(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年9月5日22時50分
備讃瀬戸東航路
(北緯34度25.9分 東経134度06.8分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第二十八互光丸 |
漁船聖祐丸 |
総トン数 |
199トン |
4.9トン |
全長 |
56.03メートル |
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登録長 |
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12.03メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
588キロワット |
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漁船法馬力数 |
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15 |
(2)設備及び性能等
ア 第二十八互光丸
第二十八互光丸(以下「互光丸」という。)は,昭和61年10月に進水した船尾船橋型鋼製貨物船で,船橋の前方に見張りの妨げとなる構造物はなく,船体部海上試運転成績表によると,旋回径が船の長さの4ないし5倍で,所要時間が約3分,最短停止距離が270メートルで,所要時間が約1分半となっていた。また,燃料油としてA重油を使用しており,航行中いつでも機関を停止したり,後進にかけることが可能であった。
イ 聖祐丸
聖祐丸は,昭和62年11月に進水し,船体中央部に操舵室があるFRP製漁船で,GPSを備え,操舵室と船尾部の舵輪で操舵が可能となっており,前部甲板にはいけすが,後部甲板にはネットローラがそれぞれ設備されていた。
3 事実の経過
互光丸は,主として神戸港から九州方面に飼料の原料を輸送する貨物船で,A,B両受審人ほか1人が乗り組み,空倉のまま,海水バラスト80トンを張り,船首0.70メートル船尾2.60メートルの喫水をもって,平成15年9月4日16時10分熊本県八代港を発し,瀬戸内海経由予定で,神戸港に向かった。
A受審人は,船橋当直を,B受審人との2人による約4時間交代制とし,来島海峡などの狭水道では自ら操船の指揮に当たることとしており,翌5日19時30分自ら操船指揮に当たって来島海峡を通過したのち,B受審人に船橋当直を交代することとしたが,交代船長も勤めているので,任せておいても大丈夫と思い,同人に対し,付近に航行の妨げとなる他船が存在しなくなっても,立って見張りに当たるなど,居眠り運航の防止措置を十分にとるよう指示することなく,同当直を委ねて降橋した。
単独で船橋当直に就いたB受審人は,所定の灯火を表示して備讃瀬戸南航路を経て備讃瀬戸東航路を東行し,22時34分半男木島灯台から353度(真方位,以下同じ。)1,000メートルの地点において,針路を同航路の南側に出る105度に定め,同航路を斜航する状況で,機関を全速力前進にかけ,10.8ノットの速力(対地速力,以下同じ。)とし,舵輪後方に置いたいすに腰掛け,自動操舵により進行した。
ところで,B受審人は,ここ数日間,入出港が連続しており,停泊中は荷役に立ち会っていたうえ,航海中は船橋当直を船長と分け合い,休息が短時間であったことから,睡眠不足気味になっていた。
定針したときB受審人は,それまで気にしていた同航船を後方にかわし終え,付近に航行の妨げとなる他船が存在しなくなったが,いすに腰掛けたままでいると,気の緩みや日頃の睡眠不足などから居眠りに陥るおそれがあったのに,まさか居眠りすることはないものと思い,立って見張りに当たるなど,居眠り運航の防止措置を十分にとることなく,同じ姿勢のまま続航した。
B受審人は,いつしか居眠りに陥り,22時45分カナワ岩灯標から295度1.8海里の地点に達したとき,左舷船首3度1,400メートルのところに,同航中の聖祐丸が存在し,その後,自船が聖祐丸を追い越す態勢で接近したが,このことに気付かなかった。
B受審人は,聖祐丸を確実に追い越し,かつ,十分に遠ざかるまでその進路を避けることなく進行し,22時50分少し前ふと目覚め,右舷船首至近のところに同船の緑灯を初めて認め,衝突の危険を感じて左舵一杯として機関を停止したが及ばず,22時50分カナワ岩灯標から304度1,820メートルの地点において,互光丸は,ほぼ原針路原速力のまま,その船首部が,聖祐丸の右舷船尾部に,後方から19度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は下げ潮の中央期で,視界は良好であった。
A受審人は,自室で衝突の衝撃を感じ,直ちに昇橋して事後の措置に当たった。
また,聖祐丸は,底引き網漁に従事する漁船で,C受審人が1人で乗り組み,同日15時10分香川県庵治漁港を発し,同県男木島東方沖合の漁場に至り,操業を繰り返して漁獲物約15キログラムを積載し,船首0.3メートル船尾1.1メートルの喫水をもって,21時50分4回目の操業を開始した。
C受審人は,操舵と見張りに当たり,備讃瀬戸東航路の東行レーンを東行し,22時36分少し前カナワ岩灯標から304度1.4海里の地点において,針路を同灯標に向首する124度に定め,同航路を斜航する状況で,機関を回転数毎分2,000にかけ,1.6ノットの曳網速力とし,所定の灯火を表示して手動操舵により進行した。
ところで,C受審人が行う底引き網漁は,船尾から長さ約180メートルのワイヤロープ2本を引き,その先端に長さ約30メートルの袋網を含む漁具を取り付け,これを約1時間半曳網したのち20分かけて揚網し,漁場を移動してから再び投網し,漁獲物を選別しながら次の曳網を行うものであった。
定針したときC受審人は,右舷船尾22度2.2海里のところに,同航中の互光丸のマスト灯を初めて視認したが,同船が自船の北方を無難に通過していくものと思い,その後の動静監視を十分に行わず,前部甲板で船首方を向いた姿勢で腰掛け,漁獲物を選別しながら続航した。
22時45分C受審人は,カナワ岩灯標から304度1.1海里の地点に達したとき,互光丸が同じ方位のまま1,400メートルに近づき,その後,同船が自船を追い越す態勢で接近したが,依然動静監視を行っていなかったので,このことに気付かなかった。
C受審人は,警告信号を行わず,互光丸が間近に接近しても,右転するなど衝突を避けるための協力動作をとらずに進行し,聖祐丸は,原針路原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,互光丸は,船首部外板に擦過傷を生じ,聖祐丸は,船尾部を損壊して機関室に浸水したが,のち修理された。
(航法の適用)
本件は,備讃瀬戸東航路において,いずれも東行中の互光丸と聖祐丸とが衝突したものであり,適用される航法について検討する。
まず,海上交通安全法第3条については,事実の経過で示したとおり,互光丸は,男木島灯台から353度1,000メートルの地点において,針路を備讃瀬戸東航路の南側に出る105度に定め,同航路を斜航する状況で進行しており,聖祐丸は,カナワ岩灯標から304度1.4海里の地点において,針路を同灯標に向首する124度に定め,同航路を斜航する状況で進行しているので,いずれも航路をこれに沿って航行している船舶とはいえず,したがって,両船間に避航義務は発生せず,また,同法には他に適用できる航法の規定がない。
次に,海上衝突予防法第13条については,事実の経過で示したとおり,22時45分互光丸は,カナワ岩灯標から295度1.8海里の地点に達し,左舷船首3度1,400メートルのところに,同航中の聖祐丸が存在しており,聖祐丸は,カナワ岩灯標から304度1.1海里の地点に達し,互光丸が右舷船尾22度同距離に近づいており,その後,互光丸が聖祐丸に後方の位置から追い越す態勢で接近しているので,本条を適用するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 互光丸
(1)A受審人が,B受審人は交代船長も勤めているので,任せておいても大丈夫と思い,居眠り運航の防止措置を十分にとるよう指示しなかったこと
(2)B受審人が,舵輪後方に置いたいすに腰掛けていたこと
(3)B受審人が,睡眠不足気味になっていたこと
(4)B受審人が,それまで気にしていた同航船を後方にかわし終え,付近に航行の妨げとなる他船が存在しなくなったので,気が緩んだこと
(5)B受審人が,居眠り運航の防止措置をとらなかったこと
(6)B受審人が,聖祐丸を確実に追い越し,かつ,十分に遠ざかるまでその進路を避けなかったこと
2 聖祐丸
(1)C受審人が,右舷船尾方に互光丸を視認したが,自船の北方を無難に通過していくものと思い,同船の動静監視を十分に行わなかったこと
(2)C受審人が,前部甲板で船首方を向いた姿勢で腰掛け,漁獲物を選別していたこと
(3)C受審人が,警告信号を行わなかったこと
(4)C受審人が,衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
(原因の考察)
B受審人が,居眠り運航の防止措置をとって周囲を見張っておれば,左舷船首方に聖祐丸を視認し,避航措置をとることが可能であったと認められるので,居眠り運航の防止措置をとらなかったこと及び聖祐丸を確実に追い越し,かつ,十分に遠ざかるまでその進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
したがって,B受審人が,舵輪後方に置いたいすに腰掛けていたこと,睡眠不足気味になっていたこと及びそれまで気にしていた同航船を後方にかわし終え,付近に航行の妨げとなる他船が存在しなくなったので,気が緩んだことは,居眠り運航の防止措置をとらなかったことの態様であり,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
A受審人が,B受審人は交代船長も勤めているので,任せておいても大丈夫と思い,居眠り運航の防止措置を十分にとるよう指示しなかったことは,同人が,居眠り運航の防止措置をとらなかったことに密接に関係し,本件発生の原因となる。
C受審人が,右舷船尾方に互光丸を視認した際,同船の動静監視を十分に行っておれば,同船が自船を追い越す態勢で接近していることに気付き,警告信号を行い,衝突を避けるための協力動作をとることが可能であったと認められるので,自船の北方を無難に通過していくものと思い,同船の動静監視を十分に行わなかったこと,警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
したがって,C受審人が,前部甲板で船首方を向いた姿勢で腰掛け,漁獲物を選別していたことは,動静監視を行わなかったことの態様であり,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,備讃瀬戸東航路において,聖祐丸を追い越す互光丸が,居眠り運航の防止措置が不十分で,聖祐丸を確実に追い越し,かつ,十分に遠ざかるまでその進路を避けなかったことによって発生したが,聖祐丸が,動静監視不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
互光丸の運航が適切でなかったのは,船長が,船橋当直者に対し,居眠り運航の防止措置を十分にとるよう指示しなかったことと,同当直者が,同措置を十分にとらなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
B受審人は,夜間,単独で船橋当直に当たり,備讃瀬戸東航路を東行中,同航船を後方にかわし終え,付近に航行の妨げとなる他船が存在しなくなった場合,いすに腰掛けたままでいると,気の緩みや日頃の睡眠不足などから居眠りに陥るおそれがあったから,居眠り運航とならないよう,立って見張りに当たるなど,居眠り運航の防止措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,まさか居眠りすることはないものと思い,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により,いつしか居眠りに陥り,自船が聖祐丸を追い越す態勢で接近していることに気付かず,聖祐丸を確実に追い越し,かつ,十分に遠ざかるまでその進路を避けることなく進行して同船との衝突を招き,互光丸の船首部外板に擦過傷を生じさせ,聖祐丸の船尾部を損壊して機関室に浸水させるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
A受審人は,夜間,自ら操船指揮に当たって来島海峡を通過したのち,B受審人に船橋当直を交代する場合,同人に対し,付近に航行の妨げとなる他船が存在しなくなっても,立って見張りに当たるなど,居眠り運航の防止措置を十分にとるよう指示すべき注意義務があった。しかるに,A受審人は,B受審人が交代船長も勤めているので,任せておいても大丈夫と思い,居眠り運航の防止措置を十分にとるよう指示しなかった職務上の過失により,B受審人が居眠りに陥り,聖祐丸を確実に追い越し,かつ,十分に遠ざかるまでその進路を避けることなく進行して同船との衝突を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C受審人は,夜間,単独で操舵と見張りに当たり,備讃瀬戸東航路で操業中,右舷船尾方に同航中の互光丸を視認した場合,その後の動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,同船が自船の北方を無難に通過していくものと思い,その後の動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,互光丸が自船を追い越す態勢で接近していることに気付かず,警告信号を行うことも,右転するなど衝突を避けるための協力動作をとることもしないまま進行して同船との衝突を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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