(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年4月1日08時00分
愛媛県宇和島港
(北緯33度13.5分 東経132度32.9分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第二宇和海 |
総トン数 |
198トン |
全長 |
46.85メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
第二宇和海は、平成7年4月に進水した鋼製漁船で、養殖活魚の愛媛県宇和島市から同県今治港、大阪府深日港及び神奈川県三崎港の各水揚げ基地への運搬に従事していた。
ア 船体構造等
船体は、船尾船橋型で、船首楼下に船首タンク、1番燃料タンク及びポンプ室を、船体中央部に1番から4番までの魚倉を、そして船尾楼に船橋、居住区、機関室などを配置していた。
ポンプ室は、船首側7フレーム分の二重底内を2番燃料タンクとし、同二重底内底板上などに魚倉の海水を循環させるポンプ(以下「換水ポンプ」という。)が4台設置されていた。
機関室は、主機と2基のディーゼル発電機(以下「補機」という。)等を配置するほか、船首隔壁近くに2台の換水ポンプが設置されていた。
イ 魚倉
魚倉は、いずれも左右両舷に分かれ、それぞれ概ね40ないし50立方メートルの容積で、船底に4個または6個のスライド弁が取り付けられ、同弁を通して海水を船外から導入し、低層部に圧縮空気を吹き出させる空気管が装備されていたほか、船底付近中央部を船首尾方向に貫く、幅625ミリメートル(以下「ミリ」という。)高さ200ミリの水路と呼ばれるダクトを備えていた。
スライド弁は、内径250ミリの開口部を有する長方形の本体がボルト4個で魚倉内底に取り付けられ、本体のレールに保持された蓋が滑るもので、上甲板に導かれたロープで蓋が開閉操作され、密閉性を高めるときには本体上部のブリッジにねじ込まれた止めボルトで蓋を抑えるようになっていた。
ウ 魚倉の海水循環
魚倉は、海水がポンプ室及び機関室の換水ポンプによって吸い上げられ、上甲板から船外に排出されることで、スライド弁を通して船外から新たな海水が導入されるほか、同弁が閉められ、上甲板から魚倉に戻されて循環されるようになっていた。
換水ポンプの吸い込みは、2,3及び4番魚倉から水路を通してポンプ室の中央の2台と機関室の各ポンプに接続され、1番魚倉については単独でバラスト張水するときのためにポンプ室の両側の換水ポンプに接続されていた。
エ 海水吸込箱
ポンプ室は、2番燃料タンク後部の2フレーム分の船底中央には2,3及び4番魚倉の海水を水路から受け入れる吸込箱を、その両側に1番魚倉の海水を直接受け入れる左舷及び右舷の吸込箱をそれぞれ備えていた。
中央の吸込箱は、2台の換水ポンプ吸込管が取り付けられ、内部の掃除や保護亜鉛板(以下「亜鉛板」という。)の取替えのために短径400ミリ長径600ミリのマンホールが並んで2箇所に設けられ、それらの蓋が12本のスタッドボルトとナットで締め付けられていた。
オ 亜鉛板の取替管理
亜鉛板は、毎年入渠する際に取り替えられ、魚倉、水路については甲板部が、また、機関室及びポンプ室の吸込箱については機関部がそれぞれ船内作業として取替作業を担当し、船主が入渠に合わせて購入し、業者から届けられることになっていた。
3 事実の経過
第二宇和海は、定期検査のため、平成16年3月23日06時45分愛媛県宇和島港に入港し、08時50分同港内の造船所に入渠し、船台に上架された。
A及びB両受審人は、入渠期間中、ドック及び整備業者の手で行われる整備作業の監督をするとともに、船内作業を分担して行った。
B受審人は、同月26日魚倉まわりの亜鉛板のうち、機関部が毎年担当していたポンプ室の吸込箱(以下「吸込箱」という。)を点検することとしたが、亜鉛板の在庫があるかを確認しないままマンホールを開放したところ、取り付けてあった亜鉛板がいずれも消耗しており、甲板上で作業中のA受審人に尋ねると、在庫がなく、業者からも届いていないことが分かり、同受審人に亜鉛板が届いたら取り替えるよう依頼し、他の作業のために機関室に戻った。
A受審人は、翌27日に亜鉛板が業者から届けられたところ、29日吸込箱に新しい亜鉛板を取り付けたが、作業を終えたころポンプ室天井付近の上部水路を補修する溶接作業が行われており、火の粉が降りかかってきたことと、吸込箱から見える範囲にゴミなど異物や貝類の付着を認めたので、B受審人が掃除をするかも知れないと考え、同受審人に確認するため、いったんマンホールに蓋をかぶせたが、スタッドにナットを掛けるなど仮締めをせずに同室を離れ、同日のうちに、亜鉛板の取替えを終わったことをB受審人に告げたものの、吸込箱のマンホール蓋を締め付けて閉鎖していないことを伝えなかった。
B受審人は、A受審人から亜鉛板が取り替えられたことを聞いて「分かった。」と返事したが、同受審人がマンホールを閉鎖してくれたものと思い、取替え後の状況を尋ねないまま、ポンプ室に赴いて自ら吸込箱のマンホール蓋を締め付けて閉鎖しなかった。
A受審人は、同月30日ドック側による上部水路の修理工事が終わった後、修理箇所点検のためにポンプ室に入った際、吸込箱のマンホールが閉鎖されているか確認せず、また同月31日に全ての工事を終わり、翌日の下架に備えて船体など全般の点検をするに当たり、ポンプ室に入ったが、換水ポンプの吸込弁の閉鎖を確認したのみで、吸込箱の整備は機関部が担当しており、まさか開放のままになっていることはあるまいと思い、吸込箱のマンホールが閉鎖されているか点検しなかった。
第二宇和海は、4月1日早朝から下架の準備が行われ、07時30分同造船所の船台から下架され、補機2台と主機が順次始動され、同時40分ごろ補機による船内電源に切り替えられ、A受審人及びB受審人ほか3人が乗り組み、出渠作業手伝いの船主職員と機関整備業者の2人を同乗させ、船首1.3メートル船尾2.8メートルの喫水をもって、試運転後に補油予定のタンカーに曳航されて宇和島港を発し、試運転のため港外に向かった。
A受審人は、港外に曳航されながら、魚倉の換水ポンプ系統を空気抜きするとともに、海上試運転に備えて船首喫水を増やすため魚倉に海水を入れることとし、07時55分魚倉のスライド弁の止めボルトを全て弛めるよう乗組員に指示した。
こうして、第二宇和海は、08時00分少し前魚倉のスライド弁が順次開放されて注水が開始され、水路を満たした海水がポンプ室の吸込箱に急激に入り、同箱のマンホールの蓋が水流で押し上げられてそのまま同室に浸水し、08時00分宇和島港樺崎防波堤灯台から真方位205度200メートルの地点で、ビルジ警報センサーが動作して、機関室にビルジ警報が鳴った。
当時、天候は晴で風はなく、海上は穏やかであった。
A受審人は、上甲板で魚倉の注水状況を見ていた機関員から、船首が沈んでいると報告を受け、自ら船首に赴いて魚倉の水面が溢れそうになっているのを認め、直ちに前示タンカーに近くの岸壁に曳航するよう依頼し、宇和島港の坂下津岸壁に着けて係留索を取らせた。
浸水の結果、第二宇和海は、着岸直後に上甲板の4番魚倉付近まで水面下となって船首部が着底し、ポンプ室の換水ポンプモーター、同ポンプの始動器盤など電装品が濡れ損を生じたが、同岸壁でクレーン船によって吊り上げられたうえで排水され、のち濡れ損の機器類が修理され、また甲板上で転倒した同乗者が左肘打撲の傷を負った。
(本件発生に至る事由)
1 B受審人が、亜鉛板の在庫を確認しないまま吸込箱のマンホールを開放したこと
2 A受審人が、吸込箱の亜鉛板を取り替えた後、マンホールに蓋をかぶせたまま、ナットを掛けるなど仮締めをしなかったこと
3 A受審人が、吸込箱のマンホール蓋を締め付けて閉鎖していないことをB受審人に伝えなかったこと
4 B受審人が、ポンプ室に赴いて自ら吸込箱のマンホール蓋を締め付けて閉鎖しなかったこと
5 A受審人が、上甲板の修理箇所点検のためにポンプ室に入った際、マンホールの閉鎖を確認しなかったこと
6 A受審人が、下架に備えてポンプ室に入った際、吸込箱のマンホールが閉鎖されているか点検しなかったこと
(原因の考察)
本件浸水は、入渠時にポンプ室の吸込箱のマンホールが開放され、亜鉛板取替えが終わった後、マンホール蓋を締め付けて閉鎖されないまま下架し、魚倉に注水された海水が吸込箱からポンプ室に溢れ、浸水したことによって発生したものである。
B受審人は、吸込箱の亜鉛板取替えが機関部担当であり、それまで入渠した際には自らの手で取り替えてきており、同受審人及びA受審人のいずれの供述からも、亜鉛板取替えを依頼した際に、マンホール蓋の閉鎖まで依頼したと認められるものはない。したがって、B受審人がA受審人から亜鉛板の取替えを行ったことを告げられたのち、ポンプ室に赴いて自ら吸込箱のマンホール蓋を締め付けて閉鎖しなかったことは本件発生の原因となる。
一方、A受審人は、下架に備えて、船体など全般の点検をした際、魚倉の換水ポンプの運用を行う責任者としてポンプ室の船底弁の切替えを確認しているが、入渠中に船内工事で同室の吸込箱が開放され、自らも亜鉛板の取替えを行ったのであり、同受審人が、吸込箱マンホール蓋が閉鎖されているか確認しなかったことは、本件発生の原因となる。
B受審人は、吸込箱の亜鉛板を点検するに当たり、亜鉛板の予備品の在庫があるか確認しなかったことは、その後のA受審人への取替え依頼と、マンホール開放のままの放置につながっており、また、A受審人が、マンホールに蓋をかぶせたのち、ナットを掛けるなどマンホール蓋を仮締めしなかったこと、マンホールを閉鎖していないことをB受審人に伝えなかったこと、及び上甲板の修理箇所点検のためにポンプ室に入った際、マンホールの閉鎖を確認しなかったことは、その後同蓋が確実に閉鎖されなかったことにつながったのであり、いずれも本件浸水に至る過程で関与した重要な事実であるが、本件と相当な因果関係があると認められない。しかしながら、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件浸水は、愛媛県宇和島港内の造船所において定期検査のため入渠して上架中、ポンプ室の海水吸込箱の亜鉛板が取り替えられたのち同箱のマンホールが閉鎖されなかったこと、及び下架するに当たり、吸込箱のマンホール閉鎖の点検が十分でなかったこととにより、下架して港外に曳航中、魚倉に注水された海水が、吸込箱マンホールからポンプ室に溢れたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、下架に当たり、船体など全般の点検をする場合、入渠中に船内工事でポンプ室の吸込箱が開放され、自らも亜鉛板の取替えを行ったのであるから、吸込箱のマンホールが閉鎖されているか点検すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、吸込箱の整備は機関部が担当しており、まさか開放のままになっていることはあるまいと思い、吸込箱のマンホールが閉鎖されているか点検しなかった職務上の過失により、下架して港外に曳航中、魚倉に注水された海水が、蓋がかぶせられたままの吸込箱マンホールからポンプ室に溢れ、浸水する事態を招き、同室の換水ポンプ、同ポンプの始動器盤など電装品に濡れ損を生じさせ、同乗者に甲板上で左肘打撲の傷を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、入渠中、亜鉛板を取り替えるつもりで海水吸込箱を開放したものの、亜鉛板の予備がなかったので船長に予備が届いた後取り替えるよう依頼し、その後、船長から亜鉛板の取替えが済んだことを告げられた場合、同箱の整備は機関部の担当であった上、蓋の閉鎖については聞かなかったのであるから、自ら吸込箱のマンホール蓋を閉鎖すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、船長がマンホールを閉鎖してくれたものと思い、自ら吸込箱のマンホールを閉鎖しなかった職務上の過失により、下架して港外に曳航中、魚倉に注水された海水が、蓋がかぶせられたままの吸込箱マンホールからポンプ室に溢れ、浸水する事態を招き、前示の損傷と負傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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