(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年12月28日05時30分
静岡県下田港
(北緯34度40.2分 東経138度56.9分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船喜美丸 |
総トン数 |
87トン |
全長 |
31.30メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
617キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 喜美丸
喜美丸は、平成4年2月に進水した、底立てはえ縄漁業に従事する船尾楼付一層甲板型FRP製漁船で、船体ほぼ中央の船尾楼上に操舵室及び漁具庫、同室下方に機関室、甲板上の船首側に甲板長倉庫、船尾側に食堂及び操舵機室、並びに甲板下の船首側に魚倉、船尾側に船員室等がそれぞれ配置されていた。
イ 機関室
機関室は、長さ6.8メートル幅5.0メートル高さ3.3メートルの上下2段に仕切られた区画で、出入口として左舷船尾側に船員室へ、右舷船尾側に甲板上へいずれも通じる各扉が設けられており、上段の中央船首側に魚倉用冷凍機(以下「冷凍機」という。)及び冷媒凝縮器、左舷に配電盤及び冷凍機制御盤、並びに下段の左舷船首側コーミングに冷凍機冷却海水ポンプ(以下「冷却水ポンプ」という。)及び散水ポンプ、右舷船首側に雑用ポンプ及び燃料油移送ポンプ、中央部に主機、左右両舷に船内電源用の三相交流発電機(以下「発電機」という。)及び発電機原動機(以下「補機」という。)等がそれぞれ装備されていた。
ウ 冷却水ポンプ
冷却水ポンプは、C社が製造した80LPD型と呼称する、清水仕様の電動立て形式渦巻ポンプで、竣工当初から据え付けられ、冷凍機を運転する際に専ら使用されており、鋳鉄製のケーシング、羽根車、主軸及びメカニカルシールの軸封装置等からなり、ケーシングのフランジ継手に呼び径80ミリメートルの吸引管が接続されていた。そして、船体付弁から吸引管に入った海水が冷却水ポンプによって加圧され、冷媒凝縮器で冷媒との熱交換を行った後、喫水線上方の船外排出口に導かれていた。また、冷却水ポンプの船体付弁は、左舷側補機と主機との間の床板下側に設けられていたことから、同床板を取外しのうえ開閉操作が行われるようになっていた。
3 事実の経過
喜美丸は、平成14年9月に購入された後、A受審人ほか8人が乗り組み、静岡県下田港を基地とし、周年にわたって伊豆諸島八丈島及び三宅島周辺の漁場で、1航海10日間程度のきんめだい漁の操業を繰り返していた。
ところで、喜美丸は、購入前に1年間ばかり係船されており、冷却水ポンプのケーシング底部に海水が滞留しているうち、経年による腐食が吸引管と接続する同部フランジ継手付近に生じて進行していた。
A受審人は、喜美丸に乗り組んだ直後、冷却水ポンプの外観を見てケーシングが腐食していることに気付いたものの、半年後に定期検査受検で海水系統の各ポンプを開放する予定としていて、冷却水ポンプの整備を十分に行わず、また、平素、下田港で昼前に水揚げを終えたとき、次の出漁に備え、
餌(えさ)や氷等を積み込んで魚倉の予冷を行い、夕刻に補機等を停止した後、同ポンプの船体付弁の閉鎖を行わないまま、翌朝まで機関室を無人とし、上陸して休息をとっていた。
ところが、冷却水ポンプは、いつしかケーシング底部が腐食の進行による微小な破孔を生じ、海水がコーミングへ少しずつ漏洩(ろうえい)する状況になった。
しかし、A受審人は、越えて12月26日夕刻漁場から下田港に向けて帰航中、冷却水ポンプのコーミングが濡れて(ぬれて)いることを認めたが、軸封装置から漏洩した海水により濡れたもので大丈夫と思い、ケーシング底部に触手するなどして海水漏洩箇所の調査を十分に行わなかったので、微小な破孔が生じていたことに気付かなかった。
喜美丸は、同日20時00分下田港に入港し、翌27日朝魚市場岸壁で水揚げ後、魚倉の予冷を始め、船首0.8メートル船尾2.2メートルの喫水をもって、下田港西防波堤灯台から真方位298度900メートルの地点の定係岸壁に回航し、12時00分に船尾付け係留のうえ停泊した。
A受審人は、15時00分に魚倉の予冷を終えて冷凍機、冷却水ポンプ及び補機を停止し、機関室のビルジに異状がないことを確かめた後、平素のとおり、翌朝まで同室を無人とする際、同ポンプの船体付弁の閉鎖を行わず、16時00分に上陸した。
こうして、喜美丸は、停泊中、冷却水ポンプの前示破孔が腐食の著しい進行により拡大し、漏洩した海水が機関室及び船員室に浸入する状況となり、同月28日05時30分前示係留地点において、船員室にいた乗組員が異状に気付き、機関室等の浸水を認めて船舶所有者に連絡した。
当時、天候は晴で風力3の東風が吹き、潮候は低潮時であった。
喜美丸は、船舶所有者が救援を要請し、出動した消防ポンプ車等による排水措置がとられ、A受審人が冷却水ポンプの船体付弁の閉鎖を行い、精査された結果、主機、補機、発電機、各ポンプ及び配電盤等の濡損が判明し、のち売船処分となった。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が、冷却水ポンプの整備を十分に行わなかったこと
2 A受審人が、冷却水ポンプの海水漏洩箇所の調査を十分に行わなかったこと
3 A受審人が、冷却水ポンプの船体付弁の閉鎖を行わなかったこと
(原因の考察)
本件は、機関長が、冷却水ポンプのコーミングが濡れていることを認めた際、ケーシング底部に触手するなどして海水漏洩箇所の調査を十分に行っていたなら、微小な破孔を認めることが可能であり、さらに、船体付弁の閉鎖を行っていたなら、浸水には至らなかったものと認められる。
したがって、A受審人が、冷却水ポンプの海水漏洩箇所の調査を十分に行わなかったこと、さらに、船体付弁の閉鎖を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
また、A受審人が、冷却水ポンプの整備を十分に行わなかったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、原因とするまでもない。しかしながら、海難防止の観点から是正されるべきである。
(主張に対する判断)
補佐人は、冷却水ポンプのケーシング底部に生じた破孔について、同ポンプが清水仕様であったことによる旨を主張するので検討する。
本件は、A受審人が、竣工当初から据え付けられている冷却水ポンプの整備を十分に行っていたなら、ケーシング底部の腐食による破孔が生じるには至らなかったものと認められる。
したがって、補佐人の主張を是認する理由はない。
(海難の原因)
本件浸水は、冷却水ポンプのコーミングが濡れていた際、海水漏洩箇所の調査が不十分で、ケーシング底部の腐食による破孔が拡大したばかりか、船体付弁の閉鎖が行われず、停泊中、機関室等に海水が浸入したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、冷却水ポンプのコーミングが濡れていることを認めた場合、ケーシングの腐食による破孔が生じることがあるから、これを見落とさないよう、ケーシング底部に触手するなどして、海水漏洩箇所の調査を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、軸封装置から漏洩した海水により濡れたもので大丈夫と思い、海水漏洩箇所の調査を十分に行わなかった職務上の過失により、微小な破孔が生じていたことに気付かず、停泊中、同破孔が拡大して機関室等に海水が浸入する事態を招き、主機、補機、発電機、各ポンプ及び配電盤等を濡損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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