(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年1月22日23時03分
来島海峡航路
(北緯34度09.1分 東経132度58.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船伊勢丸 |
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総トン数 |
499トン |
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全長 |
74.60メートル |
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機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
735キロワット |
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船種船名 |
押船第十一豊栄丸 |
被押バージ東進 |
総トン数 |
414トン |
3,895トン |
全長 |
29.97メートル |
107.880メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
2,942キロワット |
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(2)設備及び性能等
ア 伊勢丸
伊勢丸は,平成4年12月に進水した限定近海区域を航行区域とする全通二層甲板船尾船橋型の貨物船で,主として京浜及び阪神両地区の諸港から北海道苫小牧港への鋼材輸送に従事していた。
操舵室は,中央部に操舵スタンドが,同スタンドの右舷側に隣接してテレグラフが,その左舷側に隣接して第1レーダー及び第2レーダーが,右舷後部にVHF無線電話が,左舷後部にGPSプロッタがそれぞれ設置され,船橋前方に視界を妨げるものはなく,同スタンド後方から前方の見通し状況は良好であった。
操縦性能は,船舶件名表写の海上試運転成績によると,12.5ノットで前進中,左旋回及び右旋回とも1回転するのに約3分を,全速力後進を発令し船体停止までに1分46秒をそれぞれ要した。
航海速力は,機関を回転数毎分253として約11ノットであった。
イ 第十一豊栄丸
第十一豊栄丸(以下「豊栄丸」という。)は,平成12年7月に進水した平甲板船首船橋型の押船で,専ら東進の船尾凹部に船首部から後部までを嵌合(かんごう)して全長115.65メートルの押船列(以下「豊栄丸押船列」という。)を形成し,主として大分県大分港または山口県徳山下松港から大阪港へ海砂を輸送していた。
操舵室は,中央部に操舵スタンドが,同スタンドの右舷側に隣接して機関の操縦ハンドルなどが,左舷側に隣接して左舷方に順に,第1レーダー,第2レーダー及びGPSプロッタが,後壁にVHF無線電話がそれぞれ設置されていた。
ウ 東進
東進は,平成12年に豊栄丸とともに建造された非自航型バージで,船首部にバウスラスターを備えていた。
上甲板は,船首端から29メートル後方のところに回転の中心をもつ運転席付き機械室及び長さ37メートルのジブを備えたジブクレーンが,その後方に倉口が,船体後部に乗組員の休憩室となるハウスがそれぞれ設置されていた。
エ 豊栄丸押船列
豊栄丸押船列は,東進の船尾凹部に豊栄丸の船首部から後部までを嵌合し,同船の船首部及び左右両舷中央部に備えた各油圧式連結装置並びに船首部及び左右両舷後部船側に取り付けた各フィンとで結合した押船列で,船舶安全法上では一体型プッシャーバージとしては取り扱われていないものの,航行中,豊栄丸と東進とが相対運動をして両船の船首尾線がずれることがなく,海上衝突予防法上では押している動力船と押されている船舶とが結合して一体となっている場合に該当した。
操舵室は,当時の喫水で海面上高さ18メートルの航海船橋甲板にあり,船体前部にジブクレーンがあったものの,ジブが倒されて格納されていたので前方の見通し状況は良好であった。
灯火は,豊栄丸の操舵室上のレーダーマストに上から順に,マスト灯,紅色全周灯,白色全周灯,紅色全周灯及び白色全周灯が,同室後部の左右両端に各舷灯が,端艇甲板後端のマストに船尾灯が,東進の船首楼甲板のマストにマスト灯が,同甲板後部の左右両端に各舷灯がそれぞれ設置され,夜間航行する際,マスト灯2個,船尾灯1個及び両舷灯1組を表示しなければならなかった。
操縦性能は,豊栄丸が2機2軸固定ピッチプロペラで,舵にフラップラダー2枚を備え,海上公試運転成績表(船体部)写によれば,機関を回転数毎分240として行った旋回試験による旋回径が右旋回及び左旋回ともに160メートルで,1回転するのにいずれも3分50秒を要した。
航海速力は,機関を回転数毎分220とし,満船時が約13ノットで,空船時が約14ノットであった。
3 事実の経過
伊勢丸は,平成16年1月19日第一種中間検査受検のため,C社の本社工場に入渠し,22日同検査を終了し,出渠前の海上試運転を夜間,津島北方沖合の海域で実施することになった。
B指定海難関係人は,修繕課長に伊勢丸のドックマスターを命じられ,同日22時30分同船に乗船し,A受審人と海上試運転についての打合せを十分に行わないまま,出航配置についた。
こうして,伊勢丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,B指定海難関係人,修繕課長ほか作業員など6人を乗せ,海上試運転を行う目的で,船首2.36メートル船尾3.86メートルの喫水をもって,22時40分愛媛県今治港内のC社の係留地を発し,航行中の動力船の灯火を表示して,目的の海域に向かった。
B指定海難関係人は,A受審人が在橋のもと,船首尾にそれぞれ配置した伊勢丸の乗組員及びC社の作業員に指示して同船を離岸させたのち,同受審人に操船を引き継ぐことなく,自ら操舵とテレグラフ操作にあたり,速力を徐々に上げながら今治港の港界を通過して西ノ瀬戸を北上した。
A受審人は,B指定海難関係人が伊勢丸の浮きドック入出渠時などに操船を行ったことから,同指定海難関係人が有効な海技免状を受有しドックマスターとして長年操船にあたり,来島海峡の状況にも詳しいものと推測したうえ,海上試運転についてC社と打合せを十分に行わなかったので,予定海域や方法を知らず,同指定海難関係人がそのことを承知しているから操船を任せておけばよいものと思い,自ら操船の指揮をとることなく,操舵スタンドの左舷側に立ち,レーダーを利用するなどして見張りにあたり,22時54分ごろ愛媛県波方港東方沖合を北上していたとき,船首方2.5海里のところに豊栄丸押船列の航海灯を初めて認めたが,同指定海難関係人もその灯火に気付いているものと判断し,同押船列の存在を同指定海難関係人に知らせないまま,同押船列の動静に留意して見張りを続けた。
B指定海難関係人は,久し振りの夜航海であったので,周囲の陸岸の明かりを見て船位を確認することに気を奪われ,豊栄丸押船列の灯火を見落とし,その存在に気付かないまま,22時56分半波方港広瀬灯標から010度(真方位,以下同じ。)1,000メートルの地点に達したとき,来島海峡航路を横断するつもりで,針路を029度に定め,機関を全速力前進にかけて11.2ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,自ら手動操舵にあたり,同航路北側境界線に設置された来島海峡航路第5号灯浮標(以下,「第5号灯浮標」という。)の灯火を探し船首方に視線に向けて進行した。
22時57分A受審人は,左舷船首48度1.8海里に接近した豊栄丸押船列の白,白,緑,緑4灯を視認し,その後同押船列が来島海峡航路をこれに沿って航行し衝突のおそれがある態勢で接近するのを認めたが,依然B指定海難関係人にそのことを知らせず,同指定海難関係人と操船を代わって同押船列の進路を避けることなく,同航路南側境界線に接近した。
A受審人は,22時59分半少し過ぎ津島潮流信号所から248度1.4海里の地点に至り,来島海峡航路南側境界線を通過して同航路に入ったころ,豊栄丸押船列が同方位1,800メートルとなり,B指定海難関係人に減速することを期待してテレグラフのところに移動し,23時01分ごろ波止浜港付近から同航路に入った船舶に対し航路に沿って南下する船舶に十分に注意するようにとの来島海峡海上交通センター(以下「来島マーチス」という。)によるVHF無線電話の放送を聞き,それを自船への注意喚起と理解したものの,同指定海難関係人もそのことを承知したものと判断し,なおも同指定海難関係人に操船を任せて同航路横断を続けた。
B指定海難関係人は,そのころ正船首少し左方に第5号灯浮標の灯火を認め,同灯火を見失わないよう,その灯火に視線を向けて周囲の見張りを十分に行わず,来島マーチスの放送も聞いていなかったので,豊栄丸押船列の存在に気付かないまま続航した。
こうして,伊勢丸は,23時02分B指定海難関係人が左舷方550メートルのところに豊栄丸押船列の灯火をようやく認めたが,同押船列が避航措置をとるものと思い込み,同じ針路速力で進行中,同時03分少し前A受審人が来島マーチスのVHF無線電話による避航を促す呼びかけを聞いて機関を全速力後進にかけたが及ばず,23時03分津島潮流信号所から271度1.0海里の地点において,伊勢丸は,原針路原速力のまま,その左舷前部に,豊栄丸押船列の東進の船首が,後方から70度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力4の北西風が吹き,視界は良好で,潮流は南流の末期にあたり,衝突地点付近には微弱な南東流があった。
また,豊栄丸は,F受審人ほか6人が乗り組み,船首5.0メートル船尾5.1メートルの喫水をもって,海砂3,800立方メートルを載せ,船首5.0メートル船尾5.1メートルの喫水となった東進の船尾凹部に船首部から船体後部までを嵌合して押船列を形成し,同日16時00分大分県大分港を発し,大阪港に向かった。
F受審人は,22時10分安芸灘南航路第3号灯浮標を航過したころ次席一等航海士から引き継いで単独の船橋当直につき,間もなく昇橋した一等機関士を見張りにつけ,豊栄丸にマスト灯,両舷灯及び船尾灯並びに東進にマスト灯及び両舷灯をそれぞれ表示して来島海峡航路西口に向け北上し,同時49分半桴磯灯標から322度1.4海里の地点で,同航路に入ったとき,針路を084度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけて13.0ノットの速力で,同航路に沿い,愛媛県大下島寄りを中水道に向けて進行した。
22時55分ごろF受審人は,右舷船首方2.5海里に波方港東方沖合付近の来島海峡航路外を北上する伊勢丸の白,白,紅,緑4灯を初めて認めたが,それまで同港沖合の同航路外を北上する船舶がそのまま航路外を航行することが多かったことから,伊勢丸も航路外を北上するものと思い,その後同船に対する動静監視を十分に行わず,同時55分少し過ぎ桴磯灯標から017度1.3海里の地点に差し掛かったとき,操舵を手動に切り替え,針路を同航路に沿って122度に転じ,大下島寄りを続航した。
F受審人は,22時56分半伊勢丸が右転して来島海峡航路を横断しようとする態勢に変わり,同時57分津島潮流信号所から288度2.2海里の地点に差し掛かったとき,同船が右舷船首39度1.8海里となり,その後衝突のおそれがある態勢で接近したが,動静監視を十分に行っていなかったので,このことに気付かず,警告信号を行わず,さらに接近したとき機関を使用して行きあしを停止するなど,衝突を避けるための協力動作をとることなく進行した。
F受審人は,23時01分ごろ来島マーチスがVHF無線電話で放送していることを知ったものの,操舵室の本棚が機関の振動で激しく揺れて騒音を発し,その内容を聞き取ることができず,同時02分ふと右舷船首を見て間近に伊勢丸の灯火を認め,探照灯で自船の船首方を照らし,続いて左舵一杯をとり全速力後進をかけたが及ばず,豊栄丸押船列は,099度に向首し,7.0ノットの速力になったとき,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,伊勢丸は,左舷前部外板に凹損及びオープンレールに曲損などを,豊栄丸押船列は,東進のバルバスバウに圧壊及び船首外板に凹損などをそれぞれ生じたが,のちいずれも修理された。
(航法の適用)
本件は,夜間,来島海峡航路において,航路を横断しようとする伊勢丸と航路をこれに沿って航行している豊栄丸押船列とが航路内で衝突したもので,いずれも灯火を表示し互いに視認できる状況であったので,海上交通安全法第3条によって律することが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 伊勢丸
(1)C社が,海上試運転時におけるドックマスターの役割を作業手順書に具体的に明示して指導しなかったこと
(2)B指定海難関係人が,有効な海技免状を受有していなかったこと
(3)C社が,B指定海難関係人が有効な海技免状を受有していないことを知っていたこと
(4)C社が,B指定海難関係人にドックマスターの業務を行わせていたこと
(5)海上試運転を夜間実施したこと
(6)修繕課長が,B指定海難関係人に伊勢丸のドックマスターを命じたこと
(7)A受審人が,B指定海難関係人が有効な海技免状を受有していないことを知らなかったこと
(8)B指定海難関係人が,離岸後A受審人に操船を引き継がなかったこと
(9)A受審人が,海上試運転実施予定海域を知らなかったこと
(10)A受審人が,自ら操船の指揮をとらなかったこと
(11)A受審人が,豊栄丸押船列の灯火を認めたもののB指定海難関係人にそのことを知らせなかったこと
(12)A受審人が,VHF無線電話の放送を聞いたもののB指定海難関係人にそのことを知らせなかったこと
(13)B指定海難関係人が,VHF無線電話の放送を聞いていなかったこと
(14)伊勢丸が,豊栄丸押船列の進路を避けなかったこと
(15)B指定海難関係人が,衝突の1分前まで豊栄丸押船列の存在に気付かなかったこと
(16)B指定海難関係人が,豊栄丸押船列を初認したとき同押船列が避航措置をとるものと思い込んだこと
2 豊栄丸押船列
(1)F受審人が,豊栄丸押船列の灯火として豊栄丸及び東進のいずれにも両舷灯を表示していたこと
(2)F受審人が,伊勢丸の灯火を初認したあと,衝突の約1分前まで同船の動静を監視していなかったこと
(3)F受審人が,騒音でVHF無線電話の放送内容を聞き取ることができなかったこと
(4)F受審人が,警告信号を行わなかったこと
(5)F受審人が,衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
(原因の考察)
海上交通安全法第3条より,伊勢丸は,避航船の立場であったから,速やかに減速するなどして豊栄丸押船列の進路を避けなければならなかった。
A受審人は,来島海峡航路をこれに沿って航行する豊栄丸押船列と衝突のおそれがある態勢で接近するのを認めており,運動性能によると,十分余裕のある時期に減速するなど,同押船列の進路を避けることが可能であり,周囲の状況などから,その措置をとることを妨げる要因は何ら存在しなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,自ら操船の指揮をとらなかったこと及び豊栄丸押船列の進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人が,離岸後A受審人に操船を引き継がなかったことは,本件発生の原因となる。
C社が,海上試運転時におけるドックマスターの役割を作業手順書に具体的に明示して指導しなかったこと並びにA受審人が,海上試運転実施予定海域を知らなかったこと及びB指定海難関係人が有効な海技免状を受有していないことを知らなかったことは,同受審人と海上試運転についての打合せを十分に行わなかったことの態様であり,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人が,衝突の1分前まで豊栄丸押船列の存在に気付かなかったこと,すなわち見張りを十分に行わなかったこと及びVHF無線電話の放送を聞いていなかったことは本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があると認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
C社が,B指定海難関係人にドックマスターの業務を行わせていたこと及び同指定海難関係人に伊勢丸のドックマスターを命じたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があると認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
海上試運転を夜間実施したこと,A受審人が,豊栄丸押船列の灯火を認めたもののB指定海難関係人にそのことを知らせなかったこと及びVHF無線電話の放送を聞いたものの同指定海難関係人にそのことを知らせなかったこと,同指定海難関係人が,有効な海技免状を受有しなかったこと及び豊栄丸押船列を初認したとき同押船列が避航措置をとるものと思い込んだこと並びにC社が,同指定海難関係人が有効な海技免状を受有していないことを知っていたことは,本件発生の原因とならない。
一方豊栄丸押船列は,保持船の立場であったから,伊勢丸に対して警告信号を行い,さらに接近して伊勢丸の動作のみでは衝突を避けることができないと認めたときには,衝突を避けるための協力動作をとらなければならなかった。
F受審人が,伊勢丸に対する動静監視を十分に行っていれば,同船が来島海峡航路を横断しようとする態勢で,自船の進路を避けないまま接近するのを認めることができ,運動性能によると,伊勢丸に対し警告信号を行い,さらに接近したときには衝突を避けるための協力動作をとることが可能であり,周囲の状況などから,その措置をとることを妨げる要因は何ら存在しなかったものと認められる。
したがって,F受審人が,伊勢丸の灯火を初認したとき同船はそのまま北上するものと思い,その後衝突の約1分前まで同船の動静を監視していなかったこと,すなわち動静監視を十分に行わなかったこと,警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
F受審人が,豊栄丸押船列の灯火として,豊栄丸及び東進のいずれにも両舷灯を表示していたこと及び騒音でVHF無線電話の放送内容を聞き取ることができなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があると認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,来島海峡航路において,航路を横断しようとする伊勢丸が,航路に沿って航行する豊栄丸押船列の進路を避けなかったことによって発生したが,豊栄丸押船列が,動静監視不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
伊勢丸の運航が適切でなかったのは,船長が,自ら操船の指揮をとらなかったこと及び豊栄丸押船列の進路を避けなかったことと,ドックマスターが,離岸後船長に操船を引き継がなかったこととによるものである。
C社が,海上試運転時におけるドックマスターの役割を作業手順書に具体的に明示して指導しなかったことは,本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
1 懲戒
A受審人は,夜間,愛媛県今治港の造船所係留地を離岸し,来島海峡航路を横断して同県津島北方沖合の海上試運転実施予定海域に向かう場合,自ら操船の指揮をとるべき注意義務があった。ところが,同受審人は,B指定海難関係人が有効な海技免状を受有しドックマスターとして長年操船にあたり,来島海峡付近の状況にも詳しいものと推測したうえ,海上試運転についてC社と打合せを十分に行わなかったので,予定海域や方法を知らず,同指定海難関係人がそのことを承知しているから操船を任せておけばよいものと思い,自ら操船の指揮をとらなかった職務上の過失により,B指定海難関係人に操船を任せて来島海峡航路を横断中,同航路をこれに沿って航行中の豊栄丸押船列の進路を避けることなく進行して同押船列との衝突を招き,伊勢丸の左舷前部外板に凹損及びオープンレールに曲損などを,豊栄丸押船列の東進のバルバスバウに圧壊及び船首外板に凹損などをそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
F受審人は,夜間,来島海峡航路をこれに沿って航行中,右舷前方に愛媛県波方港東方沖合の航路外を北上する伊勢丸の白,白,紅,緑4灯を認めた場合,同船が右転して同航路に入ることもあるのだから,伊勢丸に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同受審人は,それまで同港沖合の同航路外を北上する船舶がそのまま航路外を航行することが多かったことから,伊勢丸も同航路外をそのまま北上するものと思い,動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,同船がその後右転して来島海峡航路を横断しようとする態勢で,自船の進路を避けないまま接近することに気付かず,警告信号を行うことも,さらに接近したとき,機関を使用して行きあしを止めるなど,衝突を避けるための協力動作をとることもなく進行して衝突を招き,両船に前示の損傷をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のF受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
2 勧告
B指定海難関係人が,夜間,伊勢丸にドックマスターとして乗船し,愛媛県津島北方沖合の海上試運転実施予定海域に向かう際,離岸後A受審人に操船を引き継がなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては,退職して今後ドックマスター業務に従事しないことに徴し,勧告しない。
C社が,船長と打合せを十分に行うことや離岸後は船長に操船を引き継ぐことなど,海上試運転時におけるドックマスターの役割を作業手順書に具体的に明示して指導しなかったことは,本件発生の原因となる。
C社に対しては,本件後,ドックマスターの役割を具体的に明示するなど海上試運転時の作業手順書を改正して指導していること,有効な海技免状を受有する海技従事者をドックマスターとして常時乗り組ませていること及び修繕課員に新たに海技免許を取得させドックマスターの研修を実施していることなど,事故防止に努めていることに徴し,勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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