(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年12月21日22時40分
静岡県爪木埼北東方沖合
(北緯34度41.0分 東経139度02.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第二王海丸 |
総トン数 |
499トン |
全長 |
75.92メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
第二王海丸(以下「王海丸」という。)は,平成8年2月に進水した,限定沿海区域を航行区域とする全通二層甲板船尾船橋型貨物船で,船首端より船橋前面までの距離が約60メートルであった。
船橋中央前部に操舵スタンド,その左側に主レーダー,従レーダー,GPSが順に並び,操舵スタンド右側に機関遠隔操縦装置が設置されていた。
旋回性能は,海上公試運転成績書によると,主機回転数240の全速力前進12.15ノットで航走中,舵角35度で右舵一杯として,5度及び30度旋回するまでの所要時間が,それぞれ8秒及び20秒,右転の最大縦距が207メートル,最大横距が223メートルで,左旋回時の値もほぼ同様であった。
3 静岡県沿岸海域
静岡県は,沿岸海域に集魚機能と気象・海洋観測機能とを併せ持つブイを配置することとし,平成10年8月御前崎沖のブイに続き,遠州灘沖,波勝沖,稲取沖の順に設置し,当時4基のブイを稼働させており,これらのブイから気象・海洋データを送信させて漁業関係者などに公開する,「しずおかマリンロボシステム」と称する業務を行うとともに,付近航行船舶に注意を促していた。
4 稲取沖のブイ
稲取沖のブイは,平成14年4月爪木埼の北東方約3海里の地点に設置され,爪木埼北東方浮魚礁灯(以下「浮魚礁灯」という。)の名称が付され,白色のモールス符号(U)光を毎8秒に1回発し,灯高7.4メートル,光達距離6海里で,レーダー反射器を備え,同年4月三管区水路通報第14号,同年5月海上保安庁水路通報第17号で周知され,また,同14年版灯台表第1巻の同年5月刊行追加表第3号,同年6月補刷の海図W51及び同15年10月補刷の海図W80にそれぞれ記載されていた。
5 事実の経過
王海丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,紙製品1,080トンを載せ,船首2.8メートル船尾4.0メートルの喫水をもって,平成15年12月20日16時10分愛媛県三島川之江港を発し,京浜港川崎区に向かった。
A受審人は,船橋当直を自らを含め,甲板長,一等航海士の順で3直4時間交替の単独当直制とし,自らは午前及び午後の8時から12時までの同当直に就くなか,翌21日19時40分駿河湾南方沖合で昇橋して前直者と交替し,主レーダーをスタンバイにして従レーダーを休止したまま,GPSを作動して船橋当直にあたり,21時40分石廊埼南方1.5海里沖合を航過し,神子元島と同島北方の平根,横根の浅礁域との間に向かう途中,行き会う西行船を替わしながら東行を続けた。
ところで,A受審人は,平成12年6月刊行の海図W80を使用し,浮魚礁灯が設置されたが改補していなかったところ,同15年上半期の夜間に爪木埼沖合を通航したとき,同灯の灯火に気付いて初めて浮魚礁灯の存在を知り,その正確な位置を測定しなかったものの,同海図に概位を黒丸で記入してブイと添え書きしていた。
ところが,A受審人は,間もなく北方に向かう転針予定地点に差し掛かり,浮魚礁灯の付近を通航することから,同灯を避ける針路にしようかと考えたものの,その灯火を見てからでも避けられると判断し,使用海図の概位を見るなどして浮魚礁灯を十分に離す針路をとらないまま,22時07分爪木埼灯台から203度(真方位,以下同じ。)4.0海里の神子元島北側を通過した地点に達したとき,針路を038度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ,12.0ノットの対地速力で進行した。
定針時A受審人は,主レーダーを作動させ3海里と6海里の各レンジに切り替えて見たものの,船首方向に何の映像もなく,視界も良かったことから目視の見張りで十分と考え,そのころ浮魚礁灯が船首方6.6海里のところにあったが,オフセンターにするなり,更に遠距離レンジに切り替えるなりしないで,再びスタンバイに戻しレーダーを活用しないまま,程なく右舷前方から南下してくる多くの反航船の灯火を認め,無難に替わるかどうか,その動静に注意を払いながら続航した。
22時30分A受審人は,爪木埼灯台から092度1.3海里の地点に達したとき,正船首2.0海里のところに浮魚礁灯の灯火を視認できる状況であったが,右舷前方に認めた多くの反航船に気を取られ,船首方向の見張りを十分に行っていなかったので,同灯の灯火に気付かず,浮魚礁灯に向首したまま進行中,22時40分少し前船首至近に点滅する同灯の灯火を認め,急いで手動操舵に切り替え右舵一杯としたが及ばず,22時40分爪木埼灯台から059度2.9海里の地点において,王海丸は,右転を始めた船首が043度を向いたとき,原速力のまま,左舷船首部が浮魚礁灯に衝突した。
当時,天候は晴で風力3の北西風が吹き,視界は良好で,潮候は上げ潮の初期であった。
A受審人は,衝突後も浮魚礁灯の灯火が正常に点灯しているのを確かめてから目的地に向かい,22日早朝京浜港に到着して損傷箇所を調査のうえ,海上保安庁に浮魚礁灯に衝突した旨を連絡した。
衝突の結果,王海丸は,左舷船首外板に亀裂を伴う凹損を生じたが,のち修理され,浮魚礁灯は,浮体の接舷用防舷材に曲損を生じた。
(本件発生に至る事由)
1 前路に浮魚礁灯があったこと
2 A受審人が,改補していない海図を使用していたこと
3 A受審人が,使用海図の概位を見るなどして浮魚礁灯を十分に離す針路をとらなかったこと
4 A受審人が,レーダーを活用しなかったこと
5 右舷前方から南下してくる反航船が多かったこと
6 A受審人が,船首方向の見張りを十分に行わなかったこと
(原因の考察)
A受審人が,船橋当直にあたり,船首方向の見張りを十分に行っていたなら,気象海象や視界の状況,浮魚礁灯の光力から,同灯を見落とすことはなく,余裕をもって浮魚礁灯との衝突を回避することができたと認められる。
したがって,A受審人が,船首方向の見張りを十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,改補していない海図を使用していたこと,使用海図の概位を見るなどして浮魚礁灯を十分に離す針路をとらなかったこと及びレーダーを活用しなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
前路に浮魚礁灯があったこと及び右舷前方から南下してくる反航船が多かったことは,いずれも本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件灯浮標衝突は,夜間,静岡県伊豆半島沿岸を北上中,船首方向の見張りが不十分で,爪木埼北東方沖合に設置されている浮魚礁灯に向首したまま進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,静岡県伊豆半島沿岸を北上中,爪木埼北東方沖合を進行する場合,同沖合付近に浮魚礁灯が設置されていることを知っていたのだから,同灯を見落とさないよう,船首方向の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,右舷前方に認めた多くの反航船に気を取られ,船首方向の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,浮魚礁灯の灯火に気付かず,同灯に向首したまま進行して衝突を招き,王海丸の左舷船首外板に亀裂を伴う凹損,浮魚礁灯の浮体の接舷用防舷材に曲損をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
|