(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年8月11日13時00分
長崎県福江港
(北緯32度42.0分 東経128度51.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
旅客船フェリー五島貨物船 |
第五フェリー美咲 |
総トン数 |
1,262.58トン |
498トン |
全長 |
73.56メートル |
65.79メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
2,942キロワット |
1,176キロワット |
(2)設備及び性能等
ア フェリー五島
フェリー五島(以下「五島」という。)は,昭和46年3月に進水した限定沿海区域を航行区域とする船首船橋型旅客船兼自動車渡船で,平素は長崎港神ノ島の岸壁に係留されており,増便或いは定期便就航船の代替として用いられ,本件時は,お盆の時期で長崎港と福江港間の増便として就航していた。
同船の船橋には,前壁にVHFが設置され,前面中央の窓の右側端付近にエアホーンの引き索が備えられ,同窓から1.2メートル後方に操舵装置があり,その左舷方に2機2軸の主機関用遠隔操縦盤及びレーダー2台が設置されていた。
海上公試運転成績表によれば,舵角35度で右旋回を行った場合,旋回圏の最大横距,最大縦距は,ともに226メートルで,90度回頭するのに39秒を要した。また,機関回転数毎分319.5,17.597ノットの全速力で前進中,両舷機全速力後進を発令したとき,プロペラ前進回転停止まで1分45秒,プロペラ後進回転開始まで1分50秒,船体停止まで2分15秒の時間をそれぞれ要し,最短停止距離は612メートルであった。
イ 第五フェリー美咲
第五フェリー美咲(以下「美咲」という。)は,昭和62年2月に進水した限定沿海区域を航行区域とする船首船橋型貨物フェリーで,平素は長崎県臼浦港に係留されており,就航中の船舶が入渠したときの代替,チャーター便或いは貨物が多いときの臨時便として投入され,本件時は,お盆の時期で貨物量が増えたことから臨時の増便として福江港と長崎県三重式見港間を1日1往復していた。
同船の船橋には,前壁中央にジャイロコンパスのレピーター,その右下にエアホーンの押しボタンが,後壁にVHFが,それぞれ設置されており,前壁から90センチメートル後方のコンソールスタンドには,右舷側から順に2機2軸の主機関用遠隔操縦装置,操舵装置及びレーダーが配置されていた。
海上公試運転成績書によれば,全速力前進中,後進最大を発令すると,同発令より主機停止まで46秒,プロペラ逆転開始まで56秒,船体停止まで1分29秒を要した。
また,同船は発電機を2台所有し,1台を起動するだけで船内で使用する電気を十分に供給できたが,揚錨作業と船尾ランプの収納作業を同時に行うには発電容量が不足であったので,出港時,船尾ランプを岸壁から1メートルばかり揚げた状態で停止して揚錨を開始し,収錨後に船尾ランプを格納することにしていた。
3 福江港
福江港は,長崎県福江島の東岸に位置し,北側を東西方向に延びた2号防波堤で,東側を南北方向に延びた3号防波堤で囲われた港で,2号防波堤の東端と3号防波堤の北端との間が200メートル開き,同港の入口として北北西方に向けて形成されていた。また,2号防波堤の東端には福江港2号防波堤灯台(以下「2号防波堤灯台」という。)が,3号防波堤の北端には福江港3号防波堤北灯台(以下「3号防波堤北灯台」という。)が,それぞれ設置されていた。
4 事実の経過
五島は,A受審人ほか14人が乗り組み,旅客70人を乗せ,トラック1台と乗用車14台を積載し,船首2.70メートル船尾3.83メートルの喫水をもって,平成15年8月11日09時07分長崎港を発し,福江港に向かった。
A受審人は,片道4時間の船橋当直を,一等航海士,二等航海士及び甲板長に,それぞれ操舵手をつけ,各直1時間20分の3直制とし,自らは,主として出入港の操船に当たった。
12時20分A受審人は,福江港の北東方9海里ばかりの地点で昇橋して,12時26分入港部署を発令し,船橋当直中の甲板長に操船を任せたまま,12時46分半少し前3号防波堤北灯台から057度(真方位,以下同じ。)2.1海里の地点で,針路を247度に定めさせ,機関を全速力前進として14.5ノットの速力(対地速力,以下同じ。)としたところで自ら操船指揮を執り,甲板長を船首係留索準備のために降橋させた。
12時50分A受審人は,左舷前方に見える福江港の丸木岸壁に船尾付けで係留している美咲を2号防波堤越しに初認するとともに,3号防波堤の内側に第三船が出航中であるのを認めたので,入港部署に就く前に昇橋していた一等航海士を肉眼による見張りに,二等航海士をレーダー監視に,それぞれ当たらせ,第三船の出航を防波堤の外で待つため,12時51分速力を半速力前進の13.5ノットに減速し,さらに12時52分機関を極微速力前進の7.0ノットに減じた。
12時52分半A受審人は,2号防波堤灯台から044度0.8海里の地点に至ったとき,針路を2号防波堤の屈折部に向く232度に転じ,12時53分機関を停止して惰力で進行しながら港内の船舶の動静を在橋の航海士と監視したが,第三船の他に出入航船等を認めなかった。
12時56分A受審人は,第三船が防波堤の入口を替わって東方に向かうのを認めたので,機関を極微速力前進にかけて左舵15度をとり,同入口の右側に寄せることなく,12時57分半2号防波堤灯台から033度330メートルの地点で,針路を189度にして進行した。
12時57分半少し過ぎA受審人は,美咲が揚錨を終えたあと防波堤の入口に向けて進行していたので,自船がそのままの針路及び速力で進行すれば,防波堤の入口付近で衝突のおそれが生じることとなるが,低潮時で防波堤が高く相手船の上甲板より下が隠れていて同船の動きが見え難かったことや,先程港内を見渡したとき第三船の他に出入航船等を認めなかったことから,美咲を係留船と思い込み,VHF等でその出港予定を確認することも,引き続きその動静を監視することもしていなかったので,このことに気付かず,直ちに右舵一杯をとって広い海域に向けるなど衝突を避けるための措置をとることもなく続航した。
12時58分A受審人は,防波堤の入口まで170メートルに接近したとき,右舷前方約500メートルのところに,2号防波堤灯台を替わって東方に向首する船首部を見せた出航態勢の美咲に初めて気付き,急きょ機関停止を令した。
13時00分少し前A受審人は,美咲が左回頭してきたのを見て衝突の危険を感じ,右舵一杯,全速力後進を令したものの,直ぐにはプロペラの回転が止まらなくて後進の起動ができず,汽笛で短音数回を吹鳴したが,及ばず,13時00分五島は,2号防波堤灯台から108度130メートルの地点で,同一針路のまま機関が後進にかかる前に,2.8ノットの前進惰力をもって,その船首が美咲の左舷船首部に前方から14度の角度で衝突した。
当時,天候は曇で風力3の南南西風が吹き,潮候は低潮時であった。
また,美咲は,C受審人ほか3人が乗り組み,トラック3台を積載し,船首1.55メートル船尾3.35メートルの喫水をもって,福江港の丸木岸壁から三重式見港に向かうこととした。
C受審人は,右舷錨2節を延出し,船尾の左右舷から係留索を1本ずつ出した船尾付け係留状態から出港するため,発電機1台を起動し,一等航海士を船首部に,機関長を船尾ランプの収納係につけ,同日12時54分一等機関士が岸壁上で係留索2本を放して船内に戻ったあと,船尾ランプを1メートルばかり揚げたところでいったん停止させ,揚錨を開始した。
12時57分少し前C受審人は,右舷前方60度の方向に延びた錨鎖を巻く間に,北東方700メートルばかりのところに,わずかに右舷側を見せている五島を視認したとき,同船が動いているようには見えなかったので,このころ出航中だった第三船を港外で待つために停留しているものと判断した。
12時57分C受審人は,揚錨を終え,再び五島を見たところ先程よりも右舷側を少し大きく見せていたので,一瞬,相手船を先に入航させようかとも考えたが,相手船を船首方向から見ていたからか,その動静は定かではなく,依然,停留しているように思い,VHF等で五島の入航状況を確認しないまま,出航優先であるし,港内にいては邪魔になると思い,両舷機を適宜使用して南方に向いた船首を左回頭させたあと,機関を微速力前進にかけ,5.4ノットの速力で進行した。
12時57分半少し過ぎC受審人は,船首をほぼ東方に向けたころ,五島が防波堤入口に向首して入航態勢にあることに初めて気付き,そのままの速力で進行すると防波堤の入口付近で衝突のおそれが生じることとなるが,速やかに機関を後進にかけて行きあしを止めるなど衝突を避けるための措置をとることなく,左舷を対して航過すればよいものと思い,3号防波堤に近寄るように操船しながら続航した。
12時59分半C受審人は,3号防波堤先端を右側に30メートル離すように針路を023度として進行中,五島が自船に向かって進行してくるのを見て衝突の危険を感じ,短音を吹鳴するとともに,機関停止,全速力後進としたが,及ばず,同一針路で,わずかな行きあしを残して前示のとおり衝突した。
衝突の結果,五島は船首部に凹損を生じ,美咲は左舷船首部ブルワークに亀裂(きれつ),左舷船橋前に凹損を生じたが,のちいずれも修理され,五島の旅客1人が階段から落ちて右足に打撲傷等の軽傷を負った。
(航法の適用)
本件衝突は,福江港の入口において,入航する五島と出航しようとする美咲が衝突した事件である。
福江港は,特定港ではないが港則法の適用される港である。港則法第15条に「汽船が港の防波堤の入口又は入口附近で他の汽船と出会う虞(おそれ)のあるときは,入航する汽船は,防波堤の外で出航する汽船の進路を避けなければならない。」と定められているが,本件の場合,五島が入航態勢に入ったとき,美咲は未だ揚錨中であり「出航する汽船」には該当せず,この時点で,両船は,防波堤の入口又は入口付近で出会うおそれがあったとはいえず,本条を適用することはできない。
港則法において,本件に当てはまる航法規程がないので,海上衝突予防法を適用することとなるが,同法においても本件に当てはまる航法規程がないので,海上衝突予防法第38条(切迫した危険のある特殊な状況)及び第39条(注意等を怠ることについての責任)を適用して律することとなる。
(本件発生に至る事由)
1 フェリー五島
(1)五島が入航態勢に入ったとき,美咲が係留状態にあったこと
(2)低潮時で防波堤が高く,錨鎖を巻いて船首方向が南方に変わった美咲の動きが見え難かったこと
(3)A受審人が,美咲を係留船と思い込み,同船に対する動静監視を行わなかったこと
(4)A受審人が,VHF等で美咲の出港予定を確かめなかったこと
(5)A受審人が,美咲との衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(6)A受審人が,防波堤の入口の右側に寄って航行しなかったこと
(7)後進を令した際,機関が直ぐに後進にかからなかったこと
2 第五フェリー美咲
(1)C受審人が五島を停留船と思って出航したこと
(2)C受審人が,五島の入航状況について,VHF等で確認しなかったこと
(3)C受審人が,五島の入航態勢を知ったとき,衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
本件衝突は,五島が,美咲に対する動静監視を行っておれば,防波堤の入口付近で衝突のおそれが発生することに気付き,衝突を避けるための措置をとることができたものであり,一方,美咲が,五島が入航態勢にあることを知ったとき,直ちに行きあしを止めておれば,衝突を避けることができたものである。
したがって,A受審人が,美咲を係留船と思い込み,同船に対する動静監視を行わなかったこと及び美咲との衝突を避けるための措置をとらなかったことは本件発生の原因となる。一方,C受審人が,五島の入航態勢を知ったとき,衝突を避けるための措置をとらなかったことは本件発生の原因となる。
A受審人が,VHF等で美咲の出港予定を確かめなかったこと及び入航する際,防波堤の入口の右側に寄って航行しなかったこと並びにC受審人が,五島の入航状況についてVHF等で確認しなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
五島が入航態勢に入ったとき美咲が係留状態にあったこと,低潮時で防波堤が高く錨鎖を巻いて船首方向が南に変わった美咲の動きが見え難かったこと,後進を令した際,機関が直ぐに後進にかからなかったこと及びC受審人が五島を停留船と思って出航したことは,いずれも本件発生の原因とならない。
(主張に対する判断)
1 美咲の出港時刻について
美咲の出港時刻が12時54分であったとする主張と,12時57分であったとする主張があるが,事実認定の根拠16に記したとおり,12時54分とは,岸壁係留のため船尾の左右舷から1本ずつ出していた2本の係留索を解き放した時刻であり,その後,右舷前方60度の方向に延びた錨鎖を巻き始め,揚錨を終えたのが12時57分であった。美咲は,12時54分から12時57分までの間,錨が海底をかき込んだ状態にあり,揚錨中であったことから,同船の出港時刻を12時57分と認めることが適切である。
2 入航する五島と出航しようとする美咲との関係について
五島は,12時56分に第三船が防波堤を替わって東方に向かうのを認め,機関を前進にかけて左舵をとり,福江港の入口に向けて進行したものである。一方,美咲が投じていた錨は,操船の補助として使用されたものではなく,係留のための一手段として使用されたものであり,この時点では,1で示したとおり,美咲は揚錨中であった。12時57分半五島が防波堤の入口に向けて進行し,入口まで230メートルのところに差し掛かったころ,美咲が,抜錨後,船首を東方に向けて機関を前進にかけ,防波堤の入口に向けて進行したため,両船間に衝突のおそれが発生したものである。したがって,(航法の適用)欄でも摘示したとおり,両船間には,港則法で規定するところの「入航する汽船」と「出航する汽船」の関係にはなかったものと認める。
(海難の原因)
本件衝突は,福江港の防波堤の入口付近において,入航する五島が,動静監視不十分で,右舵一杯をとって広い海域に向けるなど衝突を避けるための措置をとらなかったことと,出航しようとする美咲が,入航する五島を認めた際,速やかに行きあしを止めるなど衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,福江港において,入航中,丸木岸壁に係留中の美咲を認めた場合,同船が出航すると両船間に衝突のおそれが生じることになるから,引き続き美咲に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,美咲を係留船と思い込み,同船に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,同船が出航したことに気付かないまま進行して衝突を招き,五島の船首部に凹損を,美咲の左舷船首部ブルワークに亀裂及び左舷船橋前に凹損を,それぞれ生じさせ,五島の旅客1人に右足に打撲傷等の軽傷を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同受審人を戒告する。
C受審人は,福江港において,丸木岸壁から出航中,五島が入航態勢にあるのを認め,防波堤の入口付近で出会うおそれがある場合,速やかに行きあしを止めるなど衝突を避けるための措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,左舷対左舷で替われるものと思い,衝突を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により,同船との衝突を招き,前示の損傷を招くに至った。
以上のC受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同受審人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審裁決 主文平成16年3月24日長審言渡
本件衝突は,入航するフェリー五島が,防波堤の外で出航する第五フェリー美咲の進路を避けなかったことによって発生したが,出航する第五フェリー美咲が,入航態勢にあるフェリー五島に対し注意喚起を行わなかったことも一因をなすものである。
受審人Aの三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
受審人Bを戒告する。
参考図
(拡大画面:23KB) |
|
|