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平成16年長審第37号
件名

貨物船アタマン灯浮標衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年1月12日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(藤江哲三,山本哲也,稲木秀邦)

理事官
清水正男

受審人
A 職名:アタマン水先人 水先免許:佐世保水先区
B 職名:アタマン水先人 水先免許:佐世保水先区

損害
アタマン・・・右舷側中央部擦過傷及びプロペラ羽根2枚損傷
灯浮標・・・沖ノ曽根南灯浮標が沈没

原因
操船(港内で時間調整時)の措置不適切

主文

 本件灯浮標衝突は,港内で時間調整をする際の措置が適切でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年4月2日10時44分
 長崎県佐世保港
 (北緯33度08.5分 東経129度42.9分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船アタマン
総トン数 38,580トン
全長 224.95メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 8,678キロワット
(2)設備及び性能等
 アタマン(以下「ア号」という。)は,平成13年4月に進水し,船首部水線下にバルバスバウを設け,1軸4翼で直径7.2メートルの可変ピッチプロペラを装備した船尾船橋型鋼製ばら積貨物船で,プロペラボスの中心部が船底板から約3.8メートルの高さにあり,船橋楼前端から船首端までの距離が約189メートルで,船首楼後方に1番から7番までの貨物倉が設けられていた。
 航海船橋甲板は,船底板からの高さが約33メートルで,同甲板上中央に前後の長さ約5メートル及び幅約10.5メートルの操舵室があって,同室の両舷にはウイングと称する暴露甲板がそれぞれ船幅の範囲に設けられていた。
 ア号は,主機回転数毎分82(以下,回転数については毎分のものを示す。)の速力が15.3ノットで,極微速力,微速力,半速力及び港内全速力前進時の速力が,それぞれ6.5,9.8,11.0及び13.5ノットであった。
(3)航海に必要な最小喫水の目安
 航海に必要な最小喫水は,船型,船種,航行区域によって異なるが,一般的に,船首尾等喫水となったときにプロペラボスの上縁が海面に接する程度のものとされており,これを適用したア号の航海に必要な最小喫水の目安は,船首尾等喫水時に約4.3メートルであった。

3 佐世保港
 佐世保港は,港内が第1区ないし第3区の3港区及び航路に分かれた九州西岸北部に位置する特定港で,港口に当たる長崎県高後埼と対岸の寄船埼とを結ぶ港界から東北東方に港内の中央部に至る長さ2.5海里幅400ないし500メートルに航路が設けられて,佐世保港口第1号及び第2号灯浮標,並びに佐世保港航路第2号ないし第4号灯浮標(以下,佐世保港の各灯台及び灯浮標の名称については,「佐世保港」を省略する。)の5灯浮標で表示され,航路の南北及び東側約1.5海里のそれぞれ陸岸で囲まれた海域が第3区となっており,航路南側陸岸よりの海域に検疫錨地が設けられていた。
 第2区は,航路東端の北西方にある庵埼とその東方対岸にある大森鼻とを結ぶ幅約1海里の線から北方約1海里幅約0.4海里の海域で,その北側の海域が第1区となっていた。
 第1区は,北部に当たる港奥に造船所や係留岸壁があり,南東部の海域には,南から順に沖ノ曽根,チドリ瀬及び弁天島周辺に拡延する丸瀬などの険礁が存在して,沖ノ曽根南灯浮標,チドリ瀬西灯浮標及び弁天島灯台がそれぞれ設置され,険礁の西方対岸にある川ノ谷地区までの距離は約0.3海里で,その西方の九十九島湾との間が東西約400メートルの平地となっていたので,西方沖合からの風が弁天島灯台付近の海域に吹き込む状況で,A受審人は,このことをよく知っていた。

4 D水先区水先人会
(1)水先人の員数
 佐世保港及び港口から西方約2海里にある面高白瀬灯台付近までの海域は,強制水先区と定められ,D水先区水先人会(以下「水先人会」という。)が設立され,水先人会には,A,B両受審人を含む3人が入会して水先業務に従事していた。
(2)就労体制
 水先人の就労体制は,3人のうち2人がそれぞれ主当直者,副当直者として業務に当たり,他の1人が予備者として休む5日ごとの輪番制としていたものの,水先要請が多い場合には予備者も水先業務に当たるようにしていた。
(3)水先約款
 水先人会は,総則,水先の引受け,水先,水先料,補償などの各事項について記載した水先約款を定めていた。
ア 水先人会に対する喫水の通知
 水先人会は,水先を要請する者に対し,申し込む際に喫水を通知するよう水先約款に定めていたものの,多くの場合,喫水の通知がなかったが,水先予定日の前日に水先人会から代理店に対して本船動静の確認をする際にも喫水情報を求めないまま,いつしか,水先人が乗船した際に喫水を確かめるようになっていた。
イ 水先の制限及び大型船の水先
 水先約款には,天候及び本船の状態などにおいて運航に危険のおそれがあるときは水先をしないことがあること,総トン数30,000トン以上の船舶(以下「大型船」という。)については,他の水先人1人を同時に乗船させて2人で水先を行う(以下「2人乗り」という。)ことなどが規定されていた。
(4)大型船に2人乗りした水先人の業務分担
 水先人が2人乗りした際には,先任の水先人が操船に当たり,後進の水先人が見張り,タグボートとの連絡,船位の確認,行きあしの確認,機関使用状況の確認などの操船補助に当たるよう,水先人会内部で定められていた。そして,港外からドックマスター乗船地点に向かう船舶の水先をする場合には,航路に入港したのち操船を交替し,後進の水先人が同乗船地点まで操船に当たることが慣行となっていた。
(5)ア号からの水先要請
 平成16年4月1日正午ごろ,水先人会は,翌日の水先予定船の動静をそれぞれの代理店に確認し,2人乗りの対象となるア号及び他の大型船1隻を含む5隻から水先要請があり,翌日の主当直者であるA受審人が大型船2隻を含む3隻の水先をすることにし,予備者であったB受審人に対して大型船2隻にA受審人と2人乗りするよう連絡した。
 A受審人は,ア号の予定表に喫水の記載がなかったが,入渠予定船なので喫水は浅いものの船尾喫水5メートル程度はあるものと思って,代理店に対して事前に同船の喫水を通知するよう依頼しないまま,平素のように乗船時に喫水を確認することにした。

5 事実の経過
 ア号は,船長Cほか18人が乗り組み,中華人民共和国山東省日照港での揚げ荷を終え,船首7.97メートル船尾8.40メートルの喫水をもって,空倉のまま,入渠の目的で,平成16年3月31日10時00分同港を発し,佐世保港に向かった。
 発航後,C船長は,入渠のため最大喫水7メートル船尾トリム1メートル以内とするよう代理店から連絡を受けて徐々に海水バラストを排出しながら航海を続け,超えて4月2日03時54分高後埼灯台から293度(真方位,以下同じ。)2.2海里の地点に到着して錨泊したのち,最終的に船首2.57メートル船尾3.47メートルの平均喫水3.02メートルまで海水バラストを排出して喫水を調節し,航海に必要な最小喫水の目安を満たさない空船状態で水先人の乗船を待った。
 同日09時ごろA受審人は,赤崎1号岸壁でB受審人と水先艇に同乗してア号に向かい,同船の喫水を確かめないまま,水先人が乗船するまでに揚錨を開始するよう船長に要請し,錨地発が10時00分で,弁天島灯台付近のドックマスター乗船地点着が同時40分の予定であったものの,平素のように乗船したらすぐに発航し,その後,ドックマスターと連絡をとりながら指定された乗船時刻に合わせるよう,速力を調整するつもりで,折から強風波浪注意報が発令されて風力5の西北西風が吹く状況下,ア号に近付いたところ,プロペラボスが海面上に露出しているのを認め,想像した以上に同船が喫水の浅い空船状態であることを知った。
 09時30分ア号に乗船したA受審人は,B受審人を伴って昇橋し,揚錨の指揮をとっていたC船長に対し,佐世保港海事関係者間で設定した最小喫水基準を例に挙げるなどして,海水バラストを積載して喫水を同基準に近付けるよう要求したが,数時間かかるので現状のまま水先をするよう要請された。
 A受審人は,入渠時刻の遅延による関係者の経済的な損失を考慮し,プロペラの露出状況から,港口付近の海域に達するまでの間に,保針に必要な推進力を得ることができないようであれば入航を断念することにし,現在の喫水のまま水先をすることを船長に告げて揚錨を待つうちに,B受審人から,10時40分であったドックマスターの乗船時刻が予定より遅れる旨の連絡があったとの報告を受けた。
 A受審人は,ドックマスター乗船地点到着時刻を遅らせるよう時間調整をする必要があったものの,保針が可能であれば,平素のように港内で減速もしくは停留して時間調整をすることができるものと思って,ア号が空船状態であること,風力5の西北西の風が吹いていること,減速,停留した際には風圧流が増大することなどを考慮した港内航行中の通航計画を立案して船長に提示しないまま,やがて,錨が揚がった旨の報告を受けた。
 A受審人は,C船長指揮のもとに三等航海士(以下「三航士」という。)と操舵手をそれぞれエンジンテレグラフの操作と操舵に当たらせ,B受審人を補助に就けて自ら操船に当たり,09時42分前示錨泊地点を発航した。そして,機関を港内全速力前進にして港口に向かい,やがて,対地速力が9.5ノットに上がって保針が可能であると判断し,このままドックマスター乗船地点に向かうことにして佐世保港沖合を港口に向けて東行した。
 10時05分A受審人は,高後埼灯台から140度0.3海里の地点に達して高後埼を左舷側に航過したとき,B受審人から,ドックマスターの乗船時刻が予定より10分遅れて10時50分になる旨の連絡があったとの報告を受けて間もなく,航路に入航し,同時07分少し前,高後埼灯台から100度0.5海里の地点に達したとき,針路を航路に沿うよう080度に定め,機関を港内全速力前進にかけたまま,9.5ノットの速力で,庵埼東岸沖合の海域に向けて航路を進行した。
 定針したとき,A受審人は,ドックマスター乗船地点までの残航程が4.3海里で,錨地を予定時刻より早く発航したこともあって,同地点到着時刻を調整するための平均速力が6.0ノットとなる状況であったが,港内は風が弱まって波もなく,保針が可能であることから,平素のように航路東端で352度の針路に転じてドックマスター乗船地点に向かえば良いと思って,風下に余裕のある庵埼東岸沖合の海域で停留することにして,タグボートの支援を要請して減速するなど,時間調整をするための適切な措置をとらないまま,同時10分高後埼灯台から090度1.0海里の地点に達したとき,今までの慣行どおり,後進のB受審人に操船を委ねることにしたが,同人に任せておけば適宜時間調整をするものと思い,停留する海域やその際のタグボートの手配など,時間調整をするための適切な措置について具体的な指示をすることなく,B受審人に操船を引き継いだ。
 B受審人は,操船を引き継いだとき,保針が可能で,港内は風が弱まって波もなく,A受審人から具体的な指示がなかったこともあって,平素のように港奥に向く針路としたのち適宜減速し,ドックマスター乗船地点付近の海域で停留して時間調整をすれば良いと思い,庵埼東岸沖合の海域で停留することにして,タグボートの支援を要請して減速するなど,時間調整をするための適切な措置をとることなく,操舵室中央で操船に当たって続航した。
 A受審人は,B受審人に引き継いだのち,操船を同人に任せたまま,弁天島付近の海域では西風が吹き込むことなど,先任の水先人としての助言を行わず,行きあしや予定針路線からの偏位の状況など,操船補助者としての報告もしないで,操舵室前面右舷側に立って前方の見張りに当たった。
 C船長は,水先人から通航計画の提示や時間調整について具体的な進言が得られなかったこともあって,庵埼東岸沖合の海域で停留する措置をとることができないまま,水先人2人に操船と同補助を委ね,三航士に船位を海図に記入させながら船橋指揮に当たった。
 10時18分少し過ぎB受審人は,高後埼灯台から084度2.3海里の地点に当たる航路の東端に達したとき,依然として機関を港内全速力前進としたまま,左舵を令して港奥に向けて左転を始め,10時23分少し過ぎ弁天島灯台から175度1.7海里の地点で,庵埼東端を左舷側に0.3海里離して通過して間もなく,港奥から1隻のタグボートが出航してくるのを認め,そのとき,C船長が入航部署を令して乗組員を船首尾配置に就けたことを知り,港奥に向首したのち機関を停止して惰力で進行しながら時間調整をすれば,ドックマスター乗船地点付近でタグボートの支援が得られるものと思って続航した。
 こうして,ア号は,庵埼東岸沖合の海域で停留する措置がとられないまま,同海域を通過し,10時27分弁天島灯台から172度1.3海里の地点に達したとき,B受審人が針路350度を令してようやく機関を停止し,その後惰力で進行した。
 船首が350度を向いたとき,B受審人は,弁天島灯台をほぼ正船首方に認めて船位が予定針路線から右偏していることを知り,同灯台西側の海域に向首するよう,小刻みに針路を左方に転じながら続航し,同時30分同灯台から174度1.0海里の地点に達して船首が340度を向くようになり,その後,左舷横方向から風圧を受けて右方に約10度圧流されながら,沖ノ曽根南灯浮標に接近する状況となったが,在橋者から圧流状況についての報告がなく,操船補助者や乗組員に船位の確認を求めるなどして船橋の人的資源が活用されないまま,このことに気付かずに進行した。
 10時35分B受審人は,弁天島灯台から178度0.6海里の地点に達して速力が2.5ノットに下がり,その後接近してきたタグボートの曳索が左舷船尾に係止されるのを待つうちに,やがて,九十九島湾から吹き込んだ西北西風を受けて急速に右方に圧流される状況となって続航中,同時43分A受審人から「ブイに近い。」旨の報告を受け,急ぎ左舵一杯,機関を全速力前進とし,続いて右舵一杯としてキックで替わそうとしたが,及ばず,10時44分ア号は,船首が323度を向いた態勢で右方に圧流されながら速力が4.0ノットになったとき,その右舷側ほぼ中央部が,弁天島灯台から178度0.2海里に設置された沖ノ曽根南灯浮標に衝突した。そして,B受審人が左舵一杯を令して船首が左方に回頭を始めたとき,ようやく曳索を係止したタグボートに船尾を左方に引かせたが,10時46分,その船体右舷側中央部が,弁天島灯台から218度0.1海里に設置されたチドリ瀬西灯浮標に衝突した。
 当時,天候は晴で付近海域では風力3の西北西風が吹き,潮候は下げ潮の中央期であった。
 衝突の結果,ア号は,船体右舷側中央部に擦過傷及びプロペラ羽根2枚に損傷を生じたが,間もなく乗船したドックマスターが操船して入渠し,のち損傷箇所は修理され,沖ノ曽根南灯浮標及びチドリ瀬西灯浮標にそれぞれ損傷を生じて沖ノ曽根南灯浮標が沈没し,のちそれぞれ復旧,修理された。

(本件発生に至る事由)
1 ア号が航海に必要な最小喫水の目安を満たさない空船状態であったこと
2 主当直者であったA受審人が事前にア号の喫水を確かめなかったこと
3 当時,強風波浪注意報が発令され,錨地付近の海域では風力5の西北西風が吹いていたこと
4 ア号船長が空船状態のまま水先することを求めたこと及びA受審人が同状態のままア号の水先をすることにしたこと
5 A受審人が港内航行中の通航計画を立案して船長に提示しなかったこと
6 ドックマスターの乗船時刻が予定より遅れたこと
7 港内では風が弱まって波もない状況であったこと
8 A,B両受審人が,平素のようにドックマスター乗船地点付近の海域で停留して時間調整をすることができるとの認識をもったこと
9 A受審人が定針したとき,港内で時間調整をするための適切な措置をとらなかったこと
10 B受審人が操船を引き継いだとき,港内で時間調整をするための適切な措置をとらなかったこと
11 ア号船長が,庵埼東岸沖合の海域で停留する措置をとることができなかったこと
12 A受審人が操船を引き継ぐとき,B受審人に対して時間調整をするための措置について具体的な指示をせず,その後も,先任の水先人としての助言や操船補助者としての報告もしなかったこと
13 船橋の人的資源が活用されなかったこと
14 ドックマスター乗船地点付近では,風力3の西北西風が吹いていたこと

(原因の考察)
 本件は,佐世保港において,水先約款の規定に基づいて,ア号に水先人が2人乗りし,航海に必要な最小喫水の目安を満たさない空船状態となった船体に横方向から風圧を受ける態勢で,港奥のドックマスター乗船地点に向け,時間調整のため機関を停止して惰力で進行中,風圧に圧流されて風下に存在する灯浮標に接近,衝突した事件である。
 本件発生当時,強風波浪注意報が発令され,港外では風力5の西北西風が吹いている状況下,空船状態となったア号の水先をする際,錨地から航路東端の海域までは船尾に風圧を受ける態勢であったが,同海域で針路を北方に転じて港奥に向首すると,風圧を左舷横方向から受ける態勢となって船体の受風面積が増大し,風圧の影響が増大すること,さらに,錨地発航時及び航路入航時にドックマスター乗船時刻が遅れる旨の連絡を受けて時間調整をする必要が生じた際,港内においては風力が弱まるものの,減速,停留したときには風圧流が増大することは,水先人として予見可能であったと認められ,佐世保港第1区及び同第2区の海域では,風下の海域に余裕がないことから,佐世保港第3区の,風下に余裕のある庵埼東岸沖合の海域で停留する措置をとっておけば,本件発生は防止することができたものと認められる。
 また,A受審人が,時間調整をするための適切な措置をとらないまま,今までの慣行どおりB受審人に操船を引き継ぐのであれば,その際に,とるべき措置を具体的に指示し,その後,先任の水先人としての助言や操船補助者としての報告を行っていれば,本件発生は防止することができたものと認められる。
 したがって,先任の水先人であるA受審人が,庵埼東岸沖合の海域で停留するなど,時間調整をするための適切な措置をとらないまま,後進の水先人であるB受審人に操船を引き継ぐ際,同措置について具体的な指示をしなかったばかりか,その後同人に操船を任せたまま,助言や報告を行わなかったこと,操船を引き継いだB受審人が,庵埼東岸沖合の海域で停留するなど,時間調整をするための適切な措置をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 ア号船長が,海水バラストを排出して航海に必要な最小喫水の目安を満たさない空船状態としたこと,空船状態のまま水先をするよう要請したこと,操船を水先人に委ねたまま,庵埼東岸沖合の海域で停留する措置をとることができなかったこと,自船が圧流されていることを水先人に指摘しなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件結果と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 A受審人が,事前にア号の喫水を確認しなかったこと,空船状態のまま水先をすることにしたこと,通航計画を作成して船長に提示しなかったこと,及び,A,B両受審人が,保針が可能であったことから,平素と同じ方法で時間調整をすることができるとの認識をもったこと,並びに船橋に配置された人的資源が活用されなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件結果と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件灯浮標衝突は,佐世保港において,強風波浪注意報が発令された状況下,航海に必要な最小喫水の目安を満たさない空船状態で,水先人を2人乗りさせ,沖合の錨地から港奥のドックマスター乗船地点に向けて航行中,ドックマスター乗船時刻が遅れて時間調整をする際,風下に余裕のある海域で停留するなど,時間調整をするための適切な措置がとられないまま,機関を停止して惰力で進行中,横方向からの風圧を船体に受けて圧流され,風下に存在する灯浮標に接近したことによって発生したものである。
 運航が適切でなかったのは,2人乗りした先任の水先人が,港内で時間調整をする際,風下に余裕のある海域で停留することにして,タグボートの支援を要請して減速するなど,適切な措置をとらないまま,後進の水先人に操船を引き継ぐ際,同措置について具体的な指示をしないで同人に操船を任せ,先任の水先人としての助言や操船補助者としての報告を行わなかったことと,操船を引き継いだ後進の水先人が,時間調整をするための適切な措置をとらなかったこととによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,佐世保港において,強風波浪注意報が発令された状況下,後進の水先人であるB受審人を伴ってア号に2人乗りし,沖合の錨地からドックマスター乗船地点に向けて同地点到着時刻を遅らせるよう時間調整が必要な状況下で航行中,B受審人に操船を委ねる場合,航海に必要な最小喫水の目安を満たさない空船状態であったのだから,風下に余裕のある海域で停留することにして,タグボートの支援を要請して減速するなど,時間調整をするための適切な措置について具体的な指示をするべき注意義務があった。しかしながら,同人は,B受審人に操船を任せておけば同人が適宜時間調整をするものと思い,同人に対して具体的な指示をしなかった職務上の過失により,操船に当たったB受審人が,時間調整をするための適切な措置をとらないまま,機関を停止して惰力で進行中,横方向からの風圧を船体に受けて圧流され,風下に存在する灯浮標に接近して衝突を招き,ア号の船体右舷側中央部に擦過傷及びプロペラ羽根2枚に損傷を生じさせ,沖ノ曽根南灯浮標及びチドリ瀬西灯浮標にそれぞれ損傷を生じさせて沖ノ曽根南灯浮標を沈没させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は,佐世保港において,強風波浪注意報が発令された状況下,先任のA受審人に同行してア号に2人乗りし,沖合の錨地から港奥のドックマスター乗船地点に向けて同地点到着時刻を遅らせるよう時間調整が必要な状況下で航行中,A受審人から操船を引き継いだ場合,航海に必要な最小喫水の目安を満たさない空船状態であったのだから,風下に余裕のある海域で停留することにして,タグボートの支援を要請して減速するなど,時間調整をするための適切な措置をとるべき注意義務があった。しかしながら,同人は,保針が可能で,港内は風が弱まって波もなく,A受審人から具体的な指示がなかったこともあって,平素のように機関を停止して惰力で進行し,ドックマスター乗船地点付近の海域で停留して時間調整をすれば良いと思い,適切な措置をとらなかった職務上の過失により,機関を停止して惰力で進行中,横方向からの風圧を船体に受けて圧流され,風下に存在する灯浮標に接近して衝突を招き,ア号及び沖ノ曽根南灯浮標並びにチドリ瀬西灯浮標にそれぞれ前示の損傷を生じさせて沖ノ曽根南灯浮標を沈没させるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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