(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年11月8日15時15分
大分県元ノ間海峡
(北緯32度57.0分 東経132度4.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
押船第二十八みつ丸 |
起重機船350光海号 |
総トン数 |
19トン |
約1,884トン |
全長 |
13.45メートル |
58.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
1,206キロワット |
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(2)設備及び性能等
ア 第二十八みつ丸
第二十八みつ丸(以下「みつ丸」という。)は、平成13年6月に進水した2機2軸の引船兼押船兼交通船で、航行区域を沿海区域と定め、同年7月にC社が起重機船350光海号(以下「光海号」という。)とともに船舶所有者から借り入れ、専ら光海号の船尾中央に設けられた凹部(以下「ノッチ部」という。)に船体を嵌合(かんごう)し、押船みつ丸被押光海号(以下「みつ丸押船列」という。)として運航されていた。
その船体構造は、上甲板上の船首側から順に前部甲板、操舵室、機関室及び船尾甲板を配し、嵌合時用として船首部にアーチカップル式及び船尾部にパネルジョイント式の各結合装置を、曳航時用として船尾甲板前部にトーイングフックをそれぞれ備えており、嵌合時の操船場所として操舵室の上方で水面上約10メートルのところにも別の操舵室(以下「上部操舵室」という。)を設けていた。
上部操舵室には、前部中央やや左舷側に舵輪を備え、その前面の棚上に磁気コンパスを置き、同コンパスの左舷側にレーダー、GPSプロッター及び音響測深機などを、右舷側に主機遠隔操縦装置をそれぞれ配し、同室前面に3枚の角窓を設けていた。
イ 光海号
光海号は、油圧式スパッド装置付きの非自航型起重機船で、上甲板上の船首部には、甲板上2メートルの高さに据え付けた長さ約11メートル幅約10メートル高さ約4.5メートルの旋回体と長さ約49メートルのシェル構造型ジブで構成された最大吊上能力310トンの旋回式クレーンを、船体中央部には、船首尾方向28メートル船横方向22メートルの積荷区画を、船尾部には、ノッチ部を囲むように配した2層の居住区及び両舷舷側付近に各辺が1.2メートルの角柱状で長さ28メートルのスパッドをそれぞれ設けていた。
ウ みつ丸押船列
みつ丸押船列は、全長約60メートルで、光海号の上甲板上約8メートルの高さにあるみつ丸の上部操舵室からは、船首部にある旋回体により、左舷船首約9度から右舷船首約9度にかけて船首端から約300メートル前方までの範囲が死角となっているとともに、航行中にはジブを船尾方に向けて船体中央線から約10度右舷側に振り、その先端部付近を居住区の脇に設けた高さ約7メートルの架台に置くことから、右舷方の見張りにやや支障が生じる状態であった。
また、航行中は、スパッドを押し上げた状態(以下「収納状態」という。)としていたため、平素の喫水状態において水面上26.2メートルの同先端が船体最高部となっていた。
一方、みつ丸押船列の航海速力は約6ノットで、その旋回径は同押船列の長さの約3倍、最短停止距離は同長さの約7倍であった。
エ 元ノ間海峡
元ノ間海峡は、豊後水道に面した佐伯湾湾口の南部に位置しており、大分県鶴見半島の北岸にある地蔵埼と同県大島の南端にある立花鼻とによって挟まれた幅約450メートルの水路で、孤立障害標識の元ノ間灯標が設置された同埼沖の険礁と同鼻沖の大阪碆とにより最狭部が形成され、その可航幅は200メートルであった。
また、地蔵埼及び立花鼻付近には、それぞれ送電線用の鉄塔があり、地蔵埼側の同鉄塔(高さ85.4メートル)から立花鼻側の同鉄塔(高さ74.8メートル)に、架空線として太さ約12ミリメートルの電力線4本及びこれらの下方に太さ約10ミリメートルのアルミ覆鋼より線を支持線とする太さ約5ミリメートルの架空地線巻付型光ファイバケーブル(以下「光ケーブル」という。)1本がそれぞれ渡されており、同県南海部郡鶴見町施工の同町CATV施設整備工事線路図によれば、同ケーブル最下垂部の高さは略最高高潮面から23.8メートルで、海図W1245にその存在と高さが記載されていた。
3 事実の経過
みつ丸押船列は、A受審人とクレーン士1人が乗り組み、作業員2人を乗せ、回航の目的で、平素の船首1.8メートル船尾2.6メートルの喫水をもって、平成15年11月6日16時00分総トン数153トンの引船D丸に引かれて沖縄県那覇港を発し、佐伯湾内の魚礁据え付け工事現場に向かった。
ところで、A受審人は、専ら奄美群島以南の沿海区域でみつ丸押船列の運航に携わっていたところ、同年10月初旬に前示工事現場まで回航するように指示され、それまで九州沿岸を航行した経験がなかったことから、発航時までに沖縄県内の水路図誌販売所から港泊図を購入するつもりでいたものの、手配が遅れて間に合わないことを知った。このため、同受審人は、本社に同図の手配を依頼したところ、海岸図の海図第151号(豊後水道、縮尺12万5千分の1)が送られてきたため、一抹の不安を感じながら、大島の沖を北上して佐伯湾に入ることとした。
こうしてA受審人は、D丸に曳航される一方、みつ丸の機関を全速力前進にかけ、自らとクレーン士などがそれぞれ3時間交替で単独の航海当直に当たりながら北上し、翌々8日午前の本社との連絡で、大分県蒲江港沖に至ったところでD丸による曳航を終え、そこからみつ丸押船列で目的地に向かうよう指示されるとともに、同押船列の船体構造及び佐伯湾周辺の水路状況を承知しているB指定海難関係人が入湾及び入航時の操船を補佐するために乗船することなどを知った。
一方、B指定海難関係人は、元ノ間海峡の上空に電力線が存在することも、同押船列の船体最高部が水面上26.2メートルであることも知っていたものの、ガット船に乗り組んで同海峡を航行した折りに、その乗組員から同電力線の高さが35メートルあると聞いていたため、海図W1245を入手するなどして元ノ間海峡にある架空線最下垂部の高さを改めて確認しないまま、A受審人に対して工事現場までの近道となる同海峡の航行を勧めることとした。
A受審人は、蒲江港沖に至ったところでD丸の曳航索を外してみつ丸押船列となり、12時15分蒲江港灯台から164.5度(真方位、以下同じ。)3.2海里の地点を発進し、14時29分鶴御埼の南方約2海里の地点で、B指定海難関係人ほか本社社員1人を乗せたところ、同指定海難関係人から、元ノ間海峡を航行して佐伯湾に入ることを勧められるとともに、同社員から同海峡を航行するころは憩流期にあたるなどの情報を得た。
このとき、A受審人は、目的地付近に定置網が設置されていることなどを知っていたため、明るいうちに到着したいとの思いもあり、元ノ間海峡の水路状況を十分に確認しないまま、同海峡を航行して佐伯湾に入ることとし、14時47分半鶴御埼灯台から129度1,200メートルの地点で、針路を元ノ間海峡の東口沖に向かう012度に定め、機関を全速力前進にかけて5.7ノットの対地速力(以下「速力」という。)で自動操舵により進行した。
B指定海難関係人は、上部船橋に赴いてA受審人に元ノ間海峡の航行を勧めたとき、大阪碆への接近を避けるために元ノ間灯標に近づけて航行するようにと助言したが、架空線はみつ丸押船列の航行に支障がないものと思い、その存在を伝えることなく光海号の積荷区画に移動し、その右舷側付近に立って見張りに当たった。
こうしてA受審人は、14時58分元ノ間灯標から107.5度2,570メートルの地点に差し掛かったところで、左舷前方に見える元ノ間海峡に向けてゆっくりと左転を始め、15時03分わずか前同灯標から094度2,100メートルの地点で、同海峡の中央部付近に向かう276度の針路とし、手動操舵に切り替えた。
A受審人は、15時05分元ノ間灯標から093.5度1,680メートルの地点に達したとき、元ノ間海峡を挟んだ地蔵埼及び立花鼻付近にそれぞれ送電線用の鉄塔を、並びに正船首方のほぼ水平視線上に両鉄塔間に渡された架空線をそれぞれ視認でき、その後光ケーブル最下垂部の仰角がほとんど変化しないことから、同ケーブルとスパッドの先端部とが接触するおそれがあることを判断できる状況であった。しかし、同受審人は、B指定海難関係人及びクレーン士が光海号の積荷区画の両舷舷側付近にそれぞれ立ち、周囲の見張りに当たっていたことから、何かあれば報告があるものと思い、同指定海難関係人の助言に従い、専ら同灯標との航過距離を見定めることに気を取られ、前路の見張りを十分に行っていなかったため、このことに気付かないまま続航した。
B指定海難関係人は、大阪碆の所在を見定めようと専ら立花鼻沖の海面上に、また、クレーン士は、接近する元ノ間灯標にそれぞれ目を向けるなどしていたため、両人とも前路の見張りが不十分となり、スパッドの先端部と接触するおそれがある高さに光ケーブルが存在することに気付かなかった。
A受審人は、15時09分半元ノ間灯標から090.5度890メートルの地点で、機関を5.0ノットに減速したものの、前路の見張りを十分に行っていなかったので、依然として光ケーブルの存在に気付かず、直ちに大きく右転するなどして元ノ間海峡の航行を取り止める措置を講じないまま進行した。
こうしてA受審人は、原針路、原速力のまま続航し、15時15分みつ丸押船列は、元ノ間海峡の中央部付近にあたる、元ノ間灯標から023度95メートルの地点において、左舷側のスパッドの先端部が光ケーブルに接触した。
当時、天候は曇で風力2の北北東風が吹き、潮候は上げ潮の中央期で元ノ間海峡付近は憩流期にあたり、視界は良好であった。
その結果、左舷側のスパッドの先端部付近に接触痕を、光ケーブルに切損を生じたものの、その後同ケーブルは復旧された。
A受審人は、元ノ間海峡を航行中に船体に軽い衝撃を感じ、その原因を判断しかねていたところ、架空線とスパッドの先端部との接触を知ったB指定海難関係人が電力会社に問い合わせたものの、異常ないとの回答から、そのまま目的地に向かい、同年12月初旬海上保安部から本件発生の事実を伝えられた。
B指定海難関係人は、本件が水路調査及び見張りの不十分さから発生したことを反省し、安全対策書を作成して各船の乗組員に周知徹底させるなど、安全運航を確保するための措置を講じた。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が航海に必要な海図を整備していなかったこと
2 入湾及び入航時の操船の補佐を行う目的で乗船したB指定海難関係人が、架空線の高さを十分に確認しなかったこと
3 B指定海難関係人がA受審人に対して架空線の存在を伝えなかったこと
4 A受審人が元ノ間海峡の航行を勧められた際、同海峡の水路状況について十分に確認しなかったこと
5 元ノ間海峡の地形及びみつ丸押船列の船体構造から生じる死角などの制限から、A受審人が左舷方にある元ノ間灯標との航過距離を見定めることに気を取られ、前路の見張りが不十分になったこと
6 元ノ間海峡に接近中、B指定海難関係人等の見張りが不十分で、光ケーブルの存在に気付かなかったこと
(原因の考察)
本件は、元ノ間海峡を航行中、非自航型起重機船のスパッド先端部が架空線に接触したことによって発生したものであり、その原因について考察する。
A受審人は、九州沿岸の航行が初めてであったため、佐伯湾の港泊図を手配しようとしたものの、時機を逸して入手できず、本社から送られた海図第151号を頼りに発航したものである。港泊図(海図W1245)には元ノ間海峡の架空線が記載されていたものの、本件時に備えていた海図第151号には同架空線の記載がなかったことから、航海に必要な図誌を整備しないまま発航したことは明らかであり、船員法に抵触する行為である。
A受審人が航海に必要な図誌を備えていなかったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、大島の沖を北上して佐伯湾に入る予定で発航したことから、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
B指定海難関係人が、海図W1245を入手するなどして同架空線の高さを改めて確認しないままA受審人に対して元ノ間海峡の航行を勧めたことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件時、架空線の視認を妨げるなどの状況ではなかったことから、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
A受審人が、元ノ間海峡の航行を勧められた際、その水路状況などを十分に確認しなかったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、同指定海難関係人が入湾時などの操船を補佐する目的で乗船したこと、及び光ケーブルの存在を知らなかったことから、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、船舶の運航に関する最高責任者としてより慎重な対応が望まれ、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
B指定海難関係人が、事前にA受審人に対して架空線の存在を伝えていれば、同海峡に向首したころに同受審人のほぼ水平視線上に光ケーブルを視認し、その後その仰角がほとんど変化しないことから同ケーブル最下垂部とスパッドの先端部とが接触するおそれがあることを判断でき、距離的及び時間的に十分な余裕がある時点で元ノ間海峡の航行を取り止めることができたものと認められることから、本件発生の原因となる。
A受審人が、元ノ間海峡に向首進行する状況となった際、同海峡の可航幅の狭さ及びみつ丸押船列の船体構造から生じる死角などから、左舷方にある元ノ間灯標との航過距離を見定めることに気を取られていたことは理解できるものの、光海号の両舷舷側付近に見張り員がそれぞれ立ち、周囲の見張りに当たっていたことから、前路の見張りを行うことは可能であったものと認められる。
従って、B指定海難関係人に元ノ間海峡の航行を勧められたとはいえ、前路の見張りを十分に行っていれば、前示のように光ケーブルを視認でき、同海峡の航行を取り止めることができたものと認められることから、前路の見張りが十分でなかったことは、本件発生の原因となる。
(主張に対する判断)
理事官は、大縮尺の海図を備えていなかったのであるから、元ノ間海峡の航行を避けて大島の沖を航行すべきであり、進路の選定が不適切であったと主張するので、この点について検討する。
A受審人が佐伯湾に向かうにあたり、初めて九州沿岸を航行する状況であったから、最新かつ大縮尺の海図W1245を備えていなかったことは、前示のとおり船員法に抵触する行為であり、はなはだ遺憾である。しかしながら、A受審人がC本社に海図の手配を依頼したところ、海図第151号が送られ、古い同海図中の索引図欄には海図第1245号として佐伯港の港泊図が記載されており、元ノ間海峡が記載された海図は海図第151号のほかに存在していない。このため、A受審人は、同海図から元ノ間海峡の可航幅と元ノ間灯標の存在などについては知り得たものの、架空線が存在することを認識できなかったこと、及びB指定海難関係人が入湾時などの操船を補佐するために乗船して同海峡の航行を勧めたことから、元ノ間海峡に向けて転舵する時点において、本件発生の予見可能性があったとすることに無理がある。従って、進路の選定が不適切であったとは認められない。
(海難の原因)
本件光ケーブル損傷は、大分県鶴御埼沖から佐伯湾に向かう際、見張り不十分で、船体最高部よりも低い架空線が存在する元ノ間海峡を航行したことによって発生したものである。
見張りが十分でなかったのは、船長が元ノ間海峡に接近する際、同海峡の最狭部に設置されていた元ノ間灯標との航過距離を見定めることに気を取られていたことと、入湾時などの操船を補佐する目的で乗船した者が、船長に対して架空線の存在を伝えなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
1 懲戒
A受審人は、大分県鶴御埼沖から佐伯湾に向かう場合、元ノ間海峡にある船体最高部よりも低い架空線を見落とすことのないよう、前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、光海号の両舷舷側付近に見張り員がそれぞれ立ち、周囲の見張りに当たっていたことから、何かあれば報告があるものと思い、元ノ間海峡の最狭部に設置されていた元ノ間灯標との航過距離を見定めることに気を取られ、前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、同海峡に船体最高部よりも低い架空線が存在することに気付かないまま進行して接触を招き、左舷側のスパッドの先端部付近に接触痕を、光ケーブルに切損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
2 勧告
B指定海難関係人が、A受審人に対して元ノ間海峡の航行を勧める際、同海峡にある架空船の存在を伝えなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、本件が水路調査及び見張り不十分さから発生したことを反省し、安全対策書を作成して各船の乗組員に周知徹底させるなど、安全運航を確保するための措置を講じたことに徴し、勧告するまでもない。
よって主文のとおり裁決する。
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