(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年7月6日05時20分
北海道小樽港北方沖合
(北緯43度17.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船崎吉丸 |
貨物船チュリム |
総トン数 |
19トン |
448トン |
全長 |
23.30メートル |
44.83メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
769キロワット |
588キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 崎吉丸
崎吉丸は,平成11年6月に進水した,いか一本つり漁業に従事するFRP製漁船で,船体中央に操舵室が設けられ,同室にはレーダー2台のほかGPSプロッタが装備されていた。
イ チュリム
チュリム(以下「チ号」という。)は,昭和63年に建造された船首船橋型鋼製貨物船で,操舵室にレーダー2台のほかGPSが装備されていたが,レーダー1台は故障中であった。
3 事実の経過
崎吉丸は,A受審人ほか2人が乗り組み,操業の目的で,船首0.95メートル船尾1.90メートルの喫水をもって,平成16年7月5日10時30分北海道小樽港を発し,16時ごろ同港北北西方50海里の漁場に至って操業を行い,いか1.6トンを漁獲して操業を打ち切り,翌6日02時00分漁場を発進し,同港に向け帰途に就いた。
ところで,崎吉丸は,例年1月から4月末までいか漁を長崎県対馬沖合で行ったのち,5月に入ると日本海の漁場を移動しながら北上し6月末小樽港に至って同港沖合の漁場に出漁していた。
A受審人は,日没ごろ漁場に到着するように出港して翌朝帰港する操業を繰り返していたが,停泊中は出漁準備を整えて2時間ばかりしか休息をとらずに出港し,漁場との往復の船橋当直に1人で当たり,漁場では,操業の開始ごろと打ち切り前にそれぞれ1時間半ばかりの休息をとるのみで,漁獲物の箱詰め作業も行い,甲板員2人が初めてのいか漁で慣れていなくて同作業の遅いことや船橋当直を任せられないストレスと睡眠不足のため疲労が蓄積した状態であった。
発進後A受審人は,単独の船橋当直に就いて操船に当たり,折からの南東寄りの風浪を避けて南下し,04時31分わずか前日和山灯台から345度(真方位,以下同じ。)15.8海里の地点に達したとき,針路をGPSプロッタに入力しておいた高島岬東方0.5海里のポイントに向く162度に定め,機関を全速力前進にかけ,15.4ノットの対地速力とし,自動操舵により進行した。
04時41分過ぎA受審人は,僚船との無線連絡を終え,操舵室後方のベッドに腰を掛けて見張りに当たっていたところ,蓄積した疲労により眠気を催したが,もう少しで入港するから眠気を我慢できるものと思い,休息中の甲板員を呼んで2人で当直するなど,居眠り運航の防止措置をとることなく続航するうち,いつしか居眠りに陥った。
05時16分少し過ぎA受審人は,日和山灯台から352度3.8海里の地点に達したとき,正船首1.0海里に漂泊中のチ号を認めることができる状況で,その後同船に向首して衝突のおそれのある態勢で接近したが,居眠りしていてこれに気付かず,同船を避けないまま進行中,05時20分崎吉丸は,日和山灯台から356度2.9海里の地点において,原針路,原速力のまま,その左舷船首部がチ号の右舷後部に後方から10度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力2の南東風が吹き,潮候は上げ潮の中央期であった。
また,チ号は,船長B及び一等航海士Cほか15人が乗り組み,かに9.1トンを積載し,船首3.7メートル船尾4.0メートルの喫水をもって,同月5日ロシア連邦サハリン州コルサコフ港を発し,小樽港に向かった。
B船長は,翌6日01時40分衝突地点付近に至り,朝の入港予定時刻まで漂泊待機することにし,22時00分から06時00分までの当直に就くC一等航海士にレーダーを活用し周囲の見張りを行うよう指示して降橋した。
C一等航海士は,レーダー1台を作動して甲板員1人とともに見張りに当たり,05時15分船首が南方に向いているとき,双眼鏡で崎吉丸を右舷後方1.3海里に初めて認めたものの,当直交替に備えて操舵室左舷側後部の海図台で航海日誌の記載を始めた。
05時16分少し過ぎC一等航海士は,172度を向首しているとき,崎吉丸が右舷船尾10度1.0海里となり,その後自船に向首し衝突のおそれのある態勢で接近したが,間近になったら自船を避けるものと思い,崎吉丸に対する動静監視を十分に行っていなかったので,このことに気付かず,警告信号を行わないまま,更に接近しても,機関を前進にかけるなど,衝突を避けるための措置をとらずに漂泊を続け,チ号は,172度を向首したまま前示のとおり衝突した。
衝突の結果,崎吉丸は,左舷船首部外板及び左舷球状船首部に亀裂を伴う擦過傷等を生じたが,自力で小樽港に帰港したのち修理され,チ号は,右舷後部外板に擦過傷等を生じた。
(航法の適用)
本件衝突は,小樽港北方沖合において,漁場から帰航中の崎吉丸と漂泊中のチ号が衝突したもので,衝突した地点は,港則法等が適用されない海域であることから海上衝突予防法が適用されるが,漂泊している船舶と航行中の船舶に関する航法規定はないので,同法第38条及び第39条の船員の常務で律することになる。
(本件発生に至る事由)
1 崎吉丸
(1)崎吉丸の甲板員2人が,いか漁に慣れていなくて箱詰め作業が遅かったこと
(2)A受審人が,眠気を催したとき,自動操舵により進行していたこと
(3)A受審人が,単独で船橋当直中,眠気を催したとき,操舵室後方のベッドに腰を掛けていたこと
(4)A受審人が,単独で船橋当直中,居眠りに陥ったこと
(5)A受審人が,チ号を避けなかったこと
2 チ号
(1)C一等航海士が,当直交替の準備を行う時間帯であったこと
(2)C一等航海士が,崎吉丸に対する動静監視を十分に行わなかったこと
(3)C一等航海士が,警告信号を行わなかったこと
(4)C一等航海士が,衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
本件衝突は,崎吉丸が居眠り運航にならなければ,前路で漂泊中のチ号に気付き,同船を避けることができたものであり,一方,チ号が,崎吉丸に対する動静監視を十分に行っていたなら,警告信号を行うことも,衝突を避けるための措置をとることができたものである。
したがって,A受審人が,単独で船橋当直中,居眠りに陥ったこと及びチ号を避けなかったことは本件発生の原因となる。一方,C一等航海士が,崎吉丸に対する動静監視を十分に行わなかったこと,警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,単独で船橋当直中,眠気を催したとき,操舵室後方のベッドに腰を掛けていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,眠気を催したとき,そのままベッドに腰を掛けていると居眠りに陥りやすい姿勢であるので,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
A受審人が,眠気を催したとき,自動操舵により進行していたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,自動操舵装置は広く船舶に設備されて使用されていることから本件発生の原因とするまでもない。
崎吉丸の甲板員2人がいか漁に慣れていなくて箱詰め作業が遅かったこと及びC一等航海士が当直交替の準備を行う時間帯であったことは,いずれも本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件衝突は,北海道小樽港北方沖合において,漁場から帰航中の崎吉丸が,居眠り運航の防止措置が不十分で,前路で漂泊中のチ号を避けなかったことによって発生したが,チ号が,動静監視不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,北海道小樽港北方沖合において,漁場から同港に向け帰航中,眠気を催した場合,居眠り運航とならないよう,休息中の甲板員を呼んで2人で当直するなど,居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。ところが,同受審人は,もう少しで入港するから眠気を我慢できるものと思い,休息中の甲板員を呼んで2人で当直するなど,居眠り運航の防止措置をとらなかった職務上の過失により,チ号を避けずに進行して同船との衝突を招き,崎吉丸の左舷船首部外板及び左舷球状船首部に亀裂を伴う擦過傷等を,チ号の右舷後部外板に擦過傷等をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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