(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年9月22日06時20分
長崎県壱岐市大島(壱岐)漁港(長島地区)岸壁
(北緯33度43.8分 東経129度38.1分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第十八新興丸 |
総トン数 |
19トン |
全長 |
23.50メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
478キロワット |
回転数 |
毎分1,350 |
(2)設備及び性能等
ア 第十八新興丸
第十八新興丸(以下「新興丸」という。)は、昭和61年9月に進水したFRP製漁船で、船首側から順に1番から5番までの魚倉を備え、4番及び5番魚倉は船体中央で左右の2区画に分けられ、5番魚倉の後方に機関室及び安定器室を設け、操舵室は機関室の上方に、乗組員居住区は安定器室の上部にそれぞれ設けられていた。
新興丸は、平成9年10月主機を換装するとともに魚倉用冷水装置を新設し、5番魚倉についてのみ同装置の冷水配管を敷設し、平成14年7月から長崎県郷ノ浦港沖合5海里の漁場でウナギかご漁を始め、10月に同漁を終えたのち11月から翌15年6月にかけては、いか釣り及びぶりのはえ縄漁に従事し、7月から再びウナギかご漁を開始していた。
なお、新興丸の5番魚倉は、両舷区画とも船首尾方長さ2.7メートル幅1.8メートル高さ1.1メートルで、魚倉の底には同倉内に海水の注排水を行うため、直径約10センチメートル(以下「センチ」という。)のFRP製ねじ込み水栓(以下「水栓」という。)が約30個取り付けられていた。
そして本件当時、1番魚倉を漁具などの倉庫とし、2番及び3番の魚倉をロープの保管庫としてそれぞれ使用し、4番魚倉の両区画を空倉としてウナギかご漁の操業にあたっていた。
イ 魚倉用冷水装置
同装置(以下「冷水装置」という。)は、魚倉に張り込まれた海水を所定の温度に冷やしながら循環させるもので、海水を冷やす冷水機のほか、冷却された海水を循環させる冷水循環ポンプ(以下「ポンプ」という。)、冷水機用冷却海水ポンプ及び冷水系統配管で構成されていた。
冷水系統は、外径50ミリメートル(以下「ミリ」という。)のワイヤ入りビニール管(以下「ビニール管」という。)と鋼管とで配管され、ビニール管は機関室及び魚倉内に、鋼管は甲板上に敷設されており、ビニール管は外径50ミリでスチール製の締付バンド(以下「バンド」という。)1本で鋼管と接続されていた。
また、5番魚倉の冷水系統は、甲板上の鋼管部分にフランジ形コックが両区画の冷水吸入吐出系統にそれぞれ1個取り付けられ、同コックの開閉によって冷水を循環させる区画を選択するようになっており、同系統の魚倉内の先端は、それぞれが船底から40センチの高さにあった。
更に、冷水吸入系統には、魚倉内のビニール管の途中に冷水こし器(以下「こし器」という。)が設置されていたものの、こし器は、魚倉内の魚が排出する汚濁物や、特にウナギが刺激を受けたときや死んだとき、大量に排出する「ぬた」(以下「ヌタ」という。)と称する半固形半液体のぬめり状の物質によって頻繁に閉塞することから、ウナギかご漁を始めた時期から取り外されていた。
ところで同装置は、冷水及び冷却海水の圧力や冷水温度について、異常な上昇あるいは低下などが生じたとき、警報を発したりポンプを自動で停止させるなどの安全装置は何も備えていなかったが、ポンプの駆動電動機は、電気系統に過電流継電器があり、過熱などでポンプの負荷が増大すれば、駆動電源が遮断されて停止するようになっていた。
新興丸は、ウナギを活魚で出荷していたことから、海水温度が高い場合及び漁場近くに定期的に訪れてウナギを引き取る運搬船が遅れた場合などに、同装置を運転してその保全に努めており、また、ウナギを魚倉に搭載したまま帰港して岸壁に係留し、海水温度が高ければ陸上から交流220ボルトの電源を引き込み、乗組員が帰宅した夜間も船内を無人として同装置の運転を行うこととしていた。
ウ 機関室及び安定器室
機関室及び安定器室は、船首尾方の長さがそれぞれ4.4メートル及び2.1メートルで、幅は同一で2.5メートルあり、両室間の隔壁の中央下部は軸系が貫通するため開口していた。
そして機関室には、主機及び主機駆動の発電機のほか、ディーゼル発電機、冷水装置及び油圧ポンプなどがあり、冷水装置は同室最下部の床に設置され、安定器室には、両舷2段にわたって安定器計52台が置かれていた。
なお、機関室のビルジについては、高位警報装置があり、ビルジポンプは手動で始動したのち自動で停止するものであった。
3 事実の経過
新興丸は、平成15年9月21日運搬船が1週間ウナギを引き取りに来なかったことから、冷水装置を運転して5番魚倉両区画の海水を摂氏温度16度に冷やしながら、この間に漁獲した650キログラム(以下「キロ」という。)のウナギを活魚として同区画に積込んでいたところ、うち600キロが死に絶え、同日17時00分A受審人ほか1人が乗り組み、長崎県壱岐市長島の沖合に赴いてその死骸を海中に投棄した。
そしてA受審人は、残った50キロのウナギを5番魚倉の右舷区画(以下「右舷区画」という。)にまとめ、一方同倉の左舷区画(以下「左舷区画」という。)は、倉内を掃除したのちウナギの死臭を消すため同区画内の海水が容易に入れ替わるよう、また船体の傾斜を調整する目的もあって水栓10個ばかりを抜き、冷水装置の運転を再開することとした。
このときA受審人は、大量のウナギが死んだうえ、こし器を取り外していたことにより、ポンプが大量のヌタを吸引し、ポンプの出口側が閉塞気味となっていることを予測できたが、魚倉を掃除したから冷水装置の運転に支障が生じることはあるまいと思い、同出口側にあって冷水と冷却海水とで熱交換を果たす冷水器について、そのカバーを開放するなどして掃除を十分に行わなかった。
また、A受審人は、冷水の循環が不要となった左舷区画の冷水系統のコックを開いたまま冷水装置を運転すれば、右舷区画の冷水が循環するとともに左舷区画にも流れ込み、同冷水が徐々に減少するおそれがあったが、帰港の準備と操舵室に早く戻ることに気が急ぎ、左舷区画の冷水吸入系統のコックは閉じたものの、同吐出系統のコックを閉めないまま同装置の運転を開始した。
冷水装置の運転を再開して帰途についたA受審人は、18時00分壱岐市の大島(壱岐)漁港(長島地区)に入港し、船首0.4メートル船尾1.7メートルの喫水で、同港岸壁に接岸後船内の発電機を停止し、岸壁から配電盤を経由して陸上電源を引き込み、一旦停止した冷水装置を再度運転し始め、他の機器照明すべての電源を切って同人と乗組員が下船した。
新興丸は、左舷区画の冷水吐出系統のコックが開いていたことから、右舷区画のみを循環すべき冷水の一部が左舷区画にも流れ、右舷区画の海水が減少するとともに、こし器が無いままポンプが魚倉に残存したヌタ及び汚濁物並びに新たに排出されたこれらを更に吸引し、冷水器の閉塞が著しく進行してポンプ出口側の圧力が急上昇したことから、ビニール管が膨張して配管の接続部から抜け外れ、冷水の循環が途絶えることとなった。
そして新興丸は、前示コックが開いていたことと、ビニール管接続部が機関室最下部に位置し、これが左舷区画の水面以下であったことから、同区画の海水がサイホン作用によって冷水吐出系統を経由してビニール管が抜け外れた箇所から機関室に逆流することとなった。
ところで左舷区画は、水栓が抜かれていたことから、機関室浸水による喫水の増加とともに船体が沈んで海水の逆流が続き、この間前示のポンプや冷水機が水没して配電盤の陸電用遮断器が作動してもなおサイホン作用が止むことがなく、ついには海水の機関室及び安定器室の浸水面と残存浮力による喫水面とが均等になるまで両室が浸水した。
翌22日の早朝、A受審人は、所用のためもう1隻の所有船で漁港内を航走していたところ、新興丸の船尾が沈み込んでいることに気付いて同船に乗り移り、06時20分壱岐大島港東防波堤灯台から真方位217度1,010メートルの地点において、新興丸の機関室が主機のシリンダヘッドの高さにまで浸水し、安定器室も相当する高さにまで浸水しているのを認めた。
当時、天候は晴で風力2の北北東風が吹き、海上は穏やかであった。
その結果、新興丸は、機関室の主機、逆転減速機、発電機原動機及び冷水装置などが、また安定器室の全安定器がそれぞれぬれ損し、のち、ぬれ損した機器を開放して部品の新替や機器換装、塩抜きなどの修理を行った。
(本件発生に至る事由)
1 冷水装置に安全装置が装備されていなかったこと
2 A受審人が、冷水吸入系統のこし器を取り外していたこと
3 A受審人が、魚倉の左舷区画の水栓を抜いていたこと
4 冷水装置の運転を再開するに際し、A受審人が、左舷区画の冷水吐出系統のコックを閉めていなかったこと
5 冷水装置の運転を再開するに際し、A受審人が、同装置の冷水器を開放して掃除しなかったこと
6 A受審人が、冷水装置の運転中、船内を無人としていたこと
(原因の考察)
本件は、左舷魚倉用の冷水吐出コックが開いていたことと、ポンプ出口側のビニール管が抜け外れたことの、いずれか一方のみの不具合では発生しない。即ち、当該コックが開いていても、当該ビニール管が抜け外れなければ海水の漏洩は起こらず、また、当該ビニール管が抜け外れても、当該コックが閉まっておれば、機関室に流入した海水は最大に見積もっても右舷区画に張水されていた量に過ぎず、同量を機関室及び安定器室のおおよその船底面積で除せば水深は約20センチとなり、一方機関室の各機器は船底上高さ40センチにあるから、機器のぬれ損に至るまでの浸水とはならない。
また、当該ビニール管が抜け外れたのは、本来冷水系統の汚濁物を捕捉する目的でポンプの入口側に装備されていたこし器が取り外されたままとなっていたことから、ウナギの体表面から排出した大量のヌタや汚濁物などが、ポンプ出口側の冷水器を閉塞させ、同出口側の圧力が著しく上昇したためである。
したがって、魚倉の掃除を終えて冷水装置の運転を再開するに際し、冷水系統のコックが開いたままの状態となっていたことと、冷水器の開放掃除が十分に行われなかったこととは、本件発生の原因となる。
冷水装置は、安全装置を何も備えていなかったものの、冷水器の閉塞が進行してポンプ出口側の圧力が著しく上昇したとき、警報を発して必要な処置がとられるなりポンプが自動で停止しておれば、同圧力の著しい上昇を避けることが、また、ポンプ入口側に設置されていたこし器は、まさにポンプ出口側に生じるおそれのある不具合を防止するために装備されている一種の安全設備で、こし器が頻繁に目詰まりして装置の円滑な運転が不具合であれば、こし器を複式タイプとするなり、設置箇所を掃除が容易な位置に変更するなりして対処すべきであり、こし器が取り外されていなければ、少なくとも同上昇を回避することが、更に、夜間同装置を運転中、当直員が在船しておれば、警報作動などの安全装置が無くても、空気吸入あるいは出口側閉塞に伴うポンプ過熱の異常音、ポンプ駆動電動機の過電流継電器作動による非常停止、冠水による冷水装置の電源遮断などに早期に気付くことが、それぞれできた可能性は否定できない。
これらのことから、安全装置が設置されていなかったこと、こし器が取り外されていたこと、船内が無人の状態であったことなどについては、本件に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、このことは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
冷水循環に関係のない左舷区画の水栓が抜かれていたことについては、ポンプ出口側のビニール管が抜け外れ、開いたままのコックを経て同区画の海水が機関室に流入するようになったのち、いつまでも同区画に海水を供給し続け、結果として大量の海水が機関室に流入したことにつながったが、5番魚倉に関しては、種々の目的で水栓を抜いて運航することは普段から行われていることであり、水栓が抜かれていたことをもって原因とするまでもない。
(海難の原因)
本件浸水は、魚倉内で生じた大量のヌタや汚濁物を処理したのち、冷水装置の運転を再開するにあたり、冷水系統のコックを閉じなかったことと、同装置の冷水器の開放掃除が不十分で、夜間岸壁に係留して船内を無人としたまま同装置を運転中、冷水循環ポンプ出口側の圧力が著しく上昇し、同出口側のビニール管が抜け外れ、水栓を抜いていた魚倉の海水が逆流して機関室に流入したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、魚倉内で大量の漁獲物が死に絶え、これに伴って生じたヌタや汚濁物を処理し、魚倉内を掃除したのち冷水装置の運転を再開する場合、同装置は冷水循環ポンプ入口側のこし器を取り外したまま運転しており、大量のヌタや汚濁物によって同ポンプ出口側にある冷水器が閉塞気味であることを予測できたから、冷水器の開放掃除を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、帰港の準備と操舵室に早く戻ることに気が急ぎ、魚倉を掃除したから冷水装置の運転に支障が生じることはないだろうと思い、冷水器の開放掃除を十分に行わなかった職務上の過失により、そのまま同装置の運転を再開し、帰港ののち夜間船内を無人として岸壁に係留しながら、右舷区画の海水を冷やすために同装置を運転中、冷水器の閉塞が進行して冷水循環ポンプ出口側の圧力が著しく上昇し、同出口側のビニール管が膨張して接続部から抜け外れ、冷水系統のコックが開かれ船底の水栓が抜かれていたままの左舷区画の海水が、サイホン作用によって同系統を逆流して機関室に長時間流入する事態を招き、機関室及び安定器室が主機シリンダヘッドの位置にまで浸水し、両室のすべての機器がぬれ損するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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