(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年10月9日03時30分
高知県室戸岬沖合
(北緯33度05.5分 東経134度00.9分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
旅客船さんふらわあ きりしま |
総トン数 |
12,418トン |
全長 |
186.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
25,154キロワット |
(2)設備及び性能
さんふらわあ きりしま(以下「きりしま」という。)は、平成5年4月に進水した船首船橋型旅客船兼自動車渡船で、船首両舷に油圧式ウインドラス各1台を有し、ジプシーホイールの巻きこみ加重22トン、巻き上げ速度毎分9メートル、ブレーキ容量151.7トンで、そのブレーキ装置は手動ハンドル操作であった。
錨鎖は、長さ300メートル(コモンリンクは、呼び径66ミリメートル(以下「ミリ」という。)縦237.6ミリ横396ミリ)、総重量2,862トン、錨は、ストックレスアンカーAC-14型、重量7.35トン、艤装数によるウインドラスの巻き上げ能力は、20.3トンであった。
ジプシーホイール中心からホースパイプ中心までの距離は、3.50メートルで、その中間に鋳鋼製かんぬき型制鎖器(以下「コンプレッサー」という。)が設置されていた。
ウインドラスのブレーキ装置は、ジプシーホイールと径1,150ミリ幅180ミリのブレーキホイールに、長さ約1,660ミリ厚さ10ミリのノンアスベスト製のブレーキライニングを、半円状のブレーキバンドに、長さ50ミリM8の皿ねじ82個をナット締めして取り付け、ブレーキバンドはブレーキホイールを上下から締め付けるよう取り付けられていた。
錨の格納方法は、アンカークラウンがベルマウスに固定されるまで錨を巻き上げ、ウインドラスブレーキを締めてコンプレッサーのかんぬきをセットし、コンプレッサーとホースパイプ間の錨鎖に、径18ミリのワイヤー2本を束ねて、錨の固定を更に強固にするよう、ターンバックルで締め付けたワイヤーストッパーを張り合わせてから、ジプシーホイールのクラッチをはずす手順で行われていた。
コンプレッサーは、ウインドラスブレーキとワイヤーストッパーの補助的な役目をなし、コンプレッサー上の錨鎖溝へ、水平に置かれたリンクの上にかんぬきをはめ込んでおり、新造時にはかんぬきとウインドラス側の縦になったリンクとの隙間は10ないし15ミリであった。
荒天航行中、ウインドラスブレーキが緩んで錨鎖がずれ落ち、コンプレッサー上のかんぬきに当たって停止したときは、リンクのわずか上部曲面にかんぬきの先端が当たり、かんぬきには上方に跳ね上がる力が作用するので、その跳ね上げ防止のため、長さ270ミリ径46ミリの鉄製丸棒のピンをかんぬきとその受け台に貫通させており、ピンの先端はかんぬき受け台枠板から約90ミリ突き出ていた。
3 きりしまの運航
きりしまは、乗組員25人、旅客定員782人、航海速力23.0ノットで、大阪港を18時00分発、志布志港に翌朝08時40分着、志布志港を18時00分発、大阪港に07時40分着とし、乗組員は、さつま乗組員と一括に雇い入れ公認され、約20日間乗船で1週間の休暇を取り、両船への乗船を交互に繰り返すことになっていた。
4 事実の経過
きりしまは、大阪港、志布志港とも右舷付けで、左舷付けすることがなく、離着岸時の両舷錨の揚投錨準備は、錨を水面まで下ろさずにウインドラスブレーキをかけたまま、ワイヤーストッパーを外し、かんぬきを跳ね上げた状態とし、この状態で復旧格納するため、ウインドラスブレーキドラムを回す必要がないことから、ブレーキライニングはほとんど摩滅せず、ウインドラスブレーキの使用は強風時の離着岸に限られ、それも左舷錨を水面まで下ろす程度で、年間2ないし3回、荒天が予想されたときに港外においての錨泊となるが、その折も、風向きによっては、必ずしも右舷錨を使用するとは限らなかった。
そうしたことからウインドラスブレーキライニングは、平成10年に両舷のものが新替され、同14年には使用回数の多い左舷側のみが新替され、右舷側は使用回数が少なく、摩滅量が少ないこともあって、新替されなかった。
ワイヤーストッパーは、新造時には、18ミリワイヤー2本に取り付けたターンバックルを締め付けて錨鎖を緊張させ、錨の格納を更に強固なものとしていたが、この取り付け作業は2人で行う手間の掛かる仕事で、これを軽減するため、平成10年頃から16ミリワイヤー1本とターンバックルに変更し、ターンバックルの締め付けをも省略するようになり、錨の外板への固定が弱くなって、波による大きな衝撃があったときには、ホースパイプからコンプレッサーまでの宙に浮いた錨鎖が大きく振動し、この振動がウインドラスに伝わるため、ブレーキの締め付けが弱いと振動でブレーキが緩み、錨鎖がずれ落ち、リンクがかんぬきに当たって、錨鎖の送出が止まっていることがあった。
新造時、格納した錨のシャンクと爪の開き角度は35度であったが、使用しているうちにその角度が大きくなり、また、ベルマウスとアンカークラウンとの接触部の摩滅等により、錨鎖の引き上げ量が多くなり、平成13年には、かんぬきとリンクとの間隔が80から90ミリとなり、かんぬきの真下に、次の縦になったリンクが当たって、かんぬき跳ね上げ防止のピンをかんぬきに差し込むことができなくなったため、同年の入渠工事において、かんぬきの改造工事を行い、リンクが当たる分だけかんぬきをくりぬき、かんぬきの上面に厚さ45ミリの当金を取り付けて、かんぬきと縦になったリンクとの間隔を、初期の15ミリとしてかんぬきにピンを差し込むこととした。
ところが、かんぬき当金先端とリンクとの接触部が、リンク中央部より更に上方の曲面となったため、改造工事以後、ブレーキの締め付けが弱いときには錨鎖がずれ落ちて当金に接触し、かんぬきを上方へ跳ね上げる力が強くなり、かんぬきに差し込まれた跳ね上げ防止のピンを度々曲損させることがあったものの、錨鎖を巻き上げるとピンは容易に抜き出すことができたことから、乗組員は、ワイヤーストッパーが落下防止上重要な役目をなしていること、ピンが曲がること、錨鎖がずれ落ちてかんぬきで停止していることに対して、さして疑問を持つことがなかった。
こうして平成15年には、錨鎖とかんぬきの間隔が約90ミリとなったため、錨鎖を一杯まで巻き上げたとき、縦になったリンクがかんぬきに当たり、かんぬきが持ち上がってかんぬきにピンを差し込むことができなくなったため、同年6月再びかんぬきの改造工事を行い、さらにかんぬきの下部をくりぬき、前示当金の上部へ更に厚さ45ミリの当金を取り付けて、縦になったリンクとかんぬきの2枚目の当金先端との間隔を25ミリとしたが、当金の先端が初期のリンク上部曲面より更に上部に当たることになり、リンクが当金先端下方に潜り込み、かんぬきを跳ね上げる力が以前に増して大きくなった。それ以後は、更にピンの曲損が度々あって、かんぬきからピンを、ハンマーでたたいて抜くこととなった。
A受審人は、平成15年9月船長として乗船中、同月25日大阪港に入港する際、その航海の時化により、右舷錨のコンプレッサーのかんぬきのピンが曲損し、抜き出すことができなくなったとの報告を受けた。翌26日志布志港に入港した際、曲損したピンを先端から約10センチメートル(以下「センチ」という。)切断した旨の報告を受け、その補充をD指定海難関係人に連絡して、10月1日後任船長のC受審人にこのことを引き継ぎ、下船して休暇を取った。
連絡を受けたD指定海難関係人は、さつまからも同様の報告があり、これまでもピンの曲損の報告を受け、ピンの支給やかんぬきの改造工事を行っていたが、ピンの曲損が格納状態の錨が落下する兆候であることに気付かず、ウインドラスブレーキライニングの摩滅、ブレーキホイールの発錆、ワイヤーストッパーなどの状況を調査せず、錨落下防止の措置について検討し、その措置について乗組員に対して安全教育を行わなかった。
同年10月1日きりしまに船長として乗船したC受審人は、これまでのきりしまの乗船経験から、右舷ウインドラスブレーキライニングは磨滅していないことを知っていた。
10月8日18時00分、きりしまは、乗客134人、車両139台を載せ、船首6.17メートル船尾5.90メートルの喫水をもって、志布志港から大阪港に向け、出航した。
C受審人は、志布志港出航に際し、途中時化模様となることを知って荒天準備を行うことになった際、A受審人の引継事項で、短くなったピンが抜け落ちてかんぬきが跳ね上がり、錨落下のおそれがあることを予見できたが、これまでどおりの荒天準備でよいと思い、ワイヤーストッパーを18ミリ2本として、そのターンバックルを締め上げて錨をしっかり船体に固定し、ウインドラスブレーキが緩んで錨鎖がずり落ちることのないよう、ウインドラスブレーキを強固に締め付けさせ、更に厳重な荒天準備を行うよう指示しなかった。
きりしまは、翌9日00時ごろ足摺岬10海里沖合を針路051度(真方位、以下同じ。)翼角28.5度の全速力前進で進行中、ピッチングが激しく、錨にも波浪が激しく打ちつけるので、翼角を22度まで下げて減速し、針路を040度に変えてできるだけ波浪の衝撃を避けて続航していたところ、やがて衝撃も収まり、01時40分針路を060度に転じ、翼角を28度に戻して進行し、02時30分頃から再び高さ3ないし4メートルの波をほぼ船首方から受けて、波が激しく打ちつけるようになったので翼角を25度として減速し、同針路で続航中、03時30分室戸岬灯台から221度12.5海里の地点において、波の衝撃を受けた錨は、ワイヤーストッパーで固定されていないため、動くとともに錨鎖の張力も大きく変化して激しく振動を繰り返し、かんぬきのピンが抜け落ち、張力の変動に耐えきれなくなったウインドラスブレーキが緩んだことにより、錨鎖がずり落ちてかんぬきの当金先端下部に潜り込み、かんぬきを上方に押し上げ、そのままの状態で錨鎖が送出するうち、その衝撃でかんぬきが跳ね上がって16ミリのワイヤーストッパーが切断し、ついには錨鎖の全量300メートルが送出し、海中に宙づりになった。
C受審人は、直ちに、錨鎖の巻き上げを試みたが、収納不能となって、停船を余儀なくされ、運航阻害となった。
当時、天候は晴で風力6の北東風が吹き、四国沖合には海上強風警報が発表されていた。
きりしまは、その後土佐湾の水深200メートル以下の浅水域に移動し、錨と錨鎖を着底させて巻き上げ、予定時刻より10時間の遅れで17時40分大阪港に到着した。
本件後、D指定海難関係人は、かんぬきとリンクの間隔を初期の状態に戻すため、コンプレッサーの位置を調整し、ワイヤーストッパーを18ミリ2本に戻し、ターンバックル及びウインドラスブレーキの締め付けを2人で厳重に行うなど、錨落下を防止するための措置を講じた。
(本件発生に至る事由)
1 ワイヤーストッパーが18ミリから16ミリに変更されていたこと
2 かんぬき跳ね上げ防止のピンを曲損するようになったこと
3 かんぬきに当金を取り付け、かんぬきをウインドラス側の縦になったリンク上部曲面に当たるようになったこと
4 ピンを切断したこと
5 D指定海難関係人が錨落下防止に対する安全教育を行っていなかったこと
6 右舷ウインドラスブレーキの締め付けが十分でなかったこと
7 ピンが脱落したこと
(原因の考察)
本件運航阻害は、荒天に遭遇したときに、格納状態の右舷錨が落下し、その引き上げが不能となり、停船を余儀なくされたことによって発生したのでこれについて考察する。
コンプレッサー上のかんぬきとウインドラス側の縦になったリンクとの間隔は、錨のシャンクと爪の開き角度が錆や可動部の磨滅により次第に大きくなり、アンカークラウンとベルマウスの接触部が磨滅するので、錨を船体に固定するため、その分だけ巻き上げると、コンプレッサー上のかんぬきとリンクとの間隔が大きくなって次第にかんぬきを掛けることができなくなる。このときにかんぬきを掛けるため、一旦巻き上げた錨鎖を緩めてかんぬきを掛けると、時化となったときに錨が動いて、錨鎖が大きく振動し、ウインドラスブレーキが緩むことがある。これを防止するため、錨を一杯巻き上げた後、ワイヤーストッパーで更に強固に船体へ固定することにより、ウインドラスブレーキが緩まないようにしている。
本件では、リンクとかんぬきの間隔を狭めるのに、かんぬきの上部に当金を施したため、当金先端がリンク上部曲面に当たるようになった。その結果、かんぬきには以前にも増して上向きの跳ね上がる力が作用し、ピンを曲損させる力が更に強くなった。ピンが曲損しているうちは、まだかんぬきが跳ね上がることはないが、本件ではこの最後の落下防止のピンを、脱落のおそれがある状態で切断したのである。
ピン曲損は、ワイヤーストッパーを16ミリとし、そのターンバックルの締め付けを省略した平成10年頃から始まっているから、このころから時化と遭遇した際に錨の動きが大きくなったとき、ウインドラスブレーキの締め付けが十分でないと、ブレーキが緩むことがあり、錨鎖がずれ落ちてかんぬきに上向きの跳ね上がる力が作用していたのである。
したがって錨の落下防止は、錨を確実に巻き上げて船体に固定し、更にワイヤーストッパーにより錨鎖を緊張させることが肝要で、事実認定の根拠11により、「本件発生後ワイヤーを18ミリに替えて、ブレーキを2人で締め付けるようになってからずり落ちたことがない。」というのであるから、ワイヤーストッパーを確実にとっていなかったことから、ブレーキが緩んで錨鎖がずれ落ちる原因となった。そうして最後の引き金となったのはピンを切断して脱落したことにある。
錨落下防止の措置は、ブレーキライニングの取り替えや、最後のかんぬき跳ね上げ防止のピンのみを整備しておけばよいというのでなく、一連の防止措置を確実に行っておくことが肝要である。
C受審人は、この一連の状況について知っていたのであるから、荒天準備に際して、ワイヤーストッパーを初期の状態に戻し、ブレーキを更に念入りに締め付けておけば本件発生を防止できたものと認められる。
したがって、C受審人が、ワイヤーストッパーを初期の状態に戻し、ブレーキを更に厳重に締め付けなかったことは、本件発生の原因となる。
A受審人は、ピンの切断について知っていたのであるが、その新替についてD指定海難関係人に連絡し、C受審人に引き継いでいることから、本件発生の原因とならない。
D指定海難関係人は、ピン曲損の原因調査に対して、ウインドラスブレーキの状態、ワイヤーストッパーの状態を調査すれば、錨落下のおそれを知り得たものと認められる。
したがって、D指定海難関係人が、錨落下防止の措置について、乗組員に対して安全教育をしなかったことは、本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件運航阻害は、錨落下防止の措置が不十分で、時化模様の四国沖合を航行中、ウインドラスブレーキが緩んだこと、コンプレッサーのかんぬきピンが脱落し、かんぬきが跳ね上がり、ワイヤーストッパーが切断したことから右舷錨が落下し、長時間の停船を余儀なくされたことによって発生したものである。
海上輸送業者が、かんぬきピン曲損による改造工事を行った際、その原因を調査し、乗組員に対して錨落下防止の措置についての安全教育を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人の所為)
1 懲戒
C受審人は、荒天準備を行う場合、錨鎖のワイヤーストッパーを確実にとり、ウインドラスのブレーキを十分に締めるよう指示するなど、錨落下防止の措置を行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、これまでどおりの荒天準備でよいと思い、錨の落下防止措置を行わなかった職務上の過失により、荒天航海中に錨が動いてウインドラスブレーキが緩み、コンプレッサーのかんぬきピンが脱落し、錨鎖がずれ落ちてかんぬきを跳ね上げ、ワイヤーストッパーが切断して錨の落下を招き、運航阻害を生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
2 勧告
D指定海難関係人が、かんぬきピンの曲損によるかんぬきの改造工事を行った際、その原因を調査検討し、乗組員に対して錨落下防止の措置についての安全教育を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
D指定海難関係人に対しては、本件後、かんぬきとリンクの間隔を初期の状態に戻すため、コンプレッサーの位置を調整し、ワイヤーストッパーを18ミリ2本に戻し、ターンバックル及びウインドラスブレーキの締め付けを2人で厳重に行うなど、錨落下を防止するための措置を講じた点に徴し、勧告しない。
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
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