距離が不足するおそれがあったが,目安としていた7号バース着岸中の巨大船との距離に気をとられて曳船に同巨大船との距離を報告させたものの,C指定海難関係人にドップラーログやGPSの表示速力を聞くなどして後進行きあしを十分に確認することも,岸壁への接近状況を把握するよう,同離岸距離を十分に確認することもしないで回頭を続けた。
一方,C指定海難関係人は,三等航海士にドップラーログやGPSの表示速力を確認のうえA受審人に伝えなかった。
03時00分C指定海難関係人は,エ号が135度を向首したとき,一等航海士から岸壁まで80メートルとの報告があり,曳船の距離報告よりも10メートル少ない旨をA受審人に伝えた。
A受審人は,レーダーで距離を測定している曳船の報告を信頼したまま,03時00分半少し前7号バース着岸中の巨大船と58メートルで替わったとき,G丸から同巨大船の船尾を約70メートルで替わったとの報告を得て引き続き回頭した。
03時01分A受審人は,船首が155度を向首し,船首離岸距離26メートルとなったとき,G丸から岸壁航過予測距離40メートルとの報告を受け,当初計画の80メートルより大きく違っていることに一瞬驚いて機関を微速力後進とし,一旦エ号の動きを見ることとして全曳船に停止を指示した。
03時01分半A受審人は,G丸からの岸壁航過予測距離が30メートル,次いで20メートルと報告されたとき,エ号の船首部が急速に岸壁に接近するのを感じ,急ぎ船首曳船2隻に全速力で6時方向に押すように,船尾曳船に全速力で6時方向に引くよう指示してその応答を確認しないまま,C指定海難関係人が機関を全速力後進としたが及ばず,03時02分防波堤灯台から154度1,330メートルの地点において,エ号は,169度を向首したとき,その船首が岸壁に対して59度の角度でラバーシリンダー型防舷材に衝突し,その右舷バウチョックブルワーク部分が8号バース上の連続式アンローダーの脚部に接触するとともに,球状船首が同バース水面下の鋼管杭を擦過しながら通過した。
当時,天候は曇で風力5の北西風が吹き,潮候は上げ潮の中央期であった。
A受審人は,G丸からフェンダーを擦過した旨の報告を受け,また,C指定海難関係人が,連続式アンローダーの照明灯の消灯を見て岸壁衝突を知り,港外に投錨して事後の措置に当たった。
衝突の結果,エ号は,バウチョックブルワークの一部に亀裂を生じ,8号バースの防舷材の一部に擦過傷を,鋼管杭8本に曲損及び基礎コンクリート部にコンクリート剥離(はくり)を,並びに同バース上の連続式アンローダーの脚部に損傷をそれぞれ生じさせ,のちいずれも修理されたが,製鉄所原料船の滞船料等の損失が生じた。
A受審人は,本件後,所属する水先人会が7号及び8号各バースについて新たに設定した操船基準に従って操船することとした。
(本件発生に至る事由)
1 操船計画が船首に2隻の,船尾に1隻の曳船を配置して右回頭するものであったこと
2 A受審人が,C指定海難関係人に対し,図示するなどして操船方法を明確に伝えなかったこと
3 C指定海難関係人が,A受審人に操船方法の説明を求めなかったこと
4 A受審人が,後進行きあしによって離岸距離を確保できるものと思い込んでいたこと
5 A受審人が,回頭開始時の離岸距離を十分にとらなかったこと
6 C指定海難関係人が,回頭速度が速いと感じたとき,そのことをA受審人に伝えなかったこと
7 A受審人が,回頭中の後進行きあしを十分に確認しなかったこと
8 A受審人が,船首離岸距離を十分に確認しなかったこと
9 C指定海難関係人が,ドップラーログやGPSで後進行きあしを確認のうえA受審人に伝えなかったこと
10 A受審人が,曳船に指示を出したとき,応答を確認しなかったこと
(原因の考察)
エ号は,右回頭を開始するとき,ターニングべーシンの中央付近まで平行移動して十分な離岸距離をとっていたなら,本件は発生しなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,回頭開始時の離岸距離を十分にとらなかったことは,本件発生の原因となる。
また,エ号は,回頭中の後進行きあしと,岸壁への接近状況を把握するよう,船首離岸距離とを十分に確認していたなら,同離岸距離が不足していることに気付き,後進行きあしを増速するなり,曳船に右回頭を止めさせるなりして,同離岸距離を確保しながら岸壁を替わることができ,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,回頭中の後進行きあしと船首離岸距離をいずれも十分に確認しなかったことは,本件発生の原因となる。
一方,船長が,離岸出航に当たり,水先人に図示させるなどして操船方法を確かめていたなら,回頭開始時の離岸距離が全長の半分もないことが分かり,離岸距離が十分でないとの自らの考えを伝えることができ,本件の発生は防止できたものと認められる。
したがって,C指定海難関係人が,離岸出航に当たり,A受審人に操船方法の説明を求めなかったこと,及びA受審人が,図示するなどして操船方法を明確に伝えなかったことは,本件発生の原因となる。
C指定海難関係人が回頭速度が速いと感じたとき,そのことをA受審人に伝えなかったこと,ドップラーログやGPSで後進行きあしを確認のうえ同受審人に伝えなかったこと,及び同受審人が後進行きあしによって離岸距離を確保できるものと思い込んでいたこと,曳船に指示を出したときに応答を確認しなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
A受審人の操船計画が,船首に2隻の,船尾に1隻の曳船を配置して右回頭するものであったことは,計画どおりに操船しエ号重心の岸壁方向への移動が生じても,十分な離岸距離の確保により,岸壁衝突には至らないと認められるから,原因とならない。
(主張に対する判断)
A受審人が,6時方向に引けという自分の指示に反して,船首曳船が6時方向に押したことが原因のひとつであると主張することについて検討する。
A受審人の当廷における,「6時方向に引けと言ったときに,何かの行き違いで,6時方向に押すということはあり得るのだが,もう1隻の方がラインをとっていないのに押すということは私の頭に全くなかった。曳船から引くという応答があったかどうかについては記憶にない。」旨の供述,各曳船の作業状況についての照会に対するG丸及びH丸両船長の回答中,「フルで押した。」旨の各記載,J船長に対する質問調書中,「7号バース着岸中の巨大船が替わったのち,岸壁に接触する前に後進方向に押せと指示があった。」旨の供述記載及びH丸も同様に6時方向に押している状況を総合すると,エ号の船首が岸壁に急速に接近する事態を認めた同受審人が,6時方向に押せと指示したものと判断せざるを得ず,G丸のみにエ号の船首を6時方向に引けとの指示を出したという同受審人の陳述を採ることができない。
(海難の原因)
本件岸壁衝突は,夜間,千葉県木更津港において,左舷船首から風勢を受けて離岸したのち,3隻の曳船を使用し,港口に向かおうとして右回頭を開始する際,回頭開始時の離岸距離を十分にとらなかったばかりか,回頭中の後進行きあしと船首離岸距離の確認がいずれも不十分で,同離岸距離が不足したまま,回頭を続けたことによって発生したものである。
運航が適切でなかったのは,離岸出航に当たり,船長が水先人に操船方法の説明を求めなかったことと,水先人が船長に操船方法を説明しなかったこととによるものである。
(受審人等の所為)
1 懲戒
A受審人は,夜間,千葉県木更津港において,エ号をきょう導して離岸出航の操船に当たり,3隻の曳船を使用して右回頭を開始する場合,回頭中に岸壁に著しく接近しないよう,回頭開始時の離岸距離を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,後進行きあしによって離岸距離を確保できるものと思い込み,回頭開始時の離岸距離を十分にとらなかった職務上の過失により,船首離岸距離が不足したまま回頭を続けて岸壁衝突を招き,エ号のバウチョックブルワークに亀裂を,鋼管杭に曲損及び基礎コンクリート部にコンクリート剥離を,並びに同バース上の連続式アンローダーの脚部に損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同受審人の東京湾水先区水先の業務を1箇月停止する。
2 勧告
C指定海難関係人が,夜間,千葉県木更津港において,離岸出航に当たり,水先人に操船方法の説明を求めなかったことは,本件発生の原因となる。
C指定海難関係人に対しては,勧告するまでもない。
よって主文のとおり裁決する。
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