(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年1月13日12時05分
和歌山県新宮港南東沖合
(北緯33度38.8分 東経136度00.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船睦美丸 |
総トン数 |
199トン |
全長 |
55.96メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
588キロワット |
(2)設備及び性能等
睦美丸は、昭和62年8月に竣工した船尾船橋型の鋼製貨物船で、船橋には、中央にジャイロコンパス組込型操舵スタンドが設置され、レーダー2基、GPSプロッタ及び気象用ファクシミリが装備されていた。同船の最大速力は、11.78ノットで、同速力航走時の最大旋回直径は左旋回、右旋回とも同じでそれぞれ222メートル、また、全速力後進発令から船体停止までに要する時間及び航走距離はそれぞれ1分13秒及び300メートルであった。
見張りの位置は、当時の喫水で、眼高が約8メートルとなり、船橋前面から船首先端まで約44メートルであった。
3 事実の経過
睦美丸は、A受審人ほか2人が乗り組み、鋼材500トンを積載し、船首2.55メートル船尾3.55メートルの喫水をもって、平成16年1月12日05時45分茨城県鹿島港を発し、紀伊水道経由、岡山県水島港に向かった。
ところで、A受審人は、三重県大王埼から和歌山県樫野埼に向かう針路の選定を行うにあたって、海上が平穏な時は、大王埼沖合3海里から三木埼沖合10海里地点を航過して樫野埼沖合3海里に向く針路とし、荒天時は、長年の航海経験から紀伊半島南東岸沖合2海里付近に多数の定置網が存在することを知っていたので、大王埼沖合1.8海里の地点から三木埼沖合1.8海里の地点、駒ヶ埼沖合3海里の地点を航過して樫野埼沖合1.8海里の地点に向く針路を自ら設定し、予定針路として海図上に記載していた。
また、A受審人は、和歌山県新宮港に幾度も入港していたので、同港南東沖合約1海里の定置網についても、その存在を示すドラム缶ほどの大きさの点滅灯の付いたブイ及び赤旗があり、昼間、海上が静かなときは約1.5海里手前から、荒天のときでも約0.5海里に近づけばそれらを視認できることを知っていた。
こうして、A受審人は、風浪が徐々に増勢する紀伊半島南東岸を南西進中、翌13日07時40分三木埼沖合1.8海里の地点に向けて針路を242度(真方位、以下同じ。)とし、機関長から船橋当直を引き継ぎ、操舵スタンドの後方に立って単独で当直にあたり、代理店から電話で荒天避難するよう指示があったので、和歌山県串本港へ避泊することとした。
09時30分A受審人は、三木埼灯台から100度1.8海里の地点に達したとき、自ら設定した荒天時の予定針路でも串本港へ安全に向かうことができたものの、船体の動揺を軽減するため、できるだけ陸岸に寄るよう予定針路を変更し、同県御浜町沖に設置された定置網の南方1海里に接近する223度に針路を定め、機関を全速力前進にかけ、9.5ノットの対地速力(以下「速力」という。)で、GPSプロッタの表示及びレーダーを使用し、陸岸との距離を測りながら、自動操舵により進行した。
A受審人は、波浪及び波しぶきにより海面上の定置網の存在を示す標識を認めにくい状況下、右舷方1海里に御浜町沖の定置網の存在を認めたので、11時06分鵜殿港南防波堤灯台から053度4.6海里の地点に達したとき、新宮港南東沖合の定置網に向首するとこれに乗り入れるおそれがあったが、同定置網を認めた時点で沖出しすれば大丈夫と思い、同定置網を十分に離す針路とすることなく、針路を211度に転じて同定置網に向首して続航した。
A受審人は、時折、青波をかぶり、船橋の窓ガラスにしぶきを受けながらも双眼鏡を使って前路の見張りを行い進行中、船首方に梶取埼及び右舷方には新宮港を認め、12時00分宇久井駒埼灯台から072度1.6海里の地点に達したとき、300メートルくらいに接近すれば同港南東沖の定置網の存在を示すブイか赤旗を視認できるだろうと思い、前路を注視して続航中、12時04分過ぎ左舷船首5度200メートルに定置網の赤旗を視認したが、どうすることもできず、プロペラに網が絡まないよう舵中央のまま機関を停止し、睦美丸は、原針路、原速力のまま12時05分宇久井駒埼灯台から097度1.2海里の地点において、定置網の南東辺に乗り入れた。
当時、天候は曇で風力5の北西風が吹き、波高約2.5メートルで、潮候は下げ潮の中央期で、和歌山県全域に強風・波浪注意報が発表されていた。
その結果、睦美丸には損傷がなく、定置網には、漁網及び取り付け属具に損傷を生じたがのち修理された。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が自ら設定していた荒天時の予定針路とせず、さらに陸岸寄りの御浜町沖合の定置網に接航する針路としたこと
2 新宮港南東沖合の定置網に向首して進行したこと
3 新宮港南東沖合の定置網に近づいたとき、双眼鏡を使用するなどして前路の見張りを行っていたにもかかわらず、波浪と波しぶきで定置網の存在を確認できない状況のまま、同じ針路で続航したこと
(原因の考察)
本件定置網損傷は、和歌山県新宮港北東沖合において、風浪が増勢し、波浪及び波しぶきにより海面上の定置網の存在を示す標識を認めにくい状況下、荒天避難のため、串本港に向けて南西進中、新宮港南東沖合の定置網の存在を示す標識を知っている船長が、同定置網を確認した後、沖出しするつもりで同定置網に向首進行したところ、これを確認できないまま定置網を損傷したものである。
したがって、A受審人が新宮港沖合の定置網に向首進行したことは、本件発生の原因となる。
A受審人が、自ら設定していた荒天時の予定針路とせず、さらに陸岸寄りの御浜町沖の定置網に接航する針路としたことは、当時の天候から、あえて障害物に接近する危険を冒してまで航行する特別の事情もなく、できるだけ船体の動揺を軽減したいと思いついたもので、自ら設定していた荒天時の予定針路を変更すべきではなかった。このことは、本件発生に至る過程において関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められず、これを原因としない。
A受審人が、新宮港南東沖合の定置網に近づいたとき、双眼鏡を使用するなどして前路の見張りを行っていたにもかかわらず、波浪と波しぶきでその存在を確認できない状況のまま、同じ針路で続航したことは、本件発生に至る過程において関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められず、これを原因としない。
(主張に対する判断)
理事官は、水路調査が不十分であったことが原因であると主張するので、A受審人が水路調査を十分に行わなかったことが、本件発生の原因となるかどうか、この点について検討する。
A受審人は、定置網の設置状況について、事実認定したとおり、新宮港南東沖合約1海里に定置網が設置されていること、また、その存在を示すブイ及び赤旗の存在も知っており、さらに、その海域に向首進行していることを認識していた。
したがって、A受審人が水路調査を十分に行わなかったことを原因としない。
(海難の原因)
本件定置網損傷は、和歌山県新宮港北東沖合において、風浪が増勢して海面上の定置網の存在を示す標識を認めにくい状況下、荒天避難のため串本港に向けて南西進中、針路の選定が不適切で、定置網に向首したまま進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人が、和歌山県新宮港北東沖合において、風浪が増勢し、波浪及び波しぶきにより海面上の定置網の存在を示す標識を認めにくい状況下、荒天避難のため、串本港に向けて南西進する場合、新宮港南東沖合に定置網が設置されていることを知っていたのであるから、定置網に向首進行しないよう、適切な針路の選定を行うべき注意義務があった。しかるに同人は、定置網を視認した時点で沖出しすればよいと思い、適切な針路の選定を行わなかった職務上の過失により、これに気付かず、定置網に向首進行して乗り入れ、定置網の漁網及び取付属具に損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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