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はしがき
 海上における遭難及び安全に関する世界的な制度(GMDSS)に係る船舶設備の装備工事は、適正な設計のもとにその性能が有効に発揮されるよう装備し、かつ、その性能が維持できるよう整備することが重要である。
 本書は、これらの艤装設計、艤装工事、整備要領等について理解が得られるよう、図や解説を交えて記述したものである。
 工事事業者は、本書によって各工事方法について十分学ばれるとともに、各関係法令、各メーカーの機器の仕様、性能等についても十分理解を深めていただきたい。
 本書は競艇の交付金による日本財団の助成金を受けて作成したものでである。
 
第1章 海上遭難安全通信システムの変遷とGMDSSの概要
1・1 まえがき
 IMOの1979年の第11回総会では、海上遭難安全通信のための現状の配備を考察し、遭難と安全、無線通信、運用手順を改良するために、捜索救助協力の下部組織と連繋して、最近の技術的進歩を取入れて、海上の人命の安全を明白に改良するような新しい全世界的な海上遭難安全システムを確立することにした。そして約10年の審議を経て、1988年11月にSOLAS条約を改正する為の国際会議を開催して新しい海上における遭難及び安全に関する世界的な制度をGMDSS(Global Maritime Distress and Safety System)と名付け、1999年2月1日から完全に実施することを目標として新しいSOLAS条約を定めたのである。
 1974年SOLAS条約に従う従来からのシステムは、全ての客船と1,600総トン以上の貨物船に対して500kHzのモールス電信システムを義務づけ、モールス資格を持つ無線通信士が無線電信装置を持つ全ての船舶に乗り組む必要があった。また全ての客船と300総トン以上の貨物船は、2,182kHzと156.8MHzの無線電話装置を義務づけ、全船舶に共通した遭難通信を可能にしていた。
 しかし、その通信可能最小距離範囲は、100〜150海里であるから、遭難船の救助は遭難地点近傍を航行中の他船に限られていたのである。この状況を改善するためにいろいろな方法が取られたが、中波(MF)の沿岸無線局の到達距離を超えたとき、船の遭難時の通報が困難であることが明白となった。
 ところが、最近の人工衛星による通信やデジタル通信の技術等、最新技術の導入によって遭難通報は、気象その他の干渉条件に関係なく遠距離まで自動的に送受信できることが期待されるようになったものである。
 
1・2 GMDSSへの道
 マックスウェル(Maxwell)が電磁波の存在を理論的に証明したのは、1864年であったが、その後ヘルツ(Hertz)は約24年後の1888年に電磁波の存在を実証した。そして1895年に至りマルコニー(Marconi)は無線通信の実験に成功し、1899年3月にはマルコニー式無線機を搭載したELBE号がドーバー海峡で座礁し、無線通信によって付近にいた灯台船が救命艇を派遣し、乗組員全員を救助している。1900年1月にはALEXANDER POPOV号より、砕氷船YERMARK号に救助依頼遭難通報を送信し、フィンランド湾内の流氷にはさまれた漁夫の救出に成功する等無線通信の遭難時の有効性が認められるに至った。そこに大西洋横断無線通信に成功(1901年)するなどのこともあって、1903年にはベルリンで国際無線通信規則予備会議が開催され、船舶宛の電報を海岸局が取扱うようになった。そして1906年にはベルリンで第1回国際無線電信会議が開催され、海上通信条約が採択され遭難通報に優先権を与えることが決まった。
 1907年には、米国のLEE DE FORESTはハドソン川のフェリーボートに三極真空管による無線電話装置を設置し、1909年にREPUBLIC号とVOLTURNO号が米国東岸沖で衝突し、両船の発した遭難通報を海岸局が受信し、海岸局はこれを付近の船舶に中継した結果、BULTIC号が事故発生後30分足らずで現場に到着し、上記二隻の乗員1,700名全員を救助した記録がある。そして1912年4月14日にはかの有名なTITANIC号の遭難が起きた。TITANIC号は米国東岸NEW FOUNDLAND沖で氷山に衝突し約3時間で沈没し、遭難通報を受信したCARPATHIA号が救助に赴き約700名を救助したが、約1,500名は遭難した。もっと近い所にCALIFORNIAN号が居たが、その船の通信士は当直時間外であったので遭難通報は受信されなかったということも判明した。
 これらの事件を教訓として、1912年6月にロンドンで開催された第2回国際無線電信会議では、一定範囲の船舶に無線聴守を義務づけ、それまで使用していた無線電信による遭難呼出しの遭難信号「CQD」を「SOS」と改正し、無線電話による遭難信号を「MAYDAY」とした。1914年には、最初のSOLAS条約が採択されたが第一次世界大戦中のため発効には至らなかった。
 1923年TREVESSA号がインド洋で遭難し乗組員が2隻の救命艇に移乗し1隻は22日間、他の1隻は27日間漂流してMAURITIUS島に漂着し救命艇の有効性が実証されたので、1929年の第2次SOLAS条約会議では、無線電信オートアラームの採用、救命艇用無線機の設置義務化等が決められた。この第2次SOLAS条約は1935年に発効している。1948年には第3次SOLAS条約会議が開催され、適用範囲をすべての客船及び1,600総トン以上の貨物船とし、無線電信設備以外に無線電話設備及び無線方向探知機も導入された。
 1959年より1948年SOLAS条約の改正に着手し、1960年SOLAS条約が採択され、これでは機器要件、無休聴守、救命艇無線装置の機器要件及び設置要件の強化が図られた。1962年には通信衛星TELSTARが軌道に乗るなど、衛星技術を始めとして通信技術の画期的な発達を背景として、1972年のIMO第25回海上安全委員会(MSC)で海上遭難安全システムの改善について審議を開始することを決定し、1973年の第8回国際海事機関(International Maritime Organization: IMO)総会で海上遭難安全システムの開発に関する決議A.283(8)を採択した。
 次いで1974年には1974年SOLAS条約を採択し、これは1980年に発効し、1981年及び1983年に改正された。また1976年にはインマルサット条約が採択され、1979年に発効した。初期はMARISATシステムで運用されたが、1982年2月よりはインマルサットが引き継いで運用を開始している。
 1977年には世界航行警報業務がIMO総会で採択された。これは1979年のIMO総会で改正された。この業務は世界の海洋を16の区域に分け、夫々に航行安全情報に関する調整国を定めて区域内各国より提供される航行安全情報を系統だって放送するNAVAREAの設定と、その放送を受信して印刷するナブテックスシステムが樹立された。
 1978年のIMOの第19回無線通信小委員会(COM)よりGMDSSの審議が開始され、一方1979年4月ハンブルグの会議で海上における捜索及び救助に関する国際条約(SAR条約)が採択され、1985年6月22日に発効した。
 GMDSSは、1979年の第11回IMO総会で海上遭難安全システムの開発に関する決議A.420(11)を採択し、A.283(8)を廃止した。1988年ll月SOLAS条約改正会議でGMDSSの導入に伴い1974年SOLAS条約を改正し、1992年2月1日から導入を始め、1999年2月1日より完全実施することとした。
 これに伴い国内法の整備も着々と行われ、1989年6月21日には船舶設備規程が一部改正され、GMDSS機器の技術基準が定められた。1989年11月7日には電波法のGMDSS関連第1次改正が行われ、1990年9月18日にはGMDSSに関連して電波法施行規則その他の諸規則が改正され、1991年5月2日には電波法のGMDSS関連第2次改正が行われた。1991年5月15日には、船舶安全法のGMDSS導入のための一部改正が行われており、同年10月11日には、船舶設備規程等の一部が改正されて、GMDSS機器の搭載要件等が定められた。
 
1・3 GMDSSの必要性
 GMDSSの必要性をIMOでは次のように説明している。
 
1・3・1 従来のシステム
 従来までの海上遭難と安全システムは、遭難が発生した船の近くにいる船によって救助が実行されるという原則のもとに成り立っている。この原則によれば、遭難通報は船対船の通信装置が主で通達距離は100〜150海里程度でも、世界中を航行する船にとって適当であると考えられた。そして陸上局のうちの或る局は無線通信規則に従って遭難周波数の聴守を行っていた。このシステムは第一義的には船対船の通信を主体としていたものであったので、1974年SOLAS条約に従う船に対する従来までのシステムは、次の二つの大きな手動による通信操作のサブシステムから成り立っていた。
(1)すべての客船と、1600総トン以上の貨物船に対してはモールス電信システム
 このシステムの運用にはモールス能力が基本的なことであり、モールス通信の資格をもつ無線通信士が無線電信装置を搭載する全ての船舶に必要である。
(2)すべての客船と、300総トン以上の貨物船に対しては2182kHzと156.8MHzの無線電話装置
 しかし、この従来までのシステムには次のような限界と欠点があった。
(1)遠距離に届かないので、あらゆる状況において、他船や陸上局へ確実に遭難通報を通達することは不可能である。
(2)遭難通信は手動の通信操作で遭難通報を送信することに頼っているので、突然の遭難に対してはこの方法は有効な遭難通報として十分に確実な手段とはいえない。
(3)従来の救難システムでは船や陸上局における人間の聴覚による監視が基本となっているので、その聴守の効果は、遭難通報の信頼性という点で従来のシステムの限界を与えている。
(4)多くの船が遠距離通信の目的で短波無線装置を備えているが、この装置を搭載することについて、国際的な要求もないしHF周波数帯の聴守義務も要求されていない。それゆえに、HFによる通信も遭難と安全の目的には充分信頼性があるとは言い難い。
 
1・3・2 新しいシステムの計画
 海事通信衛星の導入は、国際電気通信連合(ITU)の無線通信部門によるデジタル選択呼出システム(Digital Selective Calling: DSC)や、船に対する航行警報・気象警報その他の緊急警報の放送を受信するための自動直接印刷システムの開発と相俟って、基本的には船から陸上局への通信が新しいシステムの基礎となった。これらの技術の利用を考えて、新しいシステム即ちGMDSSの詳細な計画が1979年より開始された。
 詳細な計画は、決定される時点で実際に利用できるであろう通信手段、運用方法、運用手順、そして陸上施設のうち最も適切なものを一体化して総合的なシステムを提供するように考えられた。
 この計画は、他の国際的機関と協力して行なわれてきたが、特にITU(国際電気通信連合)とは、その「1983年移動体業務に関する世界無線通信主管庁会議」でGMDSSの使用周波数割当を行う等密接な協力を保った。
 GMDSSの計画は満足できる機能上と運用上の要件を定義づけることから始められ、このシステムは次の基本的条件のもとで計画された。
(1)航行区域に対応して各船の適切な装置を定める。
(2)現在の中波(MF)帯無線電話装置も一応合理的なものと考えられる。
(3)衛星及び短波(HF)の利用は長距離の通信能力を与える。
(4)遭難と安全の通信の無休聴守は自動的な方法を利用する。
(5)海上安全情報は、気象や航行の警報を含めて、自動的な受信を利用する。
(6)無線電話、デジタル選択呼出(DSC)、狭帯域直接印刷方式を利用するようにして、モールス電信は新しいシステムでは使用しない。







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