(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年11月2日04時50分
北海道野寒布岬沖合
(北緯45度28.7分 東経141度28.6分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第八海興丸 |
漁船第十八共栄丸 |
総トン数 |
17トン |
4.8トン |
全長 |
22.30メートル |
14.65メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
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279キロワット |
漁船法馬力数 |
160 |
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(2)設備及び性能等
ア 第八海興丸
第八海興丸(以下「海興丸」という。)は,平成5年1月に進水したいか一本つり漁業に従事するFRP製漁船で,船体中央部に操舵室があり,甲板周囲に12台のいか釣り機を設置していた。操舵室は,両舷側に出入口があり,中央に操舵スタンドが,その右舷側にGPSプロッター,機関制御装置等が,左舷側に魚群探知器等がそれぞれ配置され,2台のレーダーが右舷側の前端と後端に双方とも左舷側を向くように設置され,左舷出入口船尾側には椅子が置かれていた。
イ 第十八共栄丸
第十八共栄丸(以下「共栄丸」という。)は,平成4年10月に進水した刺網漁業等に従事するFRP製漁船で,船体中央部に操舵室を有し,レーダー,GPSプロッター,魚群探知器等を備えていた。また,操舵室上部に黄色回転灯及び探照灯を,前部甲板後端付近に照明用の作業灯3灯をそれぞれ備え,前部甲板右舷側に揚網機が設置されていた。
3 事実の経過
海興丸は,A受審人ほか1人が乗り組み,いか一本つり漁の目的で,船首0.8メートル船尾2.2メートルの喫水をもって,平成15年11月1日12時20分北海道稚内港を発し,礼文島北方沖合の漁場に向かった。
ところで,海興丸は,毎年,1月の休漁期が明けると九州西方に至っていか漁を開始し,その後,日本海を北上しながら操業を続けて10月ごろからは北海道の日本海側を主な漁場としており,当時は稚内港を基地として礼文島周辺を漁場とし,好漁であったことから魚市場が休みとなる土曜日を除き,午後出漁して夜間操業を行い,翌日早朝同港に帰港して水揚げをするという形態で操業を続けていた。
また,A受審人は,もう1人の乗組員である父親が病気がちであったことから,漁場との往復の航海当直を全て自分が受け持っており,操業中の手の空いたときや水揚げ終了から出漁までの間できるだけ仮眠をとるよう心がけていたものの,十分な休息がとれないことから慢性的な睡眠不足の状態となっていた。
17時ごろA受審人は,海驢島(とどしま)灯台から350度(真方位,以下同じ。)3.3海里の地点で投錨し,眠気に耐えながら操業を続けたところ,翌2日02時過ぎ潮が強くなって仕掛けが船尾方に強く張るようになった。同人は,平素,水揚げに間に合う06時ごろまで操業することにしていたが,これまで好漁であったこともあり,早めに切り上げることとした。
このときA受審人は,依然,眠気を払拭できず,このまま錨を揚げて帰途に就くと途中で居眠り運航となるおそれがあったが,入港まで何とか眠気を我慢できるものと思い,06時ごろまで錨泊を続けて仮眠をとるなどの居眠り運航の防止措置をとることなく,02時50分錨を揚げて帰途に就いた。
発進と同時にA受審人は,単独の当直に就き,針路を野寒布岬沖合に向く099度に定めて自動操舵とし,機関を半速力前進にかけ,11.2ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行した。
A受審人は,操舵室左舷側の椅子に腰を掛けたり,立ち上がったりしながら,肉眼及び右舷側にある2台のレーダーにより見張りをしつつ当直を続けていたが,03時40分海驢島灯台から077度8.9海里の地点に至ったころ,周囲に他船を見かけなくなったことから安堵し,前示椅子右横の床に右舷側を向いた姿勢で腰を下ろして背を同椅子にもたせかけ,2台のレーダー画面を見ていたところ,いつしか居眠りに陥った。
04時47分A受審人は,稚内灯台から282.5度7.7海里の地点に達したとき,左舷船首4度960メートルのところに極低速力で移動する共栄丸の黄色回転灯や作業灯等の灯火を認めることができ,漁労に従事していることを示す灯火を掲げていなかったものの,速力,作業灯の様子などから漁労に従事していることが分かる状況であり,その後方位が変わらず衝突のおそれのある態勢で接近したが,居眠りをしていてこのことに気付かず,同船の進路を避けることなく続航中,04時50分海興丸は,稚内灯台から283度7.2海里の地点において,原針路,原速力のまま,その船首部が共栄丸の右舷側中央部に後方から40度の角度で衝突した。
当時,天候は曇で風力3の南西風が吹き,もやのため視程は約1,000メートルとなっていた。
また,共栄丸は,B受審人が単独で乗り組み,かれい刺網漁の目的で,船首0.6メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,同月2日03時30分所定の灯火を表示して北海道恵山泊漁港を発し,野寒布岬西北西方7海里ばかりの漁場に向かった。
ところで,B受審人は,平素,前示漁場において操業する際,長さ約1,800メートルの刺網を北西から南東に向けて投入し,揚網時には,機関を中立とし,網の南東端,または北西端から40分ないし1時間をかけて揚網機により揚網するが,その際,船体は網の巻き揚げにより極低速力で網の設置方向に沿って移動することになった。
04時30分B受審人は,稚内灯台から283.5度7.3海里の地点に達し,前日設置した刺網の北西端に至ったとき,機関を中立にするとともに黄色回転灯及び前部甲板の作業灯3灯を点灯し,漁労に従事していることを示す灯火を掲げないままボンデン及び錨の回収にとりかかり,04時45分船首を139度に向け,揚網機後方に立って揚網を開始し,1.2ノットの速力で135度の方向に進行した。
04時47分B受審人は,稚内灯台から283度7.3海里の地点に達したとき,右舷船尾40度960メートルのところに海興丸の白紅2灯を認めることができ,その後方位が変わらず衝突のおそれのある態勢で接近する状況となったが,揚網作業に気をとられ,周囲の見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かず,警告信号を行うことも,更に接近したとき機関をかけて移動するなど,衝突を避けるための協力動作をとることもなく続航中,共栄丸は,139度を向首したまま原速力で前示のとおり衝突した。
衝突の結果,海興丸は,球状船首部を圧壊し,共栄丸は,右舷側中央部に破口を生じて浸水したほか,操舵室,マスト等を損傷したが,のち,いずれも修理され,B受審人が,2週間の加療を要する胸部打撲等を負った。
(航法の適用)
本件は,北海道野寒布岬西方沖合の港則法,海上交通安全法の適用海域外で発生したもので,海上衝突予防法が適用される。
共栄丸は,漁労に従事中であることを示す灯火を表示していなかったものの,周辺海域で操業する刺網漁船と同様,航行中の動力船の灯火のほか,黄色回転灯,作業灯を点灯しており,他船からは漁労に従事中の船舶と容易に判断できたものと認められる。したがって本件は,航行中の動力船と漁労に従事中の船舶との衝突であり,海上衝突予防法第18条が適用されることになる。
(本件発生に至る事由)
1 海興丸
(1)A受審人が,休息時間が十分にとれず,睡眠不足のまま操業に従事したこと
(2)A受審人が,眠気を催した状態で操業を終了した際,仮眠をとるなどの居眠り運航の防止措置をとらなかったこと
(3)A受審人が,肉眼やレーダーで他船を認めなくなり,安堵して床に腰を下ろしたこと
(4)A受審人が,居眠りに陥ったこと
(5)A受審人が,漁労に従事する共栄丸の進路を避けなかったこと
2 共栄丸
(1)B受審人が,漁労に従事していることを示す灯火を掲げていなかったこと
(2)B受審人が,揚網に気をとられて見張りを十分に行わなかったこと
(3)B受審人が,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
(原因の考察)
海興丸が,居眠り運航の防止措置を十分に行っていたなら,共栄丸を早期に認めることができ,また,漁労に従事していることも容易に判断でき,同船の進路を避けることも可能であった。
したがってA受審人が,居眠り運航の防止措置が不十分で,居眠りに陥って漁労に従事する共栄丸の進路を避けなかったことは本件発生の原因となる。
海興丸が,休息時間が十分にとれず,睡眠不足のまま操業に従事したこと,肉眼やレーダーで他船を認めなくなり,安堵して床に腰を下ろしたことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら海難発生防止の観点からは是正すべき事実である。
共栄丸が,見張りを十分に行っていたなら,海興丸の接近に気付き,警告信号を行い,衝突を避けるための協力動作をとっていたものと認められる。
したがってB受審人が,十分な見張りを行わず,警告信号を行うことも,衝突を避けるための協力動作もとらなかったことは本件発生の原因となる。
B受審人が,漁労に従事していることを示す灯火を掲げていなかった点については,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難発生防止の観点からは是正すべき事実である。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,北海道野寒布岬西方沖合において,帰航中の海興丸が,居眠り運航の防止措置が不十分で,漁労に従事する共栄丸の進路を避けなかったことによって発生したが,共栄丸が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,北海道礼文島北方沖合において,錨泊して操業中,眠気を催し,これを払拭することができずに操業を終了した場合,このまま帰途に就くと居眠り運航となるおそれがあったから,錨泊を続けてしばらく仮眠をとるなどの居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。しかるに同人は,入港までは何とか眠気を我慢できるものと思い,居眠り運航の防止措置をとらなかった職務上の過失により,航行中,居眠りに陥り,漁労に従事する共栄丸の進路を避けることなく進行して衝突を招き,自船の球状船首部及び共栄丸の右舷側中央部にそれぞれ損傷を生じさせ,B受審人に2週間の加療を要する胸部打撲等を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は,夜間,北海道野寒布岬西方沖合において,漁労に従事する場合,自船に接近する海興丸の灯火を見落とすことのないよう,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに同人は,揚網作業に気をとられ,周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,海興丸の接近に気付かず,警告信号を行うことも,機関をかけて移動するなどの衝突を避けるための協力動作をとることもなく揚網を続けて同船との衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせ,自身も負傷するに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図1
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参考図2
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