日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2005年度(平成17年度) >  衝突事件一覧 >  事件





平成16年門審第95号
件名

遊漁船新生丸モーターボートコウシンマル衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年2月25日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(織戸孝治,清重隆彦,上田英夫)

理事官
半間俊士

受審人
A 職名:新生丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
B 職名:コウシンマル船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
新生丸・・・左舷船首部に擦過傷
コウシンマル・・・左舷船尾部に亀裂,船長が頚椎捻挫などで約10日間の通院加療を要する負傷,釣仲間Cが頚椎捻挫などで1週間の加療を要する負傷,同Dが外傷性頚部症候群の負傷

原因
新生丸・・・見張り不十分,船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
コウシンマル・・・所定の形象物不表示,見張り不十分,注意喚起信号不履行,船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,新生丸が,見張り不十分で,所定の形象物を表示せずに錨泊中のコウシンマルを避けなかったことによって発生したが,コウシンマルが,見張り不十分で,注意喚起信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年11月2日15時40分
 福岡県福津市津屋崎鼻西方
 (北緯34度47.3分 東経130度25.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 遊漁船新生丸 モーターボートコウシンマル
総トン数 4.5トン  
登録長 11.98メートル 7.14メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 364キロワット 110キロワット
(2)設備及び性能等
ア 新生丸
 新生丸は,昭和62年8月に進水した一層甲板型FRP製小型兼用船で,専ら遊漁船業に使用されていた。
 同船は,レーダー,GPS及び自動操舵装置を装備し,速力10ないし23ノットで航走すると船首が浮上し,A受審人が操舵室内に設けられた操舵用椅子に腰を掛けた姿勢では,船首両舷に各約1度の範囲に死角が生じる状況であった。
イ コウシンマル
 コウシンマルは,平成3年3月に進水したFRP製キャビン付モーターボートで,同14年12月から海上レジャーに使用されていた。
 同船は,エアホーンと電気ホーンを備えていたが故障していたため,携帯用エアホーンを備えていたが,黒色球形形象物は装備していなかった。また,自作の重量約8キログラムのステンレス製4爪錨を備え,錨索として長さ約3メートルのステンレス製鎖と長さ100メートル,直径16ミリメートルの合成繊維製のロープを備えていた。

3 事実の経過
 新生丸は,A受審人が1人で乗り組み,釣客8人を乗船させ,遊魚の目的で,船首0.5メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,平成15年11月2日05時00分福岡県津屋崎漁港を発し,長崎県壱岐島北東方の釣場に向かい,07時10分ごろ釣場に到着して釣りをさせた後,14時00分小呂島港西2号防波堤灯台から337度(真方位,以下同じ。)9.7海里の地点を発進し,帰途に就いた。
 A受審人は,発進時から操舵用椅子に腰を掛けた姿勢で,自動操舵により,針路を120度に定め,機関を全速力前進にかけて16.0ノットの対地速力で,船首浮上による死角を補うため,2マイルレンジとしたレーダー画面を監視しながら進行した。
 15時31分A受審人は,陸岸に接近して通航船舶が多くなる海域に達したことから,操舵装置を手動操舵に切り替えて続航中,同時32分半津屋崎鼻灯台から289度3.3海里の地点に達したとき,レーダーにより船首方2.0海里のところに1個の映像を探知した。しかし,同映像が,コウシンマルとその北方30メートルばかりのところに存在した遊漁船(以下「第三船」という。)の2隻がレーダーの特性により1個で表示されていたことに気付かなかった。
 15時36分少し過ぎA受審人は,津屋崎鼻灯台から285度2.3海里の地点に達し,前示の映像まで1.0海里になったとき,これを目視により確認するため,針路を121度に転じたころ,コウシンマルに向首したが,左舷船首1度に第三船を視認したことから,もう前路に他船はいないから大丈夫と思い,さらに大きく右転して正船首から右舷方の死角部分の見張りを行わなかったので,コウシンマルの存在も,その後,錨泊中の同船に衝突のおそれがある態勢で接近していることにも気付かず,同船を避けることなく続航した。
 こうして,A受審人は,第三船を左舷側に見ながら進行中,15時40分わずか前左舷船首至近距離にコウシンマルを認め,衝突の危険を感じて,右舵一杯をとったが及ばず,15時40分津屋崎鼻灯台から274度1.4海里の地点において,新生丸は,原速力のまま165度を向首したとき,その左舷船首部が,コウシンマルの左舷船尾部に前方から15度の角度で衝突した。
 当時,天候は晴で風力1の北風が吹き,潮候は上げ潮の中央期であった。
 また,コウシンマルは,B受審人が1人で乗り組み,釣仲間3人を乗船させ,魚釣りの目的で,船首0.7メートル船尾1.0メートルの喫水をもって,同日07時30分津屋崎漁港を発し,同漁港沖合の釣場に向かった。
 B受審人は,発航後,相ノ島沖などで釣りをしながら釣場移動して14時00分水深約20メートルの前示衝突地点付近で,錨を投入し,錨索を船首から約40メートル延出し,錨泊していることを示す黒色球形形象物を表示することなく錨泊を開始した。
 錨泊後,B受審人は,後部甲板で釣竿を使用して釣仲間とともに釣りをしていたところ,15時36分少し過ぎ自船が000度を向首しているとき,左舷船首59度1.0海里のところに新生丸が存在し,その後,同船が衝突のおそれがある態勢で自船に向首接近していたが,接近する他船が自船を避航するものと思い,周囲の見張りを十分に行わなかったのでこの状況に気付かず,注意喚起信号を行わず,更に接近するに及んで機関を使用して衝突を避けるための措置をとらなかった。
 15時39分半少し前B受審人は,同方位300メートルのところに新生丸を初めて認め,衝突の危険を感じて,乗船者全員とともに大声で叫び手を振って合図したが効なく,コウシンマルは,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,新生丸は,左舷船首部に擦過傷を生じ,コウシンマルは,左舷船尾部に亀裂を生じたが,のち修理され,B受審人が頚椎捻挫などで約10日間の通院加療を要する傷を,釣仲間のCが頚椎捻挫などで1週間の加療を要する傷を,同Dが外傷性頚部症候群の傷をそれぞれ負った。

(航法の適用)
 本件は,津屋崎漁港西方において,航行中の新生丸と錨泊中のコウシンマルとが衝突したものであり,同海域は港則法及び海上交通安全法の適用がないから,一般法である海上衝突予防法によって律することとなる。
 海上衝突予防法上,錨泊している船と航行中の船舶に関する航法規定は存在しない。よって,同法第38条及び第39条の船員の常務で律するのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 新生丸
(1)新生丸に船首死角を生じていたこと
(2)A受審人がレーダーの方位・距離分解能の特性について注意を払っていなかったこと
(3)A受審人が目視による死角を補う見張りを行っていなかったこと
(4)A受審人がコウシンマルを避けなかったこと

2 コウシンマル
(1)B受審人が錨泊中であることを示す形象物を表示していなかったこと
(2)B受審人が他船との衝突の危険に対する認識が十分でなかったこと
(3)B受審人が周囲の見張りを十分に行わなかったこと
(4)B受審人が注意喚起信号を行わなかったこと
(5)B受審人が衝突を避けるための措置をとらなかったこと

(原因の考察)
1 新生丸が,視程が良好な気象の下,船首浮上による死角を生じる状況で航走中,レーダー画面で同死角に1個の映像を認めた際,これを目視により確認していれば,同映像が接近した2隻の船舶のものであることを認識でき,早期にコウシンマルを視認して,同船の動静を把握した上でこれを避けることができ,本件は発生していなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,目視による死角を補う見張りを行わず,同船を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
 A受審人がレーダーの特性について注意を払っていなかったことは,本件衝突に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
 しかしながら,レーダーの特性については,装備している機器の性能を把握して映像解析ができるよう,万全の措置をとるべきであり,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 新生丸に死角を生じていたことは,船首両舷に各約1度の範囲にのみであったから,船首を左右に振るとか,椅子から立ち上がって身体を左右に移動するなどすれば,解消することであり,原因とするまでもない。
2 コウシンマルが,津屋崎鼻西方で釣りのため錨泊する際,視程が良好な気象の下,周囲の見張りを十分に行っていれば,早期に接近する新生丸を視認でき,同船の動静を把握した上,同船に対して注意喚起信号を行い,更に,同船に避航の気配が認められないとき,衝突を避けるための措置をとっていたなら,本件は発生していなかったものと認められる。
 したがって,B受審人が,釣りに没頭して,周囲の見張りを十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 B受審人が,新生丸を早期に認め,音響信号により,自船の存在を新生丸に知らしめることができたならば,A受審人がコウシンマルに気付いて同船を避航できた可能性は大きい。また,B受審人が,新生丸が避航の気配を見せないまま接近するのを認めたとき,機関を使用して衝突を避けるための措置をとることができたと考えられる。
 したがって,B受審人が,新生丸に対して音響による注意喚起信号を行わなかったこと,及び新生丸との衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 コウシンマルは,釣りのため錨泊していたが,海上衝突予防法に規定の黒色球形形象物を備えておらず,これを表示していなかったものであるが,同形象物は,原則として直径0.6メートル以上の球形と規定されているものの,長さ20メートル未満の船舶が掲げる形象物の大きさについては,その船舶の大きさに適したものとすることができるとする緩和規定があり,これをコウシンマルに当てはめると,同船が表示すべき形象物の大きさはかなり小さなものでもよいと考えられ,同形象物を備えること,また,これを表示することができない特段の理由はなかった。
 しかしながら,本件の場合,新生丸は衝突直前までコウシンマルを視認していないのであるから,黒色球形形象物の不表示は,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
 しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 B受審人は,自船が錨泊しているので,接近する航行中の他船の側において避航して行くものと思っていたことが窺われるが,このことは周囲の見張りを十分に行わなかったことの誘因となるものの,本件発生の原因とはならない。
 しかしながら,そのような一方的な思い込みは危険であり,本件発生に鑑み,以後,錨泊中といえども,周囲の見張りを行うことの重要性に十分留意すべきである。

(海難の原因)
 本件衝突は,津屋崎鼻西方において,漁場から帰航中の新生丸が,見張り不十分で,前路で所定の形象物を表示せずに錨泊中のコウシンマルを避けなかったことによって発生したが,コウシンマルが,見張り不十分で,注意喚起信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,津屋崎鼻西方において,船首死角を生じた状態で漁場から帰航中,レーダーで船首方に1個の映像を探知した場合,これを目視確認できるよう,船首を左右に十分振るなどして,見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,船首をわずかに振っただけで左舷船首方に第三船を認めたことから,前路には同船以外に他船はいないものと思い,見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,死角内に存在したコウシンマルに気付かず,同船を避けることなく進行して衝突を招き,新生丸の左舷船首部に擦過傷を,コウシンマルの左舷船尾部に亀裂をそれぞれ生じさせ,B受審人,同人の釣仲間のC及びDを負傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人が,津屋崎鼻西方において,釣りのため錨泊する場合,自船に向首して衝突のおそれがある態勢で接近する新生丸を見落とさないよう,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,自船は錨泊しているので接近する他船が避航すと思い,釣りに没頭して,周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,新生丸に気付かず,注意喚起信号を行わず,更に接近するに及んで,衝突を避けるための措置をとることなく錨泊を続けて衝突を招き,前示のとおり両船に損傷を生じさせ,自身らを負傷させるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。 


参考図
(拡大画面:17KB)





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION