(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年7月1日15時05分
愛知県知多半島羽豆岬南方沖合
(北緯34度39.5分 東経136度57.5分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第二すみせ丸 |
油送船第三なごや丸 |
総トン数 |
5,468トン |
114.67トン |
全長 |
117.78メートル |
27.37メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
3,884キロワット |
147キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第二すみせ丸
第二すみせ丸(以下「すみせ丸」という。)は,平成14年7月に進水した船尾船橋型鋼製バルクセメント専用輸送船で,船首端より船橋前面までの距離が93.5メートルで,船首楼後部から船橋前面にかけての船体は,前方から順に1番ないし4番の左右に分かれた貨物倉をもち,2番貨物倉と3番貨物倉との間にはブロワールームと称する荷役設備用の区画がありその上甲板に,約20メートルの高さのローディング及びアンローディング装置が櫓状に設置されていた。
同装置は,上甲板上の眼高が約12メートルとなることから,これにより船橋からの視野が妨げられることがあるが,当直者が少し移動すれば死角となるものではなかった。
建造時の操縦性能試験によると,舵角35度による旋回性能は,左転で,最大縦距が317メートル,最大横距が330メートルであり,右転で,最大縦距が337メートル,最大横距が386メートルで,90度旋回するに要する時間がそれぞれ1分程度であった。また,停止距離は,後進を発令後,船体停止までの航走距離が885メートルで,所要時間が4分20秒であった。
イ 第三なごや丸
第三なごや丸(以下「なごや丸」という。)は,昭和54年2月に進水した専ら伊勢湾及び三河湾においてA重油やC重油の輸送に従事する船尾船橋型鋼製小型タンカーで,運航形態が主に日出から日没までであり,往復航とも数時間程度の近距離運航を繰り返していた。
船体は,船首端より船橋前面までの距離が17.5メートルで,船首楼後部から船橋前面にかけて,前方から順に1番ないし4番の貨物油槽となっており,船橋からの見通しは,1番と2番貨物油槽間の甲板上にマストがあるのみで見張りの妨げとなるものは周囲になかった。
操縦性能は,旋回径が全長の2.5倍強の80メートルばかりで,90度旋回するに要する時間は20秒ないし25秒であり,停止距離は50メートルばかりであった。
3 本件発生海域
当該海域は,伊勢湾南東部の愛知県知多半島先端の羽豆岬南方沖合で,伊良湖水道,中山水道,師崎水道の各水道と名古屋港及び四日市港とを往復する船舶や漁ろうに従事する船舶が行き交うところであった。
4 事実の経過
すみせ丸は,A,C両受審人ほか7人が乗り組み,高知県須崎港において,ばら積みセメント8,097トンを積み,愛知県三河港において同セメント3,035トンを揚げたのち,船首5.41メートル船尾7.03メートルの喫水をもって,平成15年7月1日13時20分同港を発し,残り貨物の揚荷の目的で名古屋港に向かった。
A受審人は,発航時から引き続いて在橋し,C受審人を補佐に,甲板部員を手動操舵にそれぞれ当たらせ,中山水道を西行し,14時51分少し過ぎ尾張野島灯台から135度(真方位,以下同じ。)800メートルの地点で,針路を270度に定め,機関を回転数毎分193にかけ,プロペラ翼角を15.6度の全速力前進で12.8ノットの対地速力(以下「速力」という。)として進行した。
A受審人は,定針時になごや丸を右舷斜め前方に認め,C受審人にレーダー監視を命じて同人から同船までの距離を報告させる一方,なごや丸が小型船でその船首方位が判断しにくく窓枠を頼りに同船の方位を見て,南南東方に向首しているものと判断して続航した。
C受審人は,A受審人の指示どおりレーダー監視に当たり,同船との距離を測定して報告した。
A受審人は,15時00分羽島灯標から177度2.45海里の地点に達したとき,前路左方に工事船を認めたので,予定転針点に達する少し前に右転することとし,予定針路より若干左方となる298度に転じたところ,なごや丸を右舷船首35度1.0海里に見る態勢となり,その後同船が前路を左方に横切り,その方位に変化がほとんどなく衝突のおそれがある態勢で接近する状況となったが,同船が自船の船尾後方に替わると思い,ジャイロコンパスレピータやアルパを活用するなどしてその動静監視を十分に行わなかったので,このことに気付かず,相変わらず窓枠越しに同船を時折見るのみで,速やかに,かつ,大幅に右転するなどして同船の進路を避けることなく進行した。
この間,C受審人は,なごや丸の方位がほとんど変わらないので,その旨A受審人に報告した。
A受審人は,C受審人から報告を受け,15時02分なごや丸と少し距離を空けようと,針路を5度左に転じて293度とし,15時03分半わずか前更に針路を5度左に転じて288度とし,依然として同船との距離が狭まる状況が変わらず,15時04分半わずか前衝突の危険を感じて左舵一杯としたが及ばず,15時05分羽島灯標から202度2.2海里の地点において,すみせ丸は,250度に向首し,10.5ノットの行きあしをもって,その右舷後部になごや丸の右舷船首がほぼ90度の角度で衝突した。
当時,天候は小雨で風力3の北東風が吹き,潮候は上げ潮の初期で視程は約3海里であった。
また,なごや丸は,D受審人及び機関長が乗り組み,愛知県衣浦港の岸壁に係留中の船舶にC重油100キロリットルを補油したのち,空倉のまま,船首0.6メートル船尾2.2メートルの喫水をもって,同日13時30分同港を発し,名古屋港に向かった。
発航後,D受審人は,発航から操船に当たって師崎水道を南下し,付近で操業していた漁船を適宜避航したのち,14時51分少し過ぎ羽島灯標から140度1,570メートルの地点で,針路を225度に定め,機関を回転数毎分670の全速力前進にかけ,8.5ノットの速力とし,手動操舵により進行した。
その後,D受審人は,昇橋してきた機関長を手動操舵に当たらせ,船橋右舷側の出入口付近で右舷側に散在する漁船を監視しながら続航した。
D受審人は,右舷側に漁船が散在したので平素より南方に下る進路となり,14時53分左舷船首84度2.0海里のところにすみせ丸が存在し,同船の方位が徐々に右方に変わりつつあることを知り得る状況にあったが,これに気付かないまま進行した。
15時00分D受審人は,羽島灯標から193度2,900メートルの地点に達し,すみせ丸を左舷船首73度1.0海里に見るようになったとき,同船が右転し,その後その方位に変化がほとんどなく前路を右方に横切り,衝突のおそれがある態勢で接近する状況となったが,定針したころ左舷方を一瞥して他船を見かけなかったことから,左舷側に他船はいないものと思い,折からの小雨が左舷側窓に水滴となって付着していて左舷側が見にくいなか,窓を開けて他船の有無を確かめたり,見張りの補助としてレーダーを活用したりするなどの周囲の見張りを十分に行わなかったので,この状況に気付かず,右舷側に散在する漁船のみに気を奪われ,警告信号を行わないまま続航した。
D受審人は,15時04分半わずか前すみせ丸がわずかな左転を繰り返したのちに左舵一杯で左転を始めたが,依然として同船を認めていなかったので,速やかに停止するなどの衝突を避けるための協力動作をとらないまま進行中,15時05分少し前同船を初めて視認して驚き,機関長に代わって自ら左舵一杯をとり,機関を全速力後進としたが及ばず,船首が160度に向き,速力が5.5ノットになったとき,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,すみせ丸は右舷後部外板に亀裂を伴う凹損を生じ,なごや丸は船首部を圧壊したが,のちいずれも修理された。
(航法の適用)
本件は,伊勢湾南東部の愛知県知多半島先端の羽豆岬南方沖合において,西行するすみせ丸と南下するなごや丸が衝突したもので,適用すべき航法について検討する。
まず,特別法である海上交通安全法には本件発生海域において,当該2船間に適用される航法に関する規定がないから,一般法の海上衝突予防法が適用されることになる。
本件は,すみせ丸が,衝突5分前,2船間の距離が1.0海里のとき,270度から298度に転針し,更に5度ずつの転針を2回繰り返し,衝突前に左舵一杯をとって40度ばかり左転し,また,なごや丸が,225度の一定針路で航行していたところ,衝突少し前に左舵一杯として衝突したものである。
すみせ丸の転針後2分間は両船の方位に変化がほとんどなかったこと,両船の大きさ,操縦性能から,その後にすみせ丸が十分になごや丸の進路を避け衝突を回避することが可能であったこと,また,なごや丸がすみせ丸の転針後その方位変化がほとんどないことを知り得る状況であったこと,そのうえで警告信号を行い更に衝突を避けるための協力動作によって衝突を未然に防止することが可能であったことが,それぞれ認められる。
したがって,本件は,すみせ丸の転針時から両船間に横切り船の航法を適用する見合関係があったと認めることができることから,海上衝突予防法第15条,第16条及び第17条の各条の規定を適用するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 すみせ丸
(1)A受審人が,なごや丸が小型船でその船首方位が判断しにくく南南東方に向首しているものと誤認したこと
(2)A受審人が,ジャイロコンパスレピータやアルパなどの航海計器を十分活用しなかったこと
(3)小角度の左転を繰り返して大角度の右転をしなかったこと
(4)C受審人のレーダー監視報告が活用されなかったこと
(5)機関を停止しなかったこと
(6)衝突直前左舵一杯としたこと
2 なごや丸
(1)雨粒が窓枠に付着して左舷側の見通しが悪かったこと
(2)D受審人が,同じ場所で見張りをしていたこと
(3)D受審人が,それほど多くない漁船に気を奪われていたこと
(4)D受審人が,レーダーを監視しなかったこと
(5)警告信号を行わなかったこと
(6)衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
(7)衝突直前左舵一杯をとったこと
3 その他
(1)雨模様の天候であったこと
(2)衝突地点付近が伊良湖水道,師崎水道及び中山水道等を通航する船舶が多いところであったこと
(原因の考察)
本件衝突事件発生に関わる事由を示したが,それぞれについて次のとおり考察する。
すみせ丸において,A受審人がなごや丸の船首方位が判断しにくく南南東方に向首しているものと誤認したこと,ジャイロコンパスレピータやアルパなどの航海計器を十分活用しなかったこと,C受審人の報告を活用できなかったことはいずれも動静監視を行っていなかったことの態様であり,また,小角度の左転を繰り返して大角度の右転をしなかったこと,機関を停止しなかったことなどは,いずれも動静監視を行わなかった結果によるものであり,いずれも本件発生の原因となる。
A受審人が,衝突前に左舵一杯としたことは,この時点でなごや丸がどのような緊急避難的措置をとるか予見できない状況にあり,これをもって衝突回避の可否について判断できないから,本件発生の原因とならない。
C受審人はレーダー監視を行い,適切な船長補佐を尽くしていたものであるから,同人の行為は,本件発生の原因とならない。
他方,なごや丸において,D受審人が,同じ場所で見張りをしていたこと,それほど多くない漁船に気を奪われていたこと,レーダーを監視しなかったことなどは,見張りを十分に行わなかった態様であり,また,警告信号を行わなかったこと,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことなどは見張りを十分に行わなかった結果によるものであり,いずれも本件発生の原因となる。
雨粒が窓枠に付着して左舷側の見通しが悪かったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難発生防止の観点から,窓を開けたり,雨粒を拭き取ったりするなどして是正されるべき事項である。
D受審人が衝突直前左舵一杯としたことは,すみせ丸が左舵一杯で左転することを予見できない状況にあり,これをもって衝突回避の可否を判断できないから,本件発生の原因とならない。
本件時及び発生場所が,雨模様の天候であったこと,伊良湖水道,師崎水道及び中山水道等を通航する船舶が多かったことなどは,現象として常時起こり得る環境の変化であり,このような条件を克服しながら安全運航を確保するのが運航者の努めであることから,原因との関連を求めるのは理由がなく,本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件衝突は,伊勢湾南東部の愛知県知多半島先端の羽豆岬南方沖合において,両船が互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近中,西行中のすみせ丸が,動静監視不十分で,前路を左方に横切るなごや丸の進路を避けなかったことによって発生したが,南下中のなごや丸が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,伊勢湾南東部の愛知県知多半島先端の羽豆岬南方沖合において,名古屋港へ向けて転針して西行中,右舷側になごや丸を認めた場合,同船と衝突のおそれの有無を判断できるよう,ジャイロコンパスレピータやアルパなどを活用したりしてその動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,一瞥してなごや丸が後方に替わると思い,窓枠越しに見たのみで同船に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,早期に大幅に右転したり,機関を停止したりするなどして同船の進路を避けず,その後小幅な左転を繰り返して同船との衝突を招き,すみせ丸の右舷後部外板に亀裂を伴う凹損を生じさせ,なごや丸の船首部を圧壊させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
D受審人は,伊勢湾南東部の愛知県知多半島先端の羽豆岬南方沖合を名古屋港に向け南下する場合,左舷側から接近する他船を見落とすことのないよう,窓を開けて左舷側の他船の有無を確かめたり,見張りの補助としてレーダーを活用したりするなどの周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,定針したころ左舷方を一瞥して他船を見かけなかったことから他船がいないものと思い,右舷側出入口付近で専ら右方に散在する漁船のみに気を奪われていて周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,衝突のおそれがある態勢で接近するすみせ丸に気付かず,警告信号を行うことも,衝突を避けるための協力動作をもとることなく進行して同船との衝突を招き,前示損傷を生じさせるに至った。
以上のD受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C受審人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審裁決主文 平成16年6月25日横審言渡
本件衝突は,第二すみせ丸が,動静監視不十分で,前路を左方に横切る第三なごや丸の進路を避けなかったことによって発生したが,第三なごや丸が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Aの一級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
受審人Cを戒告する。
参考図1
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参考図2
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