主催者代表あいさつ
感性・脳科学教育研究会
会長 高橋 史朗
皆さん、こんにちは。お忙しいところお集まりいただきまして、ありがとうございます。この会は1月にスタートを致しました。きっかけは、ゼンセン同盟の方が教育界に新しい動きを作りたいということで、私は、新しい動きを作るためには一番大事なのは新しい職能団体(研究・研修団体)を作ることではないだろうかというふうに申し上げました。
何を教えるかという観点に立ちますと、どうしてもイデオロギーが対立します。戦後60年間そういう不毛な政治的対立を繰り返してきたわけですが、何が子供の心を育むのか、何が子供の脳を育むのかという「育」の視点。これは教育の不易の視点でございますから、脳の発達段階に応じて子供にどうかかわるかということの共通理解を広げていこうではないかと。そういうことでこの会が発足を致しました。6月に、第1回のフォーラム、その記録が受付にございますけれども、森昭雄先生をお招き致しました。
なぜ、今、感性脳科学教育研究会なのかということを少し申し上げたいと思います。資料をお配りしておりますが、まず一つは、近年の子供の変化という問題でございます。ここで取り上げておりますのは、一つは、「生体リズムの障害」ということでございます。
ある高校3年生が授業中に1カ月の重傷を負わすという事件がございまして、私はその高校生の1年分の日記を、ホームページ上に公開されたものを読ませていただきました。涙なくして読めなかったです。そこに少し抜粋をしてございますが、2段目の所でございます。9月の時点では、「充実というか、幸せすぎて怖い」と記していました。10月の時点では、「今生きていることがとても楽しくと思える」と。11月には、「日本を変えるためのサイトを立ち上げたい」と、非常に意欲に満ちた日記を残していました。
ところが、事件を起こす2カ月前の4月の時点には、「精神が崩壊しかけているのが実感できる。とても苦しい」と記していました。5月には、「幸せが感じられない。どうすれば幸せを感じられるのか」と。今日は「セロトニン欠乏脳」についてのお話でございますが、セロトニンというのは幸福の物質と言われております。6月には、「死にたい、殺したい、殺してもらいたいという言葉が頭を何度も無機質によぎる」という日記を残しているわけです。
そして、私が一番注目しましたのは、この高校生が、なぜ自らの心が崩壊していくのかという原因についてこのように記していたのです。次の段落ですが、「最近の夜更かしや不安定な生活リズムが精神に悪影響を及ぼしている。不眠症も考えられるが、生活リズムの崩れが一番の原因だろう」と。そこに「生活リズム」という言葉が出て参ります。この国には、今、ニートと呼ばれる若者が、八十何万、社会的引きこもり、不登校。根本にあるのは、その生体リズムの乱れではないかというふうに思っております。
もう一つその問題に関連して、睡眠の問題をそこに書いてございます。「幼児健康度調査報告」によりますと、夜10時以降に寝る1歳児の割合は、1980年の時点では26パーセント、90年には35パーセント、2000年には54パーセントと急増しております。乳児期に1日に3回以上目が覚めてしまう重度の睡眠障害の場合には、5年後に四分の一がADHD、注意・欠陥多動性障害と診断されたという報告がございました。脳の中に生体時計というものがございまして、睡眠の夜型化、睡眠障害によって、子供の脳に異変が生じているのではないかということでございます。
それから、子供の変化で見落としてならないのは、もう一つは食生活の乱れであります。そこに書いてございますように、日本学術会議、これは6月23日に発表された「子どものこころ特別委員会」という報告書が出たんですけれども、その中で、朝食欠食が小学校で16パーセント、中学校で20パーセントだと。そして、そのことが、体がだるいとか、いらいらするといったことと明確に関係があるということが書いてあります。
あるいは、岩村暢子という方が、そこに書いてございますように、「変わる家族変わる食卓」という本と、「<現代家族>の誕生」という本を出しているのです。これは、毎日新聞で大きく取り上げられましたけれども、1960年以降のお母さん、これは新人類と言われる。新人類が母親となって食卓が変わったと。その母親にアンケートを採りながら、そのアンケート調査に基づいて書いたのがこの2冊の本でございます。
どういうふうに変わったかといいますと、下から2行目です。コンビニ弁当を並べた家族の夕食光景の写真を提示したところ、最も多かったのは「容器から取り出して器に盛り替えたらいいと思う」と。これが多かったのです。それから、「コンビニ弁当では栄養バランスや健康にどうか」と言った母親は1人しかいなかった。つまり、コンビニ弁当とかインスタント食品が問題だというふうに感じたのは1人しかいなかった。それから、親子の昼食メニューとしてカップ麺を食べていることを問題とした親も1割に満たなかった。こういう実態でございます。つまり、母親が変わってしまった。
それから、5行目でございますが、鈴木雅子という方が、「その食事ではキレる子になる」という本を書いています。これは河出書房新社から出ています。「キレる」ということと食生活の関係を4点書いてございます。第1は、野菜や根菜の摂取量が少ない。2番目に、インスタント食品の摂取量が多い。3番目に、朝食を食べない。4番目に、砂糖の摂取量が多い。このようなことが指摘されています。つまり、睡眠の問題、生体リズムの問題、食生活の問題、そういうことに対して親が無頓着になっているという問題、そういうことが子供の変化に関係している。そういう共通理解を得る必要があるのではないかと思っております。
それから、もう一つ、今日はこのあと、文部科学省児童生徒課の課長補佐から、情動の科学的解明と教育にどう導入するかという検討会の報告書についてお話をしていただきますけれども、その報告書の中で私が特に注目をしたのは、3歳児神話と臨界期に関する指摘でございます。詳しくはそこをまた読んでいただければいいのですけれども、3歳児神話につきましては、そこに引用してございます。1998年の厚生白書は「合理的な根拠は認められない」と否定している。ただし、「3歳までの間が脳神経系や情緒、生活習慣の発達上重要な時期であるのは科学的事実であって、この時期にだれがどう世話をするかは重要な問題である」と、こう明記しました。
そしてそのあとでございますが、2行ほど飛ばしまして、「最近では脳科学での研究から、脳の可塑性、あるいはそれにつながる臨界期の存在などからも支持されているところである」と。臨界期というのは、そこに書いてございますように、その1行あとでしょうか、「ある脳機能が習得できるのは幼いころの一定期間内だけである」、そういう定義でございます。脳の可塑性に基づく機能獲得には臨界期があると明確に述べた。なぜ脳科学が今、大事かといえば、臨界期というものが脳にはあると。とすれば、その臨界期に子供に対してどうかかわるべきかということは、一番大事なポイントであろうと思うわけでございます。
ただ、脳には生涯発達として忘れてはいけないということも、文部省の検討会の報告書には書いてございました。これはこちらの下のほうにちょっと書いてございます。上から7行目でしょうか、「大人の脳にも可塑性があることが指摘されているが、特に空間記憶やエピソード記憶に関与する部分は可塑性が高くて、子供のころに感受性期、臨界期が終わってしまうということはない」と。そういう意味では、脳は生涯、発達するというという視点を忘れてはいけないということであります。
下の傍線部分でございます。「前頭連合野の感受性期、臨界期は、脳科学の知見から推論すると8歳ぐらいがピークで20歳ぐらいまで続くと思われ、その時期に社会関係をきちんと教育・学習することが大切である」。今、社会力の低下という問題と対人関係能力の低下ということが指摘されています。社会力というのは人間が人間とつながって社会を構成していく力ですけれども、そういうものが大事なのが、この8歳ぐらいがピークで、20歳ぐらいまでにそういう社会関係をきちっと学習することが大事だと指摘をしているわけです。
以上、「なぜ、今、脳科学教育なのか」ということについてお話を申し上げたわけでございます。日本学術会議と文部科学省の検討会の報告書が相次いで大事な問題を指摘しました。文部科学省の検討会の資料はお手元に印刷してございます。膨大なものでございます。あとで、この会の実質責任を取られた方から説明をしていただきます。
この文部科学省の検討会の報告書が今後の課題として一番大事だと指摘している点は、21ページ辺りからちょっと見ていだきますと、「脳科学に関連して、今後の課題解決に必要な方策」というのがございます。21ページの(2)でございますが、「研究と教育との連携」と書いてあります。
この感性・脳科学教育研究会は、1月にスタート致しまして定例会議をやっております。今後は、この脳科学に関する研究者、そして今日も、桑原先生をはじめとして、あとでまた飯能市の白鳥幼稚園の園長先生もお見えになっていただいているんですけれども、北海道大学大学院でこの脳科学についていち早く問題提起されている澤口俊之先生のご指導をいただきながら、平成15年から幼児教育の中にこれを実践しておられる。そういう実践者もいらっしゃいます。ぜひこの感性・脳科学教育研究会が、感性・脳科学についての研究者と教育者が一緒に連携をして、そして教育現場にこれをどういうふうに活用していくのかという、その受け皿になることを私は期待をしております。
なお、先程控室で有田先生とお話をしておりましたら、先生の東邦大学で子守歌を歌っているときの脳波を測定することを始めておられるとお聞きしました。ソプラノ歌手の脳波を測定されているようです。
私は以前、青年会議所のメンバーに、子守歌の逆の発想で「親守歌」というのを広げようと提案しました。松山青年会議所の方がそれを本気で受け止めてくれまして、昨年、第1回の親守歌コンテストというのをやりました。千人近く集まったのです。今年は第2回親守歌コンテストをやりました。そして、小学生と中学生は全員、うたはうたでも「詩」。詩で「うたってできる親孝行」ということで、親に対する思いを書いてくれた全作品を印刷物にしたのです。
今日、受付に置いていただいている「日本の歌」というイベントが11月23日にシンポジウムをやります。実は、私がこの親守歌をもっと大々的にできないかという提言をしましたら、じゃ、日本の歌にしようということで、そういう延長線上にこの企画が出てきておりますので、また見ていただければと思っております。
それから、この資料の右下のほうに小さく印刷をしてございますが、これは産經新聞に定期的に書いております「解答乱麻」でございます。「再生目指す15の提言」というタイトルになっております。こういう提言を私が主査でまとめさせていただきました。これはPHP教育政策研究会と言いまして、PHP研究所の政策研究グループでございますが、これが4回目の提言であります。
1回目は、私は34歳の時に政府の臨時教育審議会の専門委員になりましたけども、その前に松下さん自身が座長になられて、「世界を考える京都座会」という提言をまとめたのです。これが教育の自由化論として臨教審に大きな影響を与えたものです。これが第1回提言。第2回は、高等教育に関する提言。第3回は、教育基本法に関する提言。第4回目が、学校・教師・親・教育委員会を元気にする提言ということでまとめたものでございます。もし希望者がいらっしゃったらご連絡いただければ、お送りさせていただきます
この会をスタートするにあたって、いろんな方にインタビューを致しました。そして、わかったことは、目まぐるしく教育改革が行われて現場が疲弊しているということです。土壌を肥沃にしないとどんなに種をまいても素晴らしい実が咲かない。じゃ、どうすれば親や学校や教師がもっと元気になるか、地域がもっと元気になるか。そういう現場からの教育改革を提言しようということでまとめたのがこの提言でございます。
この提言の中の一つの特徴は、教師による新たな職能団体を発足、育成するということを提言しているわけでございます。これがこの会の発足とも関係がございます。先程申し上げたように、育の視点というものに立って、これまでのイデオロギー対立を超えていく。何が子供の心を育むのか。そういう発想に立って、教師による新たな職能団体を発足、育成するということが提言の11に明記してございます。
更に12、13では、「親学」ということを提唱しております。これからは学校を「親学の拠点」にしようと。親学というのは、オックスフォード大学のトーマスという学長が世界の五大学学長会議で、「いろんな学問があるけれども、一番足りないのは親としての学び、親学ではないか」と。これまで教師に求められたのは子供に対する指導力だけだったのですが、これからは親に対する指導力も求められる。
ところが、親は自分の考えを持っておりまして、先生からいろいろ言われても、「いや、わが家はわが家の方針でやりますよ」というふうに聞く耳を持ちません。親に対する、これは説得というよりも納得ですね、育てるという観点はいかに納得の輪を広げていくかということでございますので、納得していただくためには、脳の発達段階はどういうふうになっているのか、そういうことをきちっと共通理解をしていただいて、脳の発達段階に応じて家庭ではこういうふうにかかわってほしいということをきちっと語れる、そういう先生になってもらいたい。そんな意味で、これからは教育研修にもこの親学プログラムを導入しようと。
そして、これはこれからの話でございますが、このPHPの提言を基に、新たにPHP親学研究会(私が主査)が発足し、今後、親学のテキストと「親学アドバイザー養成講座」の指導マニュアルと研修をきちっと確立したい。全国各地で親学セミナー、「親学アドバイザー養成講座」を開催し、その研修を受けた方は全国で親学のアドバイザーになれますよというかたちで、今後進めていこうというふうにも考えております。
なぜこれが脳科学と関係があるかといえば、脳科学に基づいて親がどうかかわるべきかということをきちっと確立しようということでございます。今、玉川学園も、来年から脳科学に基づいて「4-4-4システム」に改めます。玉川は文部科学省のCOEという重点支援の予算を得て、億の単位で脳科学と教育の研究が始まっているわけでございます。ここでも、実践家が研究者と一緒に議論していくということが大事だということで、私、今月、玉川の先生方にその脳科学を教育にどう活かすかというお話をさせていただく予定でございます。ぜひこの感性・脳科学教育研究会が、21世紀の教育の新しい地平を切り開いていく、そういう役割を担って進んで参りたいと思っております。
今日一日、これから大変内容の濃いお話が続くと思いますが、どうぞよろしくお願い致します。ありがとうございました。(拍手)
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