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マラッカ・シンガポール海峡における協力体制の確立と実施
Robert Beckman
シンガポール国立大学法学部教授
 
概要
 本論文の目的は、マラッカ−シンガポール海峡における海上安全・保安の向上および海洋環境の保護・保全のために、どのようにして新しい協力体制を確立し実施していくかの考察を行うことである。
 基本原則は、あらゆる協力体制の基盤となる枠組みを構築することである。1つめは、沿岸国の主権尊重を保証すること。2つめは、1982年国連海洋法条約に適合させること。3つめは、既存の協力体制を実現させること。4つめは、関連する共通の問題に焦点をあて、関係する全ての利害関係者と関わっていくことである。
 
 前半部分では、国際協力を高めて取り組む課題として主に船舶起因による海峡汚染について述べる。協力体制は、船舶による汚染防止のMARPOL73/78、油流出時の緊急対応計画のOPRC1990、油汚染被害の責任・補償のCLC92およびFund92の船舶起因汚染に関する主要な3つのIMO条約を効果的に実施する必要がある。また、利用国と他の利害関係者間の協力でその他の船舶起因汚染の対策が実施できる。
 
 後半部分では、協力体制が取り組む課題として主に海上の安全・保安について述べる。さまざまな利害関係者と協力して、海賊行為、海上テロ、海の安全の脅威と戦うための対策が実施できる。沿岸国は、海賊行為と海上テロ対策だけではなく、海の安全にも力をいれて対策を進めていくべきである。
 
 利用国は、海峡における安全・保安の向上および海洋環境保護のために、沿岸国と協同で義務を負担して対策に取り組むべきである。最後に、沿岸国が取り入れた対策は国家・地域の両レベルでこれらの問題に取り組む地域アプローチと統合して確実に実施されるべきである。
 
マラッカ・シンガポール海峡における協力体制の確立と実現
Robert Beckman
シンガポール国立大学法学部教授
 
はじめに
 本論文では、海洋安全保障の強化とマラッカ−シンガポール海峡(以下 海峡)における海洋環境保護のための、新たな協力体制の確立と実現に関する選定された問題を考察する。まず、協力体制の基礎を形成すべき基本原則と根拠について述べる。次に、国際協力の強化が優先課題として取り組まれる必要のある2項目に関して論説する。一つは、船舶起因の環境汚染である。船舶起因の環境汚染を規定する国際海事機関(IMO)の主条約を、より効果的に実施するための協力協定を提案する。主条約とは、船舶起因による汚染防止のためのMARPOL 73/781、油流出時の緊急対応計画のための1990 OPRC2、油汚染被害の法的責任と補償案のためのCLC 923とFund 924である。利用国と他の利害関係者が講じることができる船舶起因の汚染に関わる協力体制も提議する。もう一つは、海上安全保障についてである。海賊行為や海洋テロとの闘いに加え、沿岸国が大きな関心を寄せる海上の安全に対する他の脅威に対抗するため、多くの利害関係者が加わる協力体制を提案する。最後に、沿岸国が国家及び地域の両レベルにおいて、こうした問題に対し統合された分野横断的なアプローチを採用することを確実にするため、利用国が講じることが可能な措置を提示する。
 
基本原則と根拠
 海峡における海上安全保障と、海洋環境の保護・保全を保証するための協力体制は、一定の基本原則と根拠を踏まえるものとする。
 
1 1973年の船舶による汚染の防止のための国際条約に関する1978年の議定書(MARPOL 73/78 マルポール73/78条約) 2004年9月31日現在、130カ国が油と化学薬品による汚染の防止のための規則に関する附属書I、IIを含むMARPOL 73/78に署名、115カ国が容器に収納した有害物質に関する附属書IIIに署名、100カ国が汚水による汚染に関する附属書IVに署名、105カ国が廃物による汚染に関する附属書Vに署名、17カ国が大気汚染防止に関する附属書VIに署名。沿岸三国は主条約および附属書I、IIに署名。マレーシアとシンガポールは附属書Vにも署名。シンガポールは附属書III、VIにも署名
2 1990年の油による汚染に関わる準備、対応及び協力に関する国際条約(OPRC条約) 2004年9月31日現在、マレーシア、シンガポールを含む81カ国が加盟
3 1992年の油による汚染損害についての民事責任に関する国際条約 2004年9月31日現在、インドネシア、マレーシア、シンガポールを含む101カ国が加盟
4 1992年の油による汚染損害の補償のための国際基金の設立に関する国際条約 2004年9月31日現在、マレーシア、シンガポールを含む90カ国が加盟
 
沿岸国の主権尊重
 
 マラッカ海峡の南側半分とシンガポール海峡の全域は、海峡周辺国の領海である。この海域の主権と管轄権が沿岸国に帰属していることは、1982年の国連海洋法条約5(以下 1982 UNCLOS)に記されている。沿岸三国の中でもとりわけ、インドネシアとマレーシアは、海域における自国の主権を慎重に堅守している。海峡の国際化につながる国際的な法体制の整備を試みるような国際協力協定は認められるべきでなく、沿岸国の主権も損なわれてはならない。仮に沿岸国がそのような協定を承認したとしても、協力協定には沿岸国との連携が不可欠であることから、そのような協定は失策に終わると考えることができる。
 
1982 UNCLOSと適合性のある協定を保証
 
 1982 UNCLOS第3部に規定されるとおり、海峡は国際航行に利用される。1982 UNCLOSは、沿岸国と利用国双方の利益が慎重に協議された妥協案であり、利用国が主要な国際航路として海峡を航行する場合における、支障のない利益を承認している。また、海峡で航行権を行使している船舶を規制する沿岸国の権利に制限を与え、国際海事機関(IMO)に対しては、船舶の航行権に関する管理規則を採択する主責任を付与している。国際航海のための海峡において、航行権行使を目的としない船舶の活動について、そのような活動が沿岸国の領海内で生じた場合、沿岸国に主権と管轄権を委ねることも承認している。これには、違法な麻薬取引、油の廃棄、船舶に対する武装強盗、海洋テロなどの活動を目的とした、外国船籍の船舶に対する管轄権行使も含まれる。
 
 アメリカ合衆国などの主要な利用国は、1982 UNCLOSで定められた通航体制に制限を与えたり禁止するような協力協定には積極的な反対を唱えるだろう。したがって、提案される協力協定は、1982 UNCLOS第3部で規定される通過通航体制と適合性を持たせなければならない。
 
既存の協力協定に基づく確立
 
 沿岸三国(インドネシア、マレーシア、シンガポール)は、1970年代後半より、海峡での航行の安全を向上させるため協調を進めている。船舶通航システムや、分離通航方式、強制船位通報制度など、安全な航海に関する様々な手段を提案するため、共同でIMOへの働きかけも行った。船舶への襲撃に対抗するため、海峡での組織的な巡視も定期的に実施している。
 
 2004年7月、インドネシア、マレーシア、シンガポールの各国軍は、マラッカ海峡での三国による合同パトロール(Trilateral Co-ordinated Patrols Malacca Straits)と称する新たな領域海上安全保障作戦(コードネーム:Operation MALSINDO)6を開始した。各国海軍は作戦の一環として通年、5から7隻の巡視艇をマラッカ海峡に派遣することを約束した。作戦調整を向上させるため、特に、一国の巡視艇が海賊船を追跡中に役立つよう、コミュニケーション・ホットラインも設置した。協定の詳述は一般には開示されていないが、いずれかの沿岸国の軍艦1隻が海賊船を追跡中の場合、まず別の沿岸国に通報が行われれば、その該当国領海への進入が承認されると伝えられている。初期段階では、襲撃数の減少に功を奏していることが効果として現れている。沿岸三国の協力強化が、主な利用国や、タイなど域内の国からの協力に拡大することが望ましい。
 
5 1992年の国連海洋法条約 2004年7月16日現在、インドネシア、マレーシア、シンガポールを含む145カ国が加盟
6 Operation MALSINDOの詳細は、http://yaleglobal.yale.edu/display.article?id=4271にて閲覧可能
 
 船舶起因による汚染や海上安全保障に対応する協力協定は、分野横断的に省庁間レベルでの連携が必要であり、現行の協定下で示されているよりも大きな連携を要する。インドネシアのHasjim Djalal教授は、沿岸三国は協力強化のための基本として、三国の大臣で構成される閣僚会議7の利用を提案している。同教授によれば、沿岸三国は1970年代、この目的のための閣僚会議の設置に同意したが、実際に会議が開催されたのは一度だけである。同教授は、政策決定のため、そして、複数の部門や閣僚を越えた新協力協定の検討には閣僚会議が必要であるとし、協力強化を訴えるためにも、閣僚会議の“復活”を論じている。
 
 沿岸三国の閣僚によるトップレベル協議は有益で、現実的な第一歩であろう。三国は閣僚レベルよりもむしろ、副首相級の会談を検討する可能性もある。このことは、当事国が、各政府内の全関係省庁を巻き込みながら、協力協定へ向けた分野横断的アプローチの採用を望むという明確なシグナルを送ることを意味する。こうした沿岸三国のトップレベル協議は重要な象徴的意義を持ち、沿岸三国間にある現行の協力協定を基礎とし、いかなる協力協定も三国の承認が不可欠であるという明確なシグナルを送る機会となる。
 
すべての利害関係者を含めた協力体制
 
 航行の安全保障、海洋環境の保護・保全を改善するための協力協定は、すべての利害関係者が発展と実現のために関わらずして成功はない。利害関係者とは当然、貿易と安全保障の目的で海峡を利用する主要な利用国が含まれる。航行の安全保障ならびに船舶起因による汚染に関わる利用国と沿岸国との間の協力協定は、双方の負担共有を規定する1982 UNCLOS第43条の範囲の中に収めることも可能である。8
 
 1982 UNCLOSの下では、国際航海のため海峡での通航権を行使する船舶に対する制限や必要条件は、沿岸国の提案を受けIMOが採択すると規定している。したがって、海峡を通航する船舶への制限を課す協力協定を発展させるには、IMOの関わりが不可欠である。
 
 その他の利害関係者とは、特定のプロジェクトに対し資金援助が可能な国際組織を含む。加えて、民間部門や、民間と市民社会の利権を代表する団体も利害関係者となるべきである。つまり、タンカー所有者、船舶組織、石油会社、環境団体などの代表組織を含むことである。
 
 協力協定のアイディアを考案するには、Track IIミーティング(track-two meeting)あるいはワークショップが有益となるかもしれない。これにより政府代表者が個人の資格として参加可能となり、他の利害関係者、学術界やシンクタンクの代表者らと、自由にアイディアを交換することが可能になる。
 
7 Djalal教授は、1996年シンガポールで開催されたIPS/IMO会議にて初めて、航行の安全とマラッカ−シンガポール海峡における汚染の規制に関して‐国際協力の手順−と題する提起を行った。同会議での発表論文は、シンガポールのJournal of International & Comparative Law(SJICL)(1998)No.2より刊行。同教授は複数の会議にてこの提案を繰り返し提唱。
8 第43条は次の事項を規定している。「海峡利用国及び海峡沿岸国は、合意により、次の事項について協力する。
(a)航行及び安全のために必要な援助施設又は国際航行に資する他の改善指定の海峡における設定及び維持
(b)船舶からの汚染の防止、軽減及び規制」
 
国際協調を必要とする共通の問題に焦点を置く
 
 協力強化のための段階はすべて、付加的でなければならない。航行の安全から汚染、漁業、統合沿岸管理など、海峡のすべての問題に対応するための管理基本構想を一本化することは賢明ではない。そのような提議は、ほぼ確実に失敗につながる。より現実的なアプローチは、沿岸国や利用国、その他の利害関係者にとって大きな懸念である特定の課題や問題に対処するための、協力協定を作成することである。
 
 すべての利害関係者が、大きな関心を寄せる分野は二つある。第一に、海上の安全保障、第二に、船舶起因による海洋汚染である。これらの問題は、1982 UNCLOS第43条にも明示されていることから、この二分野に焦点を当て、協力協定の議論を始めることが賢明であろう。
 
船舶起因の汚染に関する協調
 沿岸三国が、海峡における船舶が原因となる汚染の抑止、軽減、規制のため、相互協力の強化を図るための機会はある。三国はまず、MARPOL 73/78を強化し効果的に実施するため協調しなければならない。その際には、船舶組織や主要な利用国、国際的な資金援助機関との連携が必要である。また、MARPOL 73/78が規定する国際ルールや基準を、より効果的に実施することの可否を判断する専門家グループの設置が必要であろう。この研究には、受容施設や、文書、証明書の発布および検討、寄港国審査とポートステートコントロールに関する手続き、船舶起因の汚染に関する一致した法制定などが包括される必要がある。
 
 沿岸三国は、違法で意図的な油の廃棄や、海峡を航行中の船舶からの油性廃棄物に対処するための行動計画の作成および採択を検討しなければならない。行動計画には、沿岸三国の協調強化および、1982 UNCLOS第218条に包容されたポートステートコントロール権の行使を包括可能である。第218条は、マレーシアまたはインドネシアが、両国いずれかの海域において、違法に油や油性廃棄物を廃棄していることが疑われる船舶を審査するため、ポートステートコントロール権の行使をシンガポールに要求することができると規定している。三国は行動計画を発展させるにあたり、違法で意図的な廃棄に対抗する協定を調整した経験を持つ、北海など別の地域からの専門家による支援を求めるべきである。利用国は、技術的な専門知識や設備の提供などにより、行動計画への協力が可能である。
 
 協調強化を図る必要がある分野には、海峡における油の流出をもたらす船舶事故に対する緊急時対応を規定したOPRC 1990の実現も挙げられる。緊急時対応は、現行の仕組みと協定を基に作成可能である。海峡での油や化学薬品の流出事故の際、最善の対応を講じるための行動計画の作成も可能である。行動計画には、利用国の他、石油会社や化学薬品会社、IMOなど他の利害関係者も含む必要がある。
 
 最後に、沿岸三国は、CLC 1992とFund 1992に基づいて自国の法律や油汚染への補償計画に関する手続きを一致させることで、相互協力の強化を図ることができる。法律と手続きの調和は、万一大規模な流出事故が発生し、沿岸三国のうち1カ国以上の領海に損害を与えた場合、三国すべてに便益をもたらすものとなる。
 
海上の安全保障に関する協調
 新たな協力協定は、海峡における航行の安全と海上の安全保障を高めるために検討されるべきである。航行の安全に関しては、いかなる新しい協力協定も現行の協定に基づいて作成されるべきで、それには何よりもまず、沿岸三国の協調が必要となる。三国は30年以上、航行の安全を改善するため協調してきた。新たな努力も、現行の協定に基づくことが望ましい。日本もまた一利用国として、マラッカ海峡での航行の安全を高めるため、これまで極めて重要な貢献をしてきた。日本の貢献モデルは、他の利用国が支援を提供するための先例となるだろう。
 
 主な利用国は、マラッカ−シンガポール海峡での安全保障に多大な関心を寄せている。それは第一に海峡が、国際貿易や海峡を通過して日本向けの原油を運ぶ80%の船舶にとって、きわめて重要なルートの一部だからである。第二に、近年、海峡を通過する船舶に対する襲撃増加により、海峡が世界の国際輸送領域の中で最も危険な海域となっていることがある。第三に、2001年9月11日に発生したニューヨーク世界貿易センタービルへのテロ攻撃を契機に、海峡における海洋テロへの懸念が増大していることが挙げられる。
 
 海峡における国際航海の支援体制の改善に関して、利用国は、沿岸国とりわけインドネシアに対し、レーダー装置や船舶自動識別装置、海峡で通航権を行使する船舶の情報収集用装置などの支援が可能である。利用国は、警備艇や偵察機、装置設備などへの資金援助や、それらを操作する人材の育成を提供することも可能である。
 
 海賊行為や海洋テロに対応する段階的な策を講じることは可能である。最重要視すべきは協力強化であり、特に、沿岸三国による組織的な巡視の増加や、法的機関の協調拡大、法律や手続きなどの調和が挙げられる。この点に関しては2004年、域内レベルにおいて2つの前向きな動きがみられた。第一は前述したように、2004年7月に沿岸三国によって合同パトロールの強化が実現したことである。第二は、2004年11月11日に東京で開催された会議9によって、アジアにおける船舶に対する海賊行為や武装強盗に対抗するための地域協力協定(Regional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery against Ships in Asia)が採択されたことである。この2004地域協定は、船舶への海賊行為や武装強盗に対し、より緊密なコミュニケーションと情報交換を促進するため、シンガポールに情報共有センターの設置を規定している。このイニシアティブを初めて議題に載せたのは、日本の小泉純一郎首相である。これは、域内における海賊対策の新たなステップになるだろう。東京会議に参加した16カ国は次の通りである。バングラデッシュ、ブルネイ、カンボジア、インド、インドネシア、日本、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、中国、スリランカ、シンガポール、韓国、タイ、ベトナム。
 
9 2004年11月12日発行のシンガポール外務省のプレスリリースは、http://app.mfa.gov.sg/internet/press/view_press.asp?post_id=1134にて閲覧可能
 
 沿岸三国が講じることが可能な新たなステップは、1988年のSUA条約10を批准し、条約実現のためそれぞれの国内法を一致させることである。SUA条約は、海上航行の安全を脅かす行動に対処する主要な“テロリスト条約”と表現できる。SUA条約加盟国は、自国領域内で犯罪が疑われる活動が生じた場合、あるいは犯罪者と疑われる者が“自国領域内に存在する”場合、それがどこで発生したものであっても、自国の法律に基づいて犯罪に対する特定の行動を起こす義務がある。加盟国は、犯罪者と思われる人物が自国領域に侵入した場合、その人物を拘束し、管轄権のある別の加盟国に送還するか、あるいは、事件を自国の当局に委ね法廷で起訴する義務を有する。もしすべての沿岸国が1988年のSUA条約を批准した場合、これは、マラッカ−シンガポール海峡での船舶に対する襲撃に対応するために活用できる一つのツールになるだろう。
 
 1988年のSUA条約の新議定書は、IMOの法律委員会によって草案作成が行われている。改正される議定書の草案に提案される修正箇所には、SUA条約第3条に包括される犯罪範囲の大幅な拡大、また、第8条に包括されるテロ行為への関係が疑われる客船に関する規定の導入が含まれる。2005年10月には、新議定書を含む修正案採択のための外交会議が開催される11。新議定書の目的は、2001年9月11日に世界貿易センタービルへのテロ攻撃が実行されて以後存在するテロの脅威を踏まえ、1988年のSUA条約を最新の状態にすることにある。域内各国、特に沿岸三国は、議定書草案が最終合意を得て採択される場合に備え、これを批准、実現するための検討に着手すべきである。
 
 利用国もまた、海上の安全保障を強化するための負担共有において、これまで以上の責を負わなければならない。海峡通航における安全保障の主たる受益者は利用国であることから、安全保障強化のための負担を分担することは当然、公平で平等である。利用国はインドネシアのように費用負担が困難な国に対し、訓練実施のための資金援助、警備艇や他の設備を提供することで貢献可能である。また、諜報情報を共有するという形での協力も可能である。利用国や資金援助組織は、沿岸国がISPSコード12の必要条件を満たせるよう、沿岸国の港湾の安全を高める支援もできる。具体的には、港や沿岸海域などでの安全強化に必要な船舶や訓練の提供が挙げられる。最後に、利用国や資金援助組織は沿岸国に対し、海峡での通航権を行使する船舶を襲撃する人物を取り締まるため、各沿岸国の法律や手続きを一致させるための法的支援と専門知識の供与も可能である。
 
 海峡での海上安全保障を高める別の現実的な方法として、海上安全保障の広義を受容することが挙げられる。主たる利用国にとって最大の関心事である海上における安全保障問題とは、“海賊”13や海洋テロの脅威と闘う点に集約される。一方、このような懸念は、沿岸国、特にインドネシアにとっては大きな関心事ではない。インドネシアの他マレーシアにとってもある程度、海上安全保障における最も憂慮すべき懸念は、違法漁業や、武器の闇取引、麻薬密売、違法移民などの諸問題にある。また、アチェ州やタイ南部地域に存在する武装勢力に対する武器密輸問題の懸念も拡大している。
 
10 1988年の海洋航行の安全に対する不法な行為の防止に関する条約 2004年9月31日現在、シンガポールを含む113カ国が条約に加盟
11 2004年10月の第89回セッションにおける法律委員会による議定書検討の要旨は、http://www.imo.org/Newsroom/mainframe.asp?topic_id=280&doc_id=3662にて閲覧可能
12 船舶と港湾施設の国際保安コード(ISPS Code) 本コードは1974年の海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS 1974)の海上安全保障における新たな章として2002年12月、IMOにより採択された。
13 本論文では一般的な意味合いで“海賊”という表現を使用した。マラッカ−シンガポール海峡で発生する船舶に対する襲撃の大半は、理論的には“海賊”というよりもむしろ“船舶に対する武装強盗”である。国際法の下では、海賊行為は領海主権外、つまり公海あるいは排他的経済水域において発生するものであるとされる。
 
 海峡における海上の安全保障を強化するための国際的な協力が、海賊行為や海洋テロのみを規定するのではなく、インドネシアやマレーシアが重大な関心を寄せる諸問題を包括できれば、両国からの多大な支援を得ることが見込めるだろう。海賊行為や海洋テロに対抗するため採用された多くの技術は、インドネシアやマレーシアが懸念する海上での違法行為対策としても応用可能である。仮に沿岸国がより高性能の警備艇や偵察機を所有すれば、それらが海賊行為による襲撃や海洋テロへの目的だけに使途されることはなく、違法漁業から自国の海域を守り、違法に油性廃棄物を廃棄する船舶を追跡し、人、武器、麻薬を違法に密輸することに関わる船舶拿捕にも活用されるであろう。
 
結論
 沿岸国、利用国、そしてすべての国際社会は、共通の関心を持っている。つまり、船舶起因による汚染から海峡の海洋環境を守ること、海峡での違法行為の抑圧、そして海峡の通航が安全に保たれるという関心である。
 
 これらの目的達成のため非常に重要な要素は、統合的、総体的、分野横断的なアプローチを備えた協力を沿岸三国が強化することである。この問題は複雑であるがゆえ、各国の様々な政府閣僚や組織による調和のとれた努力を要し、同様に他国の閣僚や組織からの協力も必要とする。例えば、海賊行為や海洋テロに対処するには、海賊が拠点を置く国の様々な司法当局間における緊密な協力協調が必要となる。同様に、沿岸国は、統合的なアプローチを採用しなければならず、そのためには異なる政府組織が資金や資源を争い合うのではなく、共通の目的達成のために相互協力する必要がある。こうしたアプローチの採用を確かなものとするため、沿岸三国は、マラッカ−シンガポール海峡に関する閣僚会議(Ministerial Council on the Straits of Malacca and Singapore)の確立と、問題に取り組むための各国省庁間における委員会設置を奨励するべきである。
 
 利用国や資金援助組織、民間部門は、沿岸国がこれらの目的を達成可能となるよう、それぞれの役割を果たさなければならない。また、沿岸国が所望する目的達成に必要な設備や訓練を受けた人材確保が可能となるよう、沿岸国への資金、技術援助も行わなければならない。利用国と資金援助組織は、沿岸三国における協調性向上を条件とした支援が可能な他、各沿岸国が統合し、分野横断的な姿勢で諸問題を提起するための行動計画を採択することを条件にした支援も可能である。こうした条件が付随されなければ、援助や支援の大半が、所望する目的達成に役立つことはないだろう。
 
 本論文内のすべての提案に関し、利用国と沿岸国双方が協定を締結する手段として、第43条の利用が可能であろう。しかし、第43条が規定したように沿岸国と利用国双方が、協力協定を合意事項として構築することを主張するのは望ましくない。より柔軟なアプローチで採択し、そして、異種の協力に関しては異なる協定を作成することが望ましい。これにより、資金援助組織や、国際的な団体または組織、民間部門への役割を付与しやすくなる。公式な書面による合意というよりも、行動計画や合意覚書といったソフトロー文書の中で協定を構築することがふさわしいかもしれない。
 最後に最も重要なことであるが、協力協定を確立し実現させるためのいかなる提案も、海峡沿岸国の主権を侵害すべきではなく、1982 UNCLOSの規定と不一致であってはならない。


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