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平成16年門審第115号
件名

漁船住吉丸モーターボートしゅうほう丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年2月24日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(長谷川峯清,千手末年,上田英夫)

理事官
島友二郎

受審人
A 職名:住吉丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
B
受審人
C 職名:しゅうほう丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
D

損害
住吉丸・・・船首部に擦過傷
しゅうほう丸・・・船尾外板に破口を伴う亀裂及びプロペラ等の破損,のち廃船,船長が衝突時の衝撃により1週間の加療を要する頚椎捻挫等の負傷

原因
住吉丸・・・見張り不十分,船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
しゅうほう丸・・・動静監視不十分,注意喚起信号不履行,船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,住吉丸が,見張り不十分で,錨泊中のしゅうほう丸を避けなかったことによって発生したが,しゅうほう丸が,有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかったばかりか,動静監視不十分で,注意喚起信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Cを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年7月11日10時50分
 山口県川尻岬東方沖合
 (北緯34度26.0分 東経131度02.5分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船住吉丸 モーターボートしゅうほう丸
総トン数 4.8トン  
登録長 12.10メートル 5.95メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力   56キロワット
漁船法馬力数 80  
(2)設備及び性能等
ア 住吉丸
 住吉丸は,平成6年6月にE社で建造されて進水し,同県角島周辺から見島周辺までの海域を主漁場としていか一本つり漁業に従事するFRP製漁船で,船体後部に長さ1.50メートル幅1.45メートル高さ1.75メートルの操舵室があり,船首部両舷のブルワーク上にそれぞれ前方に張り出した錨台が各1台及び同台後端から同室までの間の船首甲板下に活魚倉が設けられていた。同室には,窓が前面に4個,両舷に各3個及び同室右舷側の天井に縦横各0.5メートルの天窓がそれぞれ設けられ,前面窓の中央2個に旋回窓,天窓の船尾側に蝶番によって上後方に開く蓋,前面窓の上部に無線装置及び同下部に計器台がそれぞれ取り付けられていた。計器台上には右舷側から順に魚群探知機,GPSプロッター及びレーダーが,同台下には配電盤がそれぞれ設置され,舵輪が船体中央少し右舷寄りの同台後面に,主機遠隔操縦ハンドルが舵輪の右舷側にそれぞれ設けられていた。
 同船は,航行中に行きあしの増大に伴い,約12ノットの対水速力のときに船首が0.3メートル浮上し,天窓下部の操舵室床面に立って前方を見ると,正船首を挟んで右舷側に約10度,左舷側に約13度の各範囲に水平線が見えなくなる死角(以下「船首死角」という。)を生じていた。
 A受審人は,船首死角に加えて旋回窓の窓枠や,無線装置及び航海計器等の電線が前方の視界を妨げることから,平素,航行中には,レンジを0.5海里としたレーダーの監視及び天窓下部の操舵室床面に置いた高さ0.77メートルの踏み台上に立って天窓から上半身を出すなどして,船首死角を補う見張りを行っていた。
イ しゅうほう丸
 しゅうほう丸は,昭和62年6月に第1回定期検査が執行されたFRP製プレジャーモーターボートで,船体中央から前部にキャビンがあり,その後部に後方が開放された操舵室,同室の前面窓の外側中央に法定の灯具の取り付けられたマスト,船尾中央に直径6センチメートル高さ1.5メートルのステンレス鋼管製ポスト及び船首部に直径24ミリメートルの合成繊維製錨索を巻き込むための電動ウインチがそれぞれ設置されていた。同室内には,前面右舷側に舵輪,機関遠隔操縦ハンドル,魚群探知機付GPSプロッター及び舵輪の後ろに固定椅子が備えられ,キャビン内に法定属具の黒色球形形象物が格納されていた。
 また,同船には,磁気コンパスが備えられておらず,有効な音響による信号を行うことができる手段も講じられていなかった。
(3)山口県長門市油谷津黄地先の定置網
 津黄地先には毎年9月から翌年6月までの間,長門川尻岬灯台(以下「川尻岬灯台」という。)から100.5度(真方位,以下同じ。)5.5海里の地点を基点とし,基点から345度700メートルの地点(以下「北西地点」という。),同015度700メートルの地点(以下「北東地点」という。)及び基点の3地点を結ぶ線によって囲まれる水域に定置網漁業区域が設定され,北西及び北東両地点を結ぶ線の南方約200メートルのところから基点までの間に定置網(以下「津黄沖定置網」という。)が設置されていた。

3 事実の経過
 住吉丸は,A受審人が1人で乗り組み,活魚用のソデイカを漁獲対象とするいか一本つり漁の目的で,船首0.3メートル船尾1.0メートルの喫水をもって,平成16年7月11日09時40分山口県通漁港を発し,同県角島北東方沖合約3海里の漁場に向かった。
 A受審人は,発航後,レーダーを0.5海里レンジとして作動させ,天窓から上半身を出して周囲の見張りを行いながら,仙崎瀬戸を経由して深川湾を北上したのち,同県今岬沖で左転して陸岸沿いに西行し,10時40分半川尻岬灯台から097度5.3海里の地点で,津黄沖定置網の北西地点に至ってこれを航過したとき,針路を川尻岬の北側至近に向く278度に定め,機関を全速力前進にかけ,12.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,前方に他船を認めなかったことから,踏み台から降りて同台の前に立ち,船首死角が生じた状態で,手動操舵によって進行した。
 10時47分A受審人は,川尻岬灯台から096度4.0海里の地点に差し掛かったとき,船首死角外の右舷船首方に,船首を西方に向けている漁船らしき船2隻を視認し,レーダー画面を見て同画面の縁から少し内側に両船の映像を認めたものの,このとき,正船首方1,110メートルのところに,同じ船首の向きで錨泊中のしゅうほう丸がおり,そのまま続航すると,同船に衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが,しゅうほう丸のレーダー映像が小さかったうえに船首輝線上にあったことなどから,これを見落とし,この2隻のほかに前路に他船はいないものと思い,船首を左右に振るなり,天窓から顔を出して見回すなりして船首死角を補う見張りを十分に行うことなく,このことに気付かず,同じ針路,速力で進行した。
 10時49分A受審人は,川尻岬灯台から096度3.6海里の地点に差し掛かり,船首死角外の右舷船首方の2隻が遊漁船及びプレジャーボートであることを確認したとき,しゅうほう丸を正船首方370メートルのところに認めることができるようになったが,依然,見張りを十分に行っていなかったので,しゅうほう丸に気付かず,同船を避けずに続航中,同時50分わずか前プレジャーボートの乗船者が前路を指差す合図を送っているのを認め,同ボートのシーアンカーが入っているものと思って機関を停止したが及ばず,10時50分川尻岬灯台から096度3.4海里の地点において,住吉丸は,原針路のまま,8.0ノットの速力になったとき,その船首が,しゅうほう丸の船尾中央部に後方から左舷側に2度の角度で衝突して乗り上がった。
 当時,天候は晴で風力1の南西風が吹き,潮候は下げ潮の末期にあたり,視界は良好であった。
 また,しゅうほう丸は,C受審人が1人で乗り組み,同受審人の甥とその息子を乗せ,魚釣りの目的で,船首尾とも0.8メートルの等喫水をもって,同日07時30分山口県長門市の青海島南岸にある大泊の係船地を発し,全員が救命胴衣を着用しないまま,川尻岬東方沖合の釣場に向かった。
 ところで,C受審人は,平素,漁船や遊漁船が通常航行する水域で錨泊して釣りを行うときには,錨泊中であることを示す黒色球形形象物を掲げなければならないことを知っていたが,これまで自船が錨泊中であることを示すつもりで,船尾ポスト頂部に赤色のポリバケツを逆さまにして乗せておいたところ,接近する他船がいつも避けてくれていたので,同形象物を掲げたことがなかった。
 C受審人は,発航後,今岬東方沖合の深川湾口及び津黄沖定置網の北西方沖合でそれぞれ錨泊して釣りを行ったのち,更に西方の釣り場に移動し,10時20分前示衝突地点に至り,先着して錨泊中の遊漁船の南方約120メートルのところで,船首を276度の方位として川尻岬に向け,重量35キログラムの鉄製の四爪錨を投入し,同錨に取り付けた長さ2メートルの錨鎖に連結した錨索を130メートル繰り出し,いつものように船尾ポスト頂部に赤色のポリバケツを逆さまに乗せ,機関を停止して錨泊を開始した。
 錨泊開始時にC受審人は,錨泊地点が平素多くの漁船や遊漁船の通航する水域であることを知っていたが,いつものように赤色のポリバケツを逆さまに乗せてあるので,他船が接近してもこれに気付いて自船を避けてくれるものと思い,法定の黒色球形形象物を掲げることなく,錨泊して釣りを始めたところ,その直後に,釣り仲間のプレジャーボートが自船の北方約70メートルのところに錨泊し,先着の遊漁船を含めて3隻が南北に並んで錨泊して釣りを行う状況となった。
 そして,C受審人は,自ら操舵室の固定椅子に右舷方を向いて腰を掛け,右舷後方に釣竿1本を出し,右舷船尾に電動リール付きの釣竿1本を設置し,同乗の甥が左舷船尾物入れに船首方を向いて腰を掛け,左舷前方に釣竿1本を出し,甥の息子が船内を動き回っている状況のもと,時々周囲を見回しながら,釣りを続けた。
 10時47分C受審人は,船首が276度を向いているとき,正船尾方1,110メートルのところに住吉丸を初めて視認したが,一瞥しただけで,自船が船尾に赤色のバケツを逆さまに掲げており,かつ,3隻が南北に並んで錨泊しているうえ,陸岸までの水域が広いことから,住吉丸が錨泊している自船を避けていくものと思い,引き続き同船に対する動静監視を十分に行うことなく,その後,住吉丸が川尻岬に向けて西行しており,自船に向首して衝突のおそれがある態勢で接近することに気付かず,有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかったので,避航を促すための注意喚起信号を行わずに,同じ姿勢で入れ食い状態になったイサキを釣り上げ続けた。
 10時49分C受審人は,住吉丸が正船尾方370メートルのところに接近したが,依然,動静監視を十分に行っていなかったので,同船に気付かず,直ちに機関を始動して移動するなど衝突を避けるための措置をとらずに,釣りを続けながら錨泊中,同時50分少し前電動リール付きの釣竿に釣れた魚を取り込むために右舷船尾に移動したとき,船尾至近に住吉丸を再び認め,衝突の危険を感じて大声で叫んだが,効なく,しゅうほう丸は,船首が276度を向いたまま,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,住吉丸は,船首部に擦過傷を生じたが,のち修理され,しゅうほう丸は,船尾外板に破口を伴う亀裂及びプロペラ等の破損を生じ,衝突直後に住吉丸が船尾に乗り上がって船尾から沈下したのち転覆し,そのまま住吉丸によって大泊に引きつけられたが,のち廃船処理され,同年8月24日解撤された。また,C受審人及び同乗者2人は,しゅうほう丸の転覆と同時に海中に投げ出されたが,同船につかまっていたところを釣り仲間のプレジャーボートと住吉丸とに救助され,C受審人が衝突時の衝撃により1週間の加療を要する頚椎捻挫等を負った。

(航法の適用)
 本件は,山口県川尻岬東方沖合において,漁場に向けて西行中の住吉丸と,錨泊して釣りを行っていたしゅうほう丸とが衝突したものであり,同海域は港則法及び海上交通安全法の適用がないから,一般法である海上衝突予防法(以下「予防法」という。)によって律することとなる。
 予防法上,航行中の船舶と錨泊中の船舶との関係について個別に規定した条文はないから,同法第38条及び第39条の規定が適用される。

(本件発生に至る事由)
1 住吉丸
(1)船体構造上,船首方に死角が存在していたこと
(2)増速に伴う船首浮上によって船首死角が増大すること
(3)錨泊中のしゅうほう丸の船首方向が住吉丸の定めた針路と同じ方位であったこと
(4)しゅうほう丸のレーダー映像が小さかったうえ,船首輝線上にあったこと
(5)A受審人が,定針後右舷船首方に遊漁船及びプレジャーボート各1隻を認め,この2隻をレーダーでも探知していたので,前路にはこの2隻以外に他船はいないものと思ったこと
(6)A受審人が,船首死角を補う見張りを十分に行わなかったこと
(7)A受審人が,錨泊中のしゅうほう丸を避けなかったこと

2 しゅうほう丸
(1)錨泊地点の北方に,遊漁船及びプレジャーボートがそれぞれ錨泊していたこと
(2)C受審人は,錨泊地点が平素多くの漁船や遊漁船の通航する水域であることを知っていたこと
(3)C受審人は,錨泊状態を示すために,法定の黒色球形形象物を掲げずに,船尾ポスト頂部に赤色のポリバケツを乗せていたこと
(4)C受審人が,住吉丸に対する動静監視を十分に行わなかったこと
(5)有効な音響による信号を行うことができる手段が講じられていなかったこと
(6)C受審人が,注意喚起信号を行わなかったこと
(7)C受審人が,衝突を避けるための措置をとらなかったこと

(原因の考察)
 本件は,山口県川尻岬東方沖合において,船首死角が生じた状態で漁場に向けて西行中の住吉丸と,同船と同じ船首方向で錨泊して釣りを行っていたしゅうほう丸とが衝突したものである。
 住吉丸は,船体構造上,停船しているときでも操舵室に立って前方を見ると,水平線が船首に隠れて正船首を挟んで約23度の範囲が見えず,更に対水速力が12.0ノットの時に船首が30センチメートル浮上して船首死角が増大するうえ,旋回窓の枠が見通しを妨げていることなどから,操舵室内で操船すると常時船首死角が生じている状態であった。このため,A受審人は,平素,船首死角を補う見張りを行うために踏み台の上に立って天窓から上半身を出したり,0.5海里レンジとしたレーダーを使用して操船に当たっていた。本件発生当時,A受審人が,右舷船首方の船首死角外に遊漁船及びプレジャーボート各1隻を認め,この2隻をレーダーでも探知した際に,船首を左右に振るなり,天窓から顔を出して見回すなりして船首死角を補う見張りを十分に行っていれば,例えしゅうほう丸の船首方向が住吉丸の定めた針路と同じ方位で,レーダー映像が小さかったうえ,船首輝線上にあったとしても,同船を正船首方に視認することができ,その後同船への接近状況から行きあしのないことがわかり,同船を避けることができたものと認められる。
 したがって,A受審人が,船首死角を補う見張りを十分に行わなかったこと及び錨泊中のしゅうほう丸を避けなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 A受審人が,右舷船首方の船首死角外に遊漁船及びプレジャーボート各1隻を認め,この2隻をレーダーでも探知したので,前路にはこの2隻以外に他船はいないものと思ったことは,船首死角を補う見張りを十分に行わなかった理由であり,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,いつも行っていたように,船首死角を補う見張りを十分に行っていれば,しゅうほう丸の存在にも気付いたものと思われることから,本件衝突と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,船首死角の外側の前路に他船を認めたときには,同死角内にも他船が存在する可能性があるから,見張りの重要性を認識し,航行中は船首死角を補う見張りを十分に行わなければならない。
 住吉丸が,船体構造上,船首方に死角が存在していたこと及び増速に伴う船首浮上により船首死角が増大することは,A受審人が十分に認識していることであり,いつも行っていたように,船首死角を補う見張りを十分に行っていれば衝突には至らなかったものと認められることから,本件発生の原因とならない。
 錨泊中のしゅうほう丸の船首方向が住吉丸の定めた針路と同じ方位であったために,レーダー映像が小さかったうえ,船首輝線上にあったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件衝突と相当な因果関係があるとは認められないから,本件発生の原因とならない。
 しゅうほう丸は,衝突の3分前に住吉丸を初めて認めたのち,引き続き同船の動静を監視していれば,同船が自船に向首して衝突のおそれのある態勢で接近することがわかり,早期に機関を始動して移動するなど衝突を避けるための措置をとることができたものと認められる。ところが,本件発生当時,C受審人が,住吉丸を初認後,自船が船尾に赤色のポリバケツを逆さまに乗せており,かつ,3隻が南北に並んで錨泊しているうえ,陸岸までの水域が広いことから住吉丸が避けていくものと思って気にもせず,入れ食い状態になったイサキ釣りに夢中になり,引き続き同船の動静監視を行わなかったことから,住吉丸が衝突のおそれのある態勢で接近していることに気付かず,有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかったので,早期に避航を促すための注意喚起信号を行うことも,間近に接近した際に衝突を避けるための措置もとらずに錨泊を続け,衝突直前に大声で叫んだものの,効なく,同船との衝突に至ったものである。
 したがって,C受審人が,有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかったこと,住吉丸を初認したのち引き続き同船に対する動静監視を十分に行わなかったこと,注意喚起信号を行わなかったこと,及び衝突を避けるための措置をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 C受審人が,錨泊地点が平素多くの漁船や遊漁船の通航する水域であることを知っていたが,自船の錨泊状態を示すために,船内に格納してある法定の黒色球形形象物を掲げずに,船尾ポスト頂部に赤色のポリバケツを乗せていたことは,本件発生に至る過程において関与した事実であるが,衝突に至るまで住吉丸がしゅうほう丸を視認していなかったことから,同形象物の不表示と本件発生とに相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,平素多くの漁船や遊漁船の通航する水域で錨泊するときには,赤色のポリバケツを乗せたからといって当該船舶の航行状態を示したことにはならないから,自船の航行状態を明らかにするためには,法定の黒色球形形象物を掲げなければならず,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 錨泊地点の北方に,遊漁船及びプレジャーボートがそれぞれ錨泊していたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件衝突と相当な因果関係があるとは認められないから,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件衝突は,山口県川尻岬東方沖合において,漁場に向けて西行中の住吉丸が,見張り不十分で,前路で黒色球形形象物を掲げずに錨泊中のしゅうほう丸を避けなかったことによって発生したが,しゅうほう丸が,有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかったばかりか,動静監視不十分で,注意喚起信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,山口県川尻岬東方沖合において,漁場に向けて西行する場合,船首死角の存在を認識していたのであるから,同死角内の前路で黒色球形形象物を掲げずに錨泊中のしゅうほう丸を見落とさないよう,船首死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが,同受審人は,船首死角外の右舷船首方に遊漁船及びプレジャーボート各1隻を認め,この2隻をレーダーでも探知したので,前路にはこの2隻以外に他船はいないものと思い,船首死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,船首死角内の前路で錨泊中のしゅうほう丸に気付かず,同船を避けずに進行して衝突を招き,住吉丸の船首部に擦過傷を,しゅうほう丸の船尾外板に破口を伴う亀裂及び船外機の破損をそれぞれ生じさせ,C受審人に1週間の加療を要する頚椎捻挫等を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同受審人を戒告する。
 C受審人は,山口県川尻岬東方沖合において,先着して錨泊中の遊漁船の南方に投錨し,その直後に釣り仲間のプレジャーボートが自船の北方に投錨して3隻が南北に並んで錨泊中,正船尾方に住吉丸を認めた場合,衝突のおそれの有無を判断できるよう,引き続き同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同受審人は,自船が船尾に赤色のポリバケツを逆さまに乗せており,かつ,3隻が南北に並んで錨泊しているうえ,陸岸までの水域が広いことから,住吉丸が自船を避けていくものと思い,動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,同船が衝突のおそれのある態勢で接近することに気付かず,注意喚起信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらずに錨泊を続けて住吉丸との衝突を招き,前示の事態を生じさせるに至った。
 以上のC受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同受審人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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