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平成16年横審第95号
件名

漁船幸栄丸漁船三上丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年3月15日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(竹内伸二,西田克史,浜本 宏)

理事官
小金沢重充

受審人
A 職名:幸栄丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
幸栄丸・・・右舷船首部に擦過傷
三上丸・・・左舷船尾防舷材が折損,操縦者溺死

原因
幸栄丸・・・各種船舶間の航法(避航動作)不遵守(主因)
三上丸・・・無資格者による運航,避航を促す音響信号不履行(一因)

主文

 本件衝突は,幸栄丸が,大幅に避航動作をとらず,漁ろうに従事している三上丸の進路を避けなかったことによって発生したが,三上丸が,無資格者によって運航されたばかりか,避航を促す音響信号を行わなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年5月27日06時00分
 三重県伊勢市豊北漁港沖合
 (北緯34度33.1分 東経136度43.2分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船幸栄丸 漁船三上丸
総トン数 9.83トン 0.5トン
全長   5.83メートル
登録長 13.57メートル  
機関の種類 ディーゼル機関 電気点火機関
出力   29キロワット
漁船法馬力数 35  
(2)設備及び性能
ア 幸栄丸
 幸栄丸は,昭和52年7月に進水した,ひき網漁業,底びき網漁業及び雑漁業に従事するFRP製漁船で,船体ほぼ中央に操舵室があり,船尾甲板に揚縄機が設置されていた。
 操舵室には,磁気コンパスとGPSが備え付けられ,操船者は,中央で舵輪を操作しながら右斜め前のGPSプロッタの画面を見ることができ,また,自動操舵装置を備えているものの,これが故障のため使用不能となっていた。
 操舵室は,床の高さが甲板上51センチメートル(以下「センチ」という。)で,前面に縦55センチ横45センチの窓ガラス3枚があり,中央の窓ガラスに旋回窓が取り付けられ,舵輪後方に立って前方を見たとき,前方のマストや窓枠によって視界が一部遮られる状況であった。
 航海速力は,機関回転数毎分2,200で10.0ノット,最低速力は同700で約2.0ノットであった。
イ 三上丸
 三上丸は,昭和62年2月に進水した,刺網漁業及び雑漁業に従事するFRP製漁船で,船尾端に船外機が取り付けられ,船尾物入れには蓄電池及び燃料タンクが収納されていた。

3 事実の経過
 幸栄丸は,A受審人ほか2人が乗り組み,かいけた網漁の目的で,船首0.1メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,平成16年5月27日05時50分三重県豊北漁港を発し,僚船十数隻とともに同県明和町浜田沖約1,800メートルの漁場に向かった。
 出航後A受審人は,外城田(ときだ)川河口の西防波堤と東防波堤との間に向けて航行し,西防波堤先端を左舷側約50メートル離して航過したあと,05時57分半豊北港東防波堤灯台から015度(真方位,以下同じ。)150メートルの地点で,針路を浜田沖に向け320度に定め,機関を回転数毎分1,500の前進にかけ,8.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行し,船首方向約100メートルの僚船2隻に続いて北上した。
 定針後A受審人は,先航する僚船との距離に留意しながら続航し,05時59分少し前正船首300メートルに三上丸の船尾を初めて認め,その後衝突のおそれがある態勢で同船と接近し,同船が,法定形象物を掲げていないものの,左舷側から網を揚げている様子を見て,漁ろうに従事していることを知り,05時59分半わずか前三上丸が正船首150メートルとなったとき,同船を避航することとしたが,同船がほとんど停止しており,少し左転すればかわると思い,大きく転舵するなどして大幅に避航動作をとらず,同船の進路を避けることなく,317度に転じただけで,左舷船首方を先航する僚船に留意しながら進行中,06時00分豊北港東防波堤灯台から330度700メートルの地点において,幸栄丸は,原針路,原速力のまま,右舷船首が三上丸の左舷船尾端に右舷後方から20度の角度で衝突し,その左舷側を擦過した。
 当時,天候は晴で風はなく,潮候は上げ潮の初期であった。
 A受審人は,衝撃を感じなかったので衝突したことに気付かず,そのまま三上丸を通過したのち,船尾方を振り返ったところ,乗組員の姿が見えなかったことから落水したものと思い,直ちに反転して同船に近付き,海上に浮いていた同船の操縦者Bを救助しようとしたが,間もなく同人が海中に没して見えなくなった。
 折から付近を航行中の僚船が最寄りの海上保安部に事故発生を連絡し,A受審人は,僚船及び到着した巡視艇とともに衝突地点付近の捜索にあたり,約6時間後海底に沈んでいたB操縦者の遺体が発見された。
 また,三上丸は,無資格のB操縦者が単独で乗り組み,きす刺網漁の目的で,同日05時00分三重県伊勢市村松漁港を発し,豊北漁港沖合の漁場に着いたのち機関を止め,法定形象物を表示しないまま,長さ約27メートル幅0.6メートルの刺網約15枚を投網し,05時40分ごろ揚網を開始した。
 B操縦者は,農業に従事するかたわら,天気がよいときに,早朝2時間ほど単独で三上丸を運航して伊勢市沖合で刺網漁を行っていた。
 B操縦者は,船尾に立ち,備付けのライフジャケットを着用しないまま揚網作業に従事し,水深約5メートルの漁場に入れた刺網を左舷側から手繰り寄せ,北北西方に向首しながら平均して毎分約13メートルの速さで南西方に移動した。
 05時59分少し前B操縦者は,前示の衝突地点付近で337度に向首して漁ろうに従事し,9枚目の網を揚げていたとき,右舷船尾17度300メートルに幸栄丸を認めることができ,その後同船が衝突のおそれがある態勢で接近し,自船の進路を避ける様子が認められなかったが,ホイッスルなどを使用して避航を促す音響信号が行われないまま,ゆっくりと南西方に移動しながら揚網中,三上丸は,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,幸栄丸は,右舷船首部に擦過傷を生じ,三上丸は,左舷船尾防舷材が折損し,また,B操縦者が海中に転落して溺死した。

(航法の適用)
 本件は,伊勢湾沿岸で発生したものの,港則法及び海上交通安全法が適用されない海域であるから海上衝突予防法が適用される。
 幸栄丸が航行中の動力船であることは明らかであり,三上丸については,当時左舷側から刺網を揚網中で,法定形象物を表示していなかったものの,A受審人が,三上丸を初認したあと同船船尾方から衝突のおそれがある態勢で接近した際,刺網を引き揚げ中で漁ろうに従事していることが分かる状況であったことから,海上衝突予防法第18条第1項を適用するのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 幸栄丸
(1)前方のマストや窓枠によって操舵位置から前方の見通しが一部遮られる状況であったこと
(2)幸栄丸の前方約100メートルを僚船2隻が先航していたこと
(3)船長が,三上丸がほとんど停止していると思ったこと
(4)船長が,大きく転舵するなどして大幅に避航動作をとらなかったこと
(5)船長が,三上丸の進路を避けなかったこと

2 三上丸
(1)無資格者によって運航されたこと
(2)法定形象物を掲げていなかったこと
(3)揚網しながらゆっくりと南西方に移動していたこと
(4)避航を促す音響信号を行わなかったこと

(原因の考察)
 本件は,幸栄丸が,漁ろうに従事中の三上丸を避航するにあたり,大きく転舵するなどして大幅に避航動作をとり,同船の進路を避けていたなら発生しなかったものと認められ,また,三上丸が避航を促す音響信号を行っていれば,幸栄丸が更に大きく左転したことが予想されることから,同船が大きく転舵するなどして大幅に避航動作をとらず,三上丸の進路を避けなかったこと及び三上丸が避航を促す音響信号を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 また,三上丸に有資格者が乗り組んでいれば,同船において,海上衝突予防法が遵守され,衝突回避のための適切な措置が期待されたことから,三上丸が無資格者によって運航されたことは,本件発生の原因となる。
 幸栄丸が,前方のマストや窓枠によって操舵位置から前方の見通しが一部遮られる状況であったこと及び三上丸が法定形象物を掲げていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 幸栄丸の前方約100メートルを僚船2隻が先航していたことは,幸栄丸船長の注意が分散されることにつながるものの,適切な避航動作をとっていれば衝突を回避することは十分に可能であったと認められ,また,幸栄丸船長が,三上丸がほとんど停止していると思ったこと及び同船が揚網しながら南西方にゆっくりと移動していたことは,同船長が大幅に避航動作をとらなかったことと関係があるものの,避航船である幸栄丸は,海上衝突予防法第16条の規定に従い,できる限り早期に,かつ,大幅に避航動作をとって三上丸の進路を避けなければならず,これらはいずれも本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件衝突は,三重県伊勢市豊北漁港沖合において,幸栄丸が,漁場に向け航行中,大幅に避航動作をとらず,漁ろうに従事している三上丸の進路を避けなかったことによって発生したが,三上丸が,無資格者によって運航されたばかりか,避航を促す音響信号を行わなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,三重県伊勢市豊北漁港沖合において,漁場に向け航行中,正船首方向に認めた三上丸が漁ろうに従事していることを知って,これを避航する場合,確実に衝突を避けるよう,大きく転舵するなどして大幅に避航動作をとるべき注意義務があった。しかし,同人は,三上丸がほとんど停止しており,少し左転すればかわるものと思い,大幅に避航動作をとらなかった職務上の過失により,同船の進路を避けないまま進行して同船との衝突を招き,幸栄丸の右舷船首部に擦過傷を生じさせるとともに,三上丸の左舷船尾防舷材を折損し,B操縦者が落水して溺死する事態に至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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