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七、吟詠及び剣詩舞の講演と実技指導
(剣舞詩グループ)
日本舞踊家 藤間章作先生
〈講師紹介〉大正十五年二月生まれ。東京大学文学部卒業。昭和二十九年、藤間流の名取りとなり、現在「藤の会」会員。日本舞踊家の中でも第一線で活躍する理論派として知られ、謙虚な人柄と役作りのうまさで舞踊界から嘱望されている。平成三年、「藤間章作素踊りの会」で文化庁芸術祭優秀賞受賞。平成四年、文化庁芸術選奨文部大臣賞受賞。平成六年、紫綬褒章受章。平成十四年、東京新聞制定舞踊芸術賞受賞。
〈演舞吟題について〉
桶狭間(おけはざま)を過ぐ(すぐ) 大田錦城(おおたきんじょう)
荒原(こうげん)古(いにしえ)を弔う(とむろう)古墳(こふん)の前(まえ)
戦い(たたかい)克って(かって)将(しょう)驕る(おごる)何ぞ(なんぞ)全き(まつたき)を得ん(えん)
怪風(かいふう)雨(あめ)を吹いて(ふいて)昼晦(ひるやみ)の如し(ごとし)
驚破(きょうは)す奇兵(きへい)の天(てん)より降る(くだる)かと
〔通釈〕いまは荒れ果てた原野の古墳の前にたたずみ、当時を弔う。ここで、今川の軍勢は、勝利に酔い、武将たちは驕りたかぶっていたので、どうして戦いを全うすることができようか。折りから、怪しい風が吹き出して、一天にわかにかきくもり、日中であるのに暗くなった。それに乗じて、織田の奇兵が攻め、今川の軍はあたかも天から兵が降ってきたかと驚いて、ついに敗北してしまったのである。
江戸城(えどじょう)明渡し(あけわたし)〔節録〕
勝 海舟(かつ かいしゅう)
皇国(こうこく)の一大府(いちだいふ)
此の(この)中(なか)に無辜(むこ)の民(たみ)
如何ぞ(いずくんぞ)焦土(しょうど)と為す(なす)
之(これ)を思う(おもう)て独り(ひとり)神(かみ)を傷む(いたむ)
〈間奏〉
官兵(かんぺい)城(しろ)に迫る(せまる)日(ひ)
我(われ)を知る(しる)は独り(ひとり)南洲(なんしゅう)
一朝(いっちょう)機事(きじ)を誤らば(あやまらば)
百万(ひゃくまん)髑髏(どくろ)と化せん(かせん)
―吟詠及び剣詩舞の普及振興をめぐって(まとめ)―
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