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平成16年神審第105号
件名

漁船第8全盛丸漁船第2幸栄丸衝突事件
第二審請求者〔理事官 阿部能正〕

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年1月13日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(平野浩三,横須賀勇一,平野研一)

理事官
阿部能正

損害
第8全盛丸・・・船首から船尾船底に擦過傷
第2幸栄丸・・・転覆して全損、船長溺死

原因
第8全盛丸・・・見張り不十分,船員の常務(避航動作)不遵守

主文

 本件衝突は,第8全盛丸が,見張り不十分で,前路で停留して漁具の巻揚げ作業に従事する第2幸栄丸を避けなかったことによって発生したものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年6月11日05時50分
 石川県安部屋漁港上野地区沖合
 (北緯37度00.6分 東経136度42.8分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第8全盛丸 漁船第2幸栄丸
総トン数 4.9トン 1.4トン
全長 15.84メートル 7.65メートル
機関の種類 ディーゼル機関 電気点火機関
出力 404キロワット 29キロワット
(2)設備及び性能等
ア 第8全盛丸
 第8全盛丸(以下「全盛丸」という。)は,昭和58年4月に進水した,日帰りの小型底引き網漁業に従事するFRP製漁船で,船体のほぼ中央に操舵室を設け,操舵位置の前方に,幅約40センチメートルの窓が3枚あり,各窓の間隔は約20センチメートルで,中央の窓は回転窓であった。操舵室から前方死角が生じるものとして,操舵室前方の窓枠,回転窓及び煙突があった。航行中にその死角を解消するためには,船首を左右に振るなどの措置が必要であった。
イ 第2幸栄丸
 第2幸栄丸(以下「幸栄丸」という。)は,船体のほぼ中央に操舵室を設けた,日帰りの刺し網漁業などに従事するFRP製漁船で,操舵室前甲板上には前方視界を妨げるものはなく,船首右舷側に小さな漁具巻揚げローラーが備えられており,漁具の投網,揚網作業場所は操舵室前甲板上で行うものであった。汽笛,号鍾などは備えていなかった。
 当時B船長が行っていたばい貝かご網漁は,操業期間が5月1日から6月30日の間で,05時頃,石川県羽咋郡志賀町の小浦船だまりを発し,同船だまり沖合約1.5海里以内の水深30メートル以下の海底に前日沈めておいた漁具を揚げ,漁獲物を得ると,かご網にえさを入れて再び漁具を翌日まで沈めておくもので,揚網開始から投網を終えるまでに約2時間かかり,08時頃には帰港するものの,操業中は漁ろうに従事することを示す鼓型の法定形象物を掲げていなかった。漁具は,長さ500メートルのロープにかご網50個を10メートル間隔で取り付けたものであった。

3 事実の経過
 全盛丸は,A船長(一級小型船舶操縦士免許証受有,平成16年9月死亡)ほか1人が乗り組み,かれい底引き網漁の目的で,船首0.50メートル船尾1.00メートルの喫水をもって,平成16年6月11日05時40分石川県安部屋漁港上野地区を発し,同港西方13海里沖合の漁場に向かった。
 ところでA船長は,長年安部屋漁港沖合で操業し,同漁港沖合において,停留して操業する漁船を認めた場合に,それが漁ろうに従事していることを示す鼓型の法定形象物を掲げていなくても,いつもこの付近で行われているばい貝かご網漁の操業中で,海底に漁具を投入していることから速やかに衝突を避けるための措置をとることが出来ないことを知っていた。
 05時44分A船長は,安部屋港防波堤灯台から180度(真方位,以下同じ。)50メートルの地点において,針路を260度に定め,機関を全速力前進にかけ,13.7ノットの対地速力で手動操舵により進行した。
 05時47分A船長は,安部屋港防波堤灯台から256度1,300メートルの地点に達したとき,正船首方1,300メートルに漁ろうに従事することを示す鼓型の法定形象物を掲げないで停留する幸栄丸を認めうる状況で,窓枠や回転窓及び煙突による前方視界の死角内に存在する同船と衝突のおそれのある態勢であったが,左舷船首前方で漂泊するモーターボートの動静に気をとられ,船首を左右に振るなど,死角を補う見張りを行っていなかったことから,幸栄丸の存在に気付かないまま,続航した。
 その後もA船長は,前示のモーターボートの動静に気をとられたままで,幸栄丸を避けずに進行し,05時50分安部屋港防波堤灯台から259度1.4海里の地点において,同針路同速力で続航中,全盛丸の船首が幸栄丸の右舷船首にほぼ直角に衝突して乗り切った。
 当時,天候は晴で風力3の東風が吹き,視界は良好であった。
 また,幸栄丸は,B船長が1人で乗り組み,ばい貝かご網漁の目的で,船首0.22メートル船尾0.81メートルの喫水をもって,同日04時35分石川県羽咋郡志賀町小浦船だまりを発し,前示衝突地点付近の漁場に向かった。
 05時00分B船長は,安部屋港防波堤灯台から255度1.45海里の地点に達し,船首をほぼ北方に向けて機関を停止し,漁ろうに従事することを示す鼓型の法定形象物を掲げず,前日南北方向に仕掛けた漁具を,南端から右舷船首の巻揚げローラーで巻き揚げた後,前部甲板上でかご網の中のえさを取り替え,投網に備えてかご網を甲板上で整理していた。
 05時47分B船長は,ほぼ衝突地点において,船首を北方に向けた状態で,全盛丸が右舷正横1,300メートルのところから,自船に向かって衝突のおそれのある態勢で接近していることを認めうる状況で,かご網を20個揚げたとき,船内に取り込んだ漁具と海底の漁具とが一体となっているため,速やかに漁具を投棄して避航措置をとることが出来ず,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,全盛丸は船首から船尾船底に擦過傷,幸栄丸は,全盛丸が右舷側から左舷側に乗り切って,左舷外板が破口し,船首部のタツ及びローラーが破損して転覆し全損となり,B船長は海中転落し,救命胴衣を着用していなかったことから行方不明になり,その後溺死体で発見された。

(航法の適用)
 幸栄丸は,かご網が海底にあって操縦性能が制限され,速やかに全盛丸の進路を避けることが出来ない状況にあり,外観上停留状態であることは明白である。しかしながら幸栄丸が,海上衝突予防法第26条第4項に規定する漁ろうに従事していることを示す鼓型の法定形象物を掲げていないので,同法第18条に規定する漁ろうに従事する船舶とは認められない。
 海上衝突予防法において,航行船と停留船とに関わる航法規定がないから,同法第39条の船員の常務によって,航行中の全盛丸が停留する幸栄丸を避けるべきことは明らかである。

(本件発生に至る事由)
1 全盛丸の船首方に死角があったこと
2 A船長が,航行中船首を左右に振るなどして死角を解消しつつ見張りを行っていなかったこと
3 A船長が前路で停留する幸栄丸を避けなかったこと

(原因の考察)
 A船長は,長年にわたる全盛丸の操船経験から,窓枠や回転窓及び煙突により前方の見通しが良くないことを知っていたのであるから,船首を適宜振るなど死角を解消して見張りを十分に行うべき状況にあった。
 A船長が,船首方の死角を解消し,十分な見張りを行っていたなら,停留する幸栄丸を視認でき,同船を容易に避けることができたものと認められる。
 A船長が,死角を解消する措置をとらなかった理由として,左舷前方のモーターボートの動静に気をとられ,船首方には他船がいないものと思い込んでいたことがあげられる。
 したがって,A船長が見張り不十分で前路で停留する幸栄丸を避けなかったことは本件発生の原因となる。
 他方,幸栄丸については,海上衝突予防法上,停留船にも見張り,灯火,形象物及び信号に関する規定が適用され,船員の常務として事故を未然に防ぐべきものと解されているので,これについて検討する。
 同法第5条には,航行中,錨泊中を問わず,常時,適切な見張りを行うよう規定されている。
 しかしながら,当時幸栄丸は揚網中で,船内に取り込んだ漁具と海中との漁具が一体となっているため,直ちに漁具を投棄して避航措置をとることが出来ない状況にあったから,他船との関係も含め,自船の周囲の状況を適切に把握できる程度に行っていれば十分であるとすべきである。そして自船を避けないで接近する航行船に対して注意を喚起することで一応の責務を果たしたことになるのである。
 このことは,航法の基本が「他船」と「自船」の関係において,双方が衝突回避の責務を果たすことになるのに対し,航行船が操縦性能が制限された停留船に対して避けるという責務は,航行船独自の固有の責務であることがいえる。
 したがって,航行船が停留船に対して負う避航責務が果たされなかったり,又は,十分でなかったら,基本的には,航行船が一方的に責められるべき性質のものであり,停留船には,当初から,航行船に対する避航義務がないのである。そして航行船が停留船に対する基本原則を履行しないとき,別途,船員の常務の概念を援用して,停留船にも衝突を回避するという新たな責務を求めることは許されないというべきである。

(海難の原因)
 本件衝突は,石川県安部屋漁港沖合において,出漁する全盛丸が,見張り不十分で,前路で停留して漁具の巻揚げ作業に従事する幸栄丸を避けなかったことによって発生したものである。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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