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自閉症のとらえ方の変遷
 自閉症は多様で、同一症例でも年齢によっても大きく状態に違いをみせる障害であることが明確になり、自閉症の概念が最近変わってきています。基本症状を典型的に認める自閉症から、いわゆる「自閉症的」なところのある状態全てをまとめて「広汎性発達障害」として捉える考え方が中心となってきています。
 
自閉症の歴史
 最初の報告は、1943年にアメリカの精神科医レオ・カナーが「情緒的接触の自閉的障害」として、言葉がないかあっても他人に意思を伝えるために使わない、情緒的接触が欠如している、物事をいつまでも同じにしておこうとする欲求が強い、人に対する興味は少ないが物に対しては強い関心を示すなどの症状を示す11例を報告しました。現在、これらの症例は、「古典的自閉症」または「カナータイプの自閉症」と呼ばれています。以後、自閉症の本体は情緒障害である考えられ、育て方の問題によっておきる心の病気と考えられてきました。
 報告後しばらくは、この考え方が中心でしたが、1960年代になり、マイケル・ラターが育て方の問題ではなく、生まれつきの何らかの器質的または機能的な障害があっておこってくる発達障害であると報告し、コペルニクス的な展開を遂げました。
 一方、1944年にオーストリアの小児科医ハンス・アスペルガーが自閉的精神病質として、心が通じにくいというより非常に不適切な又は奇妙な行動、常識のないような行動をとる4例の男子を「自閉的精神病質」としてカナーとは独立して報告しました。しかし、第二次世界大戦中にドイツ語で報告されたため注目されませんでした。1980年代になり、アスペルガーの報告と同じような症状と経過をたどる例が多数報告されるようになりアスペルガーの報告が再評価され、カナーの報告した事例とアスペルガーが報告した事例の本態は同じであるという考えから、両者を広汎性発達障害の一部として考えるようになりました。
 
自閉症の診断
 行動観察から症状を組み合わせて行う。次の二つの診断基準がよく用いられます。
1)米国精神医学会の「診断と統計のための手引き第四版(DSM-IV)」
2)世界保健機構(WHO)の「国際疾病分類第10版(ICD-10)」
 なお、脳画像検査、血液検査等の医学的検査は一部を除いて異常を認めないことが多いです。
 
疫学
 疫学調査が行われるようになった20年ほど前は、自閉症の有病率は4,000〜6,000人に一人と言われていたが、最近では500〜1,000人に一人と言われています。また、広汎性発達障害の考え方では、100人に一人位いるめずらしくない障害といわれるようになってきています。また、男女比では男児は女児の3〜4倍多い特徴があると言われていましたが、より非典型的な子どもまで含めた最近の調査では、女児は従来の報告より多いといわれています。知的な能力は最重度の遅滞から正常知能までさまざまです。
 
治療
1)自閉症の認知特性を理解した関わり
(1)雑多な情報の中から必要な情報を取捨選択して焦点をあてることが難しく、また、次の焦点へ切り替えることが困難です。
(2)複数の情報を同時に処理し、つなぎ合わせることが困難です。
 (1)(2)の特性のために、「一部分が優先され全体の把握が苦手」「一つ一つの情報は常に個別的で汎化できない」「次に起こることを予測できない」「他者の立場になって考えることができない」等の社会性の障害につながります。
 以上から関わる時は、情報をしぼって提示し、雑音を排除していくようにしたり、同時に二つの情報を与えないことを基本にしていきます。また、視覚的な情報は入りやすいことが多いので言葉だけで伝えるのではなく、絵や文字などの視覚的支援を行うと効果的なことが多くあります。こだわりについては、強制的にやめさせるのではなく何かに生かせるような配慮が必要です。不安が強い時はこだわりも強くなる傾向があります。
 
2)薬物療法
 自閉症の薬物療法は多くは対症療法で、原因論に基づいた薬は今のところはありません。薬物療法は自閉症の過敏性など生理学的な不安定さを軽減させることが可能となり、療育を進めやすくする。抗精神病薬、抗うつ薬等が用いられています。
 自閉症の症状が明らかになるのは幼児期ですが、診断の確実性を高めるために症状がでそろうのを待っていると早期介入の時期を逸することがあり、自閉症独特の認知構造が固定化する前に働きかけることが重要です。
 
その他
1)タイムスリップ(フラッシュバック)
 強い不快な体験は時間を経ても薄まらず、不快体験が蓄積されます。
 そして、些細な不快の度に以前の不快体験が思い出され、パニックになっていくことがあります。失敗からは学ぶことができないことに注意が必要です。(失敗を回避させる配慮が必要です)
 
2)用語について
(1)自閉症スペクトラム
 典型的な自閉症の人と自閉症の症状を少しだけ持っている人の間は連続しており、軽い人から重い人、こだわりの強い人から弱い人までいろいろなタイプがあり、「連続体」としてつながっているという考え方で使われています。基本的には、広汎性発達障害とほぼ同じと理解していいといわれています。
 
(2)広汎性発達障害
 広汎性発達障害(略称PDD)とは、「相互的な社会関係とコミュニケーションのパターンにおける質的障害、および限局した常同的で反復的な関心と活動の幅によって特徴づけられる一群の障害」、つまり社会性や意思疎通の発達異常、興味・関心の範囲が狭い、反復行動、想像力の未発達などの特徴を持った障害のことを指します。
 
(3)高機能自閉症
 知能に明らかな遅れがない自閉症という意味で用いられています。一般にIQ70以上を指します。「高機能」という言葉から、「社会適応が良い」、「障害が軽い」というように捉えられがちですが、そういう意味ではありません。
 
(4)アスペルガー症候群
 DSM-IVの診断基準では、自閉症の中で言語発達遅滞や言語による意思伝達の障害のないものをいいます。
 英国の精神科医ローナ・ウイングらは対応の方針を考える意味では、自閉症とアスペルガー症候群を区別する意味はないという考えから、「一見自閉症にみえない自閉症」で、症状が典型的に現れていない自閉症をいいます。
 
参考
・内山登紀夫,水野薫,吉田友子,高機能・アスペルガー症候群入門,中央法規出版.
・市川宏伸,広汎性発達障害の子どもと医療,かもがわ出版.
・杉山登志郎,自閉症,精神科治療学,第16巻増刊号.


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