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7・10 GPSコンパス
7・10・1 概要
 GPSコンパスは複数のGPSアンテナを用いてGPS衛星からの電波の搬送波(キャリア)の位相差を観測し、基準アンテナに対する各アンテナの方向(基線ベクトルと言う)を高精度で求めることにより、真北基準の船首方位を計測する装置である。
 
7・10・2 原理
 2つのGPSアンテナの相対的位置関係(ベクトル)をGPSの搬送波により求める。したがって、アンテナが3個の場合は1つのアンテナを基準として2個の独立したベクトル(基線ベクトル)が得られる。GPSアンテナが2個、3個及びそれ以上複数個の方式があるが、3個以上のものは2本以上の独立したベクトルが測定できるため、船体の姿勢(roll、pitch、yaw)も計測することができる。2個の方式はベクトルが1本であるため、装備方法により原理的にrollとpitchのどちらかが計測できない。計測精度は基線ベクトルの幾何学的配置(特にアンテナ間距離)に依存する。通常、基線長が50〜100cmで、約1°〜0.5°の精度が得られる。
 基線ベクトルを3次元で決定するためにはX、Y、Zの3個の未知数を求めなければならないが、そのためには3つのキャリア位相差に関する連立方程式を解くことになり、衛星は3個必要になる。キャリア位相差には一般に、同じ衛星の電波を異なるアンテナで受信し、差をとる1重位相差方式と、異なる衛星で1重位相差どうしの差をとる2重位相差方式がある。
 1重位相差をとることにより、衛星のクロック誤差や電波の伝播誤差が相殺されるが、受信機のクロック誤差やアンテナケーブル長の違いによる誤差は残る、この誤差は上記2重位相差をとることによって相殺することができる。したがって、一般的に2重位相差は、ある基準衛星の1重位相差に対する差をとるため、結果として観測値の数が衛星数に対して1個少なくなる。ゆえに2重位相差方式でこのベクトルを求めるためには、最低4個の衛星を捕捉追尾する必要がある。
 通常、基線長が50〜100cmに対しGPS電波の1波長は約19cmである。したがって観測される2重位相差は、小数点以下の成分と整数部分にわかれ、受信機では原理的に小数点以下しか観測できないため、電源起動時等に電波を受信し始めた時はこの整数部分を決定する必要がある。これを初期化といいこれに要する時間を初期化時間という。一般に基線長が長くなるほど、精度は向上するが整数バイアスの候補点の数が増大するため、初期化時間も長くなる。
 以上のような原理により船首方位を計測することが可能であるが、通常GPSはデータ更新周期が1秒程度のものが多く、GPS単独では高速旋回時又は船体の動揺等により追従遅れが発生する。また、橋の下を通過する時などアンテナが遮蔽される場合には、その間は方位計測は中断する。そこで、これらの問題を解決し、数十Hz以上の更新周期を実現するために、船舶用のGPSコンパスは角速度センサー(ターンレートジャイロ)や加速度センサー(振動ジャイロ)等の慣性センサーを内蔵しており、高速旋回時や船体が動揺している時でも安定した追従ができるように作られている。実際にGPSコンパスは高速旋回時又は船体の動揺等に対し、ジャイロコンパスや磁気コンパスに比して優れている。振動に関してはIEC 60945に合致し、100Hzまで動作が可能であり、温度も-15℃から+55℃までとなっているので船内の設置場所の制約がほとんどない。また、外的要因により電波が受信できなくなった時には慣性センサーが一定の時間バックアップして動作するようになっている。
 
7・10・3 特徴
(1)高精度。GPSキャリア位相差測定により高精度の船首方位測定が可能。
(2)停船時でも船首方位の測定可能。対地速力(SOG)はドップラーシフトで算出するので極めて高精度。単独のGPSでも走航していれば対地針路(COG)が計測できるが、対地針路(COG)は船速が遅いときは誤差が多くなるので注意が必要。GPSコンパスは停船時においても船首方位(HDT)の測定が可能である。
(3)起動時間が短い。ジャイロコンパスの静定時間に比べ原理的にGPSコンパスの初期化時間は短い。電源オン時の初期化に約3〜5分位要し、方位が求まれば使用可能になる。
(4)メンテナンスフリー。可動部分がないのでジャイロコンパスのような定期的なメンテナンスは不要である。
(5)地磁気の影響を受けない。
(6)慣性センサーを内蔵しているものは追従性が良い。(船舶用GPSコンパスはほとんどの製品が内蔵している。)高速旋回時や船体動揺時でも安定した追従が可能。(注:2アンテナ方式の場合で動揺検出に加速度センサーを使用している場合は加速度センサーの精度に影響される。)
(7)高緯度地方でも精度の低下はない。
(8)速度誤差及び緯度誤差補正は不要。ジャイロコンパスの様な速度誤差及び緯度誤差の補正は不要である。
 
7・10・4 性能要件
 GPSコンパスは船首方位伝達装置(THD)の中のGNSS方式THDの1つである。性能要件は7・7項船首方位伝達装置(THD)を参照のこと。
 
7・10・5 装備要領
(1)機器構成
 GPSコンパスはGPS信号を受信する複数のアンテナ部、受信した信号を処理し慣性センサー(振動ジャイロ式レートセンサー)と組み合わせて船首方位を計算する演算部、データを表示する表示部、データ出力をするインタフェース部が考えられる。GPSコンパスはGPS受信機の機能も持っているが、ディファレンシャルGPS機能付きの場合は、DGPSビーコン受信部がGPS受信機本体に内蔵されているものと、外付きのDGPSビーコン受信機をGPS受信機本体に外部接続するものがある。DGPSビーコンアンテナもGPSアンテナと一体型のものと別に単独で装備するものがある。
 図7・15にGPSコンパスの機器構成の一例を示す。
 
図7・15 GPSコンパス機器構成の一例
 
(2)装備上の注意
 装備に関しては、アンテナ位置からGPS衛星を観測できるように、見通しの良い場所でシャドウセクタ等がないこと、さらにマルチパスの影響を避けるため、なるべく高い場所で船体構造物から離すこと。
 アンテナ取付けについては方位測定精度に影響するのでメーカーの要領書に従って装備すること。GPSアンテナ部から処理部までのケーブルはメーカーにより1.5GHzのGPS信号を伝送している場合があるのでメーカー指定のケーブル及び長さの制限を守ること。
 演算部に慣性センサーが含まれている場合は、エンジン等からの振動の少ない場所に取り付ける。さらに、取り付け方向も指定されている場合があるのでメーカーの装備要領書に従うこと。
 電源は500トン未満では旅客船が非常電源を要求されているので、旅客船の場合はTHDにも非常電源から供給できるようにすること。
 演算部からは、IEC 61162センテンスHDTで船首方位情報を各装置に出力している。ただし、コネクタ、ケーブルはIEC 61162国際規格では規定されていない。すべてメーカーの規格に従うことになっている。日本の船用電線を使用した場合は直接コネクタに接続できない場合がある。その時は別途接続端子箱が必要になる。
 接続ケーブルのシールドは電磁干渉防止のため、情報受信機側で原則として接地しないことになっている。接地はTHD装置側で1点接地すること。
 なお、GPSコンパスはGPS受信機を内蔵しているので、位置情報、時間情報(UTC)も出力可能である。
 図7・16にGPSコンパス空中線装備の一例を示す。
 
図7・16 GPSコンパス空中線装備例


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