(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年4月21日14時20分
福島県小名浜港
(北緯36度54.82分 東経140度53.83分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第八照栄丸 |
総トン数 |
499トン |
全長 |
62.99メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第八照栄丸
第八照栄丸(以下「照栄丸」という。)は,平成5年4月に進水した鋼製の船尾船橋型液体化学薬品ばら積船兼引火性液体物質ばら積船で,ほとんど毎航海のように異なる化学薬品類を積み込んでいたことから,揚荷後には,次に積み込む化学薬品の関係でタンククリーニングを行っていた。
イ 主機
主機は,逆転減速機(以下「クラッチ」という。)付きのディーゼル機関で,前部駆動軸から増速機を介してポンプ室内に設置された貨物油ポンプを駆動できるようになっており,通常の始動と停止は機関室で行うが,始動後は,操縦位置切替スイッチを切り替えることによって機関室,船橋及び荷役室のいずれかで操縦することが可能であった。
ウ 船橋の主機遠隔操縦装置
照栄丸は,停泊中の揚荷時及び航走中のタンククリーニング時に貨物油ポンプを運転する必要があることから,船橋の主機遠隔操縦装置にはクラッチ連動とガバナ単独のどちらかの操縦方法を選択できる切替スイッチ(以下「操縦方法切替スイッチ」という。)が設けられており,同スイッチをクラッチ連動にすると,操縦ハンドルで主機の前後進,回転数制御及びクラッチ嵌脱操作が可能な一方,ガバナ単独にすると,安全装置が作動してクラッチが自動的に中立位置となり,操縦ハンドルを操作しても主機の回転数が変化するだけでクラッチが嵌合しないようになっていた。
3 事実の経過
照栄丸は,平成16年4月20日福島県小名浜港に入港し,積荷のエチレングリコールブリード水を揚荷したのち,A受審人ほか4人が乗り組み,港外でタンククリーニングを行うため,船首1.0メートル船尾3.0メートルの喫水をもって,翌21日10時30分同港4号埠頭を発した。
照栄丸は,操縦方法切替スイッチをクラッチ連動,操縦ハンドルを回転数毎分230(以下,回転数は毎分のものとする。)の前進位置に設定して約3ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で航走し,港外に至って貨物油ポンプを運転しながらタンククリーニングを行ったのち,タンクの乾燥を行うために沖防波堤内側の仮泊予定地点に向かい,同地点の手前で貨物油ポンプの回転を下げないよう操縦ハンドルを前進位置にしたまま操縦方法切替スイッチをクラッチ連動からガバナ単独に切り替えて惰力で進行し,11時00分,小名浜港第1西防波堤南灯台(以下「西防波堤南灯台」という。)から070度(真方位,以下同じ。)900メートルの地点に投錨した。
A受審人は,投錨後,周囲に船舶が見当たらなかったうえ,作業を早く終わらせて明るいうちに積地港に入港したいと考えていたことから,普段のようにタンククリーニング作業が終了して主機を停止するまで在橋せず,操縦ハンドルを前進位置にしたまま,作業を手伝うために操舵機のスイッチを切って降橋した。
機関長は,タンクの浚(さら)え作業を終えてポンプ室から出てきたときに上甲板でA受審人に出会ったので,主機はもう使用しないだろうと判断して機関室に赴き,操縦位置切替スイッチを機関室側に切り替えて主機を停止させた。
14時10分少し前,A受審人は,タンクの乾燥作業が終了したので,一等航海士に各タンクのマンホール閉鎖を,次席一等航海士に抜錨を命じ,機関長にも主機を始動して出港準備を行うよう指示した。
A受審人は,14時10分ごろ昇橋して操舵機のスイッチを入れ,届いていたファックスに目を通すなどしたのち,同時15分,主機が運転されていることを確認して操縦方法切替スイッチをガバナ単独からクラッチ連動に切り替えたが,その際,操縦ハンドルを前進位置にしたまま降橋したことを忘れていたうえ,昼間の明るさで傍らに設置されたクラッチ位置表示灯が前進位置になっていることにも気付かず,普段どおり降橋時に操縦ハンドルを中立位置にしたと思い込み,同ハンドル位置を十分に確認しなかったので,操縦ハンドルが前進位置のままであることに気付かなかった。
さらに,A受審人は,操縦方法切替スイッチが切り替えられたためにクラッチが嵌合し,照栄丸が向首していた181度の針路で沖防波堤方向に進行する状況となったが,同スイッチを切り替えた直後に代理店から積地変更に関する電話があり,船橋後部左舷側の船舶電話で船尾方を向いて話し込んでいたので,このことにも気付かなかった。
一方,次席一等航海士は,抜錨後に船首がわずかに波を切っているのを認めたものの,錨鎖を巻いたために船体が少し前進したのか潮流の影響だろうと思っていたところ,次第に速力を増しながら沖防波堤に接近するのを認め,異常を感じて船橋を見たが船長の姿が見当たらなかったので,船首部に設置されていたマイクを使用することなく,甲板上でマンホールの閉鎖作業を行っていた一等航海士に大声で事態を報告した。
こうして,照栄丸は,3.0ノットの速力で向首していた沖防波堤方向に同一針路で進行中,船橋に急行した一等航海士が操縦ハンドルを後進側に操作したものの及ばず,14時20分西防波堤南灯台から094度860メートルの地点において,左舷船首部が沖防波堤の東端から820メートルのところに衝突した。
当時,天候は晴で風力2の南風が吹き,海上は穏やかで,潮候は上げ潮の中央期であった。
この結果,照栄丸の左舷船首部が凹損するとともに左舷錨が折損し,沖防波堤も一部が欠損したが,のちいずれも修理された。
本件後,照栄丸は,操縦ハンドル位置を確認するようにとの注意札を操縦ハンドル近くに掲げるとともに,通話中でも船首方の見張りができるよう船舶電話にコードレスの子機を加設するなどの事故防止策を採った。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が操縦ハンドルを前進位置にしたまま降橋したこと
2 A受審人が操縦ハンドルを前進位置にしたまま降橋したことを忘れていたこと
3 昼間の明るさでクラッチ位置表示灯が見えにくかったこと
4 A受審人が操縦方法を切り替える際に操縦ハンドル位置を確認しなかったこと
5 A受審人が船尾方を向いて通話していて本船が動いていることに気付かなかったこと
6 次席一等航海士が直ぐにマイクで船橋に連絡しなかったこと
(原因の考察)
本件は,仮泊地から出港する際に主機の操縦方法切替スイッチをガバナ単独からクラッチ連動に切り替えたところ,操縦ハンドルが前進位置になっていたためにクラッチが嵌合し,向首していた防波堤方向に進行したことによって発生したものである。
すなわち,本件は,操縦ハンドルが中立位置になっていればクラッチが嵌合して進行することはないので,発生しなかったと認められる。
したがって,A受審人が,操縦方法切替スイッチを切り替える際に,操縦ハンドル位置を確認しなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が船尾方を向いて通話していて本船が動いていることに気付かなかったこと,及び次席一等航海士が直ぐにマイクで船橋に連絡しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
一方,A受審人が操縦ハンドルを前進位置にしたまま降橋したこと,そのことを忘れていたこと,及びクラッチ位置表示灯が見えにくかったこともまた,本件発生に至る過程で関与した事実ではあるが,いずれもA受審人が操縦ハンドル位置の確認を怠った要因なので,本件発生の原因とするまでもない。
なお,A受審人が操縦ハンドル位置を確認しなかったのは,普段の降橋時に同ハンドルが中立位置になっていることを確認していたので,このときも中立位置にあると思い込んでいたことによるものと推認されるが,例え降橋時に同ハンドルが中立位置になっていることを確認していたとしても,操縦方法切替スイッチを切り替える際には,必ず操縦ハンドル位置を確認するよう,日頃から習慣を付けておくべきである。
(海難の原因)
本件防波堤衝突は,福島県小名浜港において,仮泊終了後に主機の操縦方法切替スイッチをガバナ単独からクラッチ連動に切り替える際,操縦ハンドル位置の確認が不十分で,同ハンドルが前進位置になったままクラッチが嵌合し,向首していた防波堤方向に進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,仮泊終了後に主機の操縦方法切替スイッチをガバナ単独からクラッチ連動に切り替える場合,クラッチが嵌合することのないよう,操縦ハンドルが中立位置になっていることを確認すべき注意義務があった。ところが,同人は,いつもどおり降橋時に操縦ハンドルを中立位置にしたものと思い込み,操縦ハンドル位置を確認しなかった職務上の過失により,操縦ハンドルが前進位置になったままクラッチが嵌合し,向首していた防波堤方向に進行して同防波堤と衝突する事態を招き,照栄丸に左舷船首部の凹損及び左舷錨の折損を,防波堤の一部に欠損をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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