(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年5月27日01時50分
福井県福井港西方沖合
(北緯36度13.6分 東経135度56.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第五十八田井丸 |
漁船第三十八宝幸丸 |
総トン数 |
19トン |
8.5トン |
全長 |
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16.50メートル |
登録長 |
18.52メートル |
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機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
669キロワット |
382キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第五十八田井丸
第五十八田井丸(以下「田井丸」という。)は,平成3年8月に進水した,沖合底びき網漁業に従事するFRP製漁船で,主として京都府から兵庫県沖合の日本海において操業に従事していた。
イ 第三十八宝幸丸
第三十八宝幸丸(以下「宝幸丸」という。)は,平成2年5月に進水した,いか一本釣り漁業に従事する音響信号装置を備えたFRP製漁船で,主として北海道から福井県沖合の日本海において操業に従事していた。
3 事実の経過
田井丸は,A受審人ほか5人が乗り組み,沖合底びき網漁業に従事する目的で,船首0.8メートル船尾1.4メートルの喫水をもって,平成16年5月27日00時55分福井港三国区に属する九頭竜川右岸を発し,同港西方沖合50海里付近の漁場へ向かった。
01時00分A受審人は,雄島灯台から175度(真方位,以下同じ。)2.2海里の地点に達したとき,針路を275度に定め,機関を全速力前進にかけ,11.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,法定灯火を表示して,自動操舵によって進行した。
ところで,当時,A受審人は,毎航01時前後に出港し,約5時間後に漁場に到着して直ちに操業を行い,翌日13時ごろ操業を終え,同日17時ごろに帰港して水揚げを行うという就業形態で出漁を繰り返していたのであるが,その間,睡眠をとることができるのは,水揚げ作業に引き続いて行われる競りを終えてから,翌日出港するまでの4ないし5時間であったうえ,23日に出漁して以来,既に丸2航海が経過して3航海目に入っていたことなどから,睡眠が不足した状態であった。
定針後,A受審人は,操舵室内後部に設置された,いす代わりの台に腰を掛けた姿勢で当直に当たっていたところ,睡眠が不足していたことなどに起因して眠気を催し,そのまま1人で当直を続けていると居眠りに陥るおそれがあったが,漁場に到着するまでの5時間程度なら,大丈夫だろうと思い,缶コーヒーを飲むなりして眠気を払拭する努力はしたものの,他の乗組員を呼んで2人で当直するなどの居眠り運航を防止する措置を十分にとることなく続航した。
そして,01時20分A受審人は,雄島灯台から240度3.8海里の地点に至ったとき,僚船から無線電話が掛かってきたので,これに5分ほど応答していたものの,依然として,居眠り運航を防止する措置を十分にとらなかったので,電話が終了したのち,いつしか居眠りに陥った。
こうして,01時47分A受審人は,正船首方1,000メートルのところに,宝幸丸が点灯していた作業灯を視認することができ,やがて,その方位に変化がないことなどから,漂泊していると判断できる状況となったが,既に居眠りに陥っていたので,宝幸丸の存在に気付かず,同船を避けることなく進行中,01時50分雄島灯台から261度9.0海里の地点において,田井丸は,原針路,原速力のまま,その船首が宝幸丸の左舷中央部に直角に衝突した。
当時,天候は晴で風力1の南風が吹き,視界は良好であった。
また,宝幸丸は,B受審人ほか1人が乗り組み,いか一本釣り漁業に従事する目的で,船首0.1メートル船尾1.8メートルの喫水をもって,同月26日16時00分福井県鷹巣漁港を発し,同漁港西北西方沖合7海里付近の漁場へ向かった。
17時00分B受審人は,漁場に到着したのち,前示衝突地点付近で,元綱を含めた長さ約100メートルのパラシュート型シーアンカーを船首から投入して漂泊を行い,約60灯に及ぶ非常に明るい集魚灯を点灯し,自動いか釣り機を用いて操業を開始した。
ところで,B受審人は,前示集魚灯の集魚効果によって,いかが自船の周囲に大量に集まったとき,同灯を全て消灯して2キロワットの作業灯6灯を点灯すると,集まったいかが,明かりが急に暗くなったことにより,いか釣り機の擬餌針を本物の餌と間違え,より釣果が上がるので,平素から,いかが十二分に集まった頃合いを見計らって,本来の集魚灯を同作業灯に切り替えて操業するのが常であった。
操業開始後,B受審人は,船橋において目視及びレーダーを活用して周囲の見張りを行い,翌27日01時15分いかが十二分に集まったとき,明かりを前示作業灯に切り替えたところ,間もなく,大量のいかが釣れ始め,もう1人の乗組員だけでは甲板上の作業が間に合わなくなったことから,自らも手伝うこととして船橋を離れ,船首甲板へ移動した。
そして,B受審人は,船首甲板で釣れたいかを箱詰めする作業に従事していたところ,01時47分左舷正横1,000メートルのところに,田井丸が表示する白,緑,紅の3灯を視認することができ,やがて,同船が自船に向首して接近する状況となったが,大量に釣れ始めたいかを箱詰めする作業に気を取られ,周囲の見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かず,警告信号を行うことなく漂泊を続けた。
こうして,B受審人は,その後も,見張りを十分に行わず,田井丸が間近に接近しても,機関を使用して少しばかり前進するなどの衝突を避けるための措置をとることもなく,船首を185度に向けた態勢で漂泊中,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,田井丸は,船首材に亀裂を生じたのみであったが,宝幸丸は,操舵室を圧壊及び左舷中央部外板に破口を生じて浸水を招き,転覆した状態で福井港に引き付けられたものの,のち廃船処分となった。
(本件発生に至る事由)
1 田井丸
(1)A受審人が睡眠不足の状態で入直したこと
(2)A受審人が,居眠り運航を防止する措置を十分にとらなかったこと
(3)A受審人が,いつしか居眠りに陥り,正船首方で漂泊していた宝幸丸の存在に気付かず,同船を避けることなく進行したこと
2 宝幸丸
(1)B受審人が,船橋を離れて船首甲板へ移動したこと
(2)B受審人が,船首甲板へ移動した際,いかを箱詰めする作業に気を取られて,周囲の見張りを十分に行わず,自船に向首して接近する田井丸の存在に気付かなかったこと
(3)B受審人が,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
田井丸は,夜間,福井港西方沖合の日本海において,漁場へ向けて航行中,1人で船橋当直に当たっていた船長が,眠気を催した際,他の乗組員を呼んで2人で当直するなりして,居眠り運航を防止する措置を十分に行っていたならば,居眠りに陥ることはなく,正船首方で漂泊していた宝幸丸の存在に気付いて,同船を避けることは容易であったものと認められる。
したがって,A受審人が,居眠り運航を防止する措置が不十分で,居眠りに陥り,宝幸丸を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,睡眠が不足した状態のまま船橋当直に当たったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
一方,宝幸丸は,夜間,福井港西方沖合の日本海において,いか一本釣り漁業に従事するために漂泊中,1人で船橋当直に当たっていた船長が,いかを箱詰めする作業を手伝おうとして船首甲板へ移動した際,同作業を行いながらも周囲の見張りを行うことは可能であり,周囲の見張りを十分に行っていれば,自船に向首して接近する田井丸の灯火を視認することは容易であり,警告信号を行うことも,同船が間近に接近したとき,衝突を避けるための措置をとることも十分に可能であったものと認められる。
したがって,B受審人が,見張り不十分で,田井丸に対して警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
B受審人が,船橋を離れて船首甲板へ移動したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,福井港西方沖合の日本海において,田井丸が,居眠り運航を防止する措置が不十分で,船橋当直者が居眠りに陥り,漂泊中の宝幸丸を避けなかったことによって発生したが,宝幸丸が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,福井港西方沖合の日本海において,漁場へ向けて航行中,睡眠が不足していたことなどに起因して眠気を催した場合,そのまま1人で当直を続けていると居眠りに陥るおそれがあったから,居眠り運航とならないよう,他の乗組員を呼んで2人当直とするなりして,居眠り運航を防止する措置を十分にとるべき注意義務があった。しかしながら,同人は,漁場に到着するまでの5時間程度なら,大丈夫だろうと思い,居眠り運航を防止する措置を十分にとらなかった職務上の過失により,いつしか居眠りに陥り,正船首方で漂泊していた宝幸丸の存在に気付かず,同船を避けることなく進行して衝突を招き,自船の船首材に亀裂を生じさせるとともに,宝幸丸の操舵室を圧壊及び左舷中央部外板に破口を生じさせて浸水を招き,同船を転覆させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して,同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は,夜間,福井港西方沖合の日本海において,いか一本釣り漁業に従事するために漂泊中,自船に向首して接近する他船を見落とすことがないよう,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,いかが大量に釣れ始めたことから,釣れたいかを箱詰めする作業に気を取られ,周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,自船に向首して接近する田井丸の存在に気付かず,警告信号を行うことも,同船が間近に接近しても,衝突を避けるための措置をとることなく漂泊を続けて衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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